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第3話 行商人


 王宮を出た私はふらふらと町を彷徨っていた。

 あのような理不尽な辱めを受けて今更教会に戻る気にはなれない。

 フレミアの身につけているドレスは私から盗んだ物だと出るところに出て訴える事も考えたがすぐにそれは困難だと気づいた。

 あのドレスは今日のパーティーで披露する為に教会の中に籠って作った物だ。

 外部の人間には一度も見せた事がない。

 だから自分の物だと証明できないのだ。

 一介の町娘ごときが法廷に訴えたところでフレミアが「これはクロウス教会の人間が仕立てた物」だと主張すれば人々はフレミアの言葉を信じるだろう。

 なので公に訴え出ると言う選択肢は消えたが、このまま泣き寝入りをする程私は腑抜けではない。

 考えてみればこの世界のファッション文化のレベルは低い。

 クロウス教会の人間にあのレベルの衣装を作る技術があるとは思えないので近い内に必ずボロが出るはずだ。

 それに今日の事でセリオス殿下の厭味ったらしい性格は良く分かった。

 王太子とはいえあの男との婚約話が無かった事になったのは結果オーライだ。

 そう考えれば今の私に何かアクションを起こす必要性はどこにも見当たらなかった。

 それよりも私は前世で培ったファッションの知識や技術を人々に広めたいと考えている。

 いつの日か私の仕立てる衣装が再び評判となればいずれ今日の真相が明らかになり教会の連中を見返す事ができるはずだ。

 ……まあファッションと言っても前世で私が触れてきたゲームやアニメのキャラクターのコスプレなんだけどね。





◇◇◇◇





「ただいまお父さん」


「リーリエ!? どうしたんだい今日は王宮でパーティーだったんじゃ?」


「ええ実は……」


 連絡もいれずに突然帰ってきた私にお父さんは驚きつつも温かく迎え入れてくれた。

 パーティー会場で起きた事を説明するとお父さんはお母さんの形見のネックレスを握りしめながらプルプルと震え怒りを露わにする。


「私達の可愛い娘に対しての理不尽な仕打ち許せん、陛下に直談判をしてくる!」


「お父さん落ちついて」


 今にも王宮に乗り込まんと憤慨するお父さんを私は必死で宥める。

 そもそも陛下は今病で療養中だ。

 謁見なんてできるはずがない。

 それに私とセリオス殿下の婚約話もご破算になり教会の後ろ盾も失った今平民の身分である私たちが王宮に抗議に向かったところで相手にされず門前払いを受けるのは火を見るより明らかだ。

 それよりも教会の人間からしてみれば私は既に用済みであり、このまま王都に留まれば教会の人間から口封じの為に危害を受ける可能性すらある。

 考えられる最悪の状況を考え十分に話し合った結果、私たち親子は王都を離れて辺境にあるアルメリア侯爵領に住んでいる親戚を頼ることに決まった。

 幸い教会で働いて得た賃金によって地方へ引っ越しをするだけの蓄えはある。

 私たちは大急ぎで最低限の荷物を纏めるとまるで夜逃げをするように我が家を後にした。


 王都からアルメリア侯爵領までの道のりは長い。

 徒歩での移動では夜空に浮かぶ三日月が満月になるまで歩いても辿り着かないだろう。

 それなのに王都を離れ次の宿場町に辿り着いたところでまず私の足に限界が来てしまった。


「リーリエ、急ぐ旅でもない。今日はこの宿に泊ろう」


 お父さんは歩けなくなった私をおんぶして宿へ向かう。


「ごめんなさいお父さん。私が原因で引っ越しをしなければいけないのに私が足を引っ張ってしまうなんて……」


「そんな事は気にしなくていい。とにかく今はゆっくりと休むんだ」


 私はお父さんに言われるまま宿泊部屋に入るとベッドの上で棒のようになった両足を念入りにマッサージする。

 この様子では二、三日はまともに歩けないだろう。

 こんなことなら日頃からもっと運動をしておくんだったと後悔するも後の祭り。

 とにかく一秒でも早く足を治さないといけないと思いそのまま横になりかけた時だった。


 コンコン。


 誰かが扉を叩いた。


「どちら様?」


 お父さんが扉を開けるとそこに立っていたのは見知らぬ青年だった。

 青年はにこやかな笑顔で手もみをしながら口を開いた。


「お休みのところ失礼します。私はアルフリードというしがない行商人でして、何かお役に立てることがあればと思いお邪魔させて頂きました」


 そう言ってアルフリードと名乗った男は台車の上に乗った様々な品を見せてきた。

 食料や薬、日用品など旅をする上でも必要となる物ばかりだ。

 こうやって彼は宿泊客をターゲットにして物を売り歩いているのだろう。

 しかしお父さんは出された品物には目もくれずに訊ねた。


「君は行商人なのか。そういえばさっき宿の前に荷馬車が停まっていたのが見えたがあれは君のかい?」


「ええ、必要な物があれば何でも言って下さい。荷馬車にも色々な品を載せていますので是非あちらもご覧なさって下さい」


「いや、それよりも──」


 お父さんはグイグイと迫ってくるアルフリードの言葉を手で遮って言った。


「私たちはアルメリア侯爵領への旅をしているんだが、そこまで君の荷馬車の荷台に乗せてもらう事はできないだろうか?」


「ええっ!? 荷台にですか?」


「もちろんそれなりの対価は払わせて貰うよ。銀貨五十枚でどうだ? 悪い条件ではないだろう。それにここからアルメリア侯爵領までは多くの宿場町を通るから君は道中で好きなだけ商売をすればいい。我々は目的地に行けるし君は労せず銀貨五十枚が手に入る。お互いの利害が一致してると思うがどうだい?」


 アルフリードは腕を組み「うーん」と唸りながら考える素振りを見せたがやがて納得したらしく首を縦に振った。


「分かりました。銀貨五十枚でアルメリア侯爵領までお乗せしましょう。でも荷台の乗り心地は期待しないで下さいね」


「よし、商談成立だな」


 話がまとまりお父さんとアルフリードさんはがっちりと握手をする。

 こうしてお父さんのやや強引な交渉術で()を手に入れた私たちはひと休みをした後でアルメリア侯爵領への旅路を再開した。

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