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アブソリュートのいない学園4

 王派閥とウリスによる暴力事件から翌日、レディとオリアナは今日も一緒に学園へ登校する。

 先日は登校中に絡まれたりなど散々な目に遭ったが今日はそのようなこともなく無事に教室まで辿り着けることができた。

 Aクラスに入ると昨日と同じく悪意のある視線がこちらに向いている。

 だが、唯一違うのはまるで馬鹿にするようにニヤニヤと笑みを浮かべながらレディ達を見ているのだ。

 その視線を無視して席に向かうと、彼等の笑みの理由が理解できた。

 そこには信じられないような光景があった。

 

「っ!?」

 

 異変があったのはオリアナの机。

 そこには罵詈雑言がインクで書かれ、ナイフでズタズタに切れ目を入れられた机。そしてその上には花が生けられた花瓶が置かれていた。

 あまりに悪質な目の前の惨状。

 オリアナはその光景を見て目に涙を浮かべて恐怖で震えていた。

 オリアナの机の惨状に気付いたレディが慌てて駆け寄り怒りをあらわにする。

 

「なんてことを……酷い! 誰ですかこれをやったのは⁈」

 

 クラス中を見まわし、レディが声を上げるも、一部は目を逸らし王派閥からは嘲笑が返ってくるのみ。味方のいないこの状況で犯人捜しなどしても埒が明かないと感じたレディはオリアナに向き直る。

 犯人探しなど後回しにオリアナのケアに全力を注ぐ。

 

「大丈夫よオリアナ、とりあえず職員室に行って机を替えてもらいましょう?」

 

 オリアナを慰めながら教室を出て職員室へ向かう。

 職員室にて教員に事情を説明して机を替えてもらいHRの前には新たな机を用意できた。

 そしてHRが始まるもレディはある違和感に気づく。

 

(ミストは……休み?)


 いつも軽薄な笑みを浮かべいつのまにか登校している彼がいない。

 それだけのことにも関わらず、何故か嫌な予感が止まらなかった。

 

「えーと、今からホームルームを始める前に残念なお知らせがある」

 

 担任から知らさられる残念なお知らせ。

 それは――。

 

「うちのクラスのミスト・ブラウザとBクラスのウリス・コクトが、昨日他の大勢の生徒に暴力を振るった。事件内容が悪質ということでアブソリュート・アークに続き二人にも無期限の停学が言い渡された」

 

 アーク派閥の二人の無期限の停学の知らせだった。


 

 休み時間に入ると、クリス達に二人の停学の件について話すためにBクラスに行った。

 Bクラスでもやはり遠巻きでアーク派閥には白い視線が投げかけられる。それを無視してクリスの机の周りにレディ、オリアナ、ハニーが集まった。


「ウリスとミストが停学だなんて、それも無期限……」

「向こうから仕掛けてきたのに……もしかして罠だったんじゃ……」

 

 昨日の絡みはもしかして、事件を誘発するためにしていたのではないかなどの話題がでる。

 そのなかで信じられないような話を聞いた。

 

「昨日、ハニーの家のパン屋さんが嫌がらせにあったらしい。明らさまな難癖をつけられて営業妨害されたって」

 

 クリスから放たれた衝撃の話にレディとオリアナが目見開く。まさか学園外でも仕掛けてくるとは思わなかったのだ。そして不幸な出来事はそれだけではなかった。

 

「それだけじゃないデース。カートンのバイト先が今朝いきなり潰れて、途方に暮れていたカートンが怪しい漁船に連れていかれましたー!」

「カートンが⁈ 流石にそれはやばいですよ! 犯罪です!」

「ヒッキーも先生に今日は病人が多いからと保健室を追い出されて家に帰ったようデス」

 

 実家にまで及ぶ被害に立て続けに停学になる者達。

 不幸もここまで続くと誰かの強い悪意を疑いたくなる。もともと疎まれてはいたが、そうはいってもせいぜい一部の強いアンチくらいだったのだ。

 

