孤独少女
クリス達Bクラスのアーク派閥グループは、現在二度目の魔物の大群と遭遇し何とか撤退を試みようとしていた。魔物の目的はクリス達だ。魔物の半分以上がクリスティーナ達を避けてクリス達を追ってきていた。何度か抗戦しつつその度に怪我人を抱え現在追い詰められていた。
「くそっ! 次から次へときりがない」
「クリス! もう追いつかれる」
魔物はもう目の前まで迫ってきている。自分達にはあの魔物の大群に抵抗できる力は残されていない。
ダメかと諦めかけた時、ようやく救援が駆けつけた。
救援に来たのはアブソリュート・アークだ。
「トア、魔物の大群を殲滅できるように魔法の範囲を拡張しろ」
契約している献身の精霊の支援を受け、魔法を発動する。
献身の精霊の能力の一つである『魔法範囲の拡張』によりアブソリュートの闇の魔力が視界に確認できない距離まで広がる。
「ダーク・ホール」
アブソリュートが来るまでクリス達の元へついていた精霊のトアが魔法を補助し闇の魔力がさらに大きく膨れ上がる。先程までクリス達を追い詰めていた魔物達が一瞬で魔力の腕に捕まり闇の中に引きずり込まれていった。
「お前ら生きているか?」
クリス達はアブソリュートが来たことが分かると、張り詰めていた糸が切れたように崩れ落ちる。
「アブソリュート様来てくれたんですね!」
「あぁ、それより早くここから離れるぞ? もう少しで本部に着く、クリスよく耐えたな」
「ありがとうございます。ですが、クリスティーナ様とウリスが僕達を魔物から逃す為にまだ森の中にいるんです!」
「あの女とウリスが?」
(何故クリスティーナがクリス達と? いや、クリスティーナは原作でこの演習で命を落とした。もしかしてクリス達を守るために……)
「アブソリュート様お願いします。クリスティーナ様とウリスを助けて下さい」
(私はクリスティーナが死ぬのを分かっていて放置した。だが、クリスティーナが私の傘下を助けたとあらば今からでも助けに行くべきだな。まぁウリスがいるなら初めから行かない理由はないか)
「話は分かった。お前らは急いで本部に向かえ」
アブソリュートは急いでクリスティーナ達の元へ向かった。
◆
アブソリュートがクリスグループと合流した頃、クリスティーナとウリス初めは数千いた魔物の大群からなんとか生き残っていた。魔物の半分以上はクリス達の方へ流れたが残りの魔物を二人で殲滅したことになる。
魔物と戦った後ウリスは大の字で仰向けに寝転び、その近くにクリスティーナは腰を落としていた。
「貴女のそのスキル? 反則じゃないかしら……あんなの使われたら勝負にならないじゃない。私の獲物も奪っていくし」
クリスティーナはウリスが戦っている姿を思い出す。身体のサイズが数倍になり魔物達を見下ろしながら蹂躙していく"猛虎の姿"を。
「ああ? ただの【獣化】のスキルだぜ? いちゃもんつけんじゃねぇよ。まぁ、久しぶりに使ったら理性とびそうで結構やばかったなぁ。あーしはしばらく動けねぇし、気づいたら終わってたから、この勝負引き分けでいいぜ?」
勝ち誇った顔で気分良く笑うウリスを見て、呆れてため息をつくクリスティーナ。
「ハァ、貴女の反則負けよ。それより獣化のスキルって……使うと皆あんなに大きくなるものなの?」
「さぁな、あーしの周りの奴らはそこまで大したことはねぇな。種族や力によるのかもな。ただ……」
「ただ?」
「ボスの所にいる"獣人のメイド"はあーしより遥に強くてデカくなるぜ。そいつには気をつけることだな……彼奴はあーしらとは格が違う」
「流石に嘘でしょう?」
ウリスは肩をすくめるだけで何も言わなかった。
正直クリスティーナはウリスをいくら威勢が良くても下位貴族だと下に見ていた。だが、蓋を開ければ半分以上クリス達の方へ流れたとはいえ、千に近い魔物を倒したとあってはその実力を認めざるを得ない。
「強そうなのがあらかた向こうにいったからってのもあるだろうけど、早く終わったわね。彼ら大丈夫かしら」
「まぁボスが向かってるなら大丈夫だろ」
「凄い信頼ね……それじゃあ私達も移動しましょうか。おぶってあげるから感謝しなさいウリス・コクト」
家名ではなくフルネームで呼んだ。
クリスティーナがウリスを認めたということだ。
ウリスはそれに気づく様子もない。
そろそろ移動しようとクリスティーナが立ち上がった瞬間、事は起こった。
「貴女達やりすぎだよ」
ザシュッ!
