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第6話 衣装の力


「スー……ハー……よし!」


 私は立木の前で剣を構え大きく深呼吸をして意識を集中する。

 今まで一度も剣を握った事なんてなかったけどドノヴァンさんからお借りしたこの剣はまるで体の一部になったかのように手に馴染んでいる。

 私は構えながらまるで周囲の時間が止まっているかのような感覚を覚えた。

 騎士たちは固唾を飲んで私の一挙手一投足に注目している。

 その時一枚の葉っぱが上からヒラヒラと落ちてきた。

 私はその葉っぱが落ちていく様子を目ではなく肌で感じ取る。

 そして葉っぱが地面に落ちた瞬間に私は全身の筋肉を緊張から解放した。


「……できた」


 私はそう呟きながら立木に背を向ける。


「……ドノヴァン隊長、今の見ました?」

「ああ、まさに疾風迅雷といったところか」


 騎士達が見守る中数秒のタイムラグを経て立木は自らが斬られた事を漸く気づいたかのようにバラバラと七つの木片に分かれて地面に散らばった。


「おお!」


 その瞬間一騎士達の歓声が周囲に響き渡った。


 今の目にも止まらない速度の斬撃は【炎の聖痕】の原作で女剣士オルフィアが使用するミーティアルブレードと名づけられた必殺の剣技だ。

 一瞬で相手に七度の斬撃を浴びせる技で、英雄の血を引く選ばれた者のみが使う事ができる特別な技である。

 前世ではクラスの男子がチャンバラごっこの際によく真似をしているのをニヤニヤしながら眺めていたものだ。

 しかし今私が放ったこの技は控え目に見てもごっこ遊びのレベルではなく間違いなく実戦でも使えるレベルの威力だろう。

 どうやらこの世界に転生してきた私は剣術の才能があったようだ。


「あースッキリした。ありがとうございましたドノヴァンさん。剣はお返しします」


「ええ、予想通り凄まじい剣技でしたね」


「え? どういうことですか?」


 初めて剣を握った私がオルフィアの必殺剣技を使いこなせた事は私自身が一番驚いている。

 それなのにどうしてドノヴァンさんは私が剣を使えることを予想できたのだろうか。

 歴戦の武人ともなれば他人の武芸の才を見抜くことができるということだろうか。

 それともドノヴァンさんは異世界物ではお約束の人物鑑定スキルでも持っているのだろうか。

 しかしドノヴァンさんの言葉で私の予想は全くの的外れだった事を思い知る。


「教会で働いていたリーリエ嬢ならば女神クロウスの教えはよく存じていますよね?」


「え? はい。『衣服はその人間の内なる姿を表す。いかなる時も自分に相応しい衣服を身につけよ』ですよね。でもそれがどうかしましたか?」


「リーリエ嬢はこの意味をどう考えられていますか?」


「それは勿論普段から身だしなみには気を付けましょうという意味だと思います。綻んでいたり汚れた衣服を着ていては相手にも失礼ですし」


 我ながら何のひねりもない模範解答だと思うが間違った事は言っていないはずだ。

 ドノヴァンさんはそれを否定するでもなく微笑みながら答えた。


「そうですね。でも私にはその先があると考えます」


「先……ですか?」


「ええ。実は我々も先程から身体の調子がすこぶる良いんです。身体が羽のように軽く全身に力が漲っている。これはリーリエ嬢の作った鎧を着てからですよ」


「はあ……」


 調子がいいのは良い事だがそれが一体今の話と何の関係があるのだろうか。

 どうも話が見えず私は小首をひねるばかり。

 そんな私の心を察してかドノヴァンさんは結論に入った。


「リーリエ嬢の作った衣装を見るまで考えもしなかったことですが、恐らく衣服には着た者の能力や精神にも影響を及ぼす力があるのではないでしょうか」


「え!? まさかそんな事が……」


 私は思わず否定をしかけたがそこで口を噤んだ。

 突拍子もない話だが確かにそれなら色々と辻褄が合うからだ。

 私が剣士の姿をした途端に今まで触った事もない剣を使えるようになった。

 騎士達も鎧を着た事で今すぐにでも戦いに赴ける状態になったのかもしれない。

 それにセリオス殿下の誕生パーティーで見た聖女フレミアの姿だ。

 あの時はパーティーに参列した私以外の紳士淑女に聖女の癒しの力を披露していたが、あの時のフレミアは私が仕立てた魔法聖女マジカル☆リーリエのドレスを着ていた事で原作の彼女と同等の能力を得ていたのではないだろうか。

 何せここは前世とは異なる世界。

 女神クロウスの加護の下で何が起きても不思議はない。

 そう考えるとフレミアに対して沸々と怒りが込み上げてくるのと同時にどこか薄ら寒いものを感じた。

 どこにでもいるような町娘に過ぎない私が女剣士オルフィアの衣装に着替えただけで騎士様を唸らせるほどの剣の使い手になれるのだ。

 例えば学者の格好をすれば恐らく頭も良くなるのだろう。

 身に着けている衣服によって能力が決まる世界。

 それは勉強や運動等の自らを鍛錬する行為が無価値となるつまらない世界だ。

 しかしすぐにそんな考えは杞憂だった事に気づく。

 騎士達が自分達がどのくらいの強さになったのか検証をする為にドノヴァンさんの指揮の下で手合わせを始めたのだ。

 その結果衣装による強さの向上効果は確かに認められたが、同じ鎧を着た者同士だと元々実力がある方が勝つ事が分かった。

 それはつまり衣装を身に着けた者の能力は完全に固定されたものではないという事だ。

 素人が剣士の衣装を着ればそれなりの使い手止まりだが、日頃から鍛錬を積んでいる者が着れば剣聖にも届く実力を得る事ができる。

 ならば日頃から何かしらの努力をする事にはちゃんと価値があり私が懸念したような世界にはならないはずだ。

 私はほっと胸を撫でおろした。


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