第四話 謎の女性
予告通り、今話以降は更新ペースが落ちます。月1〜2話のペースとなりますのでご承知下さい。
*2024/5/6 追記しました。
俺と沙織は皇居のそばにいたので北側から回り込む形で新宿に来たが、皇居の南側にいた藤乃は「大江戸線」を使えば一本で新宿にこれる。
だから「赤羽橋駅」に向かった。
──大介兄は何故俺達を?
法を守る立場にいる兄が、その法を破ってまで奇妙な「アプリ」や「護身用のアイテム」を渡してくるとは思えない。
過保護?
【不貞な輩】がいると言っていた。だから護身用として渡された。
──もう着いている……はないんだよな。
そいつらが邪魔で先に進めない?
新宿駅に向かうならお俺達よりも条件が良いにも拘らず俺達が先に着いた。これは何かしらの問題が起きたからだと思う。
藤乃の性格なら無理をせず、どこかに隠れて助けが来るのを待っている筈。
程なく都営大江戸線『新宿西口駅』への階段入口に着いた。
すると階段前で職員が地下から避難してくる乗客の誘導に当たっていた。
その職員にスマホに保存してあった藤乃の画像を見せる。
「この人を見かけませんでしたか?」
「分かりません」
謝られた。
この混乱した状況では無理もない。
出口もここだけではないし。
そこで例の画面を職員に見せると「改札付近に人がいるからそいつに声を掛けてくれ」と言われた。
言われた通り改札にいた職員に画面を見せると、今度は上司? を呼びに事務所の中へ。
こちらも疲労困憊といった風貌の駅長が来たので「人を探すために坑内を通り抜けたい」と説明する。
すると頭をポリポリと搔きながら何も言わずに事務所へと引っ込んだ後、ライト付きヘルメットと手の平サイズのLEDライトを手にしてきた。
それを渡される際に一通りの注意と一つの「お願い」をされる。
『注意は動力用電流は完全にストップしているので心配はいらないが、坑道内の確認作業はまだ始まっておらず、安全かどうかは分からないので「下だけでなく上」にも充分注意して欲しい』
『まだ連絡が取れていない列車が何本か残っているので、もし見掛けたらその場に留まらずに新宿へ避難するように伝えて欲しい』
運行管理をしている【中央指令所】と連絡が取れない場合の判断は各列車の乗務員が行う決まりらしい。ただ「事の重大さを知らない乗務員」はリスクを恐れてその場で復旧を待っている可能性があるのだと。
通行の許可をくれた駅長さんにお礼を言ってから人気の感じられない薄暗い階段を勢いよく駆け下りて……って!
二段抜かしの感覚で踏み出したら体が宙に浮き、一気に階段半ばの踊り場スペースに着地する。
何が起きた?
試しにその場で軽くジャンプをする。するとかなりの高さにある天井に手が届いてしまった。
──なんだろう……まあ後で考えよう。
何故だか冷静だった。
残りを一気に飛び降りてホームへ。
普段から独特の雰囲気の空間だが、今は灯りだけでなく空気の流動も止まっているので生暖かい。
足音を響きかせながら薄暗いホームの端に行くと一人の駅員がライト片手に坑道を覗き込んでいた。
「すいません。駅長さんから許可を得てこれから捜索に入ります」
「は、はい? おつかれさまです」
聞かれる前に断った。駅員は「虚をつかれた」といった表情を見せたが、緑のシンボルマークが入ったヘルメットを見ると頭を下げた。
多分「非番の保線員」が駆け付けてくれたとでも勘違いしたのだろう、遠慮せずにホーム端から線路へ。
先程歩いて避難した状況とおなじだった。
普段なら僅かながらも風が流れているが、今は全くの無風状態。
坑道内に設置されている灯具も点灯している。
多分停電を考慮して別系統にしてあるのだろう。とは言え全てが点いているわけではなく約30m間隔に一本。なのでかなり暗いし昔ながらの蛍光灯なのでかなり薄暗い。
「赤羽橋はこっちで合ってますよね?」
「はい」
坑道と俺を交互に見ている駅員の視線は無視をし小走りで先へと進む。駅員が見えなくなったところで駆け出した。
薄暗い線路を軽快に駆け抜けてゆく。途中誰も乗っていない列車を擦り抜け「国立競技場駅」へと辿り着いた。
──ん? 人がいる。
気温と湿度の高まりを感じつつホームに近付く。
薄暗いホームにはかなりの人数と地下鉄職員らしき人物がいた。
「お、おい! 誰か来たぞ!」
ホームガードから身を乗り出していた客の一人が俺を見付けて叫ぶ。すると駅員数名と列車の乗務員らしき数名が人混みを掻き分けて現れる。
線路を歩きながらその駅員に近づく。
「あ、貴方は?」
俺の服装から地下鉄職員では無いと見抜いたようだが、被っているヘルメットを見て無関係では無いと判断し聞いてきた。
「新宿駅長に頼まれて来ました」
「新宿? あちらの被害は?」
「混乱していますが被害は出ていません。それよりこちら(の被害)は?」
「どの階段も途中で埋まっていて地上に出れないんです」
出れない?