「いっ⁈」
何者かが後ろからクリスティーナを斬りつけた。背中が熱く、痛い……。血の流れる背中に手を回すと、ヌルリとした感触が伝わる。傷は浅くなく、その場で膝をついてしまった。
後ろを振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「貴方は……聖女の護衛の? 貴方がどうして私を……」
切られるまで彼の気配に全く気づかなかった。まるで先程いきなり魔物に囲まれた時のような違和感を覚える。
「エヴァンだ。クラスメイトの名前くらい覚えておいて欲しいね。クリスティーナ様」
エヴァンと名乗った聖騎士は地面に膝をついたクリスティーナを見下ろしている。ウリスの方にも抵抗出来ないように他の聖騎士三人が骨を折るなどしていた。
「悪いけど弱い人の名前は覚えるつもりはないの……それで何故こんなことを?」
「さぁな。俺は命令に従うだけだ。悪いけど抵抗しないでくれ」
答える気はないようだ。聖騎士エヴァンは再び剣で切りつけようとする。
「糞女殺れ! 殺されるぞ!」
「くっ、ファイヤーボール」
クリスティーナは咄嗟に抵抗しようと魔法を放つ。放たれた魔法は聖騎士エヴァンに直撃するも、炎の中で体を燃やしながら潜り抜けクリスティーナに再び一撃を与えた。気力でなんとか耐えていたクリスティーナの身体はこの一撃で限界を迎え地面に倒れた。
「糞女‼︎」
「あり……えない。炎をくらいながら攻撃してくるなんて。命が惜しくないの……」
聖騎士エヴァンは事前に聖女のスキル【扇動】を受けて脳のリミッターが外れており、痛み度外視の行動を可能にしていた。
そしてクリスティーナは咄嗟に抵抗したものの、人を殺した事のない彼女は無意識のうちに手加減してしまい威力の弱い魔法を使ってしまった。結果エヴァンに攻撃を許してしまったのだ。
エヴァンと他の聖騎士はクリスティーナとウリスの上に馬乗りになる。どうやらすぐに殺さなかったのは初めから弄ぶ気があったからのようだ。
本来教会の掲げた正義の為に己を律し続けるのが聖騎士だ。だが聖女のスキルで理性をなくし、魔物を放ち人を手にかけるストレスが精神に影響した結果タガが外れてしまい本能に走ってしまった。
「残念だったな、アーク派閥に味方しなければ貴女の番はまだ先だったのに。せっかくだ、楽しませてもらうぜクリスティーナ様」
血が流れ意識が朦朧として身動きが取れないクリスティーナ達に、聖騎士達は欲望のままに覆いかぶさった。
◆
クリスティーナは意識を朦朧としながら思い出した。
クリスティーナの父親はライナナ国の宰相を務めており多忙を極めていた。娘に構うこともなく仕事に勤しんでいる父や、パーティーやお茶会に出てばかりの母を見て自分に興味がないのだと悟ってしまった。
泣いても、駄々をこねても使用人達が困るだけで両親は気にも留めなかった。
自分に興味のない父を振り向かせる為にクリスティーナは一番にこだわり続けた。幼いながらに結果を出すことで関心を引こうとしたのだ。
幸いな事にクリスティーナには才能があった。やればやるほど魔法の腕は上がり学力も身に付いていく。
ミカエル王子の婚約者候補を集めたお茶会を開いた際、同年代の令嬢とは比べ物にならないテーブルマナーや言葉遣いで一気に差をつけ、婚約者候補筆頭にまで上り詰めることもできた。
だが、変わらず両親は自分に見向きもしない。幼い頃に両親によって注がれる筈だった愛情は依然空のままでクリスティーナの心に空洞が出来てしまった。
満たされない心に苛立ち、クリスティーナは傘下の貴族達にも当たるような嫌な子供になってしまい両者の間に溝ができてしまった。この時クリスティーナは本当に一人になってしまったのだ。
それでもクリスティーナは己を高め続けた。だが、クリスティーナにも心境の変化が起きる。
