①《少女の苦悩》
桜井紬――彼女は最期の夢の中で思い出していた。かつての孤独と最愛の人。そして別れの瞬間を………
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【第一章:少女の苦悩】
私は“地球”という惑星からの召喚者だった。あの日、高校の卒業式を終え、親友とお菓子パーティーをしようとコンビニに立ち寄った。いつものように自動扉をくぐった瞬間、突然目の前が眩い光に包まれ、気づいた時には知らない場所に立っていた。
「……ここ、どこ?」
白い壁に見たことのない彫刻、冷たくツルツルとした床の感触。周りを見回すと、白いローブを着た人々が私を囲んでいた。夢か幻でも見ているのかと思ったが、それにしては視界がはっきりしていて、肌に触れる床の冷たさがリアルだった。試しに頬をつまんでみる、痛くて、ここは現実だと気づいた。
「おお!ついに召喚に成功したぞ! 神は我々を見捨ててなどいなかった……!」
「聖女様、ようこそこの世界へ……!我ら一同歓迎致します!」
「え、召喚……?聖女……?」
戸惑っていると、彼らが一斉に頭を垂れ、私に向かって崇拝の眼差しを向けてきた。まるで信じられないような光景に、私は呆然とした。
「聖女様、どうか我らをお救いください! この世界は魔王の脅威にさらされているのです!」
「……魔王?」
混乱する頭の中で、親友から借りた異世界転生ものの小説がふと浮かんだ。でも、こんなことが自分の身に起こるなんて、信じられるはずがなかった。
(まさか、本当に……異世界?)
現実を受け入れられずにフラフラとしていた身体を彼らに支えられ、私は隣の聖女専用だという神殿へと連れて行かれた。そこでは、侍女や騎士がつき、護衛や世話をしてくれた。
いつしか、私はこの世界に“聖女”として召還されたことを受け入れ始めた。
それからというもの、私はこの異世界に順応するために努力した。言語、歴史、文化、教養、魔法、さらには「聖女だけが使える」という聖魔法も学び始めた。
でも、私は一切魔法が使えなかった。
「……どうして、魔法が使えないの?」
訓練場で何度も何度も試みたが、何も起こらなかった。私はその場にいた神官に不安げな目を向けた。
「聖女様、きっとすぐに使えるようになりますよ」と最初は優しく励まされていたが、時間が経つにつれて彼らの態度は変わっていった。
「どうして使えないのですか? あなたは聖女ですよね?」
「神への信仰心があれば、必ず使えるはずです!」
神への信仰心が足りないから魔法が使えないと言い出したのだ。
「まさか、貴方様は神を信じていないのですか……?」
いつしか、神官や周囲の者たちは私を責め立てるようになり、私はますます孤立していった。
夜、ベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見上げながら、地球での生活を思い出していた。
(……神、ね……)
私にとって「神を信じろ」と言われても、どうにも理解できなかった。地球では、そんなこと考えたこともなかったからだ。
(信じろって、どういうこと?)
心の中で、自然とそんな疑問が浮かんでくる。地球で私が信じていたのは、現実的なものばかりだった。科学やデータ、実際に自分の目で見て、手で触れられるものだけ。宗教の話題が家族や友人の間で出たことはあったけど、私にとってはどこか遠い世界のことだった。
(神様って、結局はただの概念でしょ?)
そんな風に思っていた。だからこそ、この異世界で急に「神を信じろ」だなんて言われても、全然ピンとこない。
(私がこんなところにいるのって、どうして?)
視線を天井に向ける。目に映るのは豪華な装飾が施された天井だ。まるで絵画のような美しさ。でも、それがどうにも私の心を晴らしてくれるわけじゃなかった。
(まだ友達ともちゃんとお別れできてなかったのに……)
親友との約束だって、果たせてない。地球では、私には目指すべき未来があった。第一志望だった大学で夢のキャンパスライフを送る予定だったし、家族ともっと沢山の時間を過ごすつもりだった。
(全部、奪われたんだ)
そう思うと、自然と拳が握りしめられていた。私はこの世界が許せなかった。私を無理やり召喚したこの人々、そして、そんな彼らが信じる神が――。
翌朝、侍女のミリアが私の部屋に入ってきた。彼女は私の表情をじっと見て、何かを察したように問いかける。
「聖女様、お辛そうに見えますが、何かお悩みですか?」
「ミリア、私……神を信じられないの」
「え?」
「地球では……神様なんて信じるものじゃなかったんだ。ただの象徴で、現実に頼る方がずっと大事だったから。それに……」
言葉が詰まった。家族や友達、地球での生活が脳裏に浮かぶ。
「私は……まだ地球にいたかった。友達と、家族と……もっと一緒に過ごしたかった……」
その声に、ミリアは少しだけ戸惑った表情を見せたが、優しく頷いた。
「……でも、聖女様が召喚されたのは神の意志です。聖女様には特別な役割が……」
「そんなの、信じられないよ」
無理だ、とつぶやき、私は彼女に背を向けた。
日が経つにつれ、私はますます追い詰められていった。神官や周囲の者たちは、私が魔法を使えないことを嘆き、責める声が日ごとに強くなっていった。
「信仰心が足りないのです! 聖女であれば、必ず魔法が使えるはずです!」
「もしや神の寵愛を失ったのでは……! いや、最初から召喚に失敗していたのか? 」
その度に、胸の中に重い石が乗せられるような感覚がした。彼らの期待はどんどん大きくなるのに、私は何もできない。無力感と孤独だけが募っていく。
夜、またミリアが話しかけてきた。
「聖女様、少しお話ししませんか?」
「……ミリア、どうして皆、そんなに神を信じられるの?」
「神は……いつも我々を見守ってくださっているからです。だから、聖女様もきっと救ってくださるはずです」
「……そうだといいけど」
そう言って、私は窓の外を見つめ、再び地球に想いを馳せていた。




