表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

7/11 『置き配でお願いします。』

 宅配の方へ、

 いつもありがとうございます

 届け物は玄関前に置いておいてください。

 305号室 誉良ほめら




 昨晩、そんな旨の張り紙をマンションのドアに貼り付けた。

 というのも、私は大学への通学で早朝から家を空け、そのまま夜まで留守にするという生活を続けているのだ。

 あくる朝、いつものように通学の為に家を出た私は、玄関先に見覚えのない”保冷バック”を発見した。

 買い物袋くらいの大きさで、ずっしり重みのある保冷バッグだった

 ───誰がここに?


 そこでふと、昨日ドアに貼った張り紙が視界にとまる。

 じゃあこれが私への”届け物”だというのだろうか。

 そこに差出人の明記は無く、ごく普通のアルミ製の保冷バッグだ。


 仕方がないので、バッグを玄関から部屋へ運び込む。

 そこまでしたら、もうバスの停車時間が迫っているというのだけど、中身を少し見たくもなるのが人情だろう。

 それに保冷バッグの中身が冷凍ものなら冷蔵庫へしまわないとマズいだろうし。

 軽い気持ちだった。

 それもそうだ。保冷バッグ一つ開けるのに慎重になるような人がいるだろうか。

 そりゃあ差出人不明っていうのが気にならないわけじゃないんだけど。

 その時は実家の親が余った食材でも送ってきたんだろう、くらいにしか思ってなかった。



 けど───

 世の中には、ほんと、よく分からない事をする人がいるんだろう。

 こんな物、私頼んでないよ。

 ううん、誰も欲しがらないって。



 保冷バッグの中身は、まるで血生臭さを押し固めたような『氷塊』だった。

 形状と呼べるものなんてなくて、冷凍されることで無理矢理に保たれているぐちゃぐちゃなカタチ。

 その日常でまず目にすることのないおぞましい色彩に血の気が引いていく。

 冷凍状態が幸いして腐乱臭が部屋にぶち撒けられるようなことにはならなかったけど、そっとその物体に鼻先を近づけると、その行為を即後悔するほど鼻を刺す強烈な異臭が漂った。


 ”冷凍赤虫”って知ってるかな。

 昔、家で熱帯魚を飼っていたんだけど、その餌だったの。

 元は蚊の幼虫みたいなんだけど、それを数百匹もいっぺんに押し固めてあるの。

 赤黒いキューブ状の氷塊。

 それが水槽内で溶けて魚や両生類の餌になるんだけど……目の前のその異様な物体が、結構それに似ているんだよね。


 大きさやおぞましさは全然比じゃないんだけどさ。

 こんなにぐちゃぐちゃじゃないし、変な臭いもしない。

 けど、結構似てる。

 赤虫じゃないけど、きっとこれも何かの生き物の肉片を固めてあるんだろう……と、したくもない思考が望まずとも展開されてしまう。


 結局、その異様な『届け物』は警察に通報して処分された。

 ……まぁ、それでは終わらなかったんだけど。

 その日始まった戦慄は、これからしばらく私の生活を蝕んで離れなかった。




 次の朝も、”あった”。

 昨日とまるで同じように、玄関先に無骨に差し置かれている。

 もちろん中身は同じだ。

 赤黒く、ぐっちゃぐちゃにただれた氷塊。


 それが次の日も、また次の日も、何も言わずに置かれてるんだから頭に来た。

 毎朝毎朝、その度に警察に通報して。

 ───そんな日々が、少しの間続いた。



 けど、憔悴する私の一方で、保冷バッグへ異様に興味を示すのだ。

 我が家の愛犬・マリアンヌが。


「ワ゛ンッ!ワンッ!!」


 一人暮らしで最近は構ってあげられていないんだけど、実家からわざわざ連れて来た私の親友だ。

 白と茶色のポメラニアン。3歳、女の子。

 どう、可愛いでしょう?

 そんなマリアンヌがね、どうしようもないくらいさあ、叫ぶのよね……。

 保冷バッグ見つめてさ。

 どんなオモチャやご飯よりも興味津々!て感じに。

 こう叫ばれちゃあ、いくらペット可のマンションでも近所が気になる。



 どうしちゃったってのかしら。

 まったく…………



◇◇◇



 相変わらずの日々が続いていたのだけど、その日は大学関係の用事で帰るに帰れず、近場の友達の家で一晩過ごすことになった。

 そういう日ってあるじゃない?たまにだけど。


 自動でご飯を上げられる給餌器きゅうじきを持っているから、そこんところは心配無いんだけど、マリアンヌに寂しい思いをさせてることに変わりはない。

 その日も夜が更けた頃、ようやく私は帰路へ着けた。

 梅雨も終盤、その日もまた雨がザーザー降りだった。

 そして、マンション付近に深夜だというのに不自然な人集ひとだかりができていることに気付く。

 事故だろうか。警察の姿まで見える。


 いや違う。

 事故とかじゃない。

 ───マズい。



 そこで気付いた。

 そうだ……今日も、”届けられた”んだ。

 マンションに近づくにつれ、雨の臭いに混じって、嗅ぎなれてしまった異臭が鼻を突き抜ける。

 動物だったものが、腐った臭い。

 それは『氷塊』として臭いをも保冷バッグに押し込められていた時より、もっと強烈に鮮明な臭いだった。


 つまり、”届けられた物”が、私が留守で処分されなくて……その、つまり、”放置”……されたのよね。

 せっかく凍ってたものが、溶けちゃったんだ。

 あーあ。

 保冷バッグの持続時間は4~6時間程度。

 それに、もう夏へ差し掛かった外気に1日中さらされたソレは、強烈な腐乱臭をマンション全域に放出していた。



 その惨状を前に身体中から気力が抜け落ちた。

 きっと住民の誰かが、死体でもあるんじゃないかと思って通報したのだろう。

 既に腐乱臭に覆われたその建物に、正直、私は近づきたくなかった。




 そして───耳をすまさずとも、マンション中から『犬』の『鳴き声』が聞こえた。

 『臭い』に反応した『犬達』……


 今なら、こんな風に思える。

 アレはきっと、”犬の餌”だったんじゃないか……って。

 最上の獲物を前にした獣の唸り声が、その日、一軒のマンションから一斉に放たれていた。

 我が家の愛犬も……私の親友も、きっと今頃、理性もかなぐり捨てて雄叫びを上げているんだろうなぁ………





 …………それでさ。

 何が恐ろしいって。

 あの日、もし私が玄関に張り紙をしなかったら。


 ”誰が”来ちゃったんだろう、って。───







 ところで、なんでソレが届けられたのは私の部屋だったんだろう。

 犬の餌だったなら、別に他の部屋だっていいじゃない?ペット可の物件なんだから、って考えてしまうけど。

 ただ、う~~~ん、考えられるとすればだけど。

 毎朝、家を出る時とかにマンション内で住民を見かけるんだけど、それで犬を連れている人もやっぱり多いんだよ。

 けど、”ポメラニアン”は一度も出会ったことがないんだよね。

 まぁ、犬種なんて数あるんだから、別にだからどうって話でもないよね。

 だけど、このマンションでポメを飼ってるのは私だけなんだと思う。




❶『置き配でお願いします。』(完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