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レヴナント  作者:
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【1】 クラスルーム

 あーあ、私が男だったら良かったのに。

 高校の近くにある、いつものファミレスの中心で、そんな風に思った。

 店の中は、二十人はいる私のクラスメイトが、ほぼ貸切状態にしている。騒がしく盛り上がる高校生たちのテーブルに、店員がウザそうな顔で料理を配っていた

 これは、今日学校であった体育祭をねぎらう「お疲れ様パーティ」だ。要するに、イベントにかこつけた、ただの二次会ってことだ。

 この会の発起人は、私を含めた二年一組の女子数人で、ファミレスに予約を入れた後は、それぞれが手分けして一組のみんなに声をかけた。といっても、四十人いるクラスのメンツ全員を誘うなんてことはもちろんない。明らかに暗めな人だとか、喋ったことのない人だとかは避けて、なんとなく陽の当たるところにいるメンバーだけが集められる。この会の存在すら知らない人も、結構いると思う。そこはまあ、ごめんなさいってことで。

 そんな「イツメン」の中に、大野おおの友貴ともきもいた。ソフトテニス部所属で、今日の体育祭でもテニスのダブルスに出て、それなりに活躍していた男子だ。

 友貴は、店の一番端っこにある四人テーブルに座っている。一方で、私は友達と一緒に、店の真ん中にある八人テーブルについているので、そこそこ距離がある。だけど、私達の間には、柱とかドリンクバーとか、そういう障害物もなくて、彼の様子はここからでもよく見えた。

 友貴はさっきから、ひたすら神経衰弱をやっていた。というか、やらされていた。それも、トランプじゃなく、ウノで。

 彼の隣りと向かいに座った男子たちが、ウノの数字カードを使って、十組くらいのペアを作った後、友貴に一度見せてから、裏返しにしてテーブルの上に並べていく。きれいにカードが並んだら、別の男子がカードの位置を前後左右に入れ替えて、シャッフルする。

「よっしゃ、リベンジだ。これは流石にわかんないしょ」

 そんなことを隣りの男子が言うが、友貴は呆れた顔をする。

「何回やっても同じだって」

 その言葉の通り、友貴は一度息を吸うと、迷いなくカードを裏返し、ズバズバとペアを揃えていく。

 結局、彼はまた間違えずに全てのカードの位置を当てたらしい。

「すげぇぇぇ」

「お前、ぜってーテレビ出られるって、応募しろよ」

 その他二名の男子の歓声が、こっちまで聞こえてきた。

 ……よく飽きないなぁ。

 私はため息をつく。確かに、友貴の特技っていうか、記憶力はすごい。だけど、あのソフテニ連中ときたら、店に入るなり、料理も全然食べずにあればかりやっている。さっきので、もう四回目くらいだ。

 男子が共通で持っている、どうでもいいことに熱中したり、異常に盛り上がったりできる能力は、どこから来るんだろう。私が冷めやすいタイプだから、余計にそう思うのかもしれないけど。

 そういえば、男子っていう生き物は、その行動の先に意味がなくても、ノリとテンションさえあれば頑張れる人が多い気がする。それなのに、会話になった瞬間に、やたら理屈っぽく、論理的になるのはどうしてだろう。難しすぎるって。

 やっぱり、友貴たちのやっている遊びは、私にとってはつまらなかった。私も男子だったら、一緒になって盛り上がるのかもしれない。

 あーあ、私が男だったら良かったのに。こんなひねくれた考えをする、嫌な女じゃなかったら良かったのに。

 男だったら、友貴のことが気になることもなかったのに。


 注文していたトマトパスタを完食した後、一旦お手洗いに行ってから戻ってくると、店内の様子が少し変わっていた。席順が変わっていたんだ。

 どうやら、みんな注文した料理を食べ終えたらしくて、好きに席を移動しながら雑談会をやっているらしい。

 大野友貴は……。状況がわかった瞬間に、彼を反射的に探してしまう自分がいる。

 身長はそこそこ、顔も塩顔でそこそこ整っている彼の姿は、相変わらずファミレスの端っこの席にあった。つまり、私が今出てきたお手洗いの出口から、ほんの近くにある場所だ。今彼は一人で、男子たちが散らかしていったウノを片付けている。

