第34話 判決
裁判官はフレミアに淡々と訪ねる。
「なるほど贈り物ですか。ではその時の様子を詳しく教えて下さい。リーリエ嬢はあのドレスをどのようにして貴女に渡されましたか?」
「え? ええと……そう、確か素敵な装飾が施された高級そうな宝箱に入れられて……」
「え?」
「何を言ってるんだフレミアは」
フレミアの言葉に傍聴席がざわめいたがフレミアはその理由が分からない。
「静粛に」
裁判官はガベルを叩いて傍聴者を静かにさせると質問を続けた。
「リーリエ嬢はあまり裕福な家庭ではないと伺っていますが、本当に高級そうな装飾が施された宝箱に入っていたのですか?」
「え? あっ……」
フレミアはようやく己の失言に気づいた。
フレミアの聖女としての力の恩恵に肖りたい貴族や商人は多い。
フレミアは大司教の知らないところで彼らからお布施という名の賄賂を受け取ることがよくあった。
彼らは少しでもフレミアと懇意になろうと入れ物にさえ媚びを売る。
黄金色のお菓子が入った箱だけでも金貨一枚に匹敵する事もあった。
だからフレミアにとっては贈り物の入れ物は豪華な箱に違いないという思い込みがあったのだ。
「ち……違ったかも。みすぼらしい箱だったかも知れませんわ」
フレミアはしどろもどろに発言を撤回する。
裁判官は無表情でフレミアに問い質す。
「贈り物がみすぼらしい箱に入っていたのですか?」
「えっと……それは……」
いくらリーリエが貧しい家の娘だからといって最低限の常識があればそこそこの状態で贈り物を渡すのは当たり前だ。
みすぼらしい箱に入っているなんてありえない話だ。
傍聴席の人達は半ば呆れながらフレミアに軽蔑の視線を送る。
「もう、そんな昔の事はっきりと覚えていませんわ! さっきから関係がない話ばかりして何ですの! こんな茶番には付き合っていられませんわ!」
そしてついには本性を現して逆切れをする始末。
これには普段は猫をかぶっている姿しか知らない傍聴席の人々も面を食らった。
もし本当にみすぼらしい箱に入っていたのなら印象に残っているはずで忘れるはずがない。
ここにきてフレミアの虚言が誰の目にも明らかになった。
裁判官も呆れながら落ち着いた様子で言った。
「フレミアさん、実はリーリエ嬢から空き巣の被害届が出ているんですよ」
「は?」
「捜査員がリーリエ嬢の自宅を調べたんですけどね。部屋に落ちていたこの髪の毛、調べたところ教会の人間の物だということが分かりました。貴女が指示をしたのではありませんか?」
「そ、そんなの知りませんわ……」
「そうですか、では容疑者を連れてきましょう」
裁判官の合図でフードを被ったひとりの男が法廷の中に入ってきた。
そしてフレミアの前まで歩み出ると男はフードをめくり素顔を見せた。
その瞬間フレミアは男に指を突き付けて勝ち誇った表情で声高らかに宣言する。
「こんな人教会にはいませんわ! 裁判官さんの考えが読めましたわ、犯人をでっちあげて私に冤罪を吹っかけようと言うのですね!」
フレミアは今までの鬱憤を晴らすかのように早口で言葉を並べる。
「ではあの人でしょうか」
裁判官は傍聴席に座っている一人の聖職者を指差して言った。
その顔を見てフレミアは勢いに乗ったまま大声で叫んだ
「そうよ、私が指示を出したのはあの男……あっ」
「……」
法廷内が静まり返った。
「まじかよ、本当にフレミアが盗みを指示したんだ……」
「俺たちずっと騙されていたのか……」
少し間をおいて辺りがどよめく。
顔を真っ青にして俯くフレミアを余所に裁判官は証人席の私に質問をする。
「リーリエ嬢、あのドレスは貴女がフレミアに盗まれた物で間違いはありませんね」
「はいその通りです。まさかフレミアがあのドレスの力を悪用して悪魔を呼び出すだなんて……そうなる前に処分すれば良かった……」
私は目を伏せてよよと泣く振りをする。
「リーリエ嬢、衣服に善悪はありません。それを扱う人次第で人を救う事もあれば人を傷つける事もあります」
裁判官は私に優しく微笑みかけた後厳しい目でフレミアに向き直った。
「判決を言い渡す。フレミアを終身刑とする」
「!」
判決が言い渡された瞬間フレミアは顔を顰めながら俯いた。
裁判官は主文を述べた後で判決理由を続けた。
「フレミアには多くの罪が認められる。町中で悪魔を呼び寄せて民を危険に曝した罪、聖女としての本分を忘れ自分勝手な理由で結界を弱め国を危機に陥れた罪、その原因をリーリエ嬢に擦り付けた罪、二度に渡る窃盗。そして先程の窃盗の罪を誤魔化そうという態度からも分かる通り反省の色も見えず情状酌量の余地もない。故に終身刑が妥当だと結論付ける」
もしフレミアが素直に罪を認めていればもう少し刑が軽くなったのだろうか。
私はそんな事を考えながら法廷の中央で震えながら俯いているフレミアに視線を向けた。




