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レヴナント  作者:
2/4

【2】 メモリアル

 私は別に、友貴にマジになっているわけじゃない。

 夜中のベッドでひとり、インスタの更新をしながら、自分の気持を再確認した。

 さっきまで開かれていた、三次会のカラオケは、特に盛り上がらなかった。正確に言えば、面白くはあったけど、私たちの日常を激変させるようなイベントがなかった。例えば、誰と誰とが付き合ったとか、振られただとか、浮いた話はなかったわけだ。

 だから、二年一組内の関係性は、体育祭の前と後で期待していたほど変わっていない。私も、そして友貴だってそのはず。

 手元の画面をもう一スクロール。情報が更新されて、私の今後の人生になんの影響も及ぼさない、華やかな写真や映像が流れてくる。そのうちの一枚に、最近流行りのカップル系インスタグラマーの写真があった。

 黒髪のセットアップ男と、姫系ロングのスカンツ女が、カメラ目線で絡み合っている写真だった。

 うわぁ……って辟易する反面、ちょっと羨ましいって感じてしまう。今まで、何人か男子とはお付き合いしたことがあるけど、全部子供じみたままごとで、本当の愛情からというよりは、お互いに「恋愛経験がない」ということに対する恐怖から一緒になったような関係ばかりだった。

 一生かけられるような愛だとか、肉体的な結びつきとかは、私にはまだ、得体が知れなくて気持ちが悪い。でも興味もあった。

 画面の向こうで、例の男と女は、ベタベタと幸せそうにくっついている。

 私は……例えば友貴と、こうなりたいのかな?

 答えはノーだった。最近は確かに、ちょっと友貴のことが気になっている。彼と一緒にいると嬉しいし、楽しいけど、他の男子でも同じくらいときめくことはある。彼はあくまで、そういう関係になるかもしれない、候補の一人。だから私は、友貴にマジになっているわけじゃない。

 それどころか……。急に思い出が蘇る。彼への印象は、最初は決していいものじゃなかった。


 実は、というほど秘話じゃないけど、私と友貴は中学でクラスが一緒だった。ソフテニやっているのはその時から変わらないけど、今よりもっと友貴は地味で目立たなかった。

 別に友貴のことを見下してるとかじゃなく、現実として、私は彼よりも華やかなグループに所属していたと思う。だから彼と私との接点はほとんどなかった。

 私の人生が、初めて大野友貴という人間と触れ合ったのは、中学三年のときの音楽祭だった。こういうイベントの宿命として、女子ばかりが「最後だし」って張り切って、男子たちは夏休みの絵日記くらい手を抜く傾向がある。だけど当然ながら、みんながみんなそうってわけじゃない。女子の中にも手を抜く人間はいる。……それが私だった。

 木を隠すなら森の中というけれど、誰もが頑張っている女子のパートの中にいるおかげで、私だけ口パクだったのはまったくバレなかった。

 大野友貴以外には。

 ある練習日、友貴は部活の声出して喉を潰してしまったということで、見学係をやっていた。パート練習の後、数回通しで歌うみんなの姿を、彼は真顔でじっと見つめていた。

 その練習の後、私が一人になったところで、彼が声をかけてきたんだ。

「園崎さん、ちょっといい?」

 さほど関わりのない男子だったので、私も「なに?」とか「いいけど早くして」とか、そっけない返事を返したと思う。そしたら。

「さっきの練習、ずっと声出してなかったでしょ」

 いきなりスバリと指摘されて、やばい! みたいな焦りの感情よりも、「なんだこいつ」っていう不快感の方が先にきた。とにかく、とっさには言葉が出てこなくて、それは認めているのとおんなじだった。

「別に怒るつもりとかはないんだけど、気になったから」

 そんな、いまいち煮えきらない発言を聞いて、私はついかっとなって言い返してしまった。

「私は合唱嫌いなの。だから放っといてよ」

「えっ、なんで?」

「歌ってるときに、目とか喉とか開けて、間抜けな顔になるのが嫌なの」

「ああ、そっか。確かにね」

 なぜか彼はそれで納得した様子だった。だけど最後に、こう言い残していった。

「それでも、全力を出すのは、気持ちいいと思うけど」

 それきり、彼は背を向けて、さっさとソフテニの部活に行ってしまった。当時の私にとって、目立たない男子に一方的に言いたいことを言われ、会話の主導権を握ることもできずに放置されるというのは、なかなか衝撃的な体験だった。

 プライドが傷ついた私は、翌日には仮病を使って、合唱練習の見学係になった。理由はもちろん、私に偉そうな口を叩いた友貴の変顔を拝んでやろうと思ったからだ。女子は男子に合唱を頑張るように言うけれど、だからといって、最初から合唱を頑張るような男子は全員ダサくてモテない。そんなふうに、乱暴で一方的で、でも共通認識めいた偏見が、私にもあった。合唱なんかに頑張っちゃう彼を見て、嫌いになってやろうと思ったんだ。

