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第28話 王室の確執


「それから、私だけが女神の姿をしても浮くだけなのでお二人もこの衣装に着替えて下さい」


 そう言って私が鞄から取り出したのは古代ギリシャの民が着けていたヒマティオンと呼ばれるワンピース型の衣装だ。

 衣装といっても基本的には本当に一枚の布を折り畳んで身に着けるだけの簡単なものなので仕立てるのも容易だった。

 アルメリア侯爵とドノヴァンさんは私のレクチャーに従ってヒマティオンを身に着けると誰がどう見ても女神に仕えてる神官にしか見えなくなった。


 コスプレは自分だけでなく周囲の人間と一体になって行う事でで初めて意味を持つ。

 それが私の考え方だ。


 神官の姿になったアルメリア侯爵は満足げに言う。


「これで準備は整ったな。善は急げだ、早速女神様のお披露目といこうか」


「ははっ、直ぐに手配をいたします」


 アルメリア侯爵の命令を受けたシャノンさんによって直ちに町の広場に住民が集められた。

 そして人々が見守る中で女神の姿をした私が馬車の中から現れるとあちらこちらから私を崇める声が聞こえてくる。

 まるで何かの新興宗教の教祖にでもなった気分だ。

 人々から注目される事は前世でもコスプレイベントの会場で経験して慣れているけどこれだけの数の熱狂する民衆の視線に晒されるのは初めての事だ。


 自分が始めた事ながら少し怖くなってきた。

 しかしここまで来たらもう後には戻れない。

 私は恐る恐る両手を上げて皆々の声に応えると歓声が一際大きくなった。


 ヤバい、緊張のあまり頭の中が真っ白になってきた。


「リーリエ嬢、無理をしていないか?」


 私の様子がおかしい事に気が付いたドノヴァンさんの声でギリギリのところで我に返った。


「はい、少しだけ……でもやるからには最後まで責任をもってやらせて頂きます」


「貴女を巻き込んでしまったのは私です。全部貴女一人で抱え込むことはありません。いざとなったら遠慮なく私を頼って下さい」


「あっ、はい宜しくお願いします」


 私は大きく深呼吸をして手の平に人という文字を三回書いてごくりと飲み込んだ。





◇◇◇◇





 遥か辺境の地アルメリア侯爵領に女神クロウスが降臨したという噂は瞬く間に国中に広まった。


「ごほっ、ごほっ、こうしてはおられぬ。セリオスは何をしている、誰かセリオスを呼べ!」


「ははっ、今すぐ!」


 病床の国王陛下は身体に鞭を打ちながらセリオスを呼び寄せる。

 程なくして陛下の前に王妃ソフィアとその息子セリオスが現れた。


「ソフィアお前も来たのか」


「この非常事態ですもの。当然ですわ」


「うむ、そうだな」


 国王陛下は視線をセリオスに移し厳しい口調で問いかける。


「セリオスよ、アルメリア侯爵がリーリエ嬢を擁立して国からの独立を宣言したそうではないか。一体これはどういうことなのだ。ごほっごほっ」


「父上、興奮されてはお体に障ります。まったくあの逆賊め、王家への長年の恩を忘れて謀反を起こすとはとんでもない奴だ」


「セイオス、アルメリア侯爵は長く辺境の地で隣国に睨みを利かせ国を守ってくれた忠臣であるぞ。それが今になって離反するなど余程の事があったとしか思えぬ。私が病の床で伏せっている間にお前は何をしていたのだ」


 国王陛下の言葉でみるみるセリオスの顔が紅潮していく。


「父上はアルメリア侯爵が離反したのは私に原因があったと仰りたいのですか。私は父上の代理として立派に務めを果たしていたつもりです! これも全てあのリーリエという女のせいではありませんか!」


「馬鹿者! アルメリア侯爵が擁立したリーリエ嬢は今や女神クロウスの化身として王国各地で崇められているぞ。このままアルメリア侯爵と事を構えてみるがいい。民衆の目には王室は背教者の集団と映るだろう。民衆の支持を得られなくなった為政者の末路がどの様なものかお前は考えた事があるのか」


「そのような心配は不要です。直ちに兵を率いてアルメリア侯爵領に向かいあの謀反人どものを捕らえ民衆の前で女神の名を騙る不届き者の化けの皮を剥いでご覧にいれますよ。父上はこの部屋で朗報を待っていて下さい」


 セリオスはそういうや否や国王陛下に背を向けて部屋から出ていった。


「こらセリオス、まだ話は終わっていないぞ。……まったく、こんな時にドノヴァンがいてくれれば……」


 大きくため息をついて落胆する国王陛下に王妃ソフィアは寄り添いながら囁いた。


「あなた、今この非常時にどこに行ったのかも分からないドノヴァンなど当てにしてはいけません。セリオスはまだ若く未熟なところもございますので血気にはやって多少の過ちを犯す事もあるでしょう。しかしあの子はこの国の次期国王になるのです。一時の過ちに対してを過剰に責め、重圧で潰れてしまうような事があれば元も子もありません。長い目で見守ってあげて下さいますよう」


「ごほっごほっ……お前はセリオスに甘すぎる。この身体さえまともに動いてくれれば……」


 ベッドに伏せる国王陛下の背中を王妃が優しく摩る。

 王妃ソフィアもセリオスが王の器でないことは薄々感じてたが子を想う母の愛がその事実を頑なに認めようとしなかった。


 その時王宮の兵士が国王陛下の部屋の扉を叩いた。


「失礼します。アルメリア侯爵の使いの者がやって参りましたがどの様にいたしましょう」


「何だと!? 分かった、私が直に会おう。ここに通せ」


「あなた、謀反人の使者などにお会いになる事はありませんわ。もしあなたの命を狙うために派遣された刺客でしたらなんとします」


「ソフィア、どの道私ももう長くない。そんな私にわざわざ刺客など派遣するまい。私は最期にアルメリア侯爵の真意を知りたいのだ」


「……分かりました。私もご一緒させていただきますわ」


 程なくして王宮の者が身に着けているジャージのような衣服とは一線を画す煌びやかな衣服を身にまとった一人の青年が国王陛下の部屋に現れた。


「お初にお目にかかります国王陛下。アルメリア侯爵の使いとして参りましたシャノンと申します」


 シャノンは礼法に則った挨拶をする。

 その所作も見事ながら彼が身に着けている衣服が更に優雅さを際立たせた。

 王妃と国王陛下は自分達との見栄えの差に愕然としながらそれを悟られぬよう毅然とした態度で応える。


「うむ。苦しゅうない。本日はどのような用件で参られたのか」



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