第8話 罪人のファッション
「リーリエ嬢、こんな山賊の為にお手を煩わせることはありませんよ」
「いいんですよドノヴァンさん、大して時間は掛かりませんから」
私は荷台から降りると刷毛と染料を手にナバルの前に立つ。
「それでお嬢ちゃんよ、どんな服を作ってくれるんだい? どんな生地を使うんだい? 裁縫道具は?」
ナバルは待ちきれない様子で捲し立てる。
しかし生地や糸だってただじゃない。
どうして山賊の為に自腹を切らないといけないのか。
だから使うのは昨夜騎士や私の鎧を作る時に使った黒の染料の余りだけで十分だ。
「そんなものは必要ありません。今着ている貴方の服をそのまま加工します」
「この服をかい? それは良いがこのザマじゃあ服を脱げねえぜ」
そう言ってナバルは縄に縛られた両手を私の前に差し出した。
確かに両手を縛られているナバルは服を脱ぐことができない。
かといって連行中の罪人の両手を自由にするのはさすがに問題がある。
「……まあこのままでいっか。両手を上げて貰えますか?」
「おう、これでいいのか」
ナバルは私に言われるままバンザイの姿勢をとった。
「じゃあ動かないで下さいね」
私は刷毛に黒の染料をつけるとナバルの服にさっと横線を引いた。
一本、二本、三本。
同じ太さで等間隔に何本も線を引く。
これが意外と難しい。
刷毛を持つ右手に意識を集中してまるで機械のように正確に線を引いていく。
前面が終われば次は背中側にも同じように横線を引く。
そして最後に腕を下ろしてもらい袖にも同様に線を引いて完成だ。
「何だいこいつは……」
ナバルは自分の着ていたジャージに描かれた模様を見て言葉を失っている。
「どうかしら? これから収容所でお勤めをする事になる貴方にはお似合いの服よ」
私がナバルの服に描いたのは白と黒の縞々模様。
そう、これで囚人服の完成である。
この服ならばジャージと違って騎士達に連行されていく人間が着ていても違和感がない。
我ながら最低限の材料で上手く仕上がったものだ。
この世界の人達には分からないであろう達成感に酔いしれている中しばし茫然としていたナバルがハッと我に返って口を開いた。
「お前、この服……」
ナバルは自分の服を凝視しながらぷるぷると声を震わせている。
自分の服を素敵な衣装に変えて貰うつもりがよりによって囚人服にされてしまったのだからそうもなろう。
少しはいい薬になったんじゃないかな。
私は彼に向かって得意気に言い放った。
「これに懲りたらもう悪い事をしようだなんて考えない事ね」
しかし彼の反応は私の予想とは真逆だった。
「……いいなこのデザイン、最高じゃないか! ありがとよ嬢ちゃん!」
「は?」
「ナバルの兄貴自分ばっかりズルいですぜ!」
「お嬢ちゃん、俺達の服も兄貴の様にカッコよくしてくれよ!」
「俺達もナバルの兄貴のようなイカした服を着て輝きてえ!」
「ええ……」
何故か囚人服は山賊達には好評のようだ。
そういえばすっかり忘れていたけどこの世界ではファッション文化が全く発展していなかったんだ。
この縞々模様も彼らからすれば最高のお洒落に感じたのだろう。
山賊達は自分達の服にも同じ模様を描いてもらおうと私の前に殺到する。
完全に誤算である。
しかしどの道ナバルひとりだけ囚人服にしても違和感は拭い去れない。
折角だから全員同じ格好になって貰おう。
「はいはい、皆さんの服も同じ様にしてあげますからそこに並んで下さいね」
「あいよ嬢ちゃん」
「おい、俺が先だぞ!」
「何だとお前が横入りしたんだろう」
「喧嘩するんならやってあげませんよ」
「はいっ」
私は溜息をつきながら順番に山賊達の服に横線を引いていった。
山賊達の服を全て囚人服模様に書き換え終わったのは太陽が真上に上がる頃だ。
山賊達は私にお礼の言葉を残しつつ手を振りながら騎士団にアルメリア侯爵領へと連行されていった。
「はぁ、疲れた……」
一仕事終えた私は荷馬車の上に戻って昼食を取り一休みする。
考えてみたら私は昨夜から一睡もしていない。
お腹が膨れた私は猛烈な眠気に襲われてそのまま深い眠りについた。
◇◇◇◇
「起きろリーリエ、もうすぐおばさんの家に着くぞ」
「うーん……あと五分だけ……はっ!?」
「やれやれ、やっと起きたか」
私はお父さんの声で目を覚ました。
どれだけ眠っていただろうか。
目が覚めた時には荷馬車はアルメリア侯爵領内にあるアリアベルおばさんの家の前に到着していた。
アリアベルおばさんはお父さんの従妹にあたる人物で夫のトリスタンおじさんとアルメリア侯爵領の外れで牧場を運営している。
お会いするのはお母さんの葬儀の時以来だけど夫婦揃って温厚でとても優しい人だ。
「アリアベルおばさん、トリスタンおじさん、お久しぶりです、リーリエです」
私は荷馬車から飛び降りると玄関の扉を叩いた。