第35話 新たな聖女
裁判が終わり衛兵達がフレミアの腕を掴み強引に退場させようとする。
出口に向かって引き摺られていく中フレミアは観衆に向けて叫んだ。
「聖女である私が結界を張らないとこんなちっぽけな国なんかあっという間に魔獣に蹂躙されるわよ! あんた達それでもいいの!?」
フレミアの言葉に傍聴席がざわついた。
魔獣による被害はまだ皆の記憶に新しい。
その恐ろしさは誰もが身に染みて理解している。
誰だって自分達の生活が脅かされるリスクは避けたいはずだ。
ならば自分達が平穏に暮らす為に多少の過ちは大目に見るべきではないかと考える者も出てくるだろう。
傍聴席がざわついているのがその考えが正しいという何よりの証拠。
フレミアが内心ほくそ笑む中で傍聴席の一人の男がすくっと立ち上がって言った。
「フレミア! おまえという奴はどこまで往生際が悪いんだ!」
「ひっ、お父様……」
フレミアを一喝したのは裁判の様子を静かに見届けていた大司教様だ。
「自惚れるんじゃない! お前より聖女にふさわしい人間などこの国には五万といるわ」
「そ、そんな事あるはずないじゃない。私は今までずっと聖女になる為に苦しい修行に耐えて来たのよ。私以外にあれだけの苦行を耐えられる人間がいるとでも仰るの?」
大司教は心底失望したように首を横に振り大きくため息をついた。
「お前は大きな勘違いをしているようだ。苦行などと大袈裟に言うが、お前が行った修行などクロウス教会の聖職者なら誰もが乗り越えた事、いやむしろお前の修業は他の者より軽かったぐらいだ。自分だけが辛い思いをしてきたなどと思い上がりも甚だしいわ!」
「そ……そんなはずは……私はずっと歯を食いしばって辛い修行に耐えて……」
今までどれだけ自分が甘やかされて生きてきたのか、現実を知ったフレミアはがっくりと項垂れながら衛兵に出口へと連行されていった。
そんなフレミアを横目に大司教は私に真剣な眼差しを向けて言った。
「リーリエ嬢、娘が多大な迷惑をかけて本当に申し訳ない。全てはこの私が至らなかったせいです。私は責任をもって大司教の座を退く事に致します。いやそれでも私の罪の代償としては足りませんね。どうか女神クロウスの化身である貴女に私を裁いてもらいたい」
「え? そんなことを急に言われても」
人を裁くなんて考えた事もないし正直私には荷が重い。
困惑しながら助けを求めるように裁判官さんに視線を送る。
「そういうのは裁判官様に裁いて貰って下さい」
「私ですか? ではそれについては後日改めて検討しましょう」
これには裁判官さんも苦笑いをするばかり。
「ところで聖女がいなくなって王国の結界が消えるのは確かに問題ですよね。早く代わりの聖女を決めないといけなくないですか?」
ごく当然の疑問を口にすると傍聴席の皆の視線が私に集まった。
予想はしていたが皆私に聖女の代わりを期待しているようだ。
私は首を横にぶんぶんと振りながら答える。
「無理です。他の人を当たって下さい」
もうこれ以上周りに流されるのは御免だ。
きっぱりと拒否の意を示すと大司教様が前に出て両手を上げ皆を注目させてから言った。
「リーリエ嬢の申される通り女神クロウスの化身である彼女が女神の代理である聖女の役目を担うのもおかしな話です。ここはリーリエ嬢に次の聖女を決めてもらうのが筋でしょう」
「ええ!?」
「そうだ、大司教様の言う通りだ!」
「リーリエ嬢、どうかご信託を!」
一同の期待を帯びた視線が私に集まる。
そんな重大な事を丸投げされても困る。
大体私は教会にどんな人間が所属しているのかも満足に知らないのに。
衣服を司る女神の代理というからにはやはりそれなりの裁縫技術がある人物じゃないと皆納得しないだろう。
フレミアのように裁縫ができる振りをしていただけの人間は論外だ。
教会に所属していて裁縫が得意で誰もが納得する人格者の女性。
そんな都合がいい人物簡単に思い当たるはずが……
「あっ……」
ひとりいた。
「えっと、じゃあアルメリア侯爵領の教会に所属しているシスターマリアさんとかどうでしょう?」
私の裁縫工場で多くの衣服を仕立てていたマリアさんならば裁縫技術も申し分なく聖女の条件にぴったり当てはまる。
多少脳筋寄りの性格に難があるが少なくとも人格面にも問題は見当たらない。
「聞いたか? シスターマリアだ!」
「今すぐアルメリア侯爵領へ迎えに行こう!」
傍聴席の皆は新たなる聖女を王都に迎える準備をするべく喜び勇んで法廷の出口に向かう。
「さて、私もマリアさんの為に聖女の衣装を仕立ててあげなくっちゃ」
私は皆に聞こえるようにそう宣言する。
「ほほう、リーリエ嬢お手製の衣装ですか」
「シスターマリアも果報者ですな」
それを聞いた皆々がシスターマリアを羨んで言う。
計画通りだ。
ここ最近はアルメリア侯爵の独立騒動の後始末に付き添わされて満足に衣服を仕立てる暇もなく結構フラストレーションが溜まっていたところだ。
久々に誰に文句を言われる事無くコスプレ衣装制作という趣味に全力で没頭できるチャンスを得た私は人目も憚らず鼻歌を歌いながら法廷を後にした。