「ハニーの実家にも手を出すなんて……」

「レディちゃん……」


 あまりの卑劣さに怒りが込み上げるレディ。

 そんなレディをみてなんとかできないかとオリアナが可能性のある解決策を提示する。

 

「ねぇ、親に連絡してアーク公爵家の御当主様に助けて貰うのは……どうかな?」

「御当主様……ヴィラン様に?」

「う、うん。駄目かな?」


 アブソリュートには連絡が取れない。

 ならばその親であるアーク公爵家当主を頼れないかという事だ。確かに貴族間でも恐れられているヴィラン・アークが動けば事件が解決する見込みがある。

 だが――。

 

「――駄目ですね」

「ええ……駄目ね」


 クリスが力なさげに否定する。

 それに続いてレディもクリスの意見に同意した。


「アブソリュート様とは違い当主であるヴィラン様は傘下の貴族を都合の良い駒のようにしか考えていません。僕の親が学生の頃イジメを受けていた時も静観していただけのようですし、ましてや僕らの問題に介入など絶対にしません。最悪切り捨てられるかも……」

「そうね……それに最近親から聞いた話だと暫くアーク領を留守にしてるそうよ? ヴィラン様にもつながらないわ」


 アブソリュートとは違い彼等にとってヴィラン・アークは恐怖の象徴であり、なんなら王派閥よりも危険だとすら思っていた。おいそれと頼ることは出来るはずもなかった。

 沈痛な面持ちで特に解決策もないまま面々は解散する。

 原因も見えない、明らかに大きな渦に巻き込まれた自分達に争うすべはなかった。



 レディは考えていた。

 

(アブソリュート様の停学の知らせを受けて早々にここまで削られるとは……)

 

 足掛けの件に続いて、中庭での一件。さらに、ここにきて新たな問題発生。

 それは、アーク派閥への嫌がらせがすべてオリアナへ集中している事だ。

 机の落書きから始まったそれらは、次第にエスカレートしてゆく。

 それは週に一度の剣術訓練の授業中に起きた。

 学園にある演習場にてクラスの全員がペアを組みそれぞれ距離を取って模擬戦闘を行う。

 レディとオリアナは二人でペアを組み演習場の端でひっそり木剣をふっていた。

 もしかしたら何か仕掛けてくるかもそう思い死角の少ない角へと移動したのだ。

 そしてその懸念は当たることになる。

 

 「危ないっ!」

 

 少し離れた箇所から木剣がオリアナめがけて飛んできた。

 それに気づいたレディが呼びかけるも気づいたときには遅くその木剣は回転しながらオリアナの左肩へぶつかった。

 

 「きゃっ!」

 

 回転しながら勢いよく飛んできたそれは刃こそついていないがそれなりに硬い。

 オリアナは痛みをこらえながら左肩を抑えてうづくまる。

 レディと授業を監督していた教師が慌てて駆け寄った。

 

「オリアナ大丈夫⁈」

「おいフェスタ大丈夫か⁈ クルエル、フェスタを医務室へつれていけ。誰だ!こんな危ない真似した馬鹿は!」

 

 犯人捜しは教師に任せてレディはオリアナを医務室へ連れていく。幸いけがはそれほどではなく直ぐに回復魔法をかけられ完治した。レディは安堵し一応先生の助言に従い授業を早上がりすることになった。

 その後更衣室に向かいオリアナの制服を届けようとする。だがそこでも魔の手は及んでいた。

 

「これは……」

 

 目に入ったのは刃物かなにかでズタズタに切り裂かれた制服。

 ――オリアナの制服だった。

 

「ギリッ……」

 

 とりあえずボロボロになった制服をもって医務室にむかい教師に制服の件を報告した。

 オリアナには予備の制服が支給されたがその表情はくもっていた。



 そして、ついに大きな事態へと発展する。

 その日の放課後、とある王族派閥の生徒から手紙にてレディは呼び出しを受けた。呼び出したのは以前昼休みに言いがかりをつけてきた侯爵家の四男だ。十中八九罠だとは思うが応じなかったら応じなかったで何かしら言いがかりをつけてくる可能性もある。結局のところレディには応じるほか選択肢はなかった。仮に襲われてもクリスティーナやトリスタンレベルの猛者でもなければ返り討ちに出来る自信があるため渋々応じることにする。

