第一話 もう一つの太陽
もう一人の主人公の登場です。
暫くは彼の視点で話が進みます。
まだまだ残暑が厳しい10月中旬の日曜日。時間は午前10時を少し回った頃の首都東京。
未だ蒸し暑い都心にありながら緑に囲まれた「国立近代美術館」の入口付近を、一組の若い男女が仲睦まじそうに? 腕を組みながら歩いていた。
「混んでなくて良かったね」
「そうだね。それよりここで良かったの?」
「うん。12月の県のコンクールの参考にしようかな~て」
「それで陶芸展か。大学の推薦も決まったから参加出来ると?」
「そう。だから今日はとことん付き合ってもらうからね」
「分かった」
「あと今日は泊まるってお母さんに言ってきたから」
「明日は……祭日か」
授業が無い日はバイトは入れていない。ただし……
「【藤乃】さんには「明日まで凪兄を独占するよ♡」ってメールしてある」
根回しの良いことで。
「だから今晩は久しぶりの水入らずぅ〜〜」
目を潤ませながら……ってまた始まった。
あっ、そっちの心配か!
「俺はソファーで寝る」
「えーーーー! 一緒に寝るのーーーー!」
周りの目も気にせず冗談を言ってきた「妹」にデコピンをしようと手を上げたその時、
──……お!
顔目掛けて飛んできた奴を普段通りに手で払い除ける。
だが奴は余程急いでいるようで、こちらを見ずにフラフラと離れていった。
──……ん? 様子が……おかしい?
初めて見せた変化が気になり目で追おうとしたところ、腕をクイッと引っ張られる。
見れば我が妹が怪訝そうな目付きで俺の顔を覗き込んでいた。
「どしたの? 虫でもいた?」
「い、いや……何でもない」
どうしたと聞かれても、見えていない者には説明のしようが無いし、説明したところで同情されるのがオチだ。
「そう?」
「ああ」
このおかしな生き物? いや生き物と呼んでいいのか判断に迷うところだが、初めて見かけたのは今から約二年程前。大学に通う為に藤乃と共に家を出て東京で「一人暮らし」を始めた頃。
授業に出ようとキャンパス内を歩いていた時に突然、こぶし大の青白い光の玉が俺の前に現れた。
この「輝いているくせにちっとも眩しくない光の球」を見て……何故だか目を離せなくなった。そして気付いた時には手を伸ばしていた。
そして気付いた。コイツには「実体」が無いことに。
熱くもなければ寒くもなく、まるで空気そのもの。
さらに影を生み出さない光。
しかも周りの反応から察するに、見えるのは俺一人らしい……ことが分かった。
こんな場合、普通なら誰かに助けを求めるところ。
だが一人暮らしを始めたばかりの俺が気軽に話せるのは、同じ大学に通う幼馴染の【藤乃】だけ。
だが【藤乃】にこの手の話は気軽にできない。話せば確実に「あの婆さん」に絡まれるから。
結局誰にも相談できず様子を見ながら観察してみることにした。
まあ気味は悪いがこの光からは危険な雰囲気は感じられなかったし。
割り切りが済んだところで観察を開始。
一定の距離を保ちながら、目線より少し上の高さを「ふわふわ」と漂う光の玉。
だが「ただ浮いているだけだ」と分かると……期待を裏切られた気がして少し落胆した。
程なく興味が薄れたので視界から追いやる努力をしたところ、一週間もしたら……慣れた。
そもそも不快な色合いでもなかったし、故意に視界に入りこむことはなかったし……
開き直ると存外気にならなくなったので「病院」に行かずに済んだ。
それから暫くは平穏な日々が……続かなかった。
ある日、それに変化が起きたのだ。
何か違和感が……と注視したところ「羽の生えた人型」へと変化していたのだ。
その姿は西洋の絵本などでよく見掛ける『妖精』そのもの。ただし光が妖精を形取っているだけで目や鼻は見当たらなかった。
蝶の様に長閑に舞い、金色の光りの粉を撒き散らしながら当ても無さそうに俺の周りを彷徨う光。
今回は鬱陶しさが増した。移動速度が増した為に視界に入る回数が増えたのだ。
だが代わりに眩しさの度合いは減ったし、視界から直ぐにいなくなるので結局は差し引きゼロといったところ。
さらに以前と同じく触れられず、意志を持っている様には見えずと、容姿以外は同じだったので今回も興味が失せた。
それから二週間後。視界に入り込んだ『妖精(仮)』が何気に気になったので見ると、今までいたヤツとは違っていた。
──容姿や色が変わってる。
ハッキリと分かる変化。
いつの間に化けた?
