第23話 死闘の果て
人間は死の間際周りの景色がスローモーションのように見えるという。
前世で交通事故に巻き込まれて死んだ時も同じような感覚を味わった事を思い出した。
しかしスローに見えても自分の身体が相対的に高速で動いてくれる訳ではない。
私には既に目の前に迫っているバニートゥフレイクスの巨体を眺めている事しか出来なかった。
女剣士オルフィアはいわゆる回避キャラであり守備力自体はさほど高くない。
原作ゲームでも敵の攻撃が一発でも命中したら即致命傷になってしまう。
だからバニートゥフレイクスの巨体が私を跳ね飛ばした瞬間自分の身体がどうなるのかは想像に難くない。
間違いなく即死だ。
一度死んで生まれ変わったこの世界でファッション文化を根付かせるという夢も果たせぬまま死んでしまうのか。
こんなところで虫けらの化け物相手にあえない最期を迎えるなんて悔しくて仕方がない
次に生まれ変わるのはもっと色んな衣服で溢れ返っている世界が良いな。
半ば諦めの気持ちで現実逃避ともいえる事を考えながら最期の時を待っていると全身に衝撃が走り私の身体は横に吹き飛ばされる。
死んだ。
──と思ったがまだ意識がある。
私は手で自分の身体に触れて自分がどうなったのかを確認する。
特に怪我を負っている様子もない。
「じゃあ今の衝撃は一体……あっ!?」
先程自分が立っていた場所を見ると一人の青年──ドノヴァンさんが血だまりの中に倒れていた。
バニートゥフレイクスの巨体が私を跳ね飛ばそうとしたあの瞬間、彼が私を体当たりで弾き飛ばして身代わりになってしまった事を瞬時に理解する。
「良かった、間一髪間に合いましたね……」
「ドノヴァンさんどうして……」
地面にぐったりと横たわるドノヴァンさんは息も絶え絶えにそれでも私の身を案じている。
その両腕と両足はありえない方向に曲がっており致命傷である事は誰の目にも明らかだ。
「誰か医者を、ドノヴァンさんを助けて!」
しかし私の叫び声に応える者はいない。
ここは戦場、バニートゥフレイクスはドノヴァンさんに重傷を与えただけでは飽き足らず踵を返して再び私に向かってまるで暴走するトラックのような勢いで突進してくる。
「リーリエ無事か!?」
この惨劇を見たお父さんとトリスタンおじさんが投げ縄を振り回しながら馬に乗って駆けつけてきた。
「お父さん! ドノヴァンさんが私を庇って……」
「分かっている、だが今は自分の身を守る事を考えろ!」
「でも……」
「でもじゃない、今の自分に何ができるのか、何をするべきなのか順を追って考えてみろ!」
「今の自分がやるべき事……」
お父さんの言葉で私はハッと気が付いた。
ドノヴァンさんを治療するにはまずはバニートゥフレイクスを一刻も早く何とかしないといけない。
安全が確保できてから初めて治療に専念できる。
でも古の聖女ですら封印するのが精いっぱいだったあの化け物を果たして私達だけでやっつける事ができるだろうか。
いや、できるできないじゃなくてやるしかない。
私は頬を叩いて気合を入れるとお父さんとトリスタンおじさんに叫んだ。
「お父さん、トリスタンおじさん、あの化け物の動きを封じられる?」
「やってみよう」
お父さんとトリスタンおじさんの二人は左右両側からバニートゥフレイクスに向けて投げ縄を投げて身体に引っかける。
しかし縄を引っかけたのは良いもののあの巨体が生み出すパワーは簡単には止まらない。
お父さん達は馬ごと引き摺られてしまっている。
「うわあっ、ダメだとても止められない」
「諦めないで、みんな力を貸して!」
「おう!」
「リーリエさんを援護するんだ!」
私の声で集まってきた何十人もの町の人達がバニートゥフレイクスに引っ掛かっている二本の縄を掴んでまるで綱引きの様に両側に引っ張ると流石のバニートゥフレイクスも動きが鈍くなる。
「ピギー! ピギー!」
バニートゥフレイクスは不気味な鳴き声を発しながら身体を左右に振って抵抗する。
その強力なパワーによって縄のあちこちがブチブチと音を立てて解れ始めた。
「リーリエ、あまり長くは持たないぞ!」
「もう少しだけ頑張って! 直ぐに終わらせるから」
私はバニートゥフレイクスの正面に立ち鞘に剣を収めてて構える。
チャンスは一度だけだ。
集中しろ。
ブチッ!
その時バニートゥフレイクスに絡んでいた二本の縄がついに千切れてしまった。
再び巨体が私に向かって突進してくる。
「リーリエ、逃げろ!」
「はあっ!」
刹那、筋肉の緊張を一気に解き放つ。
バニートゥフレイクスは私の目の前でその動きを止めた。
先程までの喧騒が嘘のように辺りが静寂に包まれる。
「どうなった……?」
皆が固唾を飲んで見守る中、バニートゥフレイクスの身体は青色の体液をまき散らしながらバラバラになって辺りに散乱した。
これぞ女剣士オルフィアの居合の必殺剣技ミーティアルブレードだ。
「やった!」
「あの化け物を倒したぞ!」
「さすがリーリエさんだ」
「いえ皆さんがバニートゥフレイクスの動きを封じてくれたおかげで必殺技を放つ事ができました」
町中に響き渡る歓声。
しかし私には勝利の余韻に浸っていられる暇はなかった。
すぐさま血だまりの中のドノヴァンさんに駆け寄り容態を確認する。
「酷い……」
ドノヴァンさんの身体から赤い血が止め処なく流れている。
手の施しようがないとはこの事だ。
いや素人判断はよくない。
医療の事は本業の医者に任せるしかない。
駆け付けたアルメリア侯爵のお付きの医者が私に代わってドノヴァンさんを診るがやはり彼にもどうしようもないようで無言で首を横に振るばかり。
今この医者が着ている服は以前私が仕立てた人気医療漫画【スーパドクター・ホワイトジャック】の主人公が身に着けている衣装だ。
私が知る限りでは漫画史上で最高峰の医者である。
そんな彼にも手の打ちようがないというのなら本当にどうしようもないのだ。
私の心が絶望に飲み込まれていく。
「とにかくドノヴァンさんを安静にできる場所に運びましょう」
皆が見守る中ドノヴァンさんは担架に乗せられてアルメリア侯爵の屋敷へと運ばれていった。
呆然と立ち尽くしてその様子を眺めている私を慰めるようにお父さんが優しい口調で言った。
「リーリエ、お前はやれるだけの事は全てやった。後は彼の無事を女神に祈ろう」
「本当に……もう私にできる事は何もないのかな?」
「……それでもまだやれる事があると思うのなら気が済むまで試してみなさい。後悔がないようにな」