 本当、あのソフテニの連中ときたら、友貴の特技以外はどうでもいいんだなって思う。消費するだけ消費してポイっていうのは、酷い話だ。

 大野友貴という人間のクラス内のポジションも、大体はそんな感じだ。彼は手先が器用で、何でも上手にこなす。その中に、ちょっと場を沸かせるような特技がいくつかあって、高校のクラスっていう、世界で一番ダッサくて、お笑いのレベルが低い閉鎖空間では重宝されている。

 今なら、自分から友貴に話しかけてもヘンじゃないかな。

 こういう時、女子から積極的に特定の男子に話しかけに行くのははばかれる。噂されるかもとか思うからだ。バカみたいって思うけど、いつだって見えない誰かの視線とあらぬ誤解に注意を払いながら、話しかけてもいい言い訳を作りながら、私たちは意中の男子に話しかける。

 今回の言い訳は、急に席が変わった状況に混乱したので、たまたま、近くにいた友貴に状況説明をお願いした、ということで一つやっていこう。……本当に、私はしょうもない。

 ウノをきれいにそろえて箱にしまっている友貴の肩を軽く叩く。

「ねえ」

「んー?」

 友貴は気のない返事をして、こっちを振り返ってきた。多分、ソフテニの誰かだと思ったんだろう。

 私の顔をまじまじと見た瞬間、彼の「モード」が切り替わるのがわかった。友達に対する気安いそれだった雰囲気をすぐに抹消して、気持ち背筋を正しながら、一人の女の子として私に向き合ってくれる。

 薄い彼の頬に、この頃の学生は自然と身につけている、外交的な笑顔が浮かぶ。

「あれ、どうしたのソノちゃん?」

 ソノちゃん、というのはこのクラスでの私の通称だ。私の本名である、園崎優香から、「園」の部分だけを強引にピックアップした典型的なあだ名だ。

 本当は「優香ちゃん」って呼んでほしいけど、今はそんなことはどうでもいい。

「今ってさ、どういう状況なのかな」

「状況?」

「席が変わってるなって思って」

「あー。みっちーが席替えしよって言い出して、それで」

 みっちーっていうのは、私の友達の三井ちゃんのことだ。かなり美人で、明るくて、クラスのリーダー的な存在だ。

 もちろん、こっちは席替えの経緯なんて百も承知なんで、さっさと話題を切り替える。

「そっか。……友貴くんは移動しないの?」

「呼ばれたら行こうかな」

「呼ばれ待ちなんて、ずいぶん人気者なんですねー。羨ましいなー」

「からかわないでよ。俺はソノちゃんと違って、日陰者なんだから」

「私はクラスのアイドルだからねぇ」

「そうだと思うよ」

「……うん」

 なんとなく、会話が途切れてしまう。今はそんなんでもないけど、家に帰ったら、反省会開いちゃうんだろうなってやり取りになって最悪。

 結局、私はその場から逃げ出すことにした。

「それじゃ、楽しんでね」

 一声かけて、返事も聞かずにファミレスの中央へと戻る。

 八人席では、人脈の広さで有名な女バスの子や、モデル志望で学校一の美少女なんじゃないかって子など、クラスでも有力な女子たちが寄り集まっていた。

 私が近づいていくと、中央にいたみっちーが笑顔で話しかけてくる。

「あ、ソノちゃん。どこ行ってたのー?」

「お手洗いだよ、化粧直してた」

 友貴と話していた時間をカバーするために、私は意味もなくウソをつく。

「ふーん、まぁいいや。……ちょうどいいとこ来たからさ、ソノちゃんからも意見ちょうだいよ」

「意見って、なんの意見?」

「三次会のメンバー」

 言われた瞬間、そういうことかと理解した。どうやらこの中央政府的なテーブルでは、この後の三次会に誘うメンバーを選抜する会議が開かれていたらしい。この会議で名前が挙がらなかったクラスメイトには、このファミレスでお帰りいただくことになる。

