再戦アブソリュートVSイヴィル
レオーネと別れたアブソリュートはブラックフェアリーのアジトである四階建の廃墟に突入する。
この廃墟は過去にギレウスがアジトとして使用していたもので、二階より上はダミーで本来のアジトは地下にある。
アブソリュートは原作で地下のことを知っていたため迷わず地下に通じる隠し扉を発見した。扉を開くとそこには地下へと続く階段が暗い口を広げている。
イヴィルがいるのは原作では最下層のボス部屋。
アブソリュートは最下層に向けて階段を嘲笑うように飛び降りた。
その後風魔法で着地を緩やかにこなし、最下層までたどり着いたアブソリュートはボス部屋を探そうとする過程で足を止める。
部屋の前に重傷を負った人物が倒れていたのだ。
血溜まりの中に倒れているそれの顔を確認するとそいつはブラックフェアリーの序列四位ブルースだった。
スイロク王国に向かう道中に相対した人物であり自身が下した敵である。遺体がなかったことから生存を疑っていたが案の定生きていたわけだ。
まぁ、今死にかけているわけだが……。
「……」
僅かに何か聞こえた気がした。
耳を澄ますと消えかかる意識の中ブルースは確かに口にした。
「イヴィルを……たす、けて――」
イヴィルを助けてと。
(この状況でも他人の身を案じるか……)
見たところ腹部の急所を背後から刃物に刺されたのか背中から大量に失血していた。
床には回復薬とみられる液体や瓶が散乱しており、それが運良く傷口にかかったことで今はまだ生きながらえているのだろう。だが、このままでは間違いなく死亡する。
(……一応、直しとくか)
アブソリュートは少し思案した後、彼を治療することにした。
この反乱を終えた後、最後に責任を取る者が必要だ。
ケジメのため、国民の怒りと憎しみ、そして《《すべての罪を背負って死ぬ者が》》。
「上級回復魔法」
死んでいなければ致命傷すら回復させる上級回復魔法。
戦場でどれだけ傷を負っても回復して舞い戻るアブソリュート・アークの奥の手を使った。
失血を止め、彼の生命を死なない程度に回復させた。
これがブルースにとって幸運だったのかは分からない。もしかしたらここで死んでいたほうがよかったのかもしれない。彼はこれからすべての罪を背負い死ぬことになるのだから。
「治療はした、恐らく死ぬことはないだろう。ではな」
「………………」
そう言い残してアブソリュートは部屋から去っていった。
♢
最下層の最奥にもっとも大きな扉を見つけた。
扉の奥から血の匂いを感じる。
嗅ぎ慣れたあの独特の鉄の匂いだ。
そして扉から漏れ出る異様な威圧感から、間違いなくここにイヴィルがいることを確信した。
アブソリュートは迷う事なく扉を開ける。
室内側の扉に何かあるのか少しつっかえている感触がある。力でこじ開けるようにして扉を全開にする。
すると目に映ったのは――
空中で手足と首に鎖が繋がれ息絶えているブラックフェアリーの幹部ジャックとレッドアイ、そしてその部下たち死体。
だが奇妙なのはまるで水分を抜かれたように干からびて死んでいるのだ。
まるで何かを吸い取られたように――
「お前がやったのかイヴィル。いや、『束縛の精霊』」
壁際に佇む者を睨む。
そこには可視化できるほどの濃密な魔力を背中から翼のように生やしたイヴィルがいた。どこか神秘的で蠱惑的なその姿はまるで『黒い妖精』。彼らブラックフェアリーを象徴しているかのようだった。
「………………」
奴はアブソリュートを睨んでいるが、その瞳はどこか虚空を眺めるように虚だった。
かつてのイヴィルのような荒々しい殺気ではなく、静かで重くのしかかるような殺気を放つそれはイヴィルではないことを一目見て理解できた。
(あれは精霊に身体の支配権を奪われている。原作と同じだな)