 

「オリアナ、私は少し用があるから先に帰っててくれる?」

「一人で大丈夫?」

 

 大丈夫と答えてレディは一人で呼び出された場所へむかい二人は分れた。

 後にレディはこの時オリアナと早々に分かれたことを後悔することになる。どうしてオリアナを一人にしたのかと。呼び出されたことで心に余裕がなくオリアナにまで気を遣う余裕がなかったことを。

 一人になったオリアナは、また何かされる前に帰ろうと逃げるように教室を出ようとする。

 だがーー

 

 「オリアナ・フェスタ少し顔を貸してもらえるかしら?」

 

 同じクラスで以前レディに足を引っかけた伯爵令嬢が声をかけた。そしてその取り巻きが出入口の前に立ち逃げ場を塞ぐ。

 

「ついてきて」

 

 有無を言わせない彼女の圧に気おされ何もいえず、オリアナは黙って彼女の言う通りに従うのだった。



 手紙で呼び出されたレディは記されていたのは本館と離れ今はもうあまり使われていない別館だった。そこの空き教室にて相手を待っていたが一向にくる気配がなく待ちぼうけを食らっていた。一応何らかのアクシデントの場合に備えて念のため一時間は待つことにした。だが一時間たっても待ち人は現れずもしかしてこれが嫌がらせだったのではと思うようになった。

 一時間も待てばぎりは果たしたと判断したレディは帰宅のため教室をあとにする。

 校舎を出ようとすると校舎裏の方から女子生徒が数人出てくる。こんな人気のない校舎で何をしていたのか。なんとなく気になり寄り道して校舎裏をのぞきに行く。

 そこには顔や足に青あざをつくり、制服は破かれ肌をあらわにしたオリアナの姿があった。

 

「オリアナ!」


 オリアナに駆け寄るレディ。

 オリアナに応答はなくどうやら気を失っているようだ。

 そこでレディはようやく気づいた。

 レディを別口で呼び出している間に、オリアナを影でリンチしたのだ。

 その策略に気付き、見つかった頃にはオリアナはぼろぼろだった。

 レディはオリアナを背負い、急いで医務室へと向かう。

 女の子で、貴族の令嬢にも関わらず顔面にまで殴られた痕がある。

 物を壊すことや無視はまだ耐えることができた。

 だが、爵位や権力を利用した逆らえない直接の暴力、これにはさすがに我慢の限界だ。

 レディは黒幕と思われる生徒に会いに行くことにした。


 ♢



 オリアナが暴行を受けた翌日、私は今回の黒幕であろう人物へアポイントをとり、対面がかなった。その人物の名はミカエル・ライナナ。ライナナ国の第一王子だ。

 学園にある上位貴族が使う個室にて二人は対面する。

 時間を作ってくれたことへの感謝と挨拶をそこそこに私は本題を切り出した。

 

「ミカエル様……オリアナへの攻撃を……止めてください」

 

 私は頭を下げ、ミカエル様に頼みこむ。

 だが、ミカエル様はそれを嘲笑うかのように吐き捨てる。

 

「ほう、突然来て何を言うかと思えば――。だが、残念ながらそれは出来ない。あれらは彼等が独自で行っていることだからね。俺も学園にいる間は王派閥に身を寄せているが、今回は与り知らぬことだ。一応注意はするが悪いが諦めてくれ」

 

(なんて白々しい)

 

 自分は無関係だと主張し、派閥への介入を否定する。

 しかし、私は彼こそがこの派閥攻撃の首謀者だと確信している。

 王派閥のリーダーはトリスタン様。だが、彼は派閥の運営に積極的ではない。

 他に派閥を動かせるのは一番影響力を持っている王族だと目をつけた。加えて彼は、アブソリュート様を敵視していたと聞く。彼がいないアーク派閥はさぞ手頃なおもちゃだろう。