不謹慎だが好都合だと思ってしまう。
「ならこのまま新宿駅に移動してください」
「移動、ですか?」
「はい。新宿駅長さんから『復旧の見込みが立たないので新宿駅に避難するように』と言われてます」
駅員は同僚と何やら話し始めたが、意見が一致した様で移動の準備を始めた。
まあ他に手段はないし、新宿方面に抜けられるのだけは分かったので異論はないだろう。
「お兄さん」
移動の様子を線路から眺めていたところに声が掛かった。
「お、俺?」
「そう」
見れば目を輝かせた若い女性の三人組がホームガードからこちらを覗き込んでいた。
「お兄さん、新宿から来たんだよね?」
「え? あ、ああ」
「上はどうなってるの?」
「上?」
「そう~地上~。噂によると~核攻撃受けて~東京が飛んだって~」
「…………へ? 飛んだ?」
「その反応~デマか~」
「だから〜テロって言ってるじゃ~ん」
「出口埋めるテロ? 日本ヤバくない?」
こんな時でも平常運転、と思いつつ避難を始めた人々を辛抱強く見守る。
──藤乃は……いなかった。
数名の駅員が残ったホームを見て思った。
先に進むがどこも似た様な状況だった。
各駅では藤乃を確かめてから先に進んだのでかなり時間が掛かった。
「麻布十番駅」を過ぎたところで列車が止まっていた。
避難した後らしく全ての灯りが消えていた。
誰も乗っていなさそうだが万が一を考え、先頭車両の開いていた扉から乗り込むと、ライトの明かりを頼りに後方に向かう。
──ん? 誰かいる。
坑道よりも暗い車内。ヘルメットのライトが無ければシートに人がいても分からない程の暗さ。
編成の中程まで進んだところで、一両先でシートに腰掛けている「足」がチラッと見えた。
「誰かいますか?」
声を掛ける。すると、
「いるよ」
と女性の声が。
「避難しないんですか?」
「うん。ちょっとミスって身動きが取れない」
「え? 怪我してるんですか? 手を貸しますよ?」
「それは有難い。でもそこ滑るから気を付けてね」
「……床?」
と下を見る。
「……え? まさか血?」
ライトの明かりで見えたのは赤い液体の水溜り。さらにその水溜まりから右側の閉じているドアへ何かを引きずった跡。
「そ。服についたら嫌な臭い? らしいから注意してね」
「は、はい」
迂回しながら先に進み連結部へ。
そこで見えたのは、俺と同じくらいの身長で細身の女性がバカでかいナイフ? を指揮棒代わりにリズムをとっていた。
薄暗い車内でキラキラと光の線を描くナイフを持ち、短めの黒髪に黒の帽子と黒いシャツ。紺色のホットパンツから伸びるスラっとした生足という出立。
何というか「この場の雰囲気」に似合い過ぎて近寄りたくない雰囲気。
「一つ質問」
「は、はい?」
「君、素人だよね?」
お互いナイフを見ながらのやり取り。
「素人?」
「一般人?」
「えーと、はい」
「そう? ならいい。それより暇?」
