アブソリュートのいない学園5
ミカエルとの交渉の後、正式にトリスタン・カコとレディ・クルエルの決闘が決まった。
アブソリュートの停学の話などなかったかのように学園で話題となった。
【決闘内容】
レディ・クルエル VS トリスタン・カコ
対戦方式
一対一
武器制限なし
魔法・魔術制限なし
決闘の規則はどちらかが降参、ならびに審判が続行不可能と判断した場合に勝敗が決定する。
運要素が絡まない一対一の実力勝負。
魔法を使用して戦うレディには不利に感じるが、不正など外部からの介入を警戒し、シンプルな内容をこちらから提案して向こうもそれに同意した形になる。
決闘が行われること、そしてこの対戦カードが発表されて学園の話題は持ち切りだった。
勝敗を予想し盛り上がる者。
「ねぇ、どっちが勝つと思う?」
「いや、普通にトリスタン様だろ……勝負になんのか?」
「学園トップ相手でしょ? さすがに厳しいわよねぇ……」
「なんかクルエル嬢は自身の貞操をかけてるらしいぞ」
「マジかよ、羨ましい。俺にも回ってくんのかな?」
決闘と訊き、ついに重い腰を上げた者。
中立派――アリシア・ミライを筆頭としたこれまで静観を決めていた者達は、この知らせを受け揺れていた。
「決闘だって……どうするアリシアちゃん?」
派閥の者達は皆アリシアの判断を待った。
そんなアリシアは仕入れた情報と提示された決闘内容を見て顔を顰めていた。
あまりにアーク派閥に不利な内容に加え、噂では乙女の純血がかかっているときた。恐らくミカエル王子のことだから正式な文書を交わしてはいないのだろう。
だが王族の彼ならば言葉だけの契約でも履行できる力がある。
アブソリュート・アークの不在時とはいえ、さすがにこれは看過できなかった。いや、動かなければ人として終わる気がした。
アブソリュートに大きな借りがある彼女は覚悟を決めた。
「いや、これはさすがに……動くしかないじゃない! もうっ! 行くわよみんな!」
「行くってどこへ?」
「決まってるでしょ――《《上級生の教室》》!」
静観を決め込んだ中立派がついに動き出す。
貴族派――中立派と同様に決闘の騒ぎを訊き、派閥内での方針を確認していた。
「我々はこれまでどおり干渉しない方向で……いいですよね? クリスティーナ様?」
まとめ役をしている生徒がクリスティーナに同意を求める。
彼は裏ではミカエルらと癒着し、派閥からの支持のないクリスティーナに代わって派閥を動かしていた。
ミカエルからの指示では静観しろとのこと。
その言葉通り彼は派閥を誘導した。
後はクリスティーナの承認さえあればミカエルの指示通りとなる。
だが今回は、彼の思い通りにはいかなかった。
「私は私で動くから貴方達は好きになさいな」
「え?」
今まで何も話さなかった彼女がまさかの独自行動を宣言する。これには貴族派閥のメンバー達も面食らい、戸惑った。
それだけ言うと、クリスティーナは席を立ち教室を出ていく。
「ちょっと! クリスティーナ様⁈」
「また勝手に動いて!」
我に返った派閥メンバーからの制止を聞かず、クリスティーナはある人物の元へと向かった。
♢
ひとけのない校舎の裏庭にて、レディは決闘に備えて訓練を行っていた。
傷の癒えたオリアナ・フェスタをトリスタンに見立てて模擬戦を行う。接近戦を得意とするオリアナはいい練習相手となっていた。
「『凍結』」
レディへ距離を詰めるオリアナの足元を凍らせ動きを封じる。彼女が剣で氷を砕いている間に距離をとって攻撃へ転じる。
「氷の槍」
十本ほどの氷の槍を製作し、オリアナへ放つ。
足元が凍って動けないオリアナはその場で氷の槍を剣で撃ち落としていく。
オリアナが防ぐかレディが削り切るかそこで勝敗が分かれる。
十本目、最後の槍をオリアナがなんとか撃ち落とす。
勝った……オリアナはそう思った。
だが――
「お見事オリアナ。ではもう二十本いきましょうか」
「……ごめん無理」
先程の倍の数の氷の槍を空に浮かべるレディ。
先程の倍は防げないとオリアナは両手を上げた。
模擬試合を終えた二人は反省会を行う。
試合を振り返り反省点を洗い出し、次はこう攻めて欲しいとオリアナに指示を出す。
だが十回と繰り返すうちに戦法にも慣れがきてしまう。
実力の近い二人ではこれ以上の成長は難しくなっていた。
「ごめんねレディちゃん、相手にならなくて……」
「ううん。付き合ってくれるだけありがたいわ、ありがとうオリアナ」
「マリアさんに付き合って貰えれば良かったんだけど……」
ここに来る前に、二人はマリアに会いにアーク家の屋敷へと向かった。彼女達が知る中でもっともトリスタンに近い実力の剣士がマリアだったからだ。
だがマリアは不在だった。屋敷に居た代理のメイドの話では本家へ出向いているとのことだ。
クリスやハニーといったアーク派閥の他の者たちも、戦いとなると力になれず、結果比較的動けるオリアナと二人だけで行うことになったのだった。
