グループ
「ほう、お前に魔物を放つように依頼したのはライナナ教会か」
「はい、正確には仕入れと搬入を任されていました。依頼人は不明でしたが依頼のバックボーンを調べたらライナナ教会だと判明しました。僕が魔物を他国から交渉して手に入れ、転移を使って搬入した後、教会が強化して時が経ったら何らかの手段で放つ予定らしいです」
ギレウスを討伐した後に、彼らの協力者として捕らえた原作での悪役『交渉屋』。そんな彼から聞き出した情報、それは聖女エリザがいるライナナ教会が次の魔物強襲イベントの黒幕という聞き逃せないものだった。
(原作では交渉屋が主犯になっていたが、黒幕は教会だったのか。恐らく聖女のスキルを使って強化するか何かしらの手段で魔物を操るかだな。
ターゲットは恐らくアブソリュートである私。もしくは、アーク家派閥の者か。でも、クリスティーナも確か死んでいたし、まだ分からないな。とりあえず、アーク派閥の全滅と仮定して動くか)
魔物はもう教会の手にあり遠征まで時間もない。止めようにも発言力の低いアーク家では証拠も交渉屋の証言だけなので説得は不可能である。
聖女や教会への対策をアブソリュートは作戦を考える。
「交渉屋、現段階でこの計画はどこまで進んでいる?」
「僕の仕事は仕入れて指定の場所に転移で魔物を搬入するまでなのでそれ以上は分かりません。恐らくもう魔物を別の場所に移して強化していると思います。放つ時は恐らく教会側も転移に近い手段を持っていると思います」
(私やアーク家派閥の者達に大量の強化された魔物が襲い掛かり、もしかしたら他家にも被害が出る。元々、交渉屋が捕まらなければ一人で魔物を殲滅して最悪の場合、自分の派閥だけでも守るつもりだった。アーク家の力はまだ使えないし、実際に起こるかも分からなかったからな。証拠もコイツの証言だけでは弱いな。教会は無駄にセキュリティが高いから今から調べていたら間に合わない。やはり当日何とかするしかないな)
アーク家はライナナ国の闇組織のトップであるがまだ当主でないアブソリュートはこの力をまだ行使することができない。だから自分の力だけで切り抜けなければならない。
今回の件を仮に相談するにしても、アブソリュートは父や傘下の者達を信頼はしているが信用はしていない。父は国王と近すぎる、傘下の者達は一部原作でアブソリュートを裏切っている為まだ信用できないのだ。国王なんていつでもアーク家を切ることのできる立場であり敵であるミカエルに甘いのでもっとも信用できない。
交渉屋を突き出せば父のヴィランを説得できるかもしれないが、その場合交渉屋は死ぬだろう。アブソリュートの目標は仮に国や勇者と戦う事になった場合でも勝利し生き残る事だ。そして原作アブソリュートや今の自分の矜持を守ること。交渉屋のスキルはレアだから今後必ずアブソリュートの役に立つ。
何としても手に入れておきたかった。
「元はと言えばお前が蒔いた種だ。最後まで付き合ってもらうぞ。交渉屋」
(交渉屋が手元にいればアーク派閥を守ることも教会に嫌がらせもできる。勇者の時の借りを返さないとな……聖女エリザ)
教会の悪意と戦うためにアブソリュートは動きだした。
◆
ギレウスの討伐から数日が経ち、アブソリュートはいつも通り学園で授業を受ける。
朝のHRでは担任のティーチから野外演習についての詳細が聞かされる。
「来週一年生は野外演習を行う。君たちにはクラス内でグループを組んで、ライナナ国南部に位置する魔物の生息する森で魔物を狩ってもらう。期限は三日間。成績は狩ってきた魔物がドロップした魔石のランクや数で決める。狩る魔物の数が少なかったり、生徒同士の争いは当然減点だが、だからと言って無理はするな。全員しっかりと準備をしておけ。一応はいないとは思うが、準備が間に合わずに丸腰で当日を迎えるなんてことにならないように」
ライナナ王立学園の授業の一環として行われる野外演習。クラス内でグループを組み三日間魔物の生息する森で魔物の討伐を行う。
討伐した魔物の魔石の数やランクによって成績が決まる授業だが原作でこの野外演習は犠牲者が大勢でるイベントになっている。その原因として異常な数の魔物に想定以上の強さが上げられる。戦闘経験を積む為の演習でいきなりの非常事態に対処できる生徒は少なく多くの生徒の命が失った。かなり危険のあるイベントである。