「い、いや暇じゃないんだけど」
「そう? 残念」
ナイフを振るのを辞めて肩を落とした。
「えーと、先程身動きが取れないって言ってませんでしたか?」
「うん言った」
「どこか怪我でも?」
「どこも?」
「はい?」
「……あー私じゃなくてこの子」
ナイフから対面の座席に目を向けたので見ると……
「藤乃?」
がシートに横たわっていた。
「ふ、藤乃!」
血溜りを思い出し急いで駆け寄る。上から下まで見たところ、怪我もそうだが衣服に乱れや汚れは見当たらなかった。
「知り合い?」
「は、はい幼馴染です! 探してたんです!」
「…………幼馴染?」
その言葉と共に脇から顔が現れる。
音も気配も立てずにいきなり顔が現れ、瞬きもせずにこちらを見ている。
目と目が合った瞬間、息が止まった。
──凄い美人。
第一印象。それともう一つ。
──……あれ? どこかで……
「……あ」
「?」
「……あちゃーー」
「あ、あちゃ?」
「不味った」といった声色。直ぐに顔を背けたので表情は分からなかった。
そのまま頬をポリポリと掻きながら数歩距離を置くと、
「この場合どうしたらいい?」
と今度は額に手を当て悩みだすが、
「ま、いっか。やることは変わらないし」
と。
「君、この子の知り合いなんだよね? 任せてもいい?」
「え? ええ、そのつもりでここに来たので」
「良し任せた。なら私は前衛やるね」
「……前衛?」
前衛って? と聞こうとしたところ、いきなり顔を近付けてきた。
「そ。この子を守るのは君の宿命」
耳元で囁いてから顔をゆっくりと離していく。
「え? 宿命?」
離れゆく顔は……含みを帯びた笑顔と目をしていた。その笑顔のせいで訊きそびれてしまう。
そして離れ際に俺のボディバックを軽く叩いて俺が乗り込んで来た方に向き直ると、持っていたナイフを握り直してから前の車両に歩みを進める。
流れるような仕草。ファッションモデル顔負けのスタイルと引き締まった身体。
こんな場所と状況でなければ見とれてしまう容姿と仕草。
だが何故だかそんな当たり前な感情が湧かなかった。
「その子を背負ったら後方から外へ」
「え?」
と視線を向けたタイミングでナイフを軽く動かした。
キン! ゴト……
甲高い音と床に何かが落ちた音が一回ずつ。
その何かを爪先で器用に掬い上げて手に取ると鼻先にもってゆく。
「……神経毒? そうきたか。先に片付けるから準備してて」
と「静かな足音」を立てながら暗闇へ消えると再び静寂が訪れる。
二人きりになったところで藤乃に声をかけた。
「藤乃!」
「…………」
反応がない。
頬に手を当てると暖かい感触が。その温もりを感じやっと肩の力が抜けてゆく。
ドン!
突然遠くから鈍い振動が。
ガシャン!
続いてガラスの割れる音。
不穏な雰囲気が漂い出したので急ぎ起こし座らせてから背負う。
背中に伝わる藤乃の温もり。ここまで密着したのは勿論初めて。
さあ戻ろう!
