第13話 契約
「つまりこのお屋敷の人達の衣服を私に作れと仰りたいのですね」
「ふふ、察しがいいな。話が早くて助かる」
アルメリア侯爵はいたずらっぽく笑って見せる。
いやそりゃ分かるよ。
私にできる事といえば衣装を仕立てる事だけだ。
侯爵が私に何を求めているのかは考えるまでもなかった。
しかし以前教会の人達にこき使われた挙句手柄を横取りされた過去は私の心に大きな傷を残している。
アルメリア侯爵も同じ穴の狢でないとは言い切れない。
それ故に簡単には首を縦に振るは事はできない。
ここは一旦保留にして家に持ち帰りじっくり考えた上で返事をするのが得策だろう。
渋い表情で思慮を巡らせているとアルメリア侯爵が指をパチンと鳴らして言った。
「シャノン、例の物を」
「はっ」
シャノンさんはアルメリア侯爵に一礼し部屋から退出したかと思うと人間の胴体程もある大きな袋が乗った台車を押しながら戻って来た。
「こちらが依頼の前金となります」
「前金」
「どうぞ中身を検めて下さい」
シャノンさんに促されるまま袋の紐を解き中を覗くとそこに入っていたのは目が眩むような金貨の山だ。
これだけあれば一生遊んで暮らせるだろう。
いやそれでは面白くない。
これだけのお金があれば自分のお店を持つ事だってできる。
それも個人でやっているような小さなお店ではない。
それこそ大型ショッピングモールレベルだ。
そしてお店を通して自分の作った衣装を世間に売り広めていき、やがてはこの世界のファッション文化を発展させるという私の夢も現実的となるだろう。
両目を$マークにしながら袋の中をガン見している私にアルメリア侯爵は笑みを浮かべながら続けた。
「仕事の出来によってはこの倍払おうじゃないか」
「倍!」
更に報酬を二倍貰えれば支店だって作る事ができる。
願ってもない話だが結論を出すのはまだ早い。
まず確認しなくてはいけないのはいつまでに何着作ればいいのかだ。
もし納期に遅れた場合は膨大な違約金が発生するというのなら二の足を踏む。
それに納期内に衣服を納品してもデザインが気に入らないとか適当ないちゃもんをつけられて受け取って貰えない可能性も考えられる。
むしろ甘い言葉で釣り上げて私を借金まみれにして思うがままに支配するのが魂胆ではないかとすら思えてくる。
ここは慎重に返事をしないと駄目だ。
「閣下、まずは納期と何着作ればいいのか教えていただけますでしょうか」
さあアルメリア侯爵はこの問いにどう答えるか。
少しでも私を欺こうというような怪しい言動が見えたらすぐにでも辞退させてもらおう。
アルメリア侯爵は「ふむ」と少し考える素振りをしながら答えた。
「この屋敷で働いている人間の数は私を含めて五十人だ。だから全部で五十着になるが私は君が衣服を一着仕立てるのにどのくらいの時間が必要なのかを知らない。特に急いでいる訳ではないので君の都合に合わせて仕立てて貰えれば構わないよ」
五十人。
この大きさの屋敷なら妥当な人数だろう。
私は頭の中で五十人分の衣服を作るのにどれだけ時間が必要かざっくりと計算して答える。
「……それだと全部納品し終えるまで一年以上掛かるかもしれませんよ?」
「全然構わないよ。全員分まとめて納品しなくてもいいから完成した物から順番に持ってきてくれないか」
「うーん……」
アルメリア侯爵の返事は予想外のものだった。
納期がないという事は遅延による違約金が発生することはないという事だ。
もっとも本当に納期が無限ということはありえないだろうが。
私が衣装を作る早さは装飾の複雑さにもよるが一着につき平均で三日程度だ。
単純計算で五十着なら百五十日あれば出来る。
一年以上と言ったのは大きくサバを読んでの事だがこれならば十分過ぎる程余裕がある。
納期についての心配はなくなったが後は衣服のクオリティについてだ。
「私の仕立てた衣服が閣下のご希望に沿う物ではなかった場合はどうなりましょう?」
その問いにアルメリア侯爵は大きく笑いながら言った。
「ははは、そのような心配は不要だ。私やシャノンの服を見てみるがいい。教会の連中がうたた寝をしながら作った何の味気もない服だ。君の仕立てる服がこれより下だとはとても思えない」
アルメリア侯爵は気持ちが良いくらいはっきりと断言する。
「他に質問はあるか?」
「いえ……」
「では決まりだな。シャノン、契約書を」
「はい侯爵閣下」
続いてシャノンさんがびっしりと細かい文字が書かれた書類を持ってきた。
口約束よりも契約書に書かれている内容の方が重要だ。
口では都合の良い事を言いながら書面の見落としそうな所に重要な事項を記すのが詐欺師の手口である。
私は書類の端から端までを舐めるように見つめるが書かれている内容は先程のアルメリア侯爵の説明とは寸分の狂いもなくどこにも私をひっかけようとする記述は見当たらなかった。
それどころか衣服の制作に必要な道具及び生地、各種費用はアルメリア侯爵家が負担するという記述まである。
まさに至れり尽くせりだ。
これならばどう転んでも私が損害を被る心配はない。
考えうるリスクとリターンを天秤に掛けた結果引き受ける以外の結論は出てこなかった。
「やらせていただきます!」
「そうか、引き受けてくれるか」
「はい。やるからには全力でやらせて頂きます。ところでその前にこのお屋敷の中を見させて頂いても宜しいでしょうか。このお屋敷の中にどのような方がいらっしゃるのかこの目で見ておきたいのです」
「衣服を仕立てる為に必要ならば自由に見て回るといい。シャノン、リーリエ嬢に屋敷を案内してやってくれ」
「かしこまりました閣下」