第30話 カリスマの差
「失礼します! セリオス殿下は既に兵を率いてアルメリア侯爵領に出発されました」
「何だと!? 遅かったか……」
王宮の兵士からの報告を聞いて国王陛下はがっくりと項垂れた。
このまま戦争に突入すれば多くの無駄な血が流れる事になる。
後の歴史書にはこの出来事をどのように記されるだろうか。
戦争に勝っても負けても女神に喧嘩を吹っかけて国を滅茶苦茶にした愚かな王家と記されるだろう。
どの様な結末を迎えるにしろ馬鹿息子と運命を共にするしかない。
王妃も無言で国王陛下に寄り添いながら俯いている。
「陛下、気を落とさないで下さい。そのような事にはならないかと」
「慰めの言葉などいらぬぞシャノン殿。ここに至っては潔く女神クロウスの神判の日を迎えるのみだ」
「いいえ慰めではありませんよ陛下。我が主、いえ女神クロウスの化身であるリーリエ嬢は戦争など起きないように準備を万全にしてセリオス殿下をお待ちしております。大船に乗ったつもりで吉報をお待ち下さい」
「それは誠か……?」
国王陛下は縋るような眼でシャノンを見た。
◇◇◇◇
セリオス率いる王国軍は街道を何日も進み夕暮れ時にアルメリア侯爵領の目と鼻の先にある峠に差し掛かった。
王国の兵士達は皆ジャージの上に鉄や木片を貼り付けただけの粗末な鎧……と呼ぶのも烏滸がましい子供の玩具のような衣服を身に着けている。
これは以前リーリエがドノヴァン達騎士団に贈った鎧を見た教会の人間がフレミアの命を受けて拙い技術で再現しようとした物だ。
当然そのあまりの出来の悪さに王国軍の士気は地の底を這うようなものだったがひとりセリオスだけはそんな兵士達の気持ちに気づかずに意気揚々と進軍を続けている。
何せ自らが愛する聖女フレミアが自分の為に用意したものだ。
恋は盲目とはよく言ったもので、兵士達は支給された鎧の素晴らしさに感動し自分の為に命を懸けて戦ってくれると信じて止まない。
しかしそんな彼の妄想はあっけなく打ち砕かれた。
「セリオス殿下、丘の上にアルメリア侯爵の軍勢が現れました!」
セリオスが見上げるとそこには煌びやかの鎧を身に纏った軍勢が自分たちを見下ろしていた。
王国軍が身に着けている出来損ないの鎧ではない。
アルメリア侯爵軍の皆が身に着けているのは【炎の聖痕】のクリア間近、最上級のクラスに昇格した騎士達が身に着けている至高の鎧だ。
王国軍はみすぼらしい自分達の姿とアルメリア侯爵軍を見比べて言いようもない羞恥心に襲われた。
その時、辺りが目が眩む程の光に包まれた。
「何だこの光は!?」
「まるで夢を見ている様だ……」
王国の兵士達はその幻想的な光景を目の当たりにして暫し呆けたように立ち竦んでいる。
そしてその光の中から女神の衣装を身に包んだ私リーリエがゆっくりと彼らの前に姿を現した。
「おお見ろ、女神様だ」
「女神クロウス様が我らの前に降臨なさったぞ」
その神々しい光景に兵士達は私を捕らえるという目的をすっかり忘れ両手を合わせて跪き祈りを捧げる者も現れる始末。
それを見てセリオス殿下は大声で兵士を怒鳴りつけた。
「馬鹿者、あれが逆賊リーリエだ! さっさと捕らえろ!」
「し、しかしセリオス殿下、あれはどう見ても女神様では……」
「何が女神だ! 王太子である俺があれは逆賊だと言っている!」
「いくら殿下の命令でも女神様に刃を向けるなんて……」
「ええい、従わねばお前達の一族郎党死罪だぞ!」
「そんな……」
王国軍が大混乱に陥る中で私は丘の上から兵士達に喚き散らすセリオス殿下に憐みの眼差しを向けた。
政治とは演出。
国王陛下がいつも豪語していた事だが息子であるセリオス殿下にはそれは伝わっていなかったようだ。
種を明かせば今辺りを包んでいるまぶしい光は女神の奇跡でもなんでもなくアルメリア侯爵軍のピカピカの鎧が夕日を反射した事で起きた現象である。
夕暮れ時に金閣寺を観光すると誰でも体験できる現象であるがその現実離れした美しさは一度目に焼き付いたら忘れられないだろう。
予想通り効果抜群。
既に王国軍の戦意は完全に失われている。
アルメリア侯爵領内の仕立て職人や鍛冶職人を総動員して鎧を大量生産した甲斐があったというものだ。
そして兵士達がセリオス殿下と言い争っている間に一人の青年が私の前に足を進めた。
「お前達は女神に弓引く者か! それとも女神に従う者か! 今この場で態度を示せ!」
王国軍の兵士の視線がその声の主に集まった。
「見ろ、あれはドノヴァン殿下だ!」
「ドノヴァン殿下は女神様に従われているぞ!」
「だったら何も迷う事はない。俺達も女神様に従うに決まっている!」
「誰がこんな馬鹿王子に従うものか!」
王国の兵士達はひとりまたひとりと鎧を脱ぎ捨てて丘の上の私に向かって跪く。
「正気か貴様ら! あんな逆賊の軍門に降るなど恥を知れ!」
セリオス殿下は兵士達の裏切りにひとり憤慨するが誰にも相手にされずに喚き散らすその姿は誰の目にも滑稽に映った。
「くそっ、覚えていろ!」
やがてセリオス王子は散々醜態を晒しながらひとり来た道を引き返して行った。