モンブラン
一日の授業がおわりアブソリュートは傘下の者達と昼食を取っていた。この食事の場はクラスの離れている者達とも一緒にとって近況を聞く場としていた。
「えっ? アブソリュート様レクリエーションで勇者をボコボコにしたんですか⁈」
今回の食事の話題はやはり勇者とアブソリュートの対決だった。自分達のリーダーが勇者を倒したことで胸が熱くなる。
「それだけではありませんわ! 魔法も剣も使わず素手で完封しましたのよ‼︎ もう一日中目頭が熱熱ですわ。ね、オリアナ?」
「……マジ熱熱。瞼焼けそう」
実際に試合を観た者達から話を聞き他の者達はその場にいた者達を羨ましく感じた。特にクリスの落ち込みが酷かった。
「羨ましい……私も観たかった」
肩を落として落ち込むクリスをミストが励ます。
「まぁ、来年頑張って一緒のクラスになろうや。クリス君はBクラスどんな感じなの? 何か問題とかある?」
「いや、上位貴族はほとんどAにいるから問題はほぼないよ。Aに入れなかったアーク家派閥は皆Bクラスだから勢力的にも負けてないしね。問題があるとしたら……すみませんアブソリュート様、ウリスの奴が模擬戦の授業で戦った奴を半殺しにして謹慎になりました」
「……そうか」
ウリス・コクト
コクト子爵家の娘である。
コクト子爵はライナナ国の闇組織の一つ『蟲』の当主だ。
『蟲』はライナナ国だけでなく他国でも活動を行なっている。敵国で依存性の高い薬を流行らせ国力を低下させたり、他国の闇組織を殲滅して勢力に置きシノギを奪って組織を拡大したりしている。ライナナ国ではアーク家が手綱を握っている為、比較的に大人しく他の貴族領の飲食店や娼館で、みかじめ料をとったり高級食パンを売ったりしている。
(昔はオドオドした気の弱い女の子だったのに、いつの間にかこんな暴れん坊になるなんて……やっぱり育つ環境って大事だな)
アブソリュートは遠い目をする。
「ウリスちゃんいないと思っていたら謹慎になったんですね。ていうか処分決まるの早すぎません? 勇者なんてまだ決まってないのに!」
「相手も子爵だったからね。それに相手が、逆恨みが怖いから大事にしないでくれって泣いて先生やウリスに嘆願したから家同士の問題にならないらしいよ。だから、授業中にやりすぎちゃったから謹慎って感じになるみたい」
レディの疑問にクリスが分かりやすく解説する。
学園で起きた問題は貴族間なら家同士で話し合うことが多い。だが、学生の間で既に示談が、済んでいれば学園は大事にせずに軽い罰則で終わらせる。今回は相手がウリスにビビったのと、報復を恐れたのでこの程度で済んだのだ。
「ウリスちゃん……ボコった相手に泣いて謝らせるなんてアウトローすぎますね。それにしてもなにか原因でもあったんです? 流石に意味もなくボコボコにするような子ではないと信じたいのですが……」
「アブソリュート様関連で何か言われたらしいよ。ウリスはアブソリュート様の事を人一倍崇拝しているから………きっと抑えられなかったんだと思う。だからあまり彼女を怒らないでやってくれませんか、アブソリュート様」
(私の為に怒ったのか……嬉しいがそれでウリスが罰を受けるのはどうだかな。贅沢な悩みだが、少し過激すぎるなウリスは)
「まぁ今回は大事にならなかったのだから大目にみよう。お前らもあまり暴走するなよ?」
「いや、さっき授業で舐めた事言った奴に、ヤバそうな魔法ぶつけようとしてませんでしたっけ?」
ミストはアブソリュートにつっこむ。
(コイツはいつも痛いところついてくるな)
そこで今度は魔法学であったことの話になり、また盛り上がりを見せた。
食事の終わりが見えた頃マリアがアブソリュートに声をかける。
「ご主人様、ミライ家のアリシア様が面会を求めています。如何されますか?」
「アリシア・ミライか」
(恐らく勇者の暴走の件で謝罪ってところか。今回は聖女のせいなのに全責任勇者にいくんだもんなぁ。勇者の後ろ盾としてはたまったもんじゃないよな。可哀想だけど、勇者に対してはシビアに対応しよう)
「会わん。正式にミライ家に抗議するので」、その時言い分を聞くと伝えろ」
アブソリュートはすぐに会わずに敢えて日を跨いで焦らすことで相手を精神的に追い詰めようとする。
「承知しました、その様に伝えます。それとご報告なのですが……」
アブソリュートは今朝ウルが勇者にナンパされて一悶着あったことを伝えられる。あまりの内容に頭を抱えた。
「あの勇者は一体なんなんだ……まぁいい。ウルは平気そうだが内心傷ついてるかもしれん。帰り、前に行ったカフェにでも連れていくか」
(女性からみたら男はかなり怖く見える者もいるらしいからな。まだ小さいのに男性恐怖症になったら笑えない)
「よろしいかと思います。ではアリシア様には先程の様に伝えてまいります」
◆
アリシアはまるで悪い夢でも見ているかの様だった。
あの暴走癖はあるが、根っこの部分の善性は信じていた勇者がまさかクラスメイトの前でアブソリュートを罵倒し、担任をぶっ飛ばして不意打ちを行うなんて信じられなかった。気づいたらアリシア自身も気を失って、倒れていた。
