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④《剣聖の役目・父の役目》

 

 剣聖になる決意を固めた俺は、乳母に心からの感謝を告げ、姉の葬儀には参加することなく、妻と二人の子どもがいる国へ戻った。


 そして、会った瞬間、土下座。そのままの状態で、公爵邸での出来事を全て打ち明ける。姉との確執が解けたこと、そして何より、剣聖になるという固い決意を、無我夢中で語った。そして、《剣聖》となるための修行の旅に出たいと告げた。 このまま街でぬくぬくと暮らしていては、いつまで経っても剣聖になれない。


「いつか、こんな日が来るんじゃないかと思ってた」と、妻は覚悟を決めた目で言った。二人の子ども達はまだ幼く、俺の様子を不安そうに眺めていた。

 それから俺は少しの路銀と食料、そして剣だけを持って、家を出ることにした。俺が「ありがとう。行ってくるよ」とだけ告げると、妻はただ一言「ここで待ってるね…」と返してくれた。

 

 公爵邸から家出した時に乗っていた馬は身バレを恐れ、生活費の足しにするため、売ってしまっていた。だから、修行の旅は徒歩で始めることになった。

 俺は公爵邸にいた時のように、森の中で走り込み・素振り・打ち込み・筋力トレーニングを行った。基本的な生活の合間ですら、休む暇もなく俺は剣を握り続けた。俺は剣聖スキルを持っていたため、驚くほど力がついていった。

 途中、運よく馬を手に入れることができた。そこからは各地を練り歩き、剣の達人たちに教えを乞い、模擬戦を行っては木刀で打ちのめされた。公爵邸での日々と似ていたが、一つだけ違った。それは誰がに強制されたものではなく、俺自身の意志で選んだ道だったことだ。

 

 「姉上は役目は果たした。俺はかつて逃げてしまった。次は俺の番だ。俺は俺の役目を全うする」


 「もうこれ以上、誰も失わせない。幼い子どもたちから、親を奪わせない。魔物を倒し続ける。―――それが、俺にできる唯一の償いだ。」

 そんな決意と覚悟を胸に、俺は剣に誓い続けた。



 やがて魔物を倒し続ける日々が始まった。大陸中を駆け抜け、数年にわたって魔物を打ち倒し続けるうちに、いつの間にか人々は俺を「剣聖様」と呼ぶようになった。


 俺に憧れた村の子ども達たちが、稽古をつけて欲しいと旅についてくることもあった。しかし、なぜか数ヶ月もすると彼らは離れていった。


 だから、俺は一人で旅を続けた。その道中、俺は二週間に一度、離れ離れの妻と子どもたちに向けて手紙を書いた。返信には、『子どもの背が伸びた。料理のお手伝いができるようになった。文字を読み、数を数えられるようになった。長男の口が悪くなった。兄妹喧嘩が絶えない。』など、子ども達の成長や嬉しかった出来事、子育ての悩みや愚痴などが書かれていた。また、手紙の内容は毎回様々だったが、毎度必ず「私も子ども達も、貴方の帰りをいつまでも待っている」という言葉で締めくくれられていた。

 

 俺は魔物を倒し続ける旅を続けた。姉上の子ども達のように、幼子が家族を失うことがないように、魔物から村人を守り続けた。そう、勇者が魔王を討ち取り、魔物が滅びるその日まで。

 

 そして数年後、ついに『勇者エリクが魔王を討ち取った』―そんな報せが隣国からやってきた。


 ついに魔王は倒され、魔物滅んだのだった。

 

 俺は妻と子どもが待つ国へ帰ることにした。

 

 だが、国へ帰ると妻は不治の病で伏せっていた。手紙にはそんなこと一言もなく、元気でやっているものだと思っていた。妻の最期の言葉は「ごめんね。子ども達を誤解しないでやってね。どうかあの子達をよろしくね」というものだった。


 子ども達は俺が修行の旅に行っていた数年の間に、かなり成長していた。上の男の子は9歳、下の女の子は6歳になっていた。


 俺は子ども達に向き合うが、子ども達から返ってきたのは冷たい視線と言葉だった。


 「お前のせいだ。お前が母さんを殺したんだ。」と。


 「お前からの手紙が来る度、お母さんは泣いていた。俺たちが慰めても、泣き止まなくて、いつしか寝込むようになったんだ!」

 

 「お前のせいだ。お前が母さんを殺しんだ!この人殺し!」と。


 俺は魔物を倒し続け、たくさんの村人を子ども達を救ってきた。だが、俺は自分の子ども達を妻に預け、出ていった。妻にいらぬ心配をかけ、妻は心労がたたり弱って死んでいったのだ。


 「お前なんか父さんじゃない!お前なんか知らない!」

 

 俺は自分の子ども達を何年も放置してしまった。


 それに俺は子ども達への接し方が分からなかった。俺自身、両親に抱きかかえられたことや褒められた記憶は一切ない。どう言葉をかけて、どう接すればいいのか分からなった。子ども達への愛情の注ぎ方を知っていた妻はもう死んだ。俺は姉ばかり溺愛していた父と同じようになってたまるか、と思っていたはずなのに、結局やっていたことは同じだ。

 

 そうか、俺に憧れて弟子入れした子ども達が、数ヶ月もしない内に出ていったのは、俺は彼らとちゃんと向き合ってなかったからだ。褒めることも、触れることもせず、木刀で稽古をつけるだけだった。


それに俺には、目についたところを貶してしまう癖があった。 イライラするとやがて感情を爆発させ、その者に当たってしまった。俺に憧れ弟子入れしていった子ども達が離れていった理由がようやく分かった。