原作において勇者との闘いでピンチになったイヴィルは束縛の精霊に心の隙間をつかれ、身体を乗っ取られてしまうのだ。恐らくこれはその状態と言っても過言ではないだろう。
束縛の精霊は独占欲の強い精霊だ。人に善悪があるように精霊にも善悪が存在する。アブソリュートが契約している『献身の精霊・トア』は人の心と身体に寄り添う献身的な性格の善良な上位精霊だ。
だが、束縛の精霊の性質は限りなく悪に近い。普段イヴィルの身体に巻きついていたのは彼女の独占欲の現れであり気に入った相手に粘着し、束縛する。まるでメンヘラのようにタチが悪く付き纏う。
恐らくイヴィルの心の闇が気に入っていたのだろう。
そして今の状態は束縛の精霊がイヴィルの身体と同化して操っているのだ。
このままイヴィルを自分の中に監禁するために――
あちらはアブソリュートに凄まじい殺気をむけている。
アブソリュートもそれに応えるように魔力を展開した。
「これが最終ラウンドだ。いくぞイヴィル!」
悪対悪、二人の悪の最終戦が幕を開けた。
♢
『原作side』
原作においてイヴィルと勇者の闘いは非常に拮抗したものとなっている。
本来のレベルで比較すればいくら勇者、マリア、アリシア、聖女の四人がかりとはいえ剣聖を殺しレベル50を超えたイヴィルの相手にはならない。
だが勇者のスキルによる戦闘時のステータス強化と、敵対する者への弱体化により格上のイヴィルは勇者の土俵に降りて戦わざるを得なかった。
力がある程度拮抗した今なら数が多い勇者達に戦況が有利に働いていた。
だが――
「あああぁぁぁぁぁ――!」
イヴィルを後一歩のところまで追い詰めた勇者達だったが、その時イヴィルに異変が起きた。イヴィルは身体を束縛の精霊に奪われ同化してしまった。
その姿は背中からは黒い翼のようなものが生え、黒い妖精の様だった。
今のイヴィルは半精霊のような存在だ。
身体の支配権を奪った束縛の精霊は、イヴィルの声帯からは考えられない異様に高い声をあげている。
精霊に身体を奪われたイヴィルは魔法陣から鎖を召喚し、勇者達へ反撃した。
魔力を食い尽くす意志を持った数十本にも及ぶ大量の鎖が勇者達に襲い掛かる。
「一本でも厄介だった鎖があんなに沢山――アリシア!」
「分かってる! 固有魔法『魔弾』!」
手で鉄砲の形をつくり、魔力の球を鎖に向かって打ち出した。イヴィルの鎖は魔力を吸収するが魔法を無効化する訳ではない。
魔弾が鎖に何発か命中してはじいていく。
だが明らかに弾幕が足りていない。
「ごめん全部は無理っぽい!」
アリシアが大声で謝罪する。
そこで後ろにいる女騎士が前にでる。
鎧を纏ったマリアだ。
「大丈夫。後は私に任せてください。聖女様!」
「『聖女の祝福』」
聖女の強化付与の魔法を受け、マリアは鎖を剣で捌いていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
見事な達人顔負けの剣技で二十近くある鎖から仲間を守るマリア。
「アルト! 頼みました!」
「任せろ!『ホーリーアウト』」
皆が粘っている間に勇者アルトはイヴィルに強力な一撃を放つ。勇者の身体から全方位に放たれた聖属性の魔力がイヴィルを襲う。勇者だけが放てる悪しき者だけを裁く一撃ホーリーアウト。
イヴィルはとっさに全身に鎖を巻くことで防御をする。だが、勇者は構うものかと全出力で攻撃した。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
断末魔のような悲鳴が響き渡り、そしてイヴィルは倒れた。
勇者はそれを見て勝利を確信した。
「やった……のか? やった! みんな勝てたよ!」
強敵だった。
決して一人では勝てなかったと思う。
みんなの勝利だ!
