第2話 泥棒猫
ここコスタミア王国や近隣の国々では全ての人々の衣服の制作から流通までをクロウス教会が取り仕切っている。
衣服とは女神クロウスが人々に与えた最初の知恵の賜物であるという教えから、教会は女神の代理として人々に衣服を分け与える役割を担っていた。
まあ実際にはお布施の名目で衣服と交換でそれなりの金額を受け取っているのだがこの世界ではそれが昔からの習わしだったので、誰ひとり現状に疑問を持つ者はいなかった。
ある日私は大司教様に呼ばれ教会の大聖堂へとやってきた。
クロウス教には『衣服はその人間の内なる姿を表す。いかなる時も自分に相応しい衣服を身につけよ』という教義の一節がある。
最初はもしかして私の仕立てた衣服が教義に反するのではないかと不安だったが、逆に大司教様は私を現世に降臨した女神様に違いないともてなし、人々の為に教会で思う存分衣服を仕立てられる環境を用意してくれた。
しかも相応の対価も支払ってくれるという。
貧しい家庭に生まれた私にとっては願ってもない待遇だ。
二つ返事で了承しその日から教会に泊まり込みで多くの衣服を仕立てる事になった。
仕事の時間は朝日が昇る前から日付が変わる頃まで、前世の基準で考えれば明らかにブラックな環境であるが、単純に衣装を作るのが大好きな私は過酷な労働環境も苦にならなかった。
そんな充実した日々が続いたある日、少し遅れて私の噂が国王陛下の耳にも届いた。
王宮に招待されて煌びやかな衣服を身に纏った私の姿を見た国王陛下はすっかり魅了されてしまったようであれよあれよという間に私を王太子であるセリオス殿下の婚約者にするという話が内々に決まってしまった。
本来平民の生まれである私が王太子の婚約者になる事はあり得ない話だが、教会の大司教様より女神の生まれ変わりだとお墨付きを頂いていた私は充分にその資格があったようだ。
後はこの婚約を世間に告知するタイミングだが「政治とは演出だ」と豪語する国王陛下のポリシーに従ってセリオス殿下の十八歳の誕生パーティーに私とセリオス殿下を初顔合わせさせ、そのままセリオス殿下に婚約を申し込ませるという台本が出来上がっていた。
折角の晴れ舞台、それに相応しい衣装が必要だ。
私はパーティーが催されるまでの間にセリオス殿下が着るテールコートと自分が着るドレスを仕立てた。
しかしここまで順風満帆だった私の人生に暗雲が立ち込める。
セリオス殿下の誕生パーティーの前日に国王陛下が急遽病に倒れられたのだ。
このような時にセリオス殿下の誕生パーティーを開催するべきではない、中止するべきだという声も上がったが、それでも国王陛下のたっての願いであったことが重視されパーティーは強行される事になった。
気は乗らないが仕方なくパーティーに出席するべくドレスの入ったクローゼットを開けた。
「ない……」
クローゼットの中にしまっておいたはずのドレスは忽然と消えていた。
なくなったのはドレスだけではない。
今まで自分が着る為に仕立てていた多くの衣服も全部なくなっている。
訳が分からずに慌てふためきながら大司教様やシスターたちに訊ねても誰も知らないという。
「まさか泥棒!?」
教会に空き巣が入ったとなれば一大事だが王家主催のパーティーに遅刻する訳にはいかない。
犯人探しは後回しだ。
仕方なく私はジャージの様な普段着でパーティー会場に向かうしかなかった。
そこで私は一際大きな歓声を耳にする。
今私の目の前には私が作ったマジカル☆リーリエのドレスを身に纏って王太子セリオスと熱い抱擁を交わしている聖女フレミアの姿がある。
参列者からの惜しみない賛辞を浴びた後、フレミアは皆に向けて言った。
「皆様、セリオス様が今お召しになられているテールコートと私のこのドレスは今日という日の為に私が仕立てたものですわ。如何かしら?」
「え?」