「対戦相手はアブソリュート様を除けばトップに位置するトリスタン様。あの人と戦うならやはり速度が弱点よね……」
レディの武器はスキル【氷魔術】。
普通なら使えない氷属性を使えるスキルだ。
彼女が使う氷魔術は武器を作成し投擲する『造形』と、凍らせて相手の動きを封じる『凍結』がメインとなり、それを駆使して戦う。
レディは力技ではなく、造形と凍結をうまく使い分けて戦略的に戦うタイプだ。相手の対策を立てて弱点をつき、上手く立ち回り対戦相手の実力を発揮出来ないように闘う。
だが魔法系の弱点として発動まで時間がかかるというのがある。
レディが造形を終えるまでおよそ三秒ほど。
対するトリスタンはカコ家の天才といわれる近接戦のスペシャリストだ。
マリア、トリスタンという腕のある剣士からすれば数十回は殺せる致命的な隙だ。これを克服しないと勝負にすらならないだろう。
(あの技が完成すれば或いは……でもそれには少なくともマリアさんレベルの剣士が必要になる)
側から見れば打つ手なしの現状だがレディにはまだ手があった。だが、それを完成させるには彼等に並ぶ強者の剣士で調整する必要があった。
だがそんな人材は都合よくいないし、むしろライナナ国では少ないだろう。
結果、レディは手詰まりになっていた。
しかし時間は止まることはない。焦る気持ちを抑えレディは必死に考えていた。
そんなレディを見兼ねてオリアナはある提案をする。
「ねぇレディちゃん……もう、諦めない?」
「……オリアナ?」
オリアナの口から出た言葉にレディがそちらを見つめる。
「だってこんなのおかしいよ。ウリスやミストもいなくなって、派閥を守るためにレディちゃんが犠牲になるなんて絶対間違ってる!」
「……」
「負けたらレディちゃんミカエル様の妾になるんだよ⁈ しかもあんな奴隷みたいな条件で!」
「……やめて」
感情的に捲し立てるオリアナ。
レディが止めるようにいうも、彼女は止まらない。
「ねぇ、今からでもミカエル様に謝って取り消して貰おう? 派閥のためにレディちゃんが犠牲になることないよ」
「――やめなさい」
徐々に口調が強くなるレディ。
「派閥を抜けたら許してくれるって言ってるし……最悪レディちゃんが抜けてもこの状況ならアブソリュート様も怒らな――」
「やめなさいって言っているでしょ‼︎」
「!?」
オリアナの敗北を促すような誘いをレディは一喝した。長い付き合いになるが、レディが怒鳴るところを初めて見たオリアナはビクリと体を震わせ、硬直してしまう。
「オリアナ……貴女、自分が何を言ったのか分かってるの?」
いつもは優しいレディが静かな怒りを秘めた顔でオリアナに詰め寄る。
カタカタカタと震えて青ざめるオリアナは言葉も返せず、目に段々と涙を溜める。
「派閥を抜ける? そんなのアブソリュート様への裏切りじゃない! そんなこと出来ないわ!」
いつも上品で優しいレディの剣幕に怯えオリアナは涙する。だがオリアナは「それでも……」と、泣きながら言葉を絞り出す。
「それでも……レディちゃんが負けたら性奴隷になっちゃうんだよ! 私は嫌だよ! アブソリュート様だってそんなの望んでない!」
オリアナ自身派閥を抜けて欲しくて言っているわけではない。
だが大好きなレディが自分達のせいで酷い目に遭うことが許せなかった。
(私は……レディちゃんさえ無事ならそれでいい)
♢
【オリアナ回想】
幼い頃から内気で人前で話す事が苦手な私は絵本に夢中になり、物語のお姫様に憧れていた。
綺麗でキラキラしててとっても可愛いお姫様に。
私は物語のお姫様のように綺麗じゃない、キラキラもしてないから、自分にはなれないと早々に見切りをつけた。
加えて私の家はアーク派閥で、アーク家のために各国や反発する貴族や組織から情報を収集する諜報員。
そんな人の秘密や弱味ばかりを陰からコソコソと見聞きする家業に、当然周りからは嫌悪の対象となっていた。そこから虐めに繋がり私の内気さに拍車がかかった。
しかたがなかった、だって私は物語でいったら悪役だから。
家はコソ泥のようにいろんな家に侵入する諜報員。
そんな時に出会ったのだ。
“物語に出てくるようなキラキラした理想のお姫様に“
『貴女も一緒に踊らない?』
『え……あっ私?』
『そうそう貴女貴女』
話かけてきたのは青空のような綺麗な青い髪をツインテールに結び、宝石のような丸くキラキラ目をした少女だった。
綺麗だった。
まるで、かつて夢見たお姫様が本から出てきたみたいだった。
『いいの?』
『うん! 私レディ! 将来の夢は素敵なレディになることよ! 貴女は?』
『……オ、オ、オ、オリアナ』
『よろしく! オオオオリアナ! 不思議な名前ね♪』
『え、えへへへ』
『じゃぁ、行こっか!』
私が出会ったのは綺麗で素敵な青色のお姫様だった。
私を連れ出してくれた可愛いお姫様。
彼女を守るためなら私は――
♢
【レディside】