ティーチからの説明が終わると次はグループの発表に入る。グループ分けは基本的に同じ派閥同士で組まれる。
他派閥に手の内をなるべく見せたくない生徒への配慮として人数差はあれど同じ派閥でグループが作られるようになっている。
「グループ発表に入る前に、一つ確定事項がある。
ミカエル殿下はトリスタン・カコと、レオーネ王女はアブソリュート・アークと組む事が確定事項だ」
レオーネ王女から質疑の挙手があがる。
「あの……ティーチ先生、その理由を教えていただけますか?」
「レオーネ王女、貴女に万一の事があればライナナ国としても問題がありますし、だからといって王族だけこの授業を受けさせないという判断は会議では上がりませんでした。
なので、このクラスでもっとも実力がある二人に王族についてもらう形で協議しました。これもレオーネ王女を守る為です。納得していただけますか?」
「……分かりました。立場を考えずに我儘を言ってしまい申し訳ありません」
レオーネ王女はひとまず納得してその場は引いた。
その後、派閥ごとにグループ発表がスムーズに進む。
①ミカエル、トリスタンを含む王派閥グループ
②聖女をリーダーとした教会グループ
③アリシアを中心とした女子グループ
④クリスティーナをリーダーとした貴族派閥グループ
⑤アーク派閥feat.レオーネ王女グループ
派閥同士の者達で固まる為、この五つのグループに決まった。
発表が終わった後、グループごとに分かれて話し合いの時間が設けられる。
アブソリュートはレディ、オリアナ、ミストのAクラスにいるアーク派閥にレオーネ王女を交えてグループ作成について協議をする。
「さて、話すのは初めてだなレオーネ王女。アブソリュート・アークだ。そしてコイツらがウチの派閥のメンバーのレディとオリアナ、ミストだ。戦闘面に関しては心配はいらない」
「レディ・クルエルです。同じグループになれて光栄ですわ、レオーネ王女様。
微力ながら頑張らせてもらいますわ」
愛想よく挨拶をするレディ。
学年でも一、二を争う顔面偏差値を誇る彼女の笑顔は例え愛想笑いでも心に来るものがあった。
アーク派閥の中でもコミュ力が高い彼女は安心して見てられる。彼女にならこの演習の間王女を任せても問題ないだろう。
「……オリアナ・フェスタです。レディに右に同じです」
挨拶する気のない挨拶をするオリアナ。
だが悪気があるわけではないのは知っている。
彼女は根っからのコミュ障なので話したことのない王女に委縮したのだろう。
王女も特に気にしてないようだから問題ないだろう。
「どうもミスト・ブラウザです。二人と全く同じ気持ちです。よろしくお願いします」
軽い挨拶で済まそうとするミスト。
こいつはよくわからん。
恐らく挨拶の内容に困って前のオリアナがいけたから自分もいけるんじゃね? とかおもってそう。
「……いや、二人とも挨拶くらいちゃんと考えなさいよ」
やる気のない自己紹介にツッコミをいれるレディ。
「あははっ、皆さん仲が良いのですね」
そしてそんなやりとりを笑って見守るレオーネ王女。
かなり人柄はいいように感じる。
「皆さまよろしくお願いします。レオーネ・スイロクです。魔法は得意ではありませんが剣なら自信があります。共に頑張りましょうね」
(流石王族だな。挨拶だけでも品を感じさせてくれる。ウチの王族も見習って欲しいものだ)
「さて、挨拶も済んだところでレオーネ王女よ」
「っ⁈ な、なんでしょう?」
アブソリュートに声を掛けられ、わずかに怯える王女。
(王女の仮面が剥がれるくらい怖がられているとはなぁ。怖がられているのは慣れてるけど毎回しっかり心抉ってくれるな)
原作でもたまに気が弱そうな描写があったのは知っている。それがアブソリュートを目の前にして顕著に出はじめたのだろう。
アブソリュートは気にしないようにして話を進める。
「悪いがお前の身を預かる上で約束してもらう事がある。
一つは私の指示に従うこと。
二つ目は決して一人にならないことだ。
三つ目は貴女の側に置く侍女にウチの侍女も置かせてもらう。いざという時盾になるし、かなり腕もたつ。
悪いがこれを守らないのなら私のグループからは外れてもらう。私達もお前のせいで変な責任を負いたくないのでな」