 黒幕である彼に、頭を下げることは虫唾が走る。しかし、大切な仲間を守るためには背に腹は代えられない。

 

(ここで引くわけにはいかない)

 

 私はミカエル様が座っているソファの横に座った。

 そして――彼の腕に胸を押しつけるように抱きついた。

 

「ですが、王族のミカエル様なら、王派閥が主導している虐めを止められるはずです。そんなこと言わず素敵な殿方であるミカエル様……どうかお願いします」


 キスできる近くまで顔を近づけ、左手で太ももを軽く撫でながら庇護欲を唆る上目使いでミカエル様にお願いする。

 クルエル子爵家はアーク領にて歓楽街を取り仕切っている。その娘である私も男性の相手をするホステスから娼婦にいたるまであらゆる教育を受けてきた。

 私はそれに加えて社交界の花と言われるほど容姿が優れているため男性に取り入るのが得意なのだ。

 いくら王族といえど年頃の男の子。

 少し身体を使って煽てれば聞いてくれると思った。

 だが、それは甘かった。

 

「……王族ゆえにあまり貴族への過度の介入は宜しくはないのだがね。あまりどちらかに肩入れしすぎるとよくないと、賢い君なら分かるだろ? レディ・クルエル」

 

 のらりくらりと言い訳し介入を拒むミカエル様。

 上目遣いで煽て、情に訴えても僅かにその目に色欲が宿っただけで、やはり靡かない。

 流石は王族、ハニートラップなど相手にもしないなんて……。

 

「……どうすれば力を貸して頂けますか?」

 

 あまり使いたくなかったが、腹を決めて最後の手段である身を切る。

 何かを代償に力を借りる……それこそ、最悪の相手にだ。まるで悪魔の契約を彷彿とさせる。

 アブソリュート様の不在時に、しかも王族であるミカエル様に貸しをつくるということは、彼が戻って来た後にも何を要求されるか分からない。

 

(それでも、オリアナを……みんなを守るにはもうこれしかない。アブソリュート様のいない私達は誰の力も借りることも出来ないのだから)

 

 嫌がらせはもう暴力にまで発展し仲間を傷つけた。これ以上は危険だと判断する。

 教師は今回の騒動で基本静観の姿勢でいる。オリアナを傷つけた犯人捜しもやんわりと断られた。もう敵に慈悲をすがるしかないのだ。

 ミカエル様はどのような要求をなさるのか……。

 少しの沈黙が間に流れる。束の間だとしても嫌な時間だ。

 ミカエル様は少し私の顔を見て、何かを考えるとフッとほほ笑んで言った。

 

「ふむ……ならばこうしよう。君が私に代償を払うのと引き換えに、俺が王派閥の代表者含む幹部達に話を持ち込み、最終的に《《決闘》》で解決を試みるというのはどうかな?」

「決闘、ですか?」

 

【決闘】とは、学園で問題が起こった際に話し合いで収拾がつかない時、代表者同士が武を持って解決する最終手段だ。

 滅多に使用されるものではないため、ミカエルはレディに詳細を説明した。

 

「俺が王派閥の代表に決闘を受けるように取り計らおう。それなら俺もあまり介入せず問題解決が見込める」

 

 ミカエル様の言うことに間違いはない。

 だが……こちらが問題を解決するために、王派閥の代表との決闘に勝利する必要がある。

 王派閥の代表――嫌な予感がする。

 

「ちなみに王派閥の代表とは……」

「君も知っているだろう? 王派閥の代表は――"トリスタン・カコ"だ」

「――⁈」

 

