第16話 暗躍する者
その日から本格的に侯爵家で働く人々の衣服を仕立てる毎日が始まった。
執事であるシャノンさんにはタキシードを、侯爵家お抱えの医者には白衣を、魔導士には三角帽子と黒のローブを。
いずれも前世のゲームやアニメの記憶を参考にその人のに相応しい衣服を仕立てていく。
リッカとルッカの協力もあって予定より遥かに早く皆の衣服が完成していった。
そんな中で一つだけ誤算だったのは料理人達の衣服を作った時の事だ。
料理人の恰好といえば誰もが真っ先に思いつくのが白のコックコートにコック帽を被ったオーソドックスなスタイルだろう。
そこで私が参考にしたのは前世で人気だった料理漫画【ウマ味娘・シンデレラグルメ】のキャラが身に着けているコックコートだ。
衣服が完成し早速料理人達に着て貰ったところで事件は起こった。
「今日こそどちらの料理が上かはっきりさせてやるぞジェシカ!」
「はっ、あんたこそ吠え面をかかせてあげるわアンソニー!」
衣服を身に着けた二人の料理人が突然罵り合いを始めたかと思うと流れるように料理バトルが始まってしまったのだ。
「それでは私が勝負のルールを決めよう。食材は野菜! テーマは愛!」
料理長も二人を止める事もなくノリノリで煽る。
「何だ、何が始まったんだ?」
忽ち騒ぎを聞きつけて屋敷の皆が集まってきた。
多くのギャラリーが見守る中でジェシカさんが包丁で野菜を千切りにすると切られた野菜は宙を舞いお皿の上にハート型に盛られていく。
料理人より大道芸人の道に進んだ方が良かったんじゃないかと思いながら眺めていると今度はアンソニーさんが負けじと二つの包丁を紐で縛りブーメランのように放り投げる。
物理法則を無視して飛んでいく包丁ブーメランはまな板の上に置かれた野菜を切り刻みあっという間に愛の女神ミルダの姿を模った美しい野菜の彫刻が出来上がった。
そして完成した料理は屋敷の皆に振舞われどちらの料理が美味しかったのかの投票が行われる。
屋敷中が盛り上がっている中、私はその様子を冷めた目で見ていた。
そうだ、【ウマ味娘・シンデレラグルメ】はこんなノリの料理バトル漫画だった。
衣服を作る時にどうしてこうなる事を予測できなかったのかと人知れず反省する。
そして勝負の結果二人の間には漫画のように友情……ではなくて何故か愛情が生まれ後日結ばれる事となったのだがそれは別の話。
◇◇◇◇
「リーリエ嬢、君のおかげで私の屋敷の中が以前とは見違えるようになった。これが約束の報酬だ」
リッカとルッカの協力があったとはいえ僅か一ヶ月程で依頼を完遂した私はアルメリア侯爵からお礼の言葉と共に前金と同額の追加報酬を受け取った。
「そういえば君の夢は確か洋服店を開く事だったね。良ければ私が店舗物件など手配してあげようか?」
「お言葉は有難いのですが既に十分な報酬は頂きました。私の個人的な夢の為に閣下にご負担をおかけする訳にはいきません」
「いや、私の領内に君の仕立てた衣服を取り扱う店ができれば我々にもメリットが大きいからな。これは投資だと考えてくれればいい」
「……そういう事でしたらお言葉に甘えさせて頂きます」
アルメリア侯爵の協力で店舗物件については割かし容易に見つかった。
しかし考えてみればずっと衣服を仕立てる事しかしてこなかった私ははっきり言って接客業があまり得意ではない。
だからお店を任せられる人を別途雇うべきだろう。
「うーん、どこかに接客が得意な人間がいないかな……」
この世界には求人誌は存在しないので自分で探すしかない。
必要な人材を求めて町を歩いていると相変わらず町の広場で道行く人に商売をしているアルフリードさんを見つけた。
「そうだ、接客ならアルフリードさんが適任だ!」
「私がどうかしましたかリーリエさん?」
「ええ実は今度この町で洋服店を開く事になったんですが私は服を作る事は自信がありますがそれ以外の事よく分からなくて……」
「ふむふむ、それで私を店長として雇いたいというのですね。分かりました是非ともやらせて下さい」
「宜しいんですか?」
「はい、以前も言いましたがリーリエさんの作る衣服なら飛ぶように売れるでしょうし。それに私もいつまでも行商を続けてはいられませんからね」
「有り難うございます。それでは賃金についての相談をしましょう」
◇◇◇◇
一方その頃王都では教会の調査隊がナバル山賊を壊滅させた騎士団の鎧を作った人物を突き止める事に成功していた。
まるで悪の秘密結社の会議のように誰にも話を聞かれないように薄暗い教会の隠し部屋の中で聖女フレミアの前に仰々しく跪いて結果を報告をする。
「フレミア様、やはり騎士団の鎧を作ったのはあのリーリエです。あの女は現在アルメリア侯爵領に滞在している事が分かりました」
「思った通りね。では直ちにリーリエの身柄を確保しなさい!」
「ははっ、仰せのままに」
聖女フレミアの命の下、数人の男女がアルメリア侯爵領に向けて出発した。