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レヴナント  作者:
3/4

【3】 シアター

 こんなことになるなら、約束なんてしない方がよかった。

 振り返っても、出てくる言葉はそれだけだった。

 最寄り駅である豊洲駅からすぐ近くの、巨大なショッピングモール内の映画館。オープンカウンターになった受付の前のスペースに、男女七人が集まっている。

 ただし、男女と言っても、女子なのは私だけ。

 ここで、ありがたくも今日集まってくれたメンバーを紹介しよう。この私、園崎優香と、大野友貴、そして「その他」のクラスメイト五人だ。

 私は一応、友貴以外のメンバーにも目を向ける。大雑把に分けると、小太りが三人、ガリが二人だ。名前は確か、飯田と、安井と……全員覚えているわけもない。はっきり言ってしまえば、暗くてぱっとしない人達で、クラス内でも最下層のカーストにいるようなメンバーたちだった。

 今日は、友貴と二人っきりで映画だったはずなのに、本当にどうしてこうなっちゃったんだろう。

 ──一週間ちょっと前に交わした、映画の約束。私は結構思い切って、友貴の映画の誘いに乗った。別に、本命デートって気合じゃないけど、それでもクラスの男子と二人っきりで出かけることを、それなりに楽しみにしていた。はずだった。

 あのラインには、続きがあった。

『じゃあ、今度の土曜日の午後とかどう? ネタバレを踏む前に、なるべく早く見たいし』

 こっちにも特に予定はなかったから、すぐにオーケーした。スマホのカレンダーアプリにも、さっそく【映画】って予定を登録した。

 だけど、自分のメッセージを見返していたら、あからさまに浮足立ってしまっているのいがバレバレで、それが恥ずかしくて、つい誤魔化すように付け加えてしまった。

『本当は、みんなで映画を見るのが一番好きなんだけどね』

『友貴とだから、我慢してあげるよ』

 本当に、今振り返ってみても意味がわからない。いや、意味はすっごくわかるんだけど……友貴とだから浮ついているんじゃなくて、単純に誰かと映画を見に行くことが喜びの、純粋な女だって思われたかったってことは、それはもう私が一番知っているけど、わざわざメッセージで送る必要はなかった。そういう心のきれいさみたいなものって、にじみ出てくるものだから、自分でアピールしても仕方ないんだって、わかっているけど、我慢ができなかった。

 とはいえ、あくまでそれはただの照れ隠しで、何かを変えることなんてないはずだった。けど、思ったよりも、友貴は強く反応してきた。

『そっか』

『確かに、クラスのみんなも誘った方がいいかも』

 目の前を流れるメッセージに、目が飛び出しそうになったのを覚えている。照れ隠しで送った文章を、大真面目に受け止められてしまって、普通に恥ずかしかった。後悔した。でもすぐに考え直した。これって、わたしは悪くなくない? 常識的に考えて、異性と二人っきりでデートする流れになっておいて、例えどんな話のノリがあったとしても、他の人も呼ぼうなんて発想になる方がおかしいと思う。

 軌道修正しようと、わたしは何かメッセージを送ろうとしたけど、なにしろ自分で言い出した話だから、うまい理由を考えつくのは至難の業だった。

 まごついている間に、友貴は次の行動を起こしてしまった。

 ぴこーん。

 画面の上に、新しいラインの通知が流れてくる。大半のグループの通知は切っているから、こうやって大きなやつが出てくるのは重要なものに限られている。例えばそう、クラスのグループラインとか。

 二年一組のグループを開いてみると、友貴の送ったメッセージが一番下にぶら下がっている。

『今度の土曜日に映画行ける人募集します。とりあえずソノちゃんは来る予定です』

 顔から火が出そうだった。眠気が全部吹き飛んで、体中に「やばい」っていう焦りが充満した。

 どうして、こんなメッセージを堂々と送れるんだろう。勝手にやってくれるならいいけど、今回は私の名前を出されてしまっている。匂わせみたいになっちゃってて恥ずかしいし、第一、こんな時間帯に急にこんな誘いをして、みんなが食いつくとも思えない。

