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第15話 侯爵家のファッション革命


 翌朝、私は大きなスーツケースを持って寝惚け眼を擦りながら迎えに来た馬車でアルメリア侯爵の屋敷へと向かった。

 そして屋敷の玄関に到着したところで大きな欠伸をする。


「ふわーあ」


「昨日はあまり眠られなかったのですかリーリエ嬢」


「あ、大丈夫ですシャノンさん。衣装の制作に没頭する時はいつもこんな感じなので」


「しっかり睡眠はとってくださいよ」


「有難うございます。では早速ですがリッカちゃんとルッカちゃんを呼んでもらえますか」


「はい今すぐにお呼びします」


 少ししてシャノンさんがリッカとルッカを連れて戻ってきた。

 やってきたのは二人だけではない。

 ついに自分達が着る衣装の制作が始まると聞いて屋敷の皆が仕事の手を止めて集まってきた。


「おはようございますリーリエ様」

「今日は足を引っ張らないように頑張りますので宜しくお願いします」


 やる気のある言葉とは逆にリッカとルッカは私と同じように眠たそうな顔で目を擦っている。

 見ればルッカの左手の指の絆創膏の数が昨日より増えている。

 どうやらあれからずっと裁縫の練習をしていたらしい。

 この様子だとリッカもハサミの使い方を練習していたのだろう

 努力をする人間は嫌いじゃない。

 今日私が持ってきたものはそんな彼女達へのささやかなプレゼントだ。


「リッカちゃん、ルッカちゃん、今日はあなた達に素敵な物を持ってきたわ」


「なんでしょう?」


「ふふふ、見て驚きなさい。それっ」


「わあ!」」

「かわいい……」


 スーツケースの中から出てきたそれはピンク色のヒラヒラのフリルを過剰な程使って仕立てた可愛らしいメイド服だ。

 一着はアニメやメイド喫茶でおなじみのオーソドックスなタイプのメイド服。

 そしてもう一着は背中に翼、お尻に尻尾、そしてカチューシャにはドラゴンの角をモチーフにした装飾を施した特異な意匠のメイド服だ。

 擬人化したドラゴンのメイドって我々の業界では一大ジャンルだったからね。


 はい、完全に私の趣味が入ってます。

 ごめんなさい。


 二人の衣装を差別化したのは理由がある。

 この姉妹は髪型以外見た目が全く同じだからよく間違えちゃうんだもん。

 しょうがないよね。


「ほらほら早速着替えてみて」


 私は二人を強引に更衣室に連れ込みリッカを通常のメイド服、ルッカをドラゴンメイド服にそれぞれ着替えさせる。


「おお……」

「なんて可愛らしい」


 更衣室から出てきた二人を見てシャノンさんや屋敷の人は歓声を上げる。

 評判は上々。

 私はその様子を後方で腕を組みうんうんと頷きながら眺める。

 やはり私の見込んだ通りこの二人は最高の素材だ。

 今日のところはメイド服だけだけどいずれは他の衣装も試してみよう。

 などと少し邪な事を考えているとリッカがそわそわした様子で訴えてきた。


「あの、リーリエ様」


「なあに?」


「この太腿の沢山スロットが付いてるベルトは何に使うんでしょう?」


「これ? 暗器を仕込むところよ」


「暗器……?」

「どうしてそんなものが?」


 暗器という物騒な単語を耳にして屋敷の人達がざわついた。

 しまった、コスプレ業界では戦うメイドさんはメジャーなジャンルだったけどこの世界ではメイドさんが戦うという発想や概念は全くないらしい。


「えっと……ほら、いざという時の護身用に使ってね。近頃何かと物騒だから」


「そうなんですね、分かりました」

「なるほど、リーリエ嬢の仕立てる衣装は着た者の安全までしっかりと考えられているようだ」

「さすがリーリエ嬢だ」


 苦しい言い訳だったが何とか誤魔化せたようだ。

 私の言葉を信じて感心した眼差しを向けられる視線が痛い。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。リッカちゃん、ルッカちゃん、準備はいいですか?」


「はい!」

「宜しくお願いします」


 私は二人と作業部屋へ移動して私が用意した生地と型紙を広げる。


「それではリッカちゃん、この生地を型紙通りに切ってみて下さい」


「は、はい」


 リッカは型紙通りに生地に線を引いた後恐る恐るハサミを手にする。


「昨日は失敗ばかりだったんだろう? たった一日でできるようになるものなのか?」


 屋敷の皆は懐疑の眼差しでリッカを見ている。

 リッカは意を決して生地にハサミを入れた。


 ゴクリ。


 皆が固唾を飲んで見守る中で生地は型紙と寸分違わず切り分けられた。


「で、できた……リーリエ様、できましたよ」


 リーリエは満面の笑顔で私を見る。

 私はパチパチと拍手をして彼女を労う。


「うん、とても上手よ。じゃあ次はこっちをお願いね」


「はい、リーリエ様!」


 リッカがハサミを上手に使いこなせたのは勿論メイド服を着た事による裁断スキルの底上げもあるが、何よりも昨日寝る間も惜しんで練習した分も大きいだろう。


 それはルッカも同様でリッカが切り分けた生地を危なげなく縫い合わせていく。


「おお、あのリッカとルッカがここまでやるとは」


 ここにきて屋敷の皆が二人を見る目が変わってきた。

 その間に私は衣服の装飾に取り掛かる。

 そして皆が見守る中約一時間、ついに一着の衣装が完成した。


 純白に統一されたウエストコート、キュロット、手袋の三点セット。

 そしてウエストコートの上から羽織るのはきめ細かなロココスタイルの刺繍が施された紺色のジュストコールだ。


「おおこれはまた見事な衣服ですな」

「これは誰が着る衣装でしょう?」


「はい、これはアルメリア侯爵閣下の為の衣服です」


「おお私の服か。では早速着させていただこうか」


 アルメリア侯爵はウキウキ顔で衣服を手に更衣室へ入りしばらくして戻ってきた。


「おお……美しい……」


 その優雅な着こなしに皆は嘆息を漏らす。

 この服を着てそこに立っているだけで周囲がエレガントな空間に早変わり。

 これこそが私が前世で憧れた貴族の姿だ。

 衣装の作成を手伝ってくれたリッカとルッカも感激のあまり言葉を失っている。


 アルメリア侯爵は皆の羨望の眼差しを一身に浴びながら言った。


「よし、休憩時間は終わりだ。君達はそろそろ仕事に戻りなさい」


「……」


「ずるいですよ閣下、自分ばっかり!」

「リーリエ嬢、次は私の服をお願いします!」

「いや俺の服を!」

「私が先です!」


 一瞬の静寂を破って屋敷内が一層騒がしくなった。


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