「パーティーに参列されている方の中にも私の作品をお召しになられている方が何名かいらっしゃるようですわね。喜んでいただけて私も嬉しいですわ」
辺りを見回すとジャージに混じって私が仕立てた衣服を身に纏った紳士淑女も多く出席しておりいずれも他の参列者から羨望の眼差しを浴びていた。
そしてひとりの壮年の紳士が前に出て言った。
「フレミア嬢、いつも素晴らしい衣服を仕立てて頂いて本当に感謝している。今度は娘の為にドレスを仕立ててくれないだろうか。もちろん言い値で買わせて頂こう」
「ええ勿論ですわイコノクラスム公爵」
二人は満面の笑みを浮かべながら談笑を続けている。
「この人たち何を言って……まさか……」
ここにきて私は漸く教会にいいように利用されていた事に気付いた。
今まで私が人々の為に仕立ててきた衣服は一般の民衆の手に渡る事はなく、全て貴族達に高値で売りさばかれ教会の懐を潤していただけだったのだ。
しかもあろうことかフレミアはそれを自身の手柄にしようとしている。
「へえ、この素敵なドレスってフレミアさんが作っていたのね」
「ちょっと待って、私はなんとかっていう町娘が仕立ててるって聞いた事があるけど」
「そうだっけ? 勘違いじゃない?」
私が最初に衣服を仕立てたのは教会で働く前の話だ。
パーティーの参列者の中にはフレミアの発言に違和感を覚えた者もいる。
訂正するなら今しかない。
私は皆の前に歩み出て口を開いた。
「あのっ、皆さん聞いて下さい!」
参列者の視線が一斉に私に向けられる。
「皆さん、フレミアさんのドレスは私が──」
「見ろよのこの娘のみすぼらしい格好を」
「フレミア嬢のドレスとは月とスッポンだな」
「やはりあの素晴らしいドレスはフレミア嬢の作品だったんだ」
「違う、あのドレスは盗まれ──」
「フレミア嬢、我々にも衣服を売って下さい」
「貴女こそ女神クロウス様の生まれ変わりだ!」
「フレミア様万歳!」
私の訴えは無情にも周囲のフレミアを称える声によって掻き消された。
私が苦虫を噛んだような表情で二人を眺めているとその視線に気付いたのかセリオス殿下がチラリと私に視線を向けて言った。
「お前が父上が言っていたリーリエとかいう町娘か。父上はお前の事を女神の生まれ変わりと高く評価されていたが、何だそのダサい服は。よくもそんな格好で私の誕生パーティーに出席できたものだな。どうやら父上の目も曇られたようだ」
セリオス殿下は私を乏しめる一言を放つとフレミアを会場の中央にエスコートして高らかに宣言をする。
「皆の者、幸せのおすそわけだ。これより我が婚約者となったり聖女フレミアの奇跡をご覧にいれよう。さあやってくれフレミア」
「はい、セリオス様。会場の皆様方もどうぞご静粛に」
セリオスに促されてフレミアは両目を閉じると両手をハの字に広げて胸を張り美しい声で聖歌を歌う。
その歌声に共鳴するように会場内は暖かい光に包まれた。
「不思議だ、気持ちが安らいでいく……」
「おお見てくれ、わしの膝の古傷が治った」
「私の五十肩も!」
「奇跡だ……!」
「聖女フレミア様万歳!」
これは全て聖女の持つ癒しの力だ。
会場のあちこちからフレミアが起こした奇跡を称える声が響き渡る。
でも私には別段変わった様子は見られない。
その時フレミアはこちらをチラ見してフッと嫌な笑みを浮かべたのが見えた。
どうやら意図的に私を奇跡の対象から外したようだ。
子供のような嫌がらせをする為にずいぶんと器用な事をするものだ。
「あなたの奇跡なんてこちらから願い下げよ」
私は本心からそう呟いた。
確かにフレミアの聖女としての力は目を見張るものがある。
でも性格はクズ。
それが私が彼女に抱いた第一印象だった。
何はともあれこれ以上こんな茶番には付き合っていられない。
盛り上がる人々を尻目に私は人知れず早々にパーティー会場から退出した。