第20話 魔獣
「リーリエちゃん、お客さんだよ」
「はーい。誰かしら?」
今日は休日。
トリスタンおじさんの家で仕事の事を忘れてのんびりと自分用のコスプレ衣装を作っていると懐かしい人物が私を訪ねてきた。
「あれ? 貴方は確か……ドノヴァンさんじゃないですか。どうなさったんですか?」
「私の事を覚えていて下さいましたかリーリエ嬢。本日は事前の連絡もなく突然の来訪ご容赦いただきたい」
私を訪ねてきたのは私達親子がアルメリア侯爵領にやってきた途中の峠道でお世話になった騎士ドノヴァンさんだった。
相変わらず私のような町娘が相手でも柔らかい物腰で接してくれる好感が持てる人物だ。
そして私はドノヴァンさんが身に着けている鎧があの時私がプレゼントした鎧である事に気が付いた。
鎧の所々に刻まれた深い傷跡は彼が幾度となく激しい戦いを繰り返していた事を物語っている。
私の視線に気付いたドノヴァンさんは申し訳なさそうに言った。
「折角頂いた鎧をこんなにボロボロにしてしまい申し訳ありません」
「あ、いえ。鎧は身を守る為の物なのですからですからお気になさらずに。ドノヴァンさんのお役に立てたのならこの子も本望でしょう」
元々ナバル山賊団の討伐の時に使い潰して貰うつもりで急場しのぎで作った鎧だ。
しかし手入れが行き届いているのか彼の着ている鎧は傷だらけとはいえ今でも新品の様な光沢を放っていた。
むしろ今まで大切に使い続けてくれた事に感謝の気持ちすら沸き上がってくる。
「ふふっ、この子……ですか」
ドノヴァンさんは私の何気ない一言で笑顔を見せた。
「もう、笑わないで下さいよ。私にとっては自分の作品は本当の子供のように可愛いものなんですから」
「失礼。気分を悪くされたのならお詫びします。衣服に対して人間のように愛情を持つだなんて今までの私達にはなかった概念でしたので。そのような考えを持たれているとはやはり私には貴女が現世に舞い降りた女神クロウス様本人に思えて仕方がありません」
「もう、ドノヴァンさんったら。女神様だなんてそんな見え見えのお世辞を言っても何も出ませんよ」
「いえ、お世辞という訳ではないのですが」
正面を切って真顔でそう言われるとさすがの私も恥ずかしくなる。
きっと今の私はデレデレとだらしがない表情をしていた事だろう。
「さあさあ立ち話も何ですから中へどうぞ」
玄関前で親しげに会話をする様子を見て突然の見知らぬ来訪者への警戒心を解いたトリスタンおじさんがドノヴァンさんを家の中に招待する。
「有難うございます。お言葉に甘えさせていただきます」
応接室に案内されたドノヴァンさんにアリアベルおばさんが暖かいミルクを出してもてなす。
「おお、こんな美味しいミルクは飲んだ事がありません。どれだけ愛情をこめて牛の世話をされているのかが伝わってきます」
「あらやだ、違いが分かりますか?」
アリアベルおばさんは上機嫌で私に耳打ちをする。
「良い人じゃないのリーリエちゃん。態々こんな辺境まで訪ねてくるだなんてあんたも隅に置けないねえ」
「もう何言ってるんですかおばさん。私に用事だなんて服の事に決まってるじゃないですか」
ここからは営業モードだ。
私は身を乗り出してドノヴァンさんに尋ねる。
「それでドノヴァンさん今回はどんな衣服をご所望ですか? ドノヴァンさんに似合いそうなのは……そうですね、黒のジュストコールとかどうでしょう。あっ、オーダーメイドも承りますよ」
「いえ、申し上げにくいのですが注文したいのは魔獣と戦う為の装備です」
「え? あ、ごめんなさい私ったら一人で盛り上がってしまって」
てっきりプライベートの服の注文に来たと思い込んでいた私は盛大にやらかしてしまった事を恥じる。
「いずれは私服も注文させていただければ思っていますが最近は王国内で魔獣の被害が多発していますので騎士団の装備を強化したいのです。どうか相談に乗っていただけないでしょうか。勿論相応の謝礼はさせて頂きます」
「なるほど今回の相手は魔獣ですか。確かにそれでしたらもっと強固な鎧が必要ですよね。でもここしばらくは人里に魔獣が現れる事なんてなかったのにどうしてなんでしょうね」
「我々も不思議に思っていたのです。リーリエ嬢もご存じかと思いますがここコスタミア王国は聖女の力によって魔を退ける結界で守られているはずですが……」
「そういえばそうでしたね」
私が教会で働いていた時にその辺りの事は学んでいる。
聖女の結界は別名を絹の衣といって王国内をその名のごとく柔らかな光で優しく包み込んでいる。
しかし今の聖女といえばフレミアだ。
嫌な予感しかしない。
「分かりました。それでは魔獣退治にちょうど良い装備を作りましょう」
彼女が何かを企んでいようが私は全力で民衆達の為に日々命を懸けて戦ってくれている騎士団の皆さんをサポートするだけだ。