第32話 自業自得
教会の前で私とフレミア、ドノヴァンさんとセリオス殿下が真っ向からにらみ合う。
てっきりフレミアは後悔の念に駆られながら教会の中に隠れているか、既に教会から逃げ出したかのどちらかと思っていたけど自信満々に私達を出迎える彼女の姿を見て私は困惑した。
フレミアの隣に立つセリオス殿下はそんな私の反応を見てしたり顔を見せながらドノヴァンさんに言った。
「ははは、兄上、よってたかって私達を追い詰めたつもりだろうが当てが外れたようですね。お前達の方こそ今ここで化けの皮を剥いでやる」
「セリオスまだ分からないのか。お前の隣にいるその女こそくだらない嫉妬心で王国を混乱に陥れた元凶だぞ」
「ふん、兄上こそ今のフレミアの姿をよくご覧になったらどうですか。まるで魂を吸い込まれるようなこの漆黒のドレス。彼女こそ衣服を司る女神クロウス様に代理である真の聖女だという事実に疑いはないでしょう」
セリオスの言葉に皆の視線が改めてフレミアに注がれる。
確かに今のフレミアの身に着けているドレスはまぶしい程美しい。
兵士達の中にはその姿に魅了され言葉を失い立ち尽くしている者もいる。
それもそのはず、今フレミアが身に着けているドレスは私が教会で働く前に仕立てたものだ。
私が王都から脱出した時にかさばるから必要ないと判断して自宅に置いていったものだがいつの間にかフレミアの手に渡っていたらしい。
そういえばさっき馬車の中から私の自宅が散々荒らされているのが見えた。
この女一度ならず二度までも私の衣服を盗んだというのか。
何が聖女だ、聞いて呆れる。
盗賊にクラスチェンジした方がいいんじゃないのか。
お望みなら【炎の聖痕】のシーフ職のキャラクターの衣装を有償で仕立ててあげようか。
などと呆れながら見ていると私がフレミアの美しさを目の当たりしたあまり言葉を失っていると勘違いしたであろうセリオス殿下がフレミアに言った。
「さあフレミア、今ここであの時の様に皆に聖女の奇跡を見せてやってくれ。そうすれば君が真の聖女だという事実を疑う者はいなくなるはずだ」
「ええセリオス様。私もそのつもりですわ。皆様もどうぞご覧になって下さい」
フレミアはあの時──セリオス殿下の誕生パーティー──と同様に目を閉じ両手をハの字に広げて胸を張り美しい声で聖歌を歌う。
あの時はその後会場内が暖かい光に包まれ会場内の人々の身体や心を癒してみせた。
それはフレミアの本来の力というよりはあの時フレミアが身に着けていた魔法聖女マジカル☆リーリエのドレスの効果によるところが大きかったのだが今フレミアが身に着けているドレスはマジカル☆リーリエのものではない。
でも彼女が今身に着けているドレスは……。
「あの、今すぐ聖歌を歌うのを止めた方がいいと思いますよ」
「なんだリーリエ。今更偽女神の化けの皮を剥がされるのが怖くなったのか? だが今更詫びを入れてももう遅い」
「違いますセリオス殿下。今すぐ止めないととんでもない事になります」
「今度は脅迫か? そんな戯言聞く耳持たんわ」
「警告はしましたよ」
セリオス殿下は私の警告を一笑に付す。
それが自らの愛する女性に止めを刺す事になうとも知らずに。
やがてフレミアの歌声に共鳴するように辺りが淡い光に包まれ始めた。
「見ろ、この暖かい光を……ん?」
漸くセリオス殿下は異常に気付いた。
フレミアの周りに現れたのは暖かい光ではなく人を突き刺すような冷たく鋭い光。
その禍々しさは聖女の癒しの光とは程遠いものだった。
「何だこれは!? フレミア、何が起こっている!?」
「え? 何よこれ!?」
フレミア自身今起きている事が理解できずにパニックを起こしている。
「リーリエ嬢、これは一体?」
パニックを起こしているのはフレミアやセリオスだけではない。
教会を取り囲んでいる兵士達も後ずさりしながら武器を構える。
思った通りだ。
今フレミアが身に纏っているのは聖女のドレスではない。
あの深淵に飲み込まれるような気さえ感じさせる妖艶なドレスは魔法聖女マジカル☆リーリエのライバルである悪役令嬢、魔王公女カラミティ☆ルーシィが身に着けている魔界のドレスだ。
魔王ルシファーの娘であるルーシィは父親譲りの魔法の力で度々主人公に嫌がらせをしてくるのだが──
「見ろ、フレミアの周囲に穴が!」
「何か出てくるぞ!」
突如としてフレミアの周囲に現れた時空の割れ目から次々と異形の悪魔が出てきた。
「リーリエ嬢下がって!」
間髪入れずにドノヴァンさんが私の前に出て悪魔達に剣を向ける。
「ちょっと何なのこれ!?」
「こ、こっちに来るな!」
「ギョヒギョヒ……」
しかし悪魔は私達には目もくれずに不気味な声を発しながらフレミアの前に立っていたセリオス殿下に向かっていった。
「うわあああああっ!」
セリオスは剣を振り回すが全て悪魔の身体をすり抜ける。
そして悪魔達は一斉に狂乱するセリオスに飛び掛かった。
「あっ」
次の瞬間セリオス殿下は白目を剥いて地面に倒れた。
そして悪魔を呼び出した張本人であるフレミアも後に続くように倒れ込むと悪魔達の姿はスーッと景色に溶け込むように消えて切った。
辺りは静寂に包まれる。
兵士達は暫し呆然とその様子を眺めていたがやがて我に返って私に訪ねる。
「リーリエ嬢、一体何が起きたんでしょう?」
「え? えーっと……」
何が起きたのかといえば魔王公女カラミティ☆ルーシィのドレスを着たフレミアが意図せず衣装の力で魔界から悪魔達を呼び出してセリオス殿下を失神させてしまったという事になる。
呼び出された悪魔には直接的に人に危害を加える力はないのでセリオス殿下が失神したのはセリオス殿下の肝が小さかっただけの話である。
そして悪魔の召喚には膨大な魔力を消費する。
フレミアは耐えられずに自らも気を失ってしまったのである。
こうなる事は最初から分かっていた。
「だから止めとけって言ったのに……」
私はやれやれと首を横に振りながら深くため息をついた。
今回の事件は瞬く間に国中に広がりフレミアは聖女ではなく悪魔を使役する魔女、そしてセリオス殿下は魔女を崇拝する異端者という事になり直ちに捕縛され司法の裁きを受ける事となった。