「うぅーっ」

 スマホを額に当てて、苦しい息を吐き出す。SNSの使いすぎで、スマホの裏側はアツアツだった。

 どうせ誰も来ないだろうし、もうどうにでもなっちゃえ。

 スマホで額を温めながら、私は現実から目をそらしたのだった。

 ……しかし。

 結論から言えば、私の予想は外れることになった。

 実際、いつも私たちとつるんでいるようなメンツは、友貴の誘いを既読スルーした。しかし、私が思っていたよりも、友貴の交友関係ははるかにディープだった。珍しい彼からの提案に、普段は海底の底で砂から養分を得ているような、深海魚みたいな人たちが、意外なほどに食いついてきた。

 友貴の作った募集アンケートに対して、無言で「行ける」にチェックを入れた選ばれし五人。それこそが、この場に集まった男子たちというわけだ。

 本当に、こんなことになるなら、約束なんてしない方がよかった。

 

「優香さん、優香さん、大丈夫?」

 右側のほっぺたに、生暖かい息が吹きかかって、私は我に返る。後悔の中に飛んでいた意識を、残酷にも現実世界に引き戻してくれた王子様は、クラスメイトの小太りC……林だった。

 ──いや、本当は小林だったかも。とにかくその某は、ニキビだらけの顔をこちらに向けて、心配そうにしていた。だから私は愛想笑いを浮かべた。

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

「それは良かった、良かった」

 彼の、元からマシュマロみたいなふっくら顔が、焼けたお持ちみたいにとろけた。けれど、柔らかいのは表情だけで、分厚い頬肉の向こうにうっすらと見える黒い瞳は、じっと私のことを物色しているように思えた。

 そこへ、横から別の男子が割り込んできた。

「僕さぁ、今日の映画、ずっと見たかったんだよねっ、みんな見たら、後で二次会やらん? やらんー? 僕さ、僕さ、優香ちゃんみたいな、陽キャの女の子の意見も聞きたいかな。こういう機会って、あんまないからさ、きっと貴重な会になるよ! なるよ!」

 メガネを掛けたヒョロヒョロ……安井くんだっけか。どうして、こういうタイプの男子って、相手に確認も取らずに話を進めるんだろう? あと、林もそうだったけど、いちいち二回繰り返すのは何かの病気なんだろうか、おかげさまで、何をおっしゃりたいのかまったく伝わってこない。

 だというのに。安井の一言を耳にした男子はみんな、「いいね」「終わったらファミレス集合ー」などと、調子よくひと盛り上がりした。

 ……ほんと、頭が痛くなってくる。

 彼らがやっているのは、私が五歳の頃に卒業した「おままごと遊び」と一緒だ。おそらく、彼らの頭の中に漠然とした「人気者」の像があり、それがいつもファミレスで二次会やってるイメージだから、この機会に自分たちもやってみようってなったんだろう。

 だけど、さ──私の思考は、自分でも嫌なくらいに、ささくれ立っていく。

 彼らが妄想するところの「二次会」の実態を知っている私からすれば、本当におままごともいいところだ。ここにいる五軍の男子たちは、なんとなしに運動部にでも入っていれば、あるいは、ちょっと見た目が良かったら、そういう会に呼ばれると考えている。そういう意味では、自分たちは「持たざる者」であり、人気者のグループに呼ばれないのは、差別だとまで思っているかもしれない。

 何も知らないクセに。

 例えば、おしゃれ。私はこの人生の、きっとこの先で一番素晴らしくて、可愛くて、商品価値のあるこの一瞬を、少しでも輝かせるために、お小遣いを使って背伸びして、おしゃれをしている。ちょっと目を離したら、電車から見える景色のように一瞬で通り過ぎちゃう、このたった一秒にしがみついて、そこに可愛く「在った」という歴史を残すためだけに、たくさんの物とリソースを犠牲にしている。

