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7/27 101匹わんちゃん

 JR山手線・高田馬場駅から程ない住宅街。

 東京という街は通りを横切った回数だけ怪しげな様相を呈する。

 都内在住、馬頭ばとう琴子ことこは恐怖に震えていた。

 そばに連れているのは愛犬のポメラニアン。

 名前は電王でんおう

 友人から面白半分であてがわれた名前であり琴子も貫禄ある名前だと気に入っていたのだが、それが2007年放送の仮面ライダーの名称であることを知ったのはつい最近であった。

 その時、通りの角を人影が通り過ぎ、琴子とは別の路地へ消える。

 琴子は安堵した。

 数刻前、表通りで声を掛けられた物乞いへ苦笑いを返して立ち去ったのだが、なぜだかその物乞いの男に付き纏われて逃げ隠れていたのだった。

 琴子に”そういった人間”を差別する気は無いが、物乞いを断られた腹いせなのか、理由は何にせよいきなり人を追いかけはじめる人間性など理解できなかった。

 その不条理な人間性と大の男に追われた恐怖、琴子には耐え難いものがあった。

 駅からも自宅からも微妙に距離が離れた住宅街の一区画。

 予報に無かった雨も次第に強まり、琴子は今にも帰りたいばかりだった。

 愛犬の電王をこのまま雨に晒すわけにもいかない。


───『……匹、…七匹』


 奇妙な呟きが聞こえてくる。

 空は厚い雲に覆われ、薄暗い路地に聞こえる不気味な呟き。

 嫌なシチュエーションだ。

 その呟きが今まさに歩き出そうとしている道の先から聞こえている。

 しかし引き返すことも出来ない。

 いま引き返せばあの男と遭遇する可能性がある。

 あの男がずっと先へ行ってしまっているのだとしても、琴子に引き返せるほどの気量は無かった。

 

───「八八匹、八九匹、九十匹」


 呟きは歩みを進めるほど鮮明となった。

 恐らく、なにかを、”数えて”いる。

 それも既にかなりの数を数えている。

 通りをまっすぐ十数メートル進んだ先の小さな駐車場のそばに自治会のゴミ捨て場があり、そこにかがみ込んでネットボックスへ手を突っ込む老婆の姿が見える。

 彼女が不気味な呟きの主である様だった。


───「九三匹、九四匹、九五匹」


 当然だが、老婆の姿は刻一刻と琴子へ迫る。

 雨の日に傘もささず、白髪が大半を締める髪の毛は激しく乱れ、色の落ちたシャツに汚れたサンダル姿。

 琴子に”そういった人間”を差別する気は無かったが、一体ゴミ捨て場で何をしているというのか。

 捨てられたゴミ袋を手当たり次第に破き、中身を掴んでは外へ投げつけているようにも見える。

 そしてそれを───数えている。

 赤くて、少し黒い。ベチャっとしたその塊を。

 琴子には到底理解し難い人間性である。


───「九七匹」

───「九八匹」

───「九九匹」


「ひゃく……ひき…?……、………………」


 琴子は足早に老婆の横を過ぎ去った。

 過ぎ去った………当然だ。

 老婆は、琴子が老婆に気付くよりずっと前からそのナニかを数えていたのだ。

 琴子がそばを横切るからといって琴子へ何らかのアクションを起こすと考えるほうが不自然なのだ。

 なのだが、琴子はやはり安堵した。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」


 長い沈黙が訪れた。

 過ぎ去った老婆は琴子がそのまま歩けば歩くほど遠ざかる。

 もう十メートルは遠ざかったか。

 しかし、琴子には気にせずにはいられなかった。

 その老婆、なぜ『百』を数えた途端にパッタリと何も言わないのだろうか。

 あんなに必死の形相で”数えて”いたのに、自分が通り過ぎるやいなや訪れる沈黙。



「………………」


 もう過ぎ去ったのだ、気にする必要は無い。

 もう過ぎ去ったのだ、一目振り返るくらい。

 少しの逡巡───琴子は振り向いた。

 葛藤もなにも無い。

 その沈黙が不気味だったので気になって振り向いた。

 それだけだ。



 老婆は、こちらを視ていた。



 琴子を?いや違う。

 正確には琴子の連れている電王を、だ。

 飼い主である琴子はいち早くそれに気付く。

 と同時であった。



「一匹、足りない。」


 老婆は口を開く。

 琴子は走って逃げ出した。





『……匹…四匹…』


 琴子が走って逃げ出してから数分が経った頃だった。

 老婆はまた何事も無かったように自分が投げ捨てた『ナニか』を拾い集め、そしてまたそれを数える。

 もはや老婆の行動に意味を見出そうとは思わない。

 そこへ息を荒くした人影が近づいていた。

 

『……匹、……匹、……匹』


 男。

 ボロボロの衣服に生え放題の髭。

 物乞いなのだろうか。

 誰かを探し、追っているような様子で、おぼつかない足取りで通りを駆ける。

 その男にもきっと老婆の呟きは聞こえているだろう。

 だが全く意に介す素振りは無い。

 そのまま男が老婆の横を過ぎ去る。

 老婆と、その周りへ飛び散った赤黒いモノのそばを駆け抜ける。



───バギッ



 瞬間、男が踏み付けた塊からそんな音がした。

 まるで、硬い骨片を踏み潰したような音が。

 百を数える『肉片』はそこら中にまき散らされていた。




➌ 101匹わんちゃん(完)

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