 ミカエル様が愉悦に浸ったような、不敵な笑みを顔に浮かべている。

 さぞかし今の私は絶望に染まった顔をしているのでしょうね。

 トリスタン・カコ――名門武家カコ公爵家の次期当主にして、武の天才と呼ばれている。

 記憶の中だと入学試験にてアブソリュート様と戦った様子が思い浮かぶ。あの時はアブソリュート様の勝利で終わったが、これは決して彼が弱いという証明にはならない。

 アブソリュート様は非公開だが、彼はレベルが90以上あると言われている。間違いなく世界トップクラスの実力をお持ちだ。そんな相手に彼は何度も太刀を交わしたのだ。

 レベル差がある相手にあそこまで食い下がる、それはまさに偉業に他ならない。

 加えてアブソリュート様がいない今、間違いなく学園のトップは彼だろう。

 そんな相手と戦って勝たねばならない。

 正直絶望的で今にも逃げ出したくなる。

 

(――でもみんなを守るにはこれしかない)

 

「ああ、勿論停学中のウリス・コクトやミスト・ブラウザの参加は駄目だ。彼等は処分中だからな……それでどうする?」

「……分かりました。決闘の調整をお願いします……代表は私でお願いします。それで、代償というのは?」

「あぁ、もし負けた場合――君には俺の妾になってもらう」

「なっ⁈」

「あぁ、勘違いしないでくれ。妾といっても籍をいれるなど大それたものではない。君にはアーク派閥を抜けて俺に侍る女性の一人になってもらう。ただし子供も産ませないから抱くだけの存在になるがね。得意だろう? 娼館を営む家系の君なら」

 

 なるほど。ミカエル様は私にこういっているのだ。

負けたら、《《慰み用の人形》》になれと。

 そして普段から《《そうして》》いるだろうという嫌味も添えて。

 

「……最低ですね」

 

 気丈に振る舞おうとしても声が震え涙がでてくる。

 負けたらアブソリュート様でない男と生涯を共にする。

 ――抱かれるだけの都合の良い女として、だ。

 

「ククッ、嫌ならやめてもらってもかまわんよ。俺としてはどちらでもいいがね、選ぶのは君自身だ」


 それでも私に選択肢はなかった。

 このままだと仲間達や親友のオリアナが潰されてしまう。

 この希望かも分からない蜘蛛の糸に私は縋るしかなかった。

 

「……分かり……ました」

「ん?」

「その条件で……お願いします」

「ああ、了承した。決闘の日にちは一週間後――その間は手出しはさせない。せいぜい足掻くといい、レディ・クルエル」

 

 どのみち私には選択肢がない。

 アブソリュート様のいない私達が身を守るには、どれだけ敵が巨大でも立ち向かうしかなかった。

 

(大丈夫……トリスタン様に勝てばいい……)

 

 そんな淡い希望を抱きながらミカエル様の元を去っていった。



 レディが教室を去った後、教室にはミカエルとレディに気づかせず陰ながらミカエルを護衛していた側近だけが残った。

 レディが去ったあと、交渉の様子を物陰から隠れて見ていた王派閥の側近がミカエルに質問した。

 

「ミカエル様、質問してもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「何故レディ・クルエルを王派閥に? 正直見た目以外はそこまで価値がないように思えますが……。まさか本当に性処理をさせるためだけに引き抜くおつもりで?」

 

 側近はミカエルの意図がわからず恐る恐る先程の意図を問いかける。

 

「ふん、性処理はただの揺さぶりに過ぎんよ。俺の目的は引き抜くことではなく、アブソリュート・アークへの抑止力のためにレディ・クルエルを手元に置くことだ」

「人質……ということですか。ですが、アブソリュート・アークは無期限の停学になっており、演習での責任問題で正直終わったも同然では?」

「お前たちはアーク家を舐めすぎだ。演習の件で仮に奴に非があったとしても責任は問えないだろう。ヴィラン・アークを敵に回せば、たとえ高位貴族だろうと潰されかねないしな。ほとぼりが冷めればアブソリュート・アークは必ず戻ってくる、これはそのための布石なのだ」