 こういうの、赤の他人が見たら「最低」だって思われるんだろうか。ちょっとクラスで幅を効かせているからって、門番みたいに、ここから先は通っていいとか、ダメだとか、クラスメイトたちの「格」みたいなものを決めていく……そんなことをする権利があるんだろうか。

 だけど、少なくとも私は、この中心的な集団に心地よさを感じていた。この前の歴史で学んだ、ナチズムやらファシズムやらの歴史から学ぶこともなく、自分たちが他人を選べる立場にいることに、快感を見出しているんだと思う。だけど、まだ十代で、女子高生の制服を来ている私たちには、それが許される。差別やいじめにまで行かなければ、三次会のメンバーを選りすぐるのは、「青春」の範疇で説明できるから。

 みっちーが、私に問いかける。

「ソノちゃん、誘いたい人いる?」

「迷い中。今のところは何人決まってるの?」

「このテーブルの八人は確定だから。あと四、五人ってとこ」

「だったら……」

 自然と、視線がファミレスの端に向かっていた。私がここで「大野友貴!」なんて叫べるタイプなら、どんなに生きるのが楽だったろう。

 私はみっちーの方に視線を戻す。

「サッカー部の高橋くんなんてどう? 今日得点決めて、うちらのクラスの順位に貢献してくれたしさ。ねぎらってあげたい」

「やっばー、そうじゃん。さすがはソノちゃん。高橋誘うの忘れてたなぁ……誰か声かけといてー」

 どこからか「高橋外で電話中らしいから、ウチがライン送っとくわー」とかなんとか、そういう大声の返事が聞こえてくる。

 そんな声出して、他の人に聞こえたらどうするんだろうって、一瞬思った。秘密の三次会の存在が大っぴらになったら、流石に不公平感があるかもしれないって。

 だけどすぐに、私は考えを改める。

 私たちの差別意識が隠し通せているなんて、都合のいい思い込みに違いない。

 どんなに隠したところで、きっとクラスメイトは三次会の存在を知っている。二次会にすら呼ばれなかった人たちだって、多分知っている。全能感にまみれた、キラキラ男女の声はでかくて、きっとどこまでも響き渡っているのだろうから。

 ファミレスでは一見、学生たちが一体になって騒いでいるように見える。だけどそこには、馬鹿みたいな声で騒ぐ側と、耳を塞ぐしかない側という格差が存在する。

 私は……自分が「そっち」じゃなくて良かったと、ただ思うだけ。

 みんなの目を盗んで、ちらりと友貴の様子をうかがう。彼はウノを端っこに片付けて、エスカルゴ焼きをのろのろ食べている。その近くには、数人の彼の知り合いがいて、彼のことを囲んで談笑している。

 そういえば、友貴ってクラスでどれくらいのポジションなんだろう。妙に上手な身の上話のトークで笑いを取ったり、地味にすごい系の特技を披露して注目を集めているところは見るけど、実際それがどれくらいウケているのか、私の目には評価できない。

 彼が魅力的に見えてしまう、粗悪品のメガネをかけた私には。

 早くもお会計の準備を初めていたみっちーに、一つ質問する。

「ね、候補の四、五人って、もう全員決まってるの?」

「決まってるよー。まずソノちゃん激推しの高橋でしょー」

「うっざ」

「ごめんて。高橋と、宇野、井上、池田に……あとはギリ小池」

 小池くんの何がギリなのかはわからないけど、とりあえず、みっちーの挙げた名前は全員男子だった。このテーブルにいるのが全員女子ってことを考えると……まぁ、ちょっと合コンムードの会にしたいってことだろう。

 でも、友貴はいない。クラスの中心人物たちが考えた、ほぼ人気順とも言い換えていいリストに、彼の名前はない。そのことを考えると……。

「どしたのソノちゃん。ニヤニヤしちゃって」

「やだ、そんなことないって!」

 頬が緩んでいたことをみっちーに指摘されて、慌てて否定した。

 なぜだかむしょうに、友貴が三次会に呼ばれていないという事実が嬉しかった。本当なら、彼が来てくれた方が嬉しいはずなのに。

 自分の気持がわからない。最近こんなことばっかりだ。

 昔は、体を操縦しているのは頭だと思っていた。頭の思う通りに、体が動くんだって信じ切っていた。でも実際は、体を動かしているのは体だ。その場のノリというか、反射のようなものに流されながら、頭の中にある本心とは違った方向に、私の体は勝手につき進んでいく。頭というか、心っていうのは、いつだって制御不能の体を見て悶々とするだけの、役立たずの部品だった。