 妻は「ごめんね。子ども達を誤解しないでやってね。どうかあの子達をよろしくね」という言葉を遺して死んだ。

 その言葉に応えようと思ったが、母を失った子どもたちの心の傷は深く、俺との間には埋められない溝ができてしまった。だから俺は、妻の葬儀を終えると、子どもたちを妻の両親に預けることにした。


 自分の両親―――あの公爵邸に預けるわけにはいかない。俺が家を出た後、分家の男子が後継者に立っていた。それに、俺はまだ父と母を恨んでいる。姉だけを溺愛していた理由は分かるが、俺だけを疎んじ(うとんじ)、褒めることも抱きしめることも一度も無かった。それを許すつもりはないし、そんな家に大切な子ども達を置くことはできない。あそこは、もう俺の帰る場所ではない。


 俺の子ども達も同じ想いではないだろうか?

 

 剣聖として魔物退治の旅に出ていたことを説明しても、何の言い訳にもならないだろう。数年間、一度も家に戻らず、妻と子ども達を放置していた事実だけが、そこにある。

 

 子ども達が俺を許すことはないだろう。


 それに、俺は子ども達をどう育てればいいのか、どう愛せばいいのか、分からない。だから、妻を愛情深く育ててくれた祖父母に預けるのが最善だと思った。彼らなら、俺よりもずっと優しく、子ども達を愛情いっぱいに育ててくれるだろう。


 そうして、俺は妻の葬儀を終えた後、子ども達を妻の両親に託し、生活費と教育費として十分な金貨を渡した。


 それから、また俺は冒険者として一人旅を続けた。旅の途中、俺は子ども達に手紙を書き続けた。だが、返事が来ることは一度も無かった。それでも、俺はこっそりと子ども達の成長を見守り続けた。彼らは愛情深く育てられ、立派に成長していった。俺は少し安心した。


 だが、冒険を続ける中で、《剣聖》と呼ばれた俺の体も、やがて衰えていった。足腰も弱っていき、かつて妻と子どもたちが住んでいた家に戻り、妻の墓参りをすることだけが俺の日課になった。


 でも、一人は寂しかった。


 俺は他人とどう接していいのか分からなかった。街の子どもたちとも、近所の住民とも上手く関係を築けなかった。妻が生きていた頃は、彼女がその橋渡しをしてくれていた。今となっては、それももう叶わない。


 それでも、晩年になると、無性に誰かと話したくなる。誰かと一緒に過ごしたいと感じるようになってきた。だが、子どもたちと一緒に暮らすことはできない。彼らは俺がいなくても立派に育った。それでも、俺のことを恨んでいるだろうし、顔を出せば、彼らは母を思い出し、悲しむだけだろう。


 だから、俺は噂に聞いていた『ヴァルハラの家』へ向かうことにした。妻と子どもたちと過ごした家を売り払い、最後に妻の墓参りをしてから。


 『ヴァルハラの家』は、寄る辺のない英雄たちが余生を過ごすために建てられた場所だという。そこでは、比較的穏やかな日々が待っていた。だが、一緒に暮らす連中も、故郷を追われた者や、天涯孤独の者ばかり。どいつもこいつも、一筋縄ではいかない奴らばかりだった。普通なら関わりたくないような連中だったが、ここには一人、俺たちをまとめてくれる少年がいた――イヴァンという少年だ。


 イヴァンは俺たちのような孤独な英雄たちに居場所を与えてくれた。そして、やがて俺も自分の死期を悟ったとき、この『ヴァルハラの家』で静かに骨を埋める覚悟を決めた。


 だが、心残りがある。妻の墓と、二人の子ども達のことだ。

(妻の墓は荒れていないだろうか? あの子達は無事に成長しているだろうか? 今は何をしているのだろうか?)

もうこの動けない身体では、確かめに行くことはできない。それが、何よりも苦しかった。


――――――――――――


「俺は剣聖として、無数の魔物を倒し、数え切れないほどの人々を救ってきた」


「でも俺は、家族――妻と二人の子ども達だけは救えなかった」


「姉上のように、子ども達に愛情を注ぎ、立派に育ててやることもできなかった」


「剣聖としての役目は果たせたかもしれないが……

 父親としての役目は、果たせなかった」


だから、俺はあの日以来、姉上の墓には顔を見せることができなかった。姉上に合わせる顔がない。俺は、役目を果たせなかったのだから。


 

 ――――――――――――――――――――――

 ベッドに横たわり、かつて“剣聖”と称された英雄“スリグナル”は最期の夢を見ている。その傍らでは、少年“イヴァン”が彼の手を握り、共に夢を見ていた。その夢の中で、スリグナルはイヴァンに静かに目を向ける。

 

イヴァン、俺からの最期の忠告だ。

 

(英雄となるものは、英雄の役目と同時に、家族としての役目を忘れてはならない。)


それと、最期の願いを聞いて欲しい。


 (俺の代わりに、姉上の墓に姉上が好きだった花――リリウムを。妻の墓には、妻が好きだった花――スズランを)


 (そして、どうか、叶うならば……子ども達を見守って欲しい。)


 (俺の(つるぎ)“ヴェルヘルム”は君に預けよう。)


 (どうか、よろしく頼む。)


そう言い残し、かつて剣聖と呼ばれた老人、スリグナルは静かに息を引き取った。――――少年“イヴァン”に想いと剣を託して。



これにて、『剣聖スリグナル』の話は一旦完結です。

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