邪念を振り払い意気揚々と立ち上がったタイミングで目の前の床に何かが投げ込まれた。
「帽子?」
【駅員の帽子】が投げられた方向、連結部の方を向くと先程の女性が気分良さげに立っていた。
「準備できた? 後続に回り込まれたら面倒だから急ごう」
「は、はい」
女性の先導で後方車両へ。最後尾の乗務員室は開いていたので中へ。
外への扉のロックを外し、そこから飛び降りる。
「よっと!」
「君、体力あるね」
そういえば藤乃が全く苦にならない。背負った状態で結構な高さから飛び降りたのに。
「もしかしてこの子の彼氏?」
「え? ええ」
「そりゃ大変だ」
「? なにが?」
「無理強いしちゃダメだよ」
「何を?」
「ベットの中」
「…………え⁈」
「冗談。ま、今の反応で君の性格も分かったし、仲も良さそうだから安心したよ」
「…………」
「ま、男は惚れた女のためなら無茶をする生き物だからおかしくないか」
「そ、そうなんです……か?」
「うん。身近に一人いてね」
「…………」
「では東に行くよ」
「ひ、東?」
来た方とは逆。それでは新宿から離れてしまう。
だがその指示は正しい気がする。
何せ殺気のような不穏な気配は新宿方面から迫って来ている。
「はい走る」
「は、はい」
「頑張れ男の子」
線路を挟んで並走。
そして7~800m程進んだところで女性が突然立ち止まった。
「ここだね」
コンクリートの壁の間に唐突に現れた重厚な金属製の扉。
「この扉は?」
「困ったときのわーぷぞーん」
「ワープゾーン?」
とホットパンツの尻ポケットから鍵を一つ取り出す。
その扉を遠巻きに「眺めて」から、鍵を差し込み開錠。コンクリートの壁に背を向けながらノブに手を掛けた。
「念の為、こっちに来て」
と視線で隣に来るように指示をしてきた。
この指示の理由は俺にも分かったので、言われた通りに移動するとノブを回してゆっくりと開け始めた。
「「…………」」
物音一つしない静寂と漆黒の闇。
「トラップも無い。ちぇ……」
ちぇ? 思わずツッコミを入れそうになる。
「ライト貸して」
と言いながら胸側に回しておいたボディバックの中からLEDライトと、兄から渡された「物」を取り出した。
「あ!」
両手が塞がっているので反応出来ない。
「これ君の?」
「い……いえ預かり物です」
「だろうね」
と言って包んでいた布を解き始めた。
「陸自のSFP9か。疑問が一つ」
「は、はい?」
「3発ずつ弾が少ないようだけど……初めから?」
「え? あ、渡された時は『各10発ずつ』と言ってたけど」
「……そのとき護身用って言われた?」
「はい」
「分かった。なら使い方教えてあげる。その前に(後続に)見られたら面倒だから中に入ろうか」
「は、はい」
入ると上りの螺旋階段が。
鍵を閉めてからこちらに向き直る。
「ではレクチャーを始めるよ」
と扱い方と撃つときのコツを簡潔に教えてくれた。
「当てるコツは『確固たる目的』をもってトリガーを引く、かな」
「は、はあ」
「では行こうか」
上った先には同じ造りの扉が。
内側から開錠し扉を開ける。
「……流石にここには来ないか」
扉の先には先程と同じ光景が。
「もしかして……三田線?」
「正解」
連絡通路があったとは。初めて知った。
「移動するよ」
と先頭を歩きだした。
「えーーとどこに向かってるんですか?」
大江戸線と三田線が上下で重なる区間は確か一か所のみ。そして階段の扉の向きから推測するに、向かっている方角は同じ。
つまり新宿とは逆である北。
「君達二人をこのまま帰すわけにはいかないの」
「え?」
「これも運命だと諦めて」
「?」
とここで突然暗闇から多数の赤い光線が俺と背にいる藤乃に浴びせられる。
「連れてきたよ」
見れば先程までとは打って変わった「冷めた眼差し」で俺を見ている。
「え?」
と声を出したところで意識が途絶えた。
それから二十分後。
未だに混乱の中にある新宿。特にこんな状況でも動いている駅やバスターミナルに避難しようと人が殺到、混乱に拍車をかけていた。
だ対象的にオフィス街やショッピングエリアは既に人影は疎で、店仕舞いを終えた者が僅かにいるだけ。
そんな人気の無い一画にある地下駐車場にサイドカー付きのバイクが止まっており、そのシートに一組の男女が腰掛けていた。
その者達に一人の女性が近付いてゆく。
「おつかれ」
「あらヒメじゃな〜い。おつかれ〜」
「順調?」
「ああ、一応筋書き通りだな」
「……二人とも?」
「妹は家に帰した。念の為、ミラに監視してもらっている。そちらは兄共々指定の場所に誘導させたか?」
「…………」
「……どうしたヒメ?」
「ううん、なんも」
気分は良さげ。だが何処か他所他所しい。
まあ答えは聞かなくても分かっている。
避難を終えたからこそここにいる。
「……まあいい。それより移動するぞ」
「次はどこ〜?」
「羽田だ」
「空港〜?」
「ああ。そこで一旦【優】と合流し、対象の護衛と監視を継続する」
「「了解」」
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