第19話 聖女フレミア
リーリエを確保する為に自らが放った刺客が全て捕らえられたという情報は教会の間者を通して瞬く間にフレミアの耳に届いた。
そしてフレミアはその一部始終を知り戦慄を覚える。
彼らを捕縛したのはたった一人のか弱いシスターだというではないか。
アルメリア侯爵がリーリエに肩入れしているという情報はフレミアも把握していた。
だから万が一アルメリア侯爵の妨害を受けた時の事を考えて腕に覚えがある者を送り込んだはずだ。
その精鋭がたった一人のシスターに叩きのめされるとは完全に想定外の出来事である。
リーリエの仕立てた衣服には身に着けた者の能力を底上げする効力がある事はフレミアも把握しているが、まさかこれ程の影響を及ぼすとは想像もしていなかった。
それだけではなくどちらかといえば彼らを捕らえたのが同じクロウス教会に所属するシスターだという事実の方が問題だ。
聖女である自分の意思に異を唱える事は教会への明らかな反逆行為だ。
到底許す事はできない。
「まさかあの女、私達クロウス教の信徒達を篭絡してして教団を乗っ取るつもりではないかしら」
勿論リーリエにはそのような考えは全くないのだがフレミアは疑心暗鬼に陥った。
何せ女神クロウスは衣服を司る神様である。
彼女の仕立てる衣服のクオリティは教会が仕立てているジャージのような服とは明らかにレベルが違う。
信徒達が彼女を女神クロウスの再来と信じてしまうのも無理がない話だ。
実際フレミアの父である大司教も他の信徒と同じくリーリエの事を女神クロウスの再来だと考えていた。
そんな父を欺きリーリエを陥れる工作をするのは随分と骨が折れたものだ。
教会では表向きはリーリエは自分の意思で民衆達に衣服を与える為に地方に出向しているという事になっているが、もしフレミアの企てが大司教の知るところになれば断罪は避けられない。
最悪聖女という立場も失ってしまうだろう。
でもこうなったのも全て大司教が悪いのだとフレミアは考えている。
フレミアはこの世に生を受けた瞬間から教団の聖女として定められたレールの上を歩く人生を強要されてきた。
聖女は民衆の模範となる人間でなければならない。
幼少より遊ぶ事も許されずに厳しい教育を受ける毎日が続いた。
同年代の女の子達は多くの娯楽に囲まれ輝かしい青春の日々を送っているというのにどうして自分だけがこんな目に合わなければいけないのか。
いつしかフレミアの心にはどす黒い感情が生まれていたが決してそれを表に出す事もなく従順な振りを続けていた。
そしてフレミアは正式に聖女として認められ教会内での大きな発言力を得た。
彼女のいう事を何でも聞く忠実な部下を手に入れたのもこの頃だ。
他人にちやほやされる快感を覚えたフレミアはその立場を失わないように表向きは清廉な聖女を演じ続けた。
そんなある日大司教がひとりの市井の女を教会に連れてきた。
名をリーリエ・ローデリア。
何でも教会の仕立屋が今まで思いつかなかった斬新で魅力的なデザインの衣服を仕立てた才女だという。
大司教はリーリエを現世に降臨した女神クロウス本人であると諸手を挙げて教会に迎え入れた。
確かに彼女の仕立てる衣服は人を惹きつける魅力がある。
しかし所詮はただの町娘に過ぎないではないか。
聖女である自分よりも敬られる人間などこの世に存在してはならないものだ。
フレミアはリーリエを一方的に敵視し、大司教の目が届かないところで過酷な労働を押し付けたが生来衣服を作るのが趣味のリーリエはそんなパワハラに気がつくこともなく一向に堪えない。
しかもあろう事かリーリエの評判は国王陛下の耳にも入り王太子セリオスの婚約者の座まで手に入れてしまった。
嫉妬に狂ったフレミアは一計を案じリーリエの手柄を奪い取り自身がセリオスの婚約者の座に収まる事に成功した。
パーティーの直後にリーリエの王都からの逃亡を許してしまったのはフレミアの詰めの甘さによるものだ。
そのたった一つの手落ちが今の自分を苦しめている。
あれからセリオス殿下からは何度もパーティーの招待状が届いているがあの時着ていたドレスは痛みが激しくとても人前で着れるような状態ではない。
手元にある衣服は教会の仕立て屋が作った何の色気もないジャージのような衣服だけ。
そんな服を着ていけばセリオス殿下を失望させるだけだ。
だから聖女の仕事が忙しい等何かと理由をつけてパーティーへの参加を辞退しているのだがそろそろセリオス殿下も私に疑いを持ち始めている。
ここで真相が明るみになれば全ては水泡に帰す。
もはやなりふり構ってはいられない。
追い詰められた彼女の焦りが冷静な判断力を奪い王国全土を巻き込む大事件を引き起こす事となる。