 私だけじゃない、クラスで輝いている人々は、みんなそうだ。それがわからないから、ここにいる林や安井のような男の子たちは、二次会にも三次会にも呼ばれない。その意味も、意義も、理解しようとはしない。さえないお友達を集めて、こうやって見た目を取り繕っても、その先にある本質がわからないから、結局はおままごと止まり……きっとこの先の人生だって、ずっとそう。

 ひとり、ムカムカしていると、この灰色の世界の中で唯一、輝くものが目の端をかすめる。

 ──友貴だった。チケットの購入に少し離れていた彼が、私たちのところに戻ってきたんだ。

「おーい、みんなの分のチケット、買ってきたよ。でも、さすがに七人横並びは無理だったから、五人と二人でわかれてもらうことになる」

 チケットのナンバーを確認しながら、はきはきと喋る友貴の姿は、さすがにこのメンツだとオーラがあって、身なりもきちんとしていて、なんか癪だけど格好良かった。環境って、やっぱり大事だ。私も数々の美女の引き立て役に使われてきた経歴があるから、なおさらそれが身にしみた。

 私はこっそり、友貴の側に寄ると、一緒になってチケットを覗き込んだ。

「ほんとだー、席、飛び飛びになっちゃってるね」

「うん。ソノちゃん、どこがいい?」

「わたしは……」

 ちょっと考えてから、私は答えた。

「二人席のほうかな。男子五人の真ん中とかになったら、息が詰まっちゃうかも」

 それは紛れもなく本心で、別に駆け引きとだとか、かわいこぶりとかそういうことじゃなかったんだけど、言ってみてから、私は自分の発言の意味に気がついた。

 その場にいた(友貴以外の)男子たちの空気感が、がらっと変わったのがわかった。みんな、まずはお互いの顔を見合わせて「どうする?」みたいな無意味な探り合いをしているらしい。

 もしかして……私の隣に座りたいとか、そういうことじゃないといいんだけど……。

 一瞬の沈黙をまず破ったのは、例の小太りの林くんだった。

「友貴は、友貴は、どうするよ?」

 林の気持はよくわかる。厄介そうな問題を前にして、その場で一番発言権のあるやつを頼ったんだ。でも、林にしてはこれは結構ファインプレー、後は友貴が「俺がソノちゃんの隣に座る」と言ってくれれば、問題は丸く収まるはずだ。

 それなのに。

「え、俺? うーん、別にどこでもいいよ。余った席でいい」

 あろうことか、友貴は林のパスを投げ返してしまった。いつ何時も、空気を読んで、優しく他人に合わせてくれて……そんなところは、絶対友貴のいいところ。だけど今回ばかりは、それは勘弁してほしかった。

 彼の答えを聞いて、明らかに、林の目つきが変わった。

「ならっ、二人席、ボクが座ってもいい? 実はボクも、優香ちゃんと一緒で、ゴミゴミしたところっ、苦手なんで」

 ゴミゴミしたところが苦手? 私、そんなこと言ってない。ただ「男子五人に挟まれるのが嫌」って言っただけ。第一、ゴミゴミしたとこが苦手なら、映画になんて最初から来るな。

 私は焦って、他の男子たちを見回した。……ダメそうだ。誰も彼も、どことなく羨ましそうな顔はしているものの、最初に口を開いた林に反論し「俺が座りたい」って言えるほど、肝の座った人はこのグループにはいない。

 まずい、まずい。このままだと、私は二時間半ものあいだ、この林と隣同士で映画を見なくちゃならない。誰か助けて──ねえ、友貴、あんたは──。

 私の視線が、友貴の癖っ毛の前髪の向こうにある、薄茶色の瞳とぶつかった。でも……わかってるよ。きっと、こんな事をしても無駄。きっと次の瞬間には、ひどく無色透明な、春風みたいな彼の微笑みだけが、返ってくるのだろう。