ミカエル王子の十歳の記念パーティーで、傘下の貴族を庇うアブソリュートの姿を見て心境が変わっていく。
アブソリュートのことは昔から知っており、少し嫌な感じはしたが同じ公爵家で偶に出たパーティーでは同じ一人ぼっちの、どこか同族だと感じていた。
そんなアブソリュートが傘下の貴族を庇う姿を見てから、偶に出るパーティーで彼の周りに人がいる所を見る事が増えた。最初は二人、その後徐々に数は増えて彼は人に囲まれるようになった。
(彼一人ぼっちじゃなくなった。孤独が終わったんだ)
クリスティーナが同族の彼に抱いた感情は素直に良かったという思いだった。そして、人に囲まれているアブソリュートの姿を見て其方の方が良いとも思った。
もう理想の両親を追うのはやめて自分も彼のようになりたいと思うようになった。だが、十五才になった今でも周りとの溝は埋めることができずクリスティーナは一人のままだった。
学園に入学してアブソリュートと再会した。依然彼の周りには人がいる。クリスティーナは知りたかった。どうやってアブソリュートは変わったのか。それとも周りが変わったのか、自分に何が足りなくてどうすればいいのか。
入学してからクリスティーナはアブソリュートに絡んで来るようになった。勝負を挑んだり、何か問題が起きたらフォローを入れ、休み時間は話かけたりと積極的に交流を図った。純粋に彼の力を見て力比べをしたい気持ちもあったがそれよりもアブソリュートの事が知りたかったのだ。
初めは相手にしてくれなかったが、しつこく食い下がって行くうちに面倒そうにしながらも相手してくれるようになった。もう友達と言えるのではないだろうか。だが彼は自分の事をあまり話さない。
だからクリスティーナはアーク派閥の傘下の者から聞こうと考えた。同じクラスのレディ・クルエルはアブソリュートの事になるとヒステリーになるのでダメだ。
オリアナ・フェスタは話しかけても頑なに口を開こうとしないし、ミスト・ブラウザに至っては信用出来ないので論外だ。
だからBクラスのアーク派閥に接触することにした。幸いにも演習にてBクラスのアーク派閥と決められた進路が隣だった。クリスティーナのグループはゼン家の派閥で構成されていても仲は冷え切っているので途中で抜けても問題なかった。少し寂しかったが今はそれがありがたかった。
その後Bクラスのアーク派閥と接触して口論になり、魔物の大群がきたりクラスメイトに斬りつけられたりして、現在死にそうになっていた。
原作では学園でも自分と同じずっと一人のアブソリュートの事が気になり、彼について知ろうとアーク派閥に接触し魔物の大群に襲われ、アーク派閥を逃して一人応戦している所を聖騎士に嬲られ殺されてしまう。
そして今、原作通り女として人としてあらゆる面で殺されようとしている。だが、抵抗しようとしても身体がもう動かない。
(私は一人のまま死ぬのだろうか。両親は私が死んでも何も思わないだろう。使用人達は多少は惜しんでくれるかもしれない。傘下の皆はざまぁみろとか思うのかなぁ。アブソリュート君はどうだろうか? 結局彼の事は最後まで分からなかった。私は友人だと思ってるけど、彼はどう思ってるのかな……私の死を多少は惜しんでくれるだろうか。そうだったら嬉しいな)
「貴様ら何をしている」
(アブソリュート君の声が聞こえる)
声の後、上に乗っていた重い物が消えて、冷たくなりかけていた身体から体温が戻ってくる。いつの間にか身体の痛みも消えて呼吸も楽に出来る様になった。
痛みがなくなり落ち着いたからか少し眠くなってきた。クリスティーナは重い瞼をゆっくり閉じて眠りに落ちた。
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