 そういえば中学の時に仲が良かった子に、子供ができたらしい。「うっかりデキちゃってさぁ、堕ろすことになったー」って、電話口で笑っていた。

 きっと、あれもそう。頭が体を追い抜いたせい。取り残された未熟な体は、いつも未熟な判断を下して間違える。

 気がつくと、二次会はもう解散ムードになっている。

「みんな聞いてー、体育祭のお疲れ様はここで解散にしまーす」

 みっちーが大きな声で宣言している。高校生のくせに、たっぷりグロスがのった、あんなにきれいな唇から、よくもそんな真っ黒な嘘っぱちが飛び出してくるものだ。私たちからしたら、ここで解散というか、ここから、なのに。

「ういー」

「じゃねー」

 はたから見ても地味めな子たちが、追い立てられた羊のようにファミレスを出ていく。そんな中に、友貴の背中もあった。十月の冷たい夜風に、彼の真っ白なウィンドブレーカーがはためいている。

 心の中で、私はその背に手を振った。

 ばいばい、友貴。今夜とか、そういう近日中に、私が誰のものにもならなかったら、また会おう。

 気持ちを切り替えて、カラオケボックスあたりで開催されるだろう三次会の方に意識を移そうとした、その時だった。

 私の隣の席に座っていた、モデル志望の川崎亜紀、通称アキが急に声を上げた。

「そうだ、友貴も呼ばね?」

 アキの声は、天使のような見た目の割に低音でハスキーだから、女子たちの黄色い声の中でもはっきりと聞こえる。けれど、今回ばかりは、聞き返さずにはいられなかった。

「アキ、なんか言った?」

「だから、友貴も呼ぼうよ。三次会」

「えっ」

 なんでよ。なんで今頃になって、友貴なんか。

 動揺する私に、アキはゆるふわな笑顔で説明する。

「友貴だって、今日は結構活躍しててかっこよかったじゃん」

「それはそうだけど」

「みっちー、友貴誘ってもいい?」

 アキは私を追い越して、その後ろにいたみっちーに質問しやがる。最終的な決定権のない私なんかと話していても、無駄ってことだろう。

「友貴かぁ」

 あっきーの問いかけに、みっちーは少し考えた後。

「いいじゃん。友貴がいないと盛り上がらないよねー」

 爽やかにアキの提案を了承した。それを見たアキは、バタバタとうるさい足音を立てながら、ファミレスの外へと走っていった。

「おーい、友貴まだいるー?」

 とんでもない大声、この店はあんたの部屋じゃないってのに。

 胸の中に毛虫でも這っているみたいな、気色悪い感じがして、落ち着かない。そんな不快感をどうにか発散しようとしてなのか、私の口が勝手に動く。

「みんな、ちょっと見てよ。あんなに大声出して、アキって友貴のこと好きなのかな? カワイイね」

 言いたくないのに、思ってもみないことが勝手に口からこぼれちゃう。アキと友貴を近づけて、一体なんのメリットがあるっていうんだろう。

 しかも、思いのほか、私の言ったことはみんなのゴシップ魂に火をつけてしまったらしい。

「アキと友貴かあ、悪くない組み合わせなんじゃない」

「三次会の話題はそれでいくしかないでしょ」

「賛成」

 その場が嫌な感じに盛り上がる。

 ……なんでよ? どうしてそうなるの? 私はアキと友貴なんて釣り合わないよねって、そういう展開を期待していたのに。

 もしかして、私の目は本格的に曇っていたんだろうか。友貴がこんなに評価されていたことを、知らなかったのは私だけなのか。

 少しして、店の外に飛び出していったアキが戻ってくる。

「友貴、連れてきちゃいましたー」

 おーっ、という世界で一番謎な歓声が上がる。

 友貴はアキにウィンドブレーカーの端っこを掴まれて、ここまで引っ張って来られたらしい。借りてきた猫みたいな、なんとも言えない表情をしていた。

「急に誘拐されたんですけど、何? どういうこと?」

 友貴の質問に、アキがやたら嬉しそうに答える。