 友貴はいつも、空気を読んで、微笑み返すだけ。彼は私のことを、絶対に特別にはしてくれなくて、その誰にでも向ける微笑みは、私の幻想めいたものを突き崩してしまう。

 今回だってきっと同じ。私は興味もない男子と隣の席に座らされ、きっと映画が始まって三十分くらいで、何か理由をつけて席を立ち、そのまま帰る……そんな未来が、見えた瞬間だった。

「あー、小林。ちょっと待ってくれ」

 友貴が手を挙げて、林に声をかけた。不意をつかれた感じで振り返った彼に、友貴は柄に合わない、真剣な面持ちで向き合った。

「やっぱり、ソノちゃんの隣の席、譲ってもらってもいい?」

「え……でもボクだって……」

「ごめんって、でも小林、今回だけお願い。……実はこの映画、俺が最初に誘ったのはソノちゃんなんだ。どうしても、一緒に見たくてさ」

 だからどうした、とは、さすがに林も言えない様子だった。はっきりとは口に出さず、彼の最優先は私であると暗に示して、「だから察してくれ」と迫った友貴が、一枚上手だった。

 だからこそ私は、胸がどきりと、高鳴った。

 えっと……これは、何が起こったんだろう?

 友貴の表情を見ようとして、でも……見れなかった。そうやって混乱しているうちに、男子の誰かがスマホの画面を見て言い出した。

「おい、もうすぐ上映時間じゃん。さっさと入っちゃおうぜ」


 ──そこから、結局席順は変わることなく、私は友貴の隣で、映画を見ることになった。

 上映された〝レヴナントの夜〟は、ハッキリ言って……とてもつまらなかった。

 あらすじとしては、こんな感じだ。

 ……若くして死に、埋葬されたある男が、墓場に降り注いだ落雷によって、突如として蘇る。

 彼は二度目の生を受けたことに感激し、白骨化した死体ながら、家族のもとへ会いに行く。

 けれど、彼が亡くなってからは結構な時間が経っていて、妻はとっくに再婚しており、子どもたちにもパートナーがいた。もはや、その家庭に、彼の居場所はなかった。

 それでも家族らは、蘇ってしまった彼を受け入れようと努力する。しかしすれ違いは激しく、やがて蘇った亡霊レヴナントの男の存在は、平和だった家庭をめちゃくちゃにしてしまう。

 最後には、現世に亡者の場所はないと悟った彼が、真夜中、墓場の中へ戻っていくというシーンで終わりだった。

 もう一度言う、つまらなかった。私はハッピーエンドが好きだし、こういう意味ありげなラストも、逆にクサくて見てられない。

 けど、楽しかった。この映画を見ているあいだ、私はずっと、楽しかったんだ。

 あの友貴が、私の気持ちを汲んで、とっさに席を変わって、助けてくれた。友達の手前、私となにかあるんじゃないかって、勘違いされるような大胆な行動を取ってくれた。

 私のことを、特別扱いしてくれた。クラスのもっともっと美人な子──みっちーでも、アキでもなく、この私のことを。

 スタッフロールが流れて、映画館が明るくなって、五人席に押し込められた男子たちも立ち上がって、それなりに楽しそうに色々と話し合いながら、映画館の通路を進んでいく。そんな景色を流し見しながら、私は隣の席の友貴に尋ねた。

「友貴くん、どうして私と座ってくれたの?」

「……ああ、うん。間違ってたらゴメンだけど、なんか、困ってる感じがしたから」

「よくわかったじゃん、見直した」

「考えてみたら、ソノちゃんとあいつら、初対面だもんな。俺は友達だけどさ、もうちょっと配慮するべきだった」

「ほんと、それはそう」

「申し訳ございません」

 そこで私たちは、顔を向き合わせて、笑い合った。その瞬間に、私はやっとやっと、認めることができた。

 私はやっぱり、友貴のことが、好きなんだ。ずっとずっと、好きだったんだ。

 それに気づけたんだ。……今日、ここで友貴と約束していて、本当に良かった。

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