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第4話 封鎖された道


 私たち親子はアルフリードさんの荷馬車に乗って街道を進んでいく。

 行く先々の宿場町では私たち親子が宿で休んでいる間にアルフリードさんが商売に励み、翌日また私たちを荷台に乗せて次の宿場町へ出発する。

 そんな日々がしばらく続き漸くアルメリア侯爵領まで目と鼻の先にある峠道に差しかかった時だった。


「きゃっ……」


 荷馬車が急停止し慣性によって私の身体が前方に押し出され我ながら可愛らしい悲鳴が口から漏れた。


「リーリエ、怪我は無いか?」


「ええ、私は大丈夫よお父さん。それよりも何かあったの?」


「どうも峠の道が封鎖されているみたいだな」


「封鎖?」


 進行方向の先に視線を送ると街道に柵が立て掛けられ多くの人々が立ち往生しているのが見えた。

 柵の周りには騎士らしき五人の青年が険しい表情で峠の方角に向けてに目を光らせている。

 騎士といっても彼らは皆ジャージのような衣服を身に纏っており、その手に王国の紋章が刻まれた剣や盾を持っていなければ彼らが何者なのか判断は難しかったところだ。


 怪訝な表情で眺めていると一人の青年騎士が荷馬車に近付いてきた。


「残念だけどこの道は通れませんよ。宿場町まで引き返して下さい」


 ジャージの上からでもはっきりと見て取れる隆々と盛り上がった上半身の筋肉とその腕に深く刻まれた古傷は彼が歴戦の武人ということを雄弁に物語っている。

 思わず見惚れていると騎士の青年は何かに気づいたように私の顔をじっと見つめながら言った。


「おや? あなたは確かリーリエ嬢ではありませんか?」


「え? 騎士様は私をご存じなんですか? どこかでお会いしましたかしら?」


「おっと失礼、私はドノヴァンと申しましてこの部隊の長を務めております。リーリエ嬢は以前王宮でお顔を拝見したことがありますので……」


「そうでしたか。騎士様は王宮努めもされているんですね」


「まあそんなところです。それよりもこのようなところで何をなさっているんですか?」


 ドノヴァンと名乗った騎士は何故かお姫様に接する近衛騎士の様に丁寧な受け答えをする。

 とても町娘に接する態度ではないがひとつだけその理由に思い当たる節がある。

 私が王宮にやってきたのはセリオス殿下の婚約者に定められた日とセリオス殿下の誕生日パーティーの二回のみ。

 私はセリオス殿下の誕生日パーティーの直後に王都を出たのであの会場で私を見ていたのならば私達よりも先にこの場所に辿り着いているはずがない。

 という事は消去法で彼が私を見たのはセリオス殿下の婚約者に定められた日だろう。

 ドノヴァンさんがあの日あの場にいたのだとしたら私がセリオス殿下の婚約者になった事を知っていても不思議ではなく、まだ私がセリオス殿下の婚約者だと思っているという事も充分考えられる。

 自分が意図したものではないが彼を騙している様で申し訳ない気になってきた。

 誤解は解いておかないといけない。


「あの、実は私かくかくしかじかでセリオス殿下にフラれてしまいまして、もう殿下の婚約者ではありませんので普通に接して頂いて結構ですよ?」


「え? セリオス……殿下がそのようなことを? ……そうですか事情は分かりました。それでリーリエ嬢はこれからどうするんです?」


 真相を伝えてもドノヴァンさんは変わらない態度で受け答えをする。

 どうやら彼の腰が低い態度は私の身分に関係なく生来のものの様だ。

 自分のあまりの自意識過剰っぷりに気付いて思わず顔が赤くなる。


「私たちはこのままアルメリア侯爵領に住む親戚の所へ行く予定だったんですが、一体この先の峠で何があったんですか?」


「実はこの先の峠に不審な男達が立て篭もっていましてね。どうやらあのナバル山賊団が移り住んできたみたいんです」


「えっ、ナバル山賊団が?」


 ナバル山賊団は決まったねぐらを持たずに活動する悪名高い山賊団だ。

 今まで何度も王国の討伐隊が派遣されたがその度に逃げられてしまい未だに捕らえられずにいるという。

 よりによってこのタイミングで山賊に足止めされるとはついてない。

 悪い事は重なるものだ。


「それでこの道はいつ頃通れるようになるんですか?」


「既に王都に使いの者を送ったのでそこから討伐隊が派遣されるまでの時間を計算すると……そうですね、早くても一ヶ月程はかかるかと」


「一ヶ月!?」


 もうすぐ目的地だというのに一ヶ月も足止めをされたら堪ったものではない。

 かといって山賊が待ち構えていると分かっている峠道を通るなんて見えている地雷を踏みに行くようなものだ。

 私たちに選択肢なんてなかった。


「我々は引き続きここで山賊達の動きを監視していますからあなた方は安全な所までお戻り下さい」


「分かりました。ドノヴァンさんもお気をつけて」


 他に方法がないので私たちはドノヴァンさんの言う通り近くの宿場町で山賊たちが片付くまで時間を潰す事になった。

 宿場の一室で柔らかいベッドの上に仰向けになって目を瞑ると脳裏を過ったのは騎士団の方々の姿だ。

 あれではまるでこれから体育の授業を始める学生たちのようにしか見えない。

 後日王都から派遣される討伐部隊も似た様なものだろう。

 あまり想像できないがきっと山賊たちもジャージ姿のはずだ。

 前世の記憶がある私にはまるで近い内に運動会でも始まるんじゃないかと想像してしまったところだが正直笑いごとではない。

 服装はジャージでも彼らが手にした剣や槍は玩具ではなく本物だ。

 山賊もどんな武器を持っているか分からない。

 日々戦闘の訓練を繰り返している騎士ならば山賊に後れを取る事はないと思うがもし斬られでもしたら大怪我では済まない。

 事実騎士たちは有事の際には必ず多くの負傷者を出していると聞く。


「そうだ! 私にできる事をしよう」


 そう言ってベッドから勢いよく飛び起きた私を見てお父さんは目を丸くする。


「どうしたリーリエ」


「良いことを思いついたの! 説明する時間が惜しいから詳しくはまた後で!」


「?」


 私が今からやろうとしていることはこの世界の人たちには馴染みがない事だ。

 口で説明しても理解してくれないだろう。

 だから実際に成果物を見せた方が早い。

 小首を傾げるお父さんを余所に寝室から出るとアルフリードさんが宿泊客に商売をする為に商品を台車に乗せているところに遭遇した。

 こんな状況でも変わらないその商魂逞しさには素直に感心する。


「やあどうしましたリーリエさん?」


「アルフリードさん、実はいくつか売って貰いたい物があるんですけど」


「ええ喜んでお売り致しますよ。一体何が入用ですか?」


「はい、これとそれと、あとあれを……」


「ふむふむ、もちろん買って下さるのなら大歓迎ですがこんなものをこんなにたくさん何に使うんですか?」


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