第18話 戦う聖職者
「お前達この異端者どもを捕らえろ! 王都に連行してじっくりと異端尋問に掛けてやる」
「おうよ!」
リーダーの合図で刺客達は神父とシスターに一斉に飛び掛かり瞬く間に二人は取り押さえられてしまった。
所詮は年老いた神父とか弱いシスター。
刺客達にとっては赤子の手を捻るようなものだ。
「痛い、そんなに強くしないで下さい」
背中に回された腕を捻りあげられてシスターマリアが小さく悲鳴を上げた。
紺色の修道服を身に着けたシスターマリアが上目遣いで懇願する姿は刺客達の罪悪感を煽る。
「お……す、すまねえ……」
彼女を取り押さえていた刺客達は思わず手を放してしまった。
背信者にへの制裁に余計な感情を挟むなど刺客にあるまじき失態。
それを目の当たりにしたリーダーが部下達を怒鳴りつける。
「馬鹿野郎、お前ら何をデレデレしてやがる! 異端者の色仕掛けなんかに引っ掛かりやがって」
「でもよリーダー。仮にも俺達と同じ教会に属する聖職者、しかもこんな華奢なシスターと爺さんを大の大人が数人がかりで襲うってのもどうかと思うぜ。俺たちはそこら辺の輩とは違うんだ」
刺客達はあろうことかリーダーの指示に従わず反論を始めた。
今更その程度の業を気にするなど凡そ刺客にあるまじき言動だったが部下達が突然こんな事を言い出したのには理由がある。
対峙した相手の良心に訴えかけて悪行を躊躇させる。
それこそがリーリエが仕立てたキャソックや修道服が持つ効果であるのだが彼らはその事を知る由もなく自らの意志でマリアを庇っていると思い込んでいた。
ただ一人聖女フレミアの忠実な僕であるリーダーだけはその罪悪感を自力の忠誠心で吹き飛ばした。
「もういい俺がやる!」
リーダーはマリアを捕縛するべく飛び掛かるが当のマリアは逃げる素振りも見せずにその場に立ち止まり胸元から自身の修道服の中に手を突っ込み何やらごそごそ手を動かしている。
「何だ? 何を企んでいる」
リーダーが違和感を覚えつつもそのままマリアに突進する。
次の瞬間現れたのはマリアが修道服の中に隠し持っていた巨大で無骨なメイスだ。
「げっ、こいつなんでそんなものを」
「神よ、この罪深き者に天罰をお与え下さい」
ありえない光景に一瞬戸惑ったリーダーの男はシスターマリアがフルスイングしたメイスの直撃を受けて吹き飛んだ。
「ぐへえっ!」
「リ、リーダー!?」
白目を剥き泡を吹いて足元に転がっているリーダーの変わり果てた姿を見て戦意を喪失した刺客達は恐れ慄き一斉に後退するが無情にも背後の壁に逃走経路を阻まれた。
「次に懺悔をしたい方は前に出て下さい」
シスターマリアは先程刺客に捻られて痛めた腕をさすりながらゆっくりと前に出る。
「ま、待ってくれ、俺達はフレミアに命令されて仕方がなく……」
「さっき乱暴した事は詫びる、だから許してくれ!」
「シスター、どうか哀れな子羊達にご慈悲を……」
命あっての物種、刺客達は恥も外聞も捨てて生まれたての小鹿の様に小刻みに震えながらマリアの前に跪いて降参の意思を示す。
その様子を見てマリアは女神の様な微笑みを浮かべながら言った。
「分かりました。あなた方が自らの犯した罪を素直に認め罪を償うのでしたら私は許しましょう」
「おお、流石シスター。話が分かる」
「俺たちこれからは刺客なんて辞めて真っ当に生きていきます」
「私は許しますが、でもメイスが許すでしょうか?」
「え? ちょ……うわあああああああ!」
次の瞬間教会中に悲鳴がこだました。
◇◇◇◇
「おーい、リーリエさん」
「はい?」
町で私を呼ぶ声に振り向くと黒のタキシードにシルクハットをかぶった知らない壮年紳士が手を振っていた。
「えっと……?」
この紳士が着ている服は間違いなく私が仕立てた物だがこの人の顔は見覚えがない。
「こんにちは。あの、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
「ははは、お忘れですか。私です、山賊をしていたナバルです」
「ええっ!?」
あの野性味溢れた風貌はどこへやら、髭を剃り身なりを整えた彼はどこに出しても恥ずかしくないナイスミドルの紳士に変貌していた。
「あれから牢屋の中での模範的な態度が評価されて仮釈放が認められたんですよ。早速牢内で得た作業報奨金でリーリエさんの服を買わせていただきましたよ」
「そうだったんですか。お買い上げ有難うございます」
仮釈放されたという事は余程牢屋の中の生活態度が良かったのだろう。
あの山賊の親玉がここまで更生するとは、あの時急ごしらえした囚人の服の効果がそれなりにあったのだろうか。
「今では迷惑を掛けた方々への償いの意味も込めて福祉の仕事をしているんですよ。って、俺の事はどうでもいいですよね。そういえば聞きました? 俺と入れ替わりで牢に繋がれた人攫いどもの話なんですけど」
「人攫いですって? まあ怖い」
「何でも教会のシスターがそいつらを一人で叩きのめしたそうですよ。神父様もドン引きするぐらいの大立ち回りだったそうで、いやはや人間見た目によらないものですね」
「教会のシスターって……あのマリアさんの事?」
「それじゃあ俺はこれから仕事がありますのでこれで失礼します」
「あ、どうも」
ナバルは丁寧に頭を下げてその場を後にした。
私はナバルを見送った後で今聞いた話をもう一度頭の中で反芻する。
マリアさんは特に争い事を好むような女性ではなかった気がするけど一体どういう事なんだだろう。
「あっ、そっか。あの衣装のせいだ」
そして彼女が豹変した理由に思い当たる節を見つけた。
彼女の着ている修道服はシミュレーションRPG【炎の聖痕】に登場する回復ユニット、シスターリリザの服装を元に私が仕立てたものだ。
リリザは争いを好まない穏やかな性格の女性だが上級職であるシスターモンクにクラスチェンジをするとそれが一変する。
シスターモンクは回復と攻撃を同時にこなすことができる優秀なクラスだ。
聖職者であるシスターモンクは刃物を使う事はできないが、代わりに装備する事ができる鈍器の一撃は下手な戦士の攻撃力を凌駕する。
おかげで彼女は回復魔法を使う暇があったら敵を殴った方が早いとすら言われる始末。
そんな相手に喧嘩を売った人攫いは自分の運のなさを嘆くがいいさ。
こうしてリーリエを王都に連れ去って衣服を作らせるという聖女フレミアの企みはリーリエの知らない内にあえなく失敗に終わり、いよいよフレミアは本格的に窮地に立たされる事になった。