(魔物の対処に王女の世話……。これは面倒臭いことになったな。原作でレオーネ王女は勇者のグループに入っていたが恐らく勇者がいないから消去法で私の所になったんだろうな)
レオーネ王女は何かいいたげな顔をしているがアブソリュートの事が怖いのか目を合わせずに答える。
「ア、アークさんのグループにお邪魔させてもらう形になるので勿論その三つの条件を飲みます。
……ですが、国の方針で侍女は必ず付けるように言われていますのでそこはご留意いただけますか?」
「構わない」
(とりあえず、マリアをこの班に入れることには成功だな。王族の世話の為なら侍女が2人いても怪しまれないだろう。マリアを入れて置けば最悪私が居なくても生き残れる。Bクラスのクリス達の事も見なくてはならないし、戦力はいくらいても良い)
「それでアブソリュート様。この演習の方針はどうなさいますか? ぶっちぎりでトップを狙いますか! このレディ、アブソリュート様の為なら命を懸けて大物を狩って参りますわ。勿論オリアナも!」
レディの後ろでぎょっとした顔を見せるオリアナ。
自分が頭数に入れられるのが解せないようだ。
「……アブソリュート様がどうしてもって言うなら………狩ってきます。今までありがとうございました」
身体張る気満々のレディに死ぬ気満々のオリアナ。
アブソリュートの目の前でノーとは言えないのだろう。
「そうか、だが今回はそこまで頑張る気はない。
理由として演習は三日間もある。だから初めは体力を温存していくことにする。レオーネ王女やレディも野外での長期訓練はしていないだろう? まずは環境に慣れる事に時間を割こう。魔物は二の次だ」
(どうせ、演習中は教会の放った魔物と嫌というほど戦うことになる。レディ達も念の為に休ませてながらいくことにしよう)
「……アブソリュート様、私の事を考えて下さるなんて……。アブソリュート様の御心遣い痛み入りますわ。
早く環境に慣れるよう善処いたしますわ」
「アークさん。すみません、早速足を引っ張ったみたいで……。私もやれることは精一杯やらしてもらいます」
アブソリュートが、二人の為を思っての方針と思って勘違いして気合いを入れ直すレディとレオーネ王女。
「少々よろしいかしら?」
ふと後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。
思わず顔をしかめてしまう。
「ご機嫌よう、アブソリュート君。さっそくですが私達のグループと組みません?」
声をかけてきたのはクリスティーナだった。いつもの勝ち気ある佇まいでこちらを見つめている。
「どうでしょう? 私とアブソリュート君が組めばこの演習トップも間違いないと思いますが?」
「またお前か……。私のグループは誰とも組む気はない。それにお前はミカエルの婚約者だろう? ミカエルとでも組んでろ」
(ほらミカエルを見てみろよ。すごい顔でこっちをみてるぞ。)
「ち・が・い・ま・す‼︎ 候補です、候補。勘違いしないでください。まぁ、アブソリュート君にも事情があるだろうし組んでくれるとは思ってませんでしたが。それなら勝負しませんか? 魔物を狩った数とかで競いません?」
クリスティーナは何かにつけてアブソリュートと競い合おうとしている。アブソリュートも何度も誘われ続けうんざりしていた。
「……気が向いたらな」
「アブソリュート君はそればかり言って相手にしてくれませんね。ブラウザを盾にしてやり過ごしたり私悲しいですわ。ヨヨヨっ」
クリスティーナがわざとらしく嘘泣きをかます。その様子をどこか寂しげに見つめるアブソリュート。
(……クリスティーナと話すのもこれで最後になるのかもしれないな。正直コイツの魔法の腕はかなり強いしグループで動くなら危険はないと思うが何故原作では命を落としたんだ? コイツと組んだら命を救えるか? いや、その場合クリスティーナのグループにも魔物が襲い掛かる。
……考えるのはやめよう。クリスティーナには悪いが優先するべきは教会の放った魔物の討伐だ。これを放っておくのがもっとも不味い。高い確率で私や傘下の者達に襲い掛かってくる筈だ。優先順位を間違えるな。
私は悪だ、正義の味方ではない。全員を救うことはできないんだ)
アブソリュートはクリスティーナの事は好きではないが死んで欲しいとまでは思っていない。