「夢ではないのね……。とりあえず、アブソリュート君には今朝の侍女の件も併せて謝罪しないといけないわ。少しでも印象を良くしないと」
アリシアは食事をしているアブソリュートを見つけて、近くにいた侍女に面会を申し込んだ。
だが、面会は叶わなかった。
「ご主人様からは『正式にミライ家に抗議するのでその時にいい分を聞く』とおっしゃっていました」
(焦らして精神的に追い詰めるつもりかしら? 流石だわ、私がされて嫌な事を的確についてくる。この調子だと甘さも恐らくないでしょうね。嫌だなぁ、ちょっとは手心を加えて欲しいのだけれど)
僅かな期待を砕かれたアリシアは力無く答える。
「そう。分かったわ、『また後日お会いしましょう』とだけ伝えて。正式な謝罪はその時に。貴女も悪かったわね。ウチの者が馬鹿な真似をして、後で懲らしめておくから」
「いえ、お気をつけてお帰りください」
マリアの見送りを受けてアリシアはその場を後にする。その後、アリシアは屋敷に戻り今後について考える。
(慰謝料だけで済むと良いのだけれど……それだけでは済まないわね。勇者には王家も絡んでいるから行き過ぎた要求は仲裁してくれるだろうけど。婚約破棄は私個人としては嬉しい……でも、ミライ家として考えるとそれは避けなければならないわ)
アリシアが、考え込んでいるところにドアからノックの音が聞こえ、その後使用人から用件が伝えられる。
「アリシア様、旦那様がお呼びです」
一瞬身体が強張るが、すぐに平静を取り繕う。
「分かった。直ぐに行くわ」
(これだけの事をやらかしたのだから叱責だけでは済まないでしょうね。あぁ、なんで私ばかりこんな目に遭うのかしら)
足取りが重く感じながらも父の待つ部屋に向かうアリシア。その日は当主の罵声となにかを打つ音が屋敷中に響いたそうだった。
◆
放課後、アブソリュートは侍女のウルとマリアを連れて王都のカフェに来ていた。このカフェは以前、王からの慰謝料で豪遊した時に見つけた店だ。あまり派手な内装ではないが、シックな作りをして落ち着いた雰囲気が気に入っている。唯一気になるところは寡黙な店主の顔が怖いところくらいだ。
(相変わらず無愛想で、顔が怖いな。まぁ、あまり私が言えたことではないが)
アブソリュート達は席で待っていると怖い顔の店主が注文の品を持ってくる。
「相変わらず人を殺してそうな顔をしているな」
「兄ちゃんが言うな。ハーブティー三つにイチゴのタルト、ショートケーキ、モンブランだ。注文は以上だな? またなんかあったら呼べ」
テーブルに並ぶのは食欲のそそられるスイーツ達。
「わぁー美味しそうなの! アブソリュート様、また連れて来てくれてありがとうございます! 凄く嬉しいです」
久しぶりにスイーツの店に連れて来てもらい、大興奮なウル。
「礼はいい。さっさと食え」
ウルに早く食べるように促し、アブソリュート自身も注文したモンブランに手をつける。
(モンブランめっちゃ美味いな。この世界に転生する前はあまり好きじゃなかったのに。原作のアブソリュートに影響を受けてるのかな?)
静かに食べ進めるアブソリュートをマリアは意外そうに見ていた。アブソリュートもマリアからの視線に気づく。
「マリアよ、何をジロジロ見ている。目玉をくり抜くぞ?」
「あぁいえ、すみません。こんなに美味しそうに食べるご主人様を見るのは初めてなもので……なんとなく雰囲気で感じただけですけど。あの……よければこれからは屋敷でもお出ししましょうか?」
どこか優しげに問いかけるマリア。
長い付き合いだがアブソリュートは全くと言っていいほど好き嫌いがなかった。それがここにきて、ようやくそれらしい反応を見せてくれた事がマリアはうれしかったのだ。
「いらん、偶に食べるから良いのだ。まぁ、美味いのは確かだがな。死ぬ前に食べるならこれがいいな」
『最後に食べるならこれがいい』不意に出た言葉だが確かな本心だった。原作では語られていないが、アブソリュートはここのモンブランが好物でよくウルを連れて食べに来ていた。
もしかしたら、転生する前のアブソリュートは今も心のどこかにいるのかもしれない。
「ウルは毎日でも食べていたいですの!」
「早死にしたいならそうしてやる」
「むっ! それは困りますの」
(……話している感じウルは大丈夫そうかな? まだ幼いから精神的に傷ついていると思ったけど)
「ウルよ。マリアから聞いたが今朝勇者から絡まれたそうだな。その後何もないか?」
「勇者? ……あぁ今朝絡んできました。いきなり馴れ馴れしく声をかけてくるから気持ち悪かったの。でも、ご主人様の言っていたようにマリアが強気で対応しました!」
(気持ち悪いか。確かに主人公キャラって距離感バグってるの多いから色眼鏡なしでみると気持ち悪いよな。気持ちは分かる)
「……そうか。何度もいうが、二人とも私がいない時は自分の身は自分で守れ。その為の力は与えているつもりだ」
「「はい! ご主人様」」
その後も三人はティータイムを楽しんでから帰宅した。
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