いや入れ替わった?
入れ替わったのであれば、以前いたヤツは何処へ行った?
そしてこいつは何処から現れた?
いくつも疑問が湧いてくるが確かめる手段が無い。なにせ意思疎通どころか写真にも写らない。
ならば「せめて変化は逃すまい」と少しだけやる気を起こして観察を再開。
すると三日後の朝に変化が起きた。
容姿が変わっていたのだ。
──何となく、だけど入れ替わっているんだよね? そんな気がする。
その後も観察を続けると最短で翌日、最長でも三日のサイクルで容姿が変わるのが判明。それ以外は変化なし。
そして初めて見掛けてから半年が過ぎたある日。
百を超えた辺りで数えるのを止めていた『妖精』がついに俺の前から姿を消した。
やっとこのおかしな現象が終わりを迎えたと安堵したのと同時にどこか寂しく思った。
久方ぶりの普通の日常。学業とバイトに精を出す日々。
だがそれも長続きはしなかった。
さらに半年ほど過ぎたある日。
道を歩いていたら空のペットボトルで後頭部を軽く殴られたような衝撃を受けた。
何事かと振り向けば『あの妖精』が驚いた表情で俺を見ていたのだ。
僅かな間、お互いに瞬きもせずに見つめ合う。
感情を感じさせる眼差しと表情。
そう「無」から「有」に変わったのと同時に、見た目が人と同じ造りに変わり「表情」までもが生じていたのだ。
目を通して伝わってくる感情。
コイツは今までとは違い「意思」を持っていると。
──もしかしたら会話が……
そう思い口を開こうとしたら、フイっと視線を逸らして何処かへと飛んで行ってしまった。
それからは『妖精』を見かける様になった。
中には見覚えのあるヤツもいたが、皆同じく俺に体当りをしてきて同じように驚き去っていく。
次第に鬱陶しくなってきたので一度避けてみた。
すると悔しがった様子……ではなく勢いそのまま直進し続け何処かへと消えていった。
この行為で新たな事実が判明した。
ぶつかったヤツは姿を見せなくなるが、避けた場合はぶつかるまで何度でも体当たりしてきたのだ。
──接触の有無?
なので手で払ってみた。
すると二度と現れなくなった。
すると徐々に遭遇率が減り、最近では殆ど見かけなくなった。
今出会った「妖精」は十日ぶり、なのだが今までと様子が違いどこか「慌てている」ように感じた。
「変な兄ぃ。大体ピチピチの現役JKの彼女に胸押し付けられながらデートしてるってのに「上の空」ってどーゆーこと?」
「どうもこうも? 俺には藤乃がいるし」
妹に手を出すほど落ちぶれてないし美人の彼女もいる。手は出せないけど……
「そう言えば藤乃さんは元気?」
「……ああ」
藤乃……遠野藤乃は俺と同い年の幼馴染であり親……が決めた所謂「許嫁」。
俺達の実家は神奈川県北西部のとある山奥の中。
俺の両親は以前は違う場所に住んでいたがとある縁で地元の大地主である「遠野家」が所有する空き家を紹介され移り住んだそうだ。
その後に俺と沙織、遠野家では藤乃が生まれた。
そして高校を卒業した俺と藤乃は「婆さん」の命令により家を出て、別々に暮らしている。
「大婆の目が届かないのをいいことに、毎日イチャついてるんでしょ?」
大婆とは藤乃の祖母。
実はコイツのせい? で一人暮らしをするハメになった。
「……フッ」
「何その余裕顔! 私がいないからって好き放題してないでしょうね⁉︎」
俺の返事が気に入らなかったのか、沙織が更に体を密着させてきた。
因みに合流直後から俺の片腕は大きな胸の谷間にガッチリとホールドされている。
──兄相手にそんなに胸を押し付けても意味ないだろうに……
とは口にしない。口にしないのは心地良いから、ではなく「各々の感情」を考慮して。
「お前な、俺が貧乏なの知ってるだろ?」
「イチャつくのに貧乏関係ないじゃん!」
「関係あるんだよ」
学費関連は奨学金で賄えるが、それ以外の家賃や水道光