第31話 帰郷
王国軍を吸収して大軍となったアルメリア侯爵軍はドノヴァンさんの指揮の下王都へと進軍を続ける。
そして私も兵士達に守られる形で馬車に乗って王都までの旅路に同行する。
それは私を捕らえるという本来の役目を失った王国の兵士達を責任をもって無事に王都まで送り届ける事が目的だったが、人々の目には女神の化身である私リーリエが王都を陥落させる為に降伏した王国軍を従えて進軍しているかの様に映ったようだ。
第一王子であるドノヴァンさんが私につき従っている事実がその噂の信憑性に拍車をかける。
このままでは私は恐れ多くも神の名を騙り王国の乗っ取りを企む極悪人として本当に女神クロウスから神罰が下ったりするかもしれない。
思わず弱腰になる私にドノヴァンさんは優しく微笑みながら言った。
「貴女を巻き込んでしまった罪は私にあります。女神の天罰があるならばそれを受けるのは私でしょうからリーリエ嬢は心配する必要はありませんよ」
「ドノヴァンさん……」
「それに私は本当に貴女を女神クロウスの化身と信じているのです。自分自身を罰する女神なんていると思いますか?」
そう言ってドノヴァンさんは切れ長のエメラルドブルーの瞳で真っ直ぐに私を見つめる。
「えっと……」
いきなり真剣な眼差しで見つめられて恥ずかしくなった私は思わず顔を逸らした。
ヤバい。
改めて間近で見るとドノヴァンさんってとんでもなく美形だ。
それに今彼が身に着けている【炎の聖痕】の最上級騎士の鎧もゲームの世界からキャラクターが抜け出したみたいで眩暈がする程カッコいい。
ドノヴァンさんなら他の衣装を着てもきっと似合うだろう。
そんな逸材にそこまで言われて嬉しくないはずがない。
私は自然と緩んでくる顔を見られないように必死に隠し続けた。
同時にドノヴァンさんの言葉で私は腹を括った。
こうなったら毒を食らわば皿までだ。
このまま王宮まで進軍して陛下に直談判をしよう。
今まではアルメリア侯爵が私の冤罪を晴らそうと何度も国王陛下に手紙を送ってくれていたそうだけど陛下に届く前にセリオス殿下が握り潰していたと聞いている。
しかし頼みの綱であった兵士達を失って逃げるように王都に帰っていったセリオス殿下には私達の邪魔をする気力は残っていないはず。
そしてそれはセリオス殿下を誑かしている聖女フレミアにも同じ事が言える。
アルメリア侯爵は武力行使も已む無しと考えていたが極力無駄な争いは避けたい。
その為にも対話によって穏便に解決する必要がある。
セリオス殿下が王宮を離れるタイミングを見計らってシャノンさんを陛下の下に送り込んだのもその計画の一環だ。
出来る限りの手は尽くしたつもりだ。
後は結末を天に委ねるのみである。
◇◇◇◇
それから数日進軍を続け私は漸くに王都へと戻ってきた。
ドノヴァンさんは事情を知らない王都の人々が怯えないように整然とした動きで兵士達を王宮に向けて行進させる。
その様子を見て王都の人々も徐々に警戒を解き、やがて自分達を害するものではないと分かると大通りに見物人が集まり旗を振って兵士達を迎え入れた。
馬車の中からその様子を眺めていると、道の外れに懐かしい建物が視界に入った。
窓が割れ、所々壁も崩れて荒れ果てているが、間違いなく私達親子が長年貧しくも慎ましく暮らしていた多くの思い出が詰まったボロ家だ。
物取りでも侵入したのかはたまた教会の人間が私を捕まえる為にやってきたのか開けられたままの入口から見える内部の様子はそれは酷い有様だった。
あの日私達親子は必要最低限の荷物だけを持って王都を出た。
しかし元々貧乏家庭、大して値打ちがあるような物は残していなかったはず。
泥棒さん達もさぞかし肩透かしを食った事だろう。
そんな事を考えながら王宮へ向かって進んでいくと今度は悪い意味で懐かしい建物が見えてきた。
クロウス教の教会堂である。
ここで私は我ながら意地が悪い事を思いついてしまった。
今の私は女神クロウスの化身という事になっている。
今なら女神クロウスの名の下に公然と彼らを断罪するのは容易いのではないだろうか。
教会の全ての人間に罪があるとは思わないが最低でも聖女フレミアとその取り巻き達には然るべき報いを受けて貰わないと私の気が収まらない。
「教会の前で停まってくれませんか?」
「分かりましたリーリエ嬢。全軍、進軍を停止せよ!」
気が付けば私はドノヴァンさんを通して兵士達に命令を下していた。
ドノヴァンさんの号令で兵士達は教会を取り囲むように足を止める。
屈強な兵士達に蟻の抜け出す隙間もない程包囲されて教会の中にいる人達も気が気じゃないだろうなと思いながら私は馬車から降りる。
そして中にいるはずの聖女フレミアを呼び出そうと口を開いた時だった。
ギィと重い音がして目の前の扉がゆっくりと開いたかと思うと中から美しいドレスを身に纏ったフレミアが姿を現した。
その傍らにはあのセリオス殿下が寄り添っている。
どこに行ったかと思えばこんな所にいたのか。
フレミアは周りを取り囲む兵士達に臆する事もなく堂々とした態度で言った。
「お久しぶりですわねリーリエさん。そろそろ来る頃だと思っていましたわ」