①《本に刻まれた運命》
(この本文前の文章は、プロローグを要約したものです。ないと混乱するかもしれない、と思いまして……)
英雄たちが余生を過ごす、終焉の地――「ヴァルハラの家」
そこには数人の英雄と一人の少年が住んでいた。
やがて死期を悟った英雄の一人は、特殊アイテム《追憶の灯》を付け、目を閉じ、最後の夢を見る。そして、彼がその夢の中で見たのは、それまでの自分の過去だった。
目を閉じ、最後の夢を見ている英雄の傍には、一人の少年。名は‘’イヴァン”。彼は、相手の記憶や過去を共有できる特殊スキルを持っていた。
そうして少年は知ることになる。かつての英雄はどんな人生を送り、なぜ英雄となったのか。その過去に隠された苦悩と決断の瞬間を……
これは英雄の「過去」と少年の「未来」を紡ぐ物語。
〈彼はなぜ賢者となったのか。〉
最期の夢の中、賢者オルヴィンは静かに、懐かしい塔の中に立っていた。無数の本が積まれたその場所で、彼は遠い昔を思い出していた。
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ボクは、本が好きだった。
魔術学、魔法学、宗教、地理、言語、数学、生物学、民俗学、物語――本には人類の知識が積もり積もっている。様々な知識が一冊にまとめられている本を読むと、とても得をした気分になれた。
それに、大陸各地の絵画集や伝説、童話を読めば、自分が行ったことのない国でも行った気になり、頭の中で地図が―世界が広がっていった。
ボクは貧民街の外れで生まれたが、『オルヴィン』――「知恵を継ぐ者」なんていう大層な名前をつけられた。
ボクの本好きは、その名をつけられた時点で始まっていたのかもしれない。
でも、その名前が呼ばれることはほとんどなかった。
ボクは娼館で働く母から生まれ、「おい」やら「お前」と呼ばれ、殴られ、食事を抜かれ、育てられた。やがて母は幼いボクを置いて、小金持ちな男と街を出ていった。貧民街ではありふれた話だ。
「ボクは、親に捨てられたのか」
その事実を認めはじめた頃には、飢えと疲れで道端に倒れ込んでいた。
「このまま死ぬのかな……」
そんな時だった。ボクの前に、一人の少年が近づいてきた。
「君、ずいぶん臭くて汚れてるね」
その声の主は、自分より少し年上の少年で、醜い虫でも見るかのような表情をしていた。
「邪魔なんだよね。…まぁでも、今日は機嫌がいいから掃除してあげるよ」
「……掃除?」
意識が朦朧としている中、ボクは思わず聞き返した。
「どうする?ここで死ぬか、生きるか。どっちがいい? 」
「次の仕事があるんだ、早く決めてね。」
「ま、生きると決めたなら、僕たちの仕事を手伝ってもらうけど。」
ボクは考える気力もなく、彼の声も聞こえなくなりつつあった。ボクはただ彼に向かって手を延ばし、やがて意識を失った。
「冷たっ!」
そう思って目覚めると、ボクは頭から水をかぶっていた。
「あ、おはよー! 気分はどう? やっと綺麗になったね。これでやっと思い切り息が吸えるよ。」
「僕の名前は“ジョルジ”。一応この辺り一体の孤児達をまとめてるんだ。でも、名前は呼びづらいでしょ? “リーダー”とでも呼んでね。」
ジョルジョは、貧民街の“ストリートチルドレン”と呼ばれる孤児たちの一団のリーダーだった。
「君は……“オルヴィン”って言うのか。長くてめんどくさいな。そうだ!君のことは“ヴィン”って呼ぶね。」
「君も今日から僕たちの仲間だ。安心して……仕事はたくさんあるんだ。煙突掃除に、煤集め、靴磨き、水汲み……スリや窃盗とかね」
リーダーは少しニヤリとしながら、ボクにそう告げた。そしてボクは、その日から彼らの一員となった。