喜びを隠せず仲間達のいる後ろを振り返る。
だがそこには鎖に簀巻きにされて転がっている仲間達の姿があった。
「皆んな⁈ 嘘だろ……確かに倒したはずなのに」
そう戦いはまだ終わっていなかった。
勇者がイヴィルの方を向くと彼は地面に倒れながらもコチラを、確かに睨みつけていた。
イヴィルが手を虚空にかかげゆっくりと閉じていく。
「――――――――!」
「――――――――!」
イヴィルが手を閉じるにつれてアリシア達の鎖の圧迫が強くなる。アリシア達が脱出しようともがくが鎖からは逃げ出せない。
不味い、このままでは鎖で圧迫され死んでしまう。
勇者はイヴィルに止めを刺すために駆け寄ろうとするが足が動けなかった。
足元を見ると地面から鎖が生えて勇者の足を拘束していた。
まるでお前は仲間達が死ぬところを見ていろと言わんばかりにその場に拘束される。
(くそ、魔力はさっきの一撃でもうないのに!)
今の勇者に打てる手はなかった。
この瞬間にも仲間は鎖で締め上げられ続けている。
ふと勇者の頭にレオーネの姿が映る。
大切な光の剣聖が亡くなり泣き崩れる彼女と何も出来なかった無力な自分。
また同じ気持ちを味わうのか――それはダメだ!
「嫌だ! 皆んなを守るんだ。俺は勇者なんだ、みんなを助けなければ! 悪党になんかに負けてはいけない! 俺が助けるんだあぁぁぁぁぁ!」
仲間を助けられず何が勇者だと覚悟を新たにしたとき異変が起きる。
「何だ……これは?」
勇者の身体が光りだし、目の前に一本の剣が現れたのだ。
勇者には分かる。目の前の剣が聖剣だということを。
勇者アルトの思いに呼応して現れたのだと。
この現象の名は"覚醒"。
スキルレベルがカンストもしくは何らかの条件を達成すると稀にスキルが上位の効果のものに進化したり効果が強化、追加されたりする現象である。
今回の現象は勇者の覚悟がようやくスキルに認められた結果というわけだ。
勇者は咄嗟に聖剣を掴みとり、そしてイヴィルに向けて投擲した。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」
勇者によって放たれた聖剣は音速を超えたかのような速度で加速しイヴィルの頭に突き刺さった。
「あ、ああ……俺は――自由」
何か言葉を口にした後、イヴィルは力尽きた。
「みんな!」
イヴィルを仕留めたことで鎖は解け、仲間は皆無事だった。今度こそ本当に終わった。
俺たちがスイロク王国を救ったんだ!
♢
原作ではギリギリではあったもののなんとか精霊と同化したイヴィルに勝利を収めた勇者達。四人という数を活かした連携に終盤での勇者の覚醒。あらゆる要素が重なった結果、運が傾いたと言えるだろう。
ではイヴィルの相手がアブソリュートだったらどうなるだろうか。
序盤のボスキャラとラスボスが戦ったらどうなるか。
どの作品においても皆一度は考えたことがあるだろう。
私は序盤の敵キャラが味方になり、最後までインフレについてきてラスボスといい勝負を繰り広げる展開が好きだ。
一旦下がっていたキャラの格が大幅に上がる感覚がたまらないのだ。
ライナナ国物語でも似たような雑談が繰り広げられたことがある。アブソリュートとイヴィルは相性の差でイヴィルが勝つのではないかと。
魔法寄りの万能型のアブソリュートと、魔法系特効を持つイヴィルの勝敗はかなり賛否が分かれていたのを覚えている。
もし、原作でそのような展開があったら盛り上がるかもしれない。演出上結構イヴィルが食い下がってくる可能性も大いに考えられる。
だが、現実は物語のようにはいかない。
現実は残酷なほどに無常だった。
「よし、終わりだな」
一仕事終えたようなさっぱりした声。勝者はーーアブソリュート・アークだった。
そしてその足元には両手両足をへし折られ大量の魔力の手に押さえつけられ拘束されたイヴィルの姿があった。
勝負は数分も経たずに決着した。