もし目の前でクリスティーナが危なくなったら恐らくだが助けるだろう。だが、どういった理由で死ぬか分からないクリスティーナを気にかける余裕はなかった。
「クリスティーナ・ゼン」
アブソリュートは彼女の名を呼ぶ。
名を呼ばれたクリスティーナはアブソリュートを見つめる。どこか期待のこもった眼差しだった。
クリスティーナの無邪気な目を見てアブソリュートの罪悪感が増す。
「………悪いな」
アブソリュートの口から謝罪の言葉が漏れる。これから死にゆくかもしれない彼女を救えない故にでた言葉だが、それを彼女は理解していない。
「………? どうしたのですか、貴方らしくもない」
「悪いな、私は忙しい身だ。遊ぶ相手が欲しいなら、ミストを貸してやる」
先程の謝罪を誤魔化すように話を変える。
(らしくないことを言ってしまった。もしかしたら私が魔物を全滅できたらクリスティーナも助かるかもしれないではないか。まだ死ぬと決まったわけではない。
一人で悲観的になるのは止めにしよう)
またか……とでも言いたそうな顔をしているミスト。
「アブソリュート様…………マジで勘弁して下さい。
俺この前クリスティーナさんに服二着も燃やされたんすよ」
切実に訴えてくるミスト。
(一着目が燃えた時点でやめてあげればいいのに……。恐らく二着目はわざと燃やしたな)
「ごめんなさい、ブラウザ。私はアブソリュート君と勝負したいの。強くなって出直してきてね」
「俺が振られたみたいな言い方止めてくれません!」
その後特に話の進展はなく会議は終わった。後は本番を迎えるのみである。
◆
屋敷に戻ると交渉屋はマリアやウルにこき使われていた。命を奪わないかわりに今後アブソリュートの足として仕える契約だ。もちろんアーク家に敵対や転移を使って逃げ出さないように契約魔法を使って行動や言動を縛り必ずアブソリュートの元に戻るようになっている。
ちなみに交渉屋は今、ウルとともに屋敷の庭の草の掃除をしている。交渉屋は他国での活動がメインだった為にアーク家には顔バレしていない。それを有効活用して、新しい奴隷兼使用人として屋敷に置くことにしたのだ。
「新入り、雑に掃除をするな‼︎ よく聞くの、人生頑張って必ず結果が出るものと言ったら掃除だけよ! だから掃除だけはしっかりとやりなさい」
ウルの事を知っている身としては非常に重みのある言葉だ。
ウルの屋敷での仕事は掃除だけだ。昔は皆辛抱強く他の仕事を教えたものだが人間どうしても向いていない事もある。料理に洗濯等どうしても不器用な彼女には出来なかったのだ。だが掃除は違った。言い方はあれだが誰でもできるし、やればやるほど結果は目に見える。
先ほどの言葉は彼女がアーク家にきて学んだ教訓でもあるのだ。故に彼女は掃除にだけはうるさいのだ。
「分かりましたけど、ウルさんそんな悲しいこと言わないで下さい。まだ若いんだから」
ウルの説法を聞いているとウルがアブソリュートに気づきアブソリュートの側まで近く。
「おかえりなさいご主人様、この男中々便利なの。屋敷と学園を転移で往復できるし、仕事も覚えが早いです」
ウルは自分に後輩ができた事が嬉しいのか交渉屋に積極的に仕事を教えていた。
「ウルよ。この男をしばらく借りるぞ?」
アブソリュートと交渉屋は防音対策のされている部屋に入る。以前ウルの聴覚をみくびり情報を抜かれた為に作られた部屋だ。部屋自体に魔法がかかっており音を漏れ出さないようになっている。
「アークさん僕の待遇なんとかなりませんか? 僕の本職は使用人じゃなくて交渉屋なんですけど。一日中掃除は勘弁してくれませんか。腰がやばいんですよ」
切実に訴える交渉屋。
以前とは違い仮面をしていない。その素顔は以外にも可愛い系の童顔男子であった。年齢は二十代後半らしいが同い年といわれても驚きはしないだろう。
そんな男からの切実な嘆願を一蹴する。
「ならんな。お前は金次第で何でもやってきたんだろ? なら文句を言わず従え。悪が仕事を選べると思うなよ。それよりこれから仕入れ行くから早く転移しろ」
「本気でやるんですね……貴方は悪魔です」
「勘違いするな。私は悪だ、だから敵は容赦なく潰す。いくぞ」
アブソリュートは演習の準備の為、交渉屋を連れて転移で屋敷を離れた。
来週波乱の野外演習が始まる。
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