「だからお願い……レディちゃん。一人じゃ嫌なら私も抜けるから……だから一緒に派閥を抜けよう」
オリアナは大粒の涙を零しながら私に派閥の脱退を提案した。先程は怒ったが、私を思っての提案に怒るに怒れなくなった。
オリアナはクリスや私のようなアブソリュート様を強く慕っているようなスタンスではなく尊敬はしているがどこか一歩引いているような感じがあった。
その理由がようやく理解できた。――恐らく私だ。
オリアナの矢印は私に向いていたのだ。
私やクリスがアブソリュート様にむけている感情をオリアナは私に向けているのだ。アブソリュート様ではなく私のことを第一に考えオリアナは動いている。
別にアブソリュート様云々については言うことはない。
それぞれ向ける感情は違うだろうし各々のスタンスがあるだろう。【絶対悪】の影響もあるので誰しもが必ず好意的になるとは限らないことからオリアナはまだましな方だ。アブソリュート様も恐らく気づいているだろう。
オリアナが私を慕い身を案じてくれるのは素直に嬉しい。ずっと一緒にいた親友、これからもできるなら大事にしたい。そんな彼女が泣きながら私を思って派閥を抜けろと口にした。
それでも……彼女からの頼みであってもそれだけは聞けない。
「ありがとう、オリアナ。私を心配してくれてたのね。私、貴女がどう思ってその言葉を言ってくれたのかってこと、考えてなかったわ。ごめんなさい」
「レディちゃん……」
「でもゴメンね。派閥の脱退は出来ないし、したくないの」
「……うぅ」
そう伝えるとオリアナは、また悲しそうに表情をゆがめ、ハラハラと涙を流す。
私はそれを自分のハンカチで優しく拭ってあげながら目線を合わせるように体を寄せると、穏やかに語りかける。
「今回、王派閥から嫌がらせに遭って私は辛かったわ。たくさんの悪意に晒され、周りに味方が誰もいなくて、孤独になっていった」
「私も……」
学園全体が敵に周りその悪意が自分達に向けられた。怖かった、誰か助けてと叫びたかった。そんな地獄のような場所にずっといた。
大人も周りも誰もがみて見ぬ振りをするばかりだった。何でこんなことになったのだろうと夜は涙で枕を濡らした。
でもお陰で気づけたのだ。
「でもね……だからこそ分かったこともある。あぁ、今までアブソリュート様が守っていてくださっていたんだなって」
「⁈」
今回の集団虐めはアブソリュート様が不在故に起こった。今の状況は彼がいた時とは天と地ほど酷いものだった。
でも、だからこそ気づけたこともある。
きっとアブソリュート様がいた時は、あの人がこの悪意を全て引き受けてくれていたのだと。
彼は何かとヘイトを自身に向かうように仕向けていた。それは今私達が受けていた悪意を自身に集中させるためだったのだ。
私達と過ごしていた時もきっとそうに違いない。
彼はいつだって、誰よりも自分が傷ついている筈なのに、私達を守るために体を張っていた。
誰にも気づかれないように痛みを耐えていた。
かつてアブソリュート様と距離を置いていた私達を変えた、幼き頃のパーティーの時のように――
「私はアブソリュート様が好き……」
気高さゆえのやせ我慢している姿も。
アブソリュート様特有の不器用な優しさも。
その全てが愛おしかった。
だからーー
「私は……そんなアブソリュート様を、もう二度と裏切りたくない!――あんな人達に私は屈しない‼︎」
私はアブソリュート様をもう一人にしないと誓った。
例え一人になろうとも彼の側にいると誓ったのだ。
かつて無垢な子供の頃といえど、私達は一度、アブソリュート様を裏切った。
そして、それには決して二度目はないのだ。
それに――
「私達がいなくなったらアブソリュート様がまた一人にぼっちになるじゃない……そんなの嫌だわ!」
「レ、ディちゃ……」
レディの言葉にオリアナは何かを言おうとした――その時だった。
「いい啖呵ね。気に入ったわ」
「誰……!?」
不意にかけられた言葉にバッと、顔をそちらへ向けた。
そして、予想外の人物の登場に驚きで動きが一瞬止まってしまった。
そこにいたのは燃えるように美しい赤い髪に、自信と意志の強さを持った蒼い瞳の持ち主。
「私が力を貸してあげるわ。強い剣士、必要なのでしょう?」
「どうして貴女が――⁈」
アブソリュート様とトリスタン様、ライナナ国に属する三大公爵家の一家にして次期当主。
クリスティーナ・ゼンその人だった。
書籍第三巻の予約が始まりました!
発売日は一月三十一日になります。
今週の金曜日です!
あらすじは一部公開しておりますので気になる方は下記のURLからお願いいたします。
よろしくお願い申し上げます。
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コミカライズ第二巻も発売中です。
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