③《知恵を継ぐ者》
ボクは、大陸中から集めた本を収めるための建物――《知恵の塔》を建て、夢を叶えてしまった。
それからというもの、塔の中でひたすら本を読み続けていた。
魔術学、魔法学、宗教、地理、言語、数学、生物学、民俗学、物語――本には人類の知識が積み重なっている。それを読むと、まるで人類の全てを手に入れたような気分になったんだ。
それに、大陸各地の絵画集や伝説、童話を読めば、その国の成り立ちや歴史、風習や文化まで知ることができた。まるで世界を旅しているかのように。だけど、ボクは実際には《知恵の塔》から出なかった。いや、出られなかった。
塔にこもり、本に夢中になりすぎて、次第に俺の体は青白くなり、塔に来た人物が「あの人、薄気味悪いわね」と言ってきたこともあった。運動不足で体力も衰え、食事も忘れて痩せこけでも、ボクはページをめくる手を止めなかった。
いつの間にか、昔の仲間――ストレートチルドレンの仲間たちや、リーダーのジョルジに手紙を書くことさえ忘れていた。きっと、みんなそれぞれの道を歩んで、もう散り散りになっているんだろう。ボクは誰とも会わなくなって、ただ《知恵の塔》の中で本を読み続けた。
そんなボクのことを周りの人々は、俺を「本好きの変人」だと噂し、やがて、“本に魅入られた者”、“知恵の塔の後継者”という意味を込めて、『オルヴィン』と呼ぶようになった。それは、奇しくも母親がボクにつけてくれた名前と同じだった。
――娼館で働いていた母がボクに「オルヴィン」と名付けた時、ボクの運命は決まっていたのだ。
やがて、不摂生な生活のせいか、ボクの体は急速に衰え始めた。死が近いことを感じるようになって、覚悟はしていた。でも、一つだけ心残りがあった。
「もう本を読めなくなるのか……」
自分の命が消えてしまうことは覚悟できた。でも、頭の中の詰まった知識が消え、集めた書物が蔑ろにされてしまうことだけはどうしても耐えられなかった。
そんな時、《知恵の塔》を訪れた老人から、ある噂を耳にした。「‘’ヴァルハラの家’’と呼ばれる家には、他人の過去や記憶を共有できる少年がいる」と。
――ボクは、その噂に賭けるしかなかった。
残されたわずかな力を振り絞って、ボクは『ヴァルハラの家』に向かうことにした。
そこにいた少年は名を“イヴァン”といい、優しげで賢そうな目をしていた。そして、噂通り、他人の過去や記憶を共有できるスキルを持っていた。――だから、ボクは少年に全てを託すことにした。
――――――――――――――――――――
【そして、現在…】
ボクは衰えた体をベッドに横たえ、少年の手をしっかり握っている。そして、これまで守ってきた《知恵の塔》の鍵と、頭の中に詰まっていた全ての知識をイヴァンに託そうとしている。
「お前に全てを託したい。俺の知識、書物……そして、この《知恵の塔》の鍵を」
「ボクの知識は、お前が新しい時代へと繋げてくれ……それがボクの最後の願いだ」
少年は静かに頷き、ボクの手を力強く握り返してくれた。
「僕が必ず、あなたの知恵を継ぎます。そして、新たな知識を得て、次の世代に繋げます」
その言葉を聞いて、ボク安心して微笑んだ。そして、静かに目を閉じた。
――こうして『賢者オルヴィン』の生涯は終わりを迎えた。
だが、彼の知識は“イヴァン”に受け継がれていく。若き少年の中で、彼は生き続けるのだ。
――――――――――――――――
今もなお《知恵の塔》には、『賢者オルヴィン』が集めた無数の本が積み上げられている。その扉を叩くのは、新たな知識を求める者たちだ。
「知識は永遠に、人々の手の中にある」
それが、彼がこの世界に遺した最後の贈り物だった。
これにて、賢者オルヴィンの過去は一旦終了です。
無数に本が収められた《知恵の塔》、憧れます……
次は、聖騎士のお話です。