原作同様に数十本の鎖を召喚し攻撃するイヴィルに対してアブソリュートは数千本の魔力の腕を生成してオーバーキルしたのだ。
イヴィルの鎖は魔力を吸収する故魔法特化のアブソリュートには相性が悪かった。だが、アブソリュートは相性の悪さをレベルとステータス差で打ち消し勝利を収めたのだ。
イヴィルの鎖はアブソリュートにはかなり危険だ。故に万が、一が起こる前に勝負を決めたのだ。
殺してはいない。
イヴィルには聞きたいことがあるからだ。
(まぁ元に戻るかは運次第だが)
アブソリュートは契約している精霊トアを呼び出した。
「トア――『献身』だ」
献身の精霊であるトアが持つスキル『献身』は、精神を落ち着かせる効果を持つスキルだ。
精神に作用する珍しい魔法でメンタルを整えるのに役立つ。加えて威圧や混乱といった精神に異常を与えるスキルを無効にできる。
今のイヴィルは精霊に身体を乗っ取られている状態。イヴィルの心の闇につけ込み身体の支配権を奪うタチが悪い。だからその心をトアのスキルで安定させて精霊を追い出そうという作戦だ。
トアがイヴィルの身体を包み込むように抱きしめる。
イヴィルが光に包まれていく。
不安定だった心が安定した結果、イヴィルの黒い魔力は影を潜め体内にいた精霊を追い出した。
口から鎖を吐き出したところで、空虚だった瞳に力が戻ってくる。
「ぐっ……テメェは、あん時の――そうか俺は負けたのか」
イヴィルは意識を取り戻した。
そして傷ついた身体をみてまたしても自身が敗北したことを悟った。
アブソリュートは倒れているイヴィルに向けて言い放った。
「私はアブソリュート・アーク、お前を二度倒した男だ」
そしてこう続けた。
「さぁ、話をしようかイヴィル」
♢
激しい戦闘の末に決着がついた。
私は地面に仰向けに倒れ拘束されているイヴィルとそれを見下ろすようにして立ち声を掛ける。
「さぁ、話をしようかイヴィル」
「話だぁ、テメェと話すことなんか何もねぇよ。消えろ豚野郎」
決着がついてなお、強気な姿勢を崩さないイヴィル。
話す事はないと言わんばかりに口を閉ざした。
流石だ――やはり悪役はこうでないと。
最後まで相手に屈しない。
勝負には負けても心は折れない。
まさに理想の悪役だ。
だが、私は彼に聞きたいことがある故少し狡い手を使うことにした。
「もし、話をしてくれるならお前の仲間を出来るだけ殺されないように手を尽くそう」
勝敗はバウトとイヴィルが負けた時点でブラックフェアリーの勝ちの目はない。負けた彼等の運命は処刑一択だ。それを彼は分かっているので大人しく相手の要求を呑むことにしたようだ。
「………………………………チッ、なんださっさと話せ」
「お前に聞きたいことがある。何故この騒動を起こした?」
「……………………」
「喧嘩屋バウトに消失のブルース。皆がお前を生かそうとした。こんな勝ち目の薄い闘いの中でもだ。きっと彼等にとってそれだけ思われることをお前はしてきたのだろう。だから私はお前が何を思って戦っていたのか、それが知りたいのだ」
原作ではイヴィル達が一方的に悪く書かれていた。
だが、同じ悪役のアブソリュートには彼等にもそれなりの理由があったのは分かる。
小さく溜息をついた後、イヴィルは語り出した。
「俺は……俺が自由になるためにアイツらを利用しただけだ」
そしてこう続けた。
「俺は――《《奴隷》》だった」
書籍第三巻の予約が始まりました!
発売日は一月三十一日になります。
えっちな場面はありません。
いや、あるのか? あるかも……
あらすじは一部公開しておりますので気になる方は下記のURLからお願いいたします。
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コミカライズ第二巻も発売中です。
是非よろしくお願いします!
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