第12話 アルメリア侯爵
私達親子がトリスタンおじさん夫妻の家に居候を始めて一か月が経った。
私は普段はジャージ姿で外出をしており家の中でしかディアンドルを着ていなかったが時々やってくるご近所さんを通して私の仕立てた衣装の評判が徐々に町中に広がり、今ではすっかりこの町の有名人となっていた。
ある日おじさん達が牧場仕事に出かける準備をしていると入口の扉を叩く音が聞こえた。
「はい、どちら様ですか?」
トリスタンおじさんが扉を開けるとそこに立っていたのは鼻筋が通った美しい顔立ちの青年と数人の男達だ。
服装はジャージ姿だがどう見ても庶民の雰囲気では無い。
青年は背筋を伸ばし礼儀正しい仕草で口上を述べる
「突然の来訪申し訳ない。リーリエ嬢はご在宅ですか?」
「はいおりますがどのようなご用件でしょう?」
二人の様子を後ろから眺めていた父さんはにやにやと笑みを浮かべながら小声で私をからかう様に言う。
「リーリエ、誰だあのイケメンは。お前も隅に置けないな」
「いやいやいや、あんな人知らないよ」
「なんだ。それじゃあお前のファンか何かか?」
「ないない」
「コホン」
私達の会話が聞こえていたのか青年は咳払いをして要件に入った。
「私はアルメリア侯爵閣下の使いで参りましたシャノンと申します。リーリエ嬢、こちらにご用意しました馬車で閣下のお屋敷までお越し頂けますでしょうか」
青年は懐からアルメリア侯爵のサインが書かれた書状を取り出して私達に見せる。
残念ながらこのサインがアルメリア侯爵本人のものかどうかを判断する材料を私達は持っていないが、この青年が嘘をついているようには見えないし嘘をつく理由も見当たらない。
教会からの刺客がアルメリア侯爵の使者に成りすましている可能性も恐らくない。
教会が私に用があるのならこんな七面倒くさい芝居をしなくても四の五を言わずに私を連れ去ればいいのだから。
「やれやれ、大司教、国王陛下の次は侯爵閣下か。リーリエ、どうもお前はお偉いさん方に縁があるらしいな」
「やめてよお父さん。悪い予感しかしないじゃない」
大司教に呼ばれて教会で働くことになった時は良いようにこき使われ、国王陛下に呼ばれてセリオス殿下の婚約者に定められた時は一方的に婚約を破棄されて王都から出ざるを得なくなった。
二度あることは三度あるという言葉もある。
今度は私の身にどんな災難が降りかかるというのか。
しかし逆に三度目の正直という言葉もある。
とにかく何の用なのか侯爵本人に話を聞いてみないことには判断がつかない。
少し悩んだ後で私は首を縦に振った。
「分かりました。伺いましょう」
「有難うございます。それではこちらへどうぞ」
シャノンさんは私の手を握りまるで舞踏会に訪れたご令嬢を扱うように私を客車の中へとエスコートする。
正直悪い気はしない。
私を乗せた馬車はゆっくりと街道を進みやがて前方に王宮のように立派なお屋敷が見えてきた。
馬車はお屋敷の前で停車し、再びシャノンさんは私に手を伸ばして降車を促す。
何という紳士的な態度。
これこそが私が前世で憧れた貴族の世界だ。
王宮のパーティー会場で初めてセリオス殿下を見た時はその振舞いの酷さに失望したが考えを改めなければいけなさそうだ。
そう思うと彼の身に着けている服装が残念でならなくなってきた。
どうしてこんな紳士が着ている衣装が無地のジャージなんだ。
いや違うな。
これは伸びしろと考えるべきだ。
もしドノヴァンさんの言う通り私の仕立てた衣装に着た者の能力や品性を底上げする力があるなら、この人達が紳士服を着たらどれ程のものになってしまうのか。
私は思わず身震いしながら庭を進んで屋敷の中に足を踏み入れた。
ジャージ姿をした屋敷の使用人達とすれ違いながら長い廊下を進んでいくとやがて一際豪華な装飾が施された扉に行き着いた。
「閣下、リーリエ嬢をお連れ致しました」
「うむ入れ」
重い音を立てながら扉が開き部屋の中に入るとそこには立派な髭を蓄えた壮年の男性が私を待っていた。
このカリスマ溢れる見た目の人物がアルメリア侯爵だ。
「お初にお目にかかりますアルメリア侯爵閣下。リーリエ・ローデリアです」
「よく来てくれたねリーリエ嬢。君の事はドノヴァン殿から聞いている」
アルメリア侯爵はマジマジと興味深そうに私を見る。
「ドノヴァン殿は君の事を戦いの女神パラスの様だと表現したが、君が身に付けているその衣服の美しさといえばどうだ。私には美の女神プシュケーの再来に思えるな」
「はあ……」
そのような評価を頂けるのは誠に光栄ではあるのだが、そんなに真剣な表情で面と向かって言われたら今更これはオーソドックスな町娘の衣装だなんて言えない。
「さて、今回君に来て貰ったのは他でもない。君の力を我が侯爵家に貸してもらえないだろうか」