「だーかーら、三次会だって。友貴も来るでしょってか、拒否権ねーから君に」

「えぇっ、今日早く返るって親に言っちゃってるんだけど」

「そんなん今から電話かければいいじゃん。ねぇ?」

 そうだー! とか、朝帰りしろー! とか、焚き付けるような野次が飛び交う。

 友貴には本来、予定があったらしいけど、私は知っている。彼は強く頼まれると、絶対に断れない。誰よりも他人の期待を裏切ることに繊細で、求められれば誠心誠意自分の役割をこなす。それが良いところ。

 だから。

「わかった、わかったから。……やばいなぁ、これ帰ってから説教コースです」

 哀愁あるぼやきでひと笑いとって、友貴は三次会への参加を了承してくれた。そんな彼に、またアキが絡んでいく。

「次、カラオケだぞ。君歌えるのかね」

「ビミョー。国歌斉唱で誤魔化してもいいですか?」

「ちょっと面白いけど、逃げだからダメー」

 ──最悪だ。

 アキが今やってる会話は、その役割をやるチャンスは、私にだってあった。お手洗いから出て会話したときとか、候補を聞かれたときに、やっぱり私が誘っておけば良かった。

 私の目の前、テーブルの上に置かれたメニューの表紙には、ファミレスが用意した間違い探しの絵が載っている。ハロウィンの時期ということで、幽霊やら骸骨やらのキャラクターが、墓場で踊っているような楽しい絵柄だった。そんな、鏡写しになった二枚の絵は、パッと見は一緒に見えるけど、よく見ればあちらこちらが大きく違う。それはまるで、運命の分岐点に失敗した私の現状を風刺しているみたいだった。

 ──ああ、そっか。

 その瞬間、私は理解した。友貴が三次会に呼ばれていないことが嬉しかった理由を。

 私は恐れていたんだ。私よりも可愛いくて、カーストの高い女子から彼が声をかけられるのを。それが怖いから、友貴は一芸があるだけの、ぱっとしない男子だって決めつけて、モテるわけないって思いたかったんだ。

 三次会に呼ばれないレベルの男子だから、って安心したかったんだ。

 自分という人間性の底を見た気になって、気分が奈落に落ちていく。前方では、招待された他の男子も次々合流して、盛り上がりムードだったけど、それにも参加する気になれなくて、とりあえずスマホをいじるしかなかった。

 さっさとカラオケに行って、全部忘れたい。

 無心で画面をスクロールしていると、なんとなく友貴のラインに行き当たる。別に、大したことなんか話していないけど、暇になるとつい、自分を慰めるように彼とのトークを見返しちゃう。

「え、なにこれ」

 ふと、私はあることに気がつく。ぼんやりしていて空見していたけど、友貴から新規のメッセージが届いていたんだ。

 内容を覗かれないよう、さっと前後を確認して、私はトーク画面を開く。つい一昨日した、犬派か猫派かみたいな信じられないほどつまらない話題の下に、彼からの新しいメッセージが表示されていた。

『聞きたいんだけどさ』

『ソノちゃんは、〝レヴナントの夜〟って映画知ってる? 今週公開なんだけど』

 知らない映画だった。だけど、すぐに聞き返したりするほど、私はヤワじゃない。この続きは、家に帰ってから、じっくりゆっくり返さなきゃ。既読は付けちゃったけど、お疲れ様会でバタバタしてたからとか、いくらでも誤魔化しはできる。そうやってまた私は、自分の行動に言い訳を作る。

 友貴が私だけに送ったメッセージに、胸がドキドキと高鳴っていた。さっきまで絶望的だった感情が、簡単にひっくり返ってしまったのがわかる。女子高生っていうのは、本当に単純な生き物だ。

 スマホを通学カバンにしまうと、私は軽くテーブルの上を片付けてから、意気揚々と席を立つ。

 女子で良かったって、思った。

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