第17話 アルメリアの教会
「むう、これは一体どういう事だ」
リーリエを確保する為に教会が派遣した一団は数日を掛けて漸くアルメリア侯爵領に到着した。
そこで見た町の人々の姿に彼らは驚愕する。
「まさかこれを全部あの女がやったのか……?」
道行く人々が身につけている衣服は教会が仕立てた無地のジャージのような粗末な物ではない。
王都でも多くの人々を魅了していたリーリエが作り上げた洗練されたファッションそのものだ。
アルメリア侯爵家の協力の下で領内の大通りに開店したリーリエの洋服店は瞬く間に評判となり衣服の注文が殺到した。
衣服を仕立てるのがリーリエひとりではとても手が足りなくなったのでアルバイトを募集してみたところリーリエの衣服の魅力に触発されて自分でも衣服を作ってみたいと考えていた多くの町の人が彼女に協力を名乗り出た。
アルバイトが確保できたリーリエは早速彼らの為に仕立て屋が着ているような服をイメージして作り支給すると衣服の力でその者達もリーリエ程ではないにしろ教会の仕立てるジャージのような衣服とは比べ物にならない程の衣服を仕立てる事ができるようになった。
こうして僅かな間にこの町に住む全ての人間に新時代の衣服が行き渡っていったのである。
現在この町でジャージのような服を着ているのは教会が派遣した彼らだけ。
町の人々は遠巻きにその一団をチラチラと眺めている。
「リーダー、密かにリーリエに接触して連れ去るという計画でしたがこれでは我々は目立って仕方がありませんよ」
「やむを得んな。一旦身を隠そう。そういえばこの町にも我らクロウス教の教会堂があったな」
教会の一団は町の人々の目から逃げるように町の外れにある教会堂へと向かった。
人目につかないようにこっそりと裏口に回り内部に侵入すると中には黒のキャソックを身に纏った神父が女神クロウスへの祈りを捧げていた。
「おや? あなた達はこの町の者ではありませんね」
神父は突然やってきた見知らぬ顔の来訪者に困惑して怪訝な表情で彼らを見る。
クロウス教会も一枚岩ではない。
同じクロウス教会の人間とはいえ王都から遠く離れたこの地では殆ど交流もなく情報が共有される事もないまま各々がそれぞれの思惑で動いていた。
しかしどちらも女神クロウスの信徒である事に違いはない。
しかも一団にしてみれば自分達は王都の、しかも聖女フレミア直属の信徒である。
「神父よ、我々は聖女フレミア様に特命を受けて王都からこんな田舎町までやってきた者だ。当然お前達にも協力をしてもらうぞ」
彼の上から目線の口上にはその驕りが垣間見える。
普段は温厚な神父も苛立ちを露にしながら答えた。
「ふむ。我々に何をせよと仰るので?」
「リーリエという女がこの町にいるはずだが知っているか?」
「それは勿論です。ご覧下さい私のこの服もリーリエ嬢が仕立てた物なのですよ。いいでしょう? あなた達もいつまでもそのような前時代の服を着ていないでリーリエ嬢に一着仕立てて貰ったらどうですか?」
「何をのんきな事を言っている。我々はそのリーリエを王都に連れ戻すように命を受けてこの町にやってきたのだ。リーリエは今どこにいる?」
「リーリエ嬢を王都に連れ戻す? それはまた何故でしょう」
「知れた事。リーリエを王都に連れ戻して教会の為に衣服を作らせるのだ」
「彼女に衣服を作らせるのですか? これは異な事を仰る。衣服ならリーリエ嬢がこの町で作っているではありませんか」
「馬鹿め、奴が我々クロウス教会のあずかり知らぬところで勝手に衣服を作って売っていると民衆どもは教会にお布施を落とさなくなるだろう。だから我々が王都であの女を管理してやると言っているんだ。お前も教会の人間ならもっと危機感を持ったらどうだ」
「危機感ですか、はて何の事でしょう」
バタン。
その時入り口の扉が開いて修道服を身に纏ったシスターが教会に戻ってきた。
「神父様、ただいま戻りました。あら? 誰ですかこの人達は」
「マリア、彼らは王都の教会からいらっしゃった方達だ。失礼のないようにな」
「へえ、この人達が……」
「!?」
マリアと呼ばれたシスターは一瞬自分達に憐みの眼差しを見せたのをリーダーは見逃さなかった。
そしてそれが自分達の身に着けている衣服に対してのものだと気づくのに時間はかからなかった。
どうして聖女直属の自分達がこんな田舎者に見下されなければならないのか。
忽ちリーダーの頭に血が上り血管が浮き出る。
神父はそんな彼を横目にマリアに言った。
「マリア、今日君が何をしていたか彼らにも教えてあげなさい」
「はい、今日はリーリエさんの裁縫工場で服を五着仕立ててきました」
「ほほう。五着とは随分と頑張ったね」
「でも完成した傍から直ぐに売れてしまって全然休む暇がありませんでしたわ」
そう言ってマリアは金貨の入った袋を取り出してリーダーにみせた。
忽ちリーダーは激昂して叫んだ。
「お前達……仮にも教会の人間がリーリエのところで衣服を仕立てていたというのか!? あんな町娘の軍門に降るなどお前達には女神クロウス様を信仰する者としてのプライドはないのか!?」
「私達が衣服を司る女神クロウスの信徒だからですよ。あなた方は自分達の技術を向上しようとする努力もせずにいつまでそのような時代遅れの衣服を身に着けているつもりですか。クロウス様もきっと失望しておられるだろう」
神父は侮蔑の眼差しをリーダに向けた。