 ミカエルにはアブソリュートがスイロク王国へと行っている情報はない。だが、何らかの事情で学園を長期間離れざるを得ない事情があるということは察していた。

 そしてアブソリュートはすぐに戻らないと感じたミカエルはある行動に移った。

 ――アーク派閥の壊滅などの小さな話ではなく、将来を見据えてアブソリュートを支配するための布石を作る為に。

 

 かつてミカエルは、敵愾心を持つアブソリュートに愚かにも武力行使をした。アブソリュートの【絶対悪】という印象補正により生まれた嫌悪感、幼いゆえの未熟な思考に王族という恵まれた環境で生まれた全能感が引き起こした事件だ。結果不祥事を起こした俺は王位継承権を失いただの王族の一人として生きることになった。

 そこから数年。成長した今、なんと愚かな真似をしたのかと今でも後悔する時がある。

 

 ――行動に移すのが早すぎた、と。

 

 ミカエルの父である国王は、アーク家の当主であるヴィラン・アークと友好を結ぶことで信頼を構築し協力体制を敷いていた。だが次代であるミカエルやハニエルには父達のような関係性はない。そう、アブソリュート・アークという巨大な力を持ち、尚且つ王族にーーいや、ミカエルに恨みを持つ彼を抑えることのできる力が何もないのだ。

 それはまるで庭に野生のドラゴンが寝ているかのようだ。いつ牙を剥くか分からない潜在的な敵にびくびくと怯えるしかない。そんな相手が自分の統制下にいないことがミカエルは不安で仕方なかった。

 だから、いざという時の備えとして以前から考えていたことを行動を移した。

 

 レディ・クルエルは首輪だ。アブソリュート・アークを将来的に縛り付けるための首輪。彼女がミカエルの手元にいればアブソリュートも下手に手出しはできない。

 アブソリュートは仲間には比較的甘いという弱点があるのだから。

 そして、仲間を守れなかったことであわよくば派閥に壊滅的なダメージを与えられれば、アブソリュートの求心力を削ぐことができ、彼の弱体化が望める。

 

「まぁ、レディ・クルエルが条件を飲んだことでこちらの勝利は決まったも同然だ」

「どうでしょう……トリスタン様は気まぐれなところがありますから」

「勝負に関しては手を抜かぬよう言っておく。万に一つも問題はない。せいぜい足掻く様を見届けてやるさ」


 王派閥を動かし、アーク派閥の誰かがミカエルに助けを求める。

 ここまでは彼の計算通り。

 今の学園での騒動は彼の手のひらの上だった。


 アブソリュートが戻った時が楽しみだと、この場にいない彼を思いミカエルは悪い笑みを浮かべた。






書籍第三巻の予約が始まりました!

発売日は一月三十一日になります。

もう間も無くです!

お年玉をもらえた方やそうでもない方も是非よろしくお願い申し上げます。

あらすじは一部公開しておりますので気になる方は下記のURLからお願いいたします。

よろしくお願い申し上げます。


https://x.gd/MSSEd


コミカライズ第二巻も発売中です。

是非よろしくお願いします!


https://x.gd/zwnwZ



X始めました。

是非フォローをよろしくお願い申し上げます。

@Masakorin _

 

 


少しでも面白い!と思っていただけたら


『ブックマーク』の御登録と広告下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けたら嬉しいです。

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akuyaku  書籍第三巻予約開始です。発売日は1月31日です。  よろしくお願いいたします。 akuyaku  夏野うみ先生が描くコミカライズ版第2巻発売中です。 コミカライズ化されたアブソリュートを是非見て下さい!   
― 新着の感想 ―
それにしても、その気になれば軒並み暗殺という手段も取れる相手に、たかが学園内の縄張り争いを押し付けられるのか不思議で仕方ない。
自分を正義で相手を悪と確信した偽善者の醜い事よ
国王の依頼で国を空けてる間に派閥を攻撃とか国王もグルと受け取られかねない。国王は派閥への風当たりが強いのもミカエルがアホなのも知ってるんだからケアして然るべきなんだけど何もしてないのかな?
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