 だけど、結果から言えば、そうはならなかった。

 正面から見た大野友貴は、どうせ大して歌も上手くないくせに、目を開いて、口を全開にして、思った通りのひどい顔をしていた。だけど、真正面から見ていた私は、それを間抜け面だなんて思わなかった。彼はなんというか、必死だった。懸命だった。それに、彼だけじゃなく、全力を出し切っている人を馬鹿にしようという気持ちは、一つも生まれなかった。

 中学三年間、ずっと合唱は嫌いだった。顔が崩れるのが嫌だった。だから手を抜いた。だけど観客の目から見て、本当に美しいと思われていたのは、ダサい顔で喉を枯らしていた彼らと、口をすぼめてすまし顔だった私の、どちらだっただろう?

 その日から、私は渋々ながら、ちょっとは合唱で声を出すようになった。対して、私に偉そうなことを言っていた友貴は、部活でさらに喉を悪くしたらしく、「友貴、声ガラガラ過ぎ」という男子から抗議を受け、本番までほとんど見学係をやらされる羽目になって、いい気味だった。

 歌っているとき、私はなんとなく友貴のことを見ていた。別に頑張っているところをアピールしたかったわけじゃないけど、それでも私が彼を見ると、彼もよく私を見つめ返してきて、笑いかけてくれた。それはまるで、私たちだけの秘密のメッセージみたいで、妙にくすぐったくて、でも楽しかった。


 懐かしいな。

 一気に、今という現実が戻ってくる。昔のことを思い返しているうち、無意識にスマホを操作していたみたいで、さっきのお熱いインスタグラマーの投稿は消え去っていた。今は、海外のだだっ広い農場を背景に、水入りペットボトルを回転させて、テーブルの上で立てる謎のゲームではしゃいでいる若者の動画が流れている。

 現在時刻は午後十一時半。そういえば友貴からのメッセージに返信を返すのを忘れてた。男子相手にあんまり夜更かししてラインを返すと、暇で暗い女だって思われそうだから、いつもは早朝に返信しているんだけど、友貴はそういうの気にしなそうだし。

 ラインを開くと、今朝には届いていたらしい彼からのメッセージがまた表示される。

『聞きたいんだけどさ』

『ソノちゃんは、〝レヴナントの夜〟って映画知ってる? 今週公開なんだけど』

 やっぱり何度見ても、知らない映画だ。

 こういう時、とにかくググってみるタイプの人もいると思うけど、私はそうはしない。疑問があるなら、その答えは彼から聞きたいから。

『知らなーい』

『それってどういう映画?』

『ちなみに、なんで私に聞いたんですか?笑』

 それだけ送って、後は翌朝にでも確認しようと思ったけど、ちょうど友貴も起きていたらしい。すぐに既読がついて、返信が返ってきた。

『レヴナントっていうのは、蘇った死人って意味。墓場から蘇った男が、自分の家族に会いに行くってあらすじ』

『ホラーっていうか、考えさせられる系の映画らしい』

『ソノちゃん、そういう映画が好きだって言ってたから、知ってるかと思って』

 ……私、考えさせらる系のホラー映画が好きだなんて言ったっけ?

 記憶を手繰っていくと、そういえば体育祭の前日に、映画の話をしたような気がする。グラウンドにポールや機材やらを運び出しているとき、手持ち無沙汰になって、クラスの何人かと映画の話をしたんだ。確か友貴もいたはずだ。

 真っ赤なコーンをみんなで運びながら、なんとなく好きな映画を言っていく流れになった。男子たちは、大半が名作アクション映画かSF映画を挙げた。女子たちは最近上映されている映画の中から、好きかどうかは置いといても、趣味が良さそうなきれいな映画を挙げた。

 私の番が回って来た時、正直言って、頭は回っていなかった。運動委員から運べと言われた玉入れの玉だけを入れた袋があまりにも重くて、それどころじゃなかった。

 だから適当に「難しい映画かな」って、訳のわからないことを言った。どうやら友貴はそれを「考えさせられる映画が好き」って意味だと解釈したらしい。みんなからは軽くスルーされた私の意見を、彼が律儀に覚えてくれていたっていうのは、嬉しいような、ちょっと気味が悪いような。

 でも最終的には、嬉しさが勝った。あの場にいた仲良しグループでの会話をダシに、私と友貴だけが抜け駆けしているような感覚で、妙な優越感がある。

『面白そうな映画だね』

『私も見てみたいかも』

 本当に下心とかはなく、自然体のテンションでの返信だった。けれど、その二言のメッセージは、いつもと同じように目を閉じて眠るだけのはずだった夜に、一波乱を生むことになった。

 既読がついて、すぐに彼からの返信がきた。

『一緒に見に行かない?』

 え、え、え。

 え、え、え、え、え?

 一つ瞬きをして、返信の内容を確かめる。何度見ても、疑いようもないほどはっきりと、彼は私を映画に誘っている。

 あんまり衝撃的過ぎて、私は一度ベッドの上にスマホを置くと、気持ちを落ち着かせるために、一人禅問答を始めた。

 まず、このメッセージはいわいる、恋愛的なアプローチなのか。……違う。

 もし友貴が私を好きなら、こんなスピーディに誘えるわけがない。じっくりとチャンスをうかがって、時間をかけて、緊張で震える手でメッセージを打ち込んで、あとはもう画面が見られないはずだ。少なくとも、私だったらそうなるし。

 これは普通の、友達としての、映画のお誘いだ。なら、別にこっちが身構える必要はない。変に舞い上がっちゃっても恥ずかしいだけ。

 どうしようかな。あんまり彼が強引なら、断った方がいいかもしれない。もしこれが二人っきりの誘いだとしたら、下心はなかったとしても、心のどこかでは〝関係性が変わるかも〟ってことくらいはわかっているはず。私だったらそう思うし。

 私は別に、友貴にマジになっているわけじゃないから、彼のアプローチ? を、蹴ってやる選択肢があるんだ。……でも待って。本当に私は、彼のことをどう思っているのか。

 高校に入ってからの、私と友貴のことを振り返ってみる。

 大野友貴は言った通り、中学では目立たないやつだった。だけど高校に入ってから、彼の環境は明らかに変わった。その一番の理由は、ソフトテニス部の規模が大きかったからだ。

 うちのソフテニ部は、県内でも結構な強豪で、所属メンバーが多かった。どうやら友貴は、そこで頭角を発揮したらしく、同時に人脈を育むことにも成功したようで、気がついたらクラスでも一目置かれるやつになっていた。

 クラスの上位層も、入学した時は見向きもしていなかった彼に絡むようになった。きっと、コミュ力はあっても中身が空っぽな連中だから、実績があって、人間としても面白い友貴を仲間に取り込んで、より幅を利かしたいって考えているんだろう。その証拠が、今日の三次会だ。友貴はアキちゃんから三次会に誘われて、正式に上位グループの「仲間入り」を果たしたってわけだ。

 私には、みんなの気持ちが手に取るようにわかる。どうしてか? それは、私が一番空っぽな人間だからだ。見た目も才能も、目立つようなものは何もなかったから、私は世渡りを頑張るしかなかった。服装に気を使い、話題に気を使い、クラス内のポジションに気を張って、常に影響力のある人に気に入られるよう立ち回ってきた。そうしているうちに、この世の真理ってものに、ある時気がついちゃったんだ。

 みんな、私と同じなんだってことに。

 クラスの上位層とか、キラキラ層っていうものは、中に入ってみると、下に落ちることの恐怖につきまとわれながら、必死で大声を出して存在をアピールしてなきゃ自分を保てない、普通の人間の集団だった。

 みんな、別に好き好んで群れているわけではないのだ。明るい世界の外側にある、ジトッとした暗闇からの外圧から、逃げるように、押しつぶされるように、「イツメン」という小さな塊に圧縮されているだけだった。

 私にとって、大野友貴という人間は、そんな果てしない暗闇の中に輝く星だった。彼は話が面白いんだ。例えば、テニスの大会の帰りに、オニヤンマを追いかけて謎の集落に分け入ってしまったエピソードなんて最高だった。ジブリの登場人物かよって思った。彼の話には、いつだって血が通っていた。私たちが普段、自分から映えスポットに行って「作る」、自作自演の「話題」とは違った、本物の思い出だからかな。

 話だけじゃなく、友貴の言動や、ささやかな特技の数々には、不思議と人を惹きつける力があった。そんな卑怯な技に、まんまと私も絡め取られた。

 そうだ、やっとしっくりくる言葉が見つかった。私は、友貴が好きなんじゃなくて、友貴から刺激を受けたいと思っているだけだ。彼の発する未知の物質で、脳をちょっとリフレッシュするのが好きなだけで、別に友貴という男子自体に、のめり込んでいるわけじゃないんだ。それだけなんだ。

 こっちから誘うならまだしも、あっちからの誘いに乗る必要なんてない。

 だけど……タバコを吸っている人はみんな言う。「タバコのことは嫌いです。だけど辞められないんです」って。はぁ……。

 私はスマホを叩いて、友貴に返信した。

『わー、ちょうど私も映画見たかったところ!』

『いつにする?』

 その時の私はちょっとだけ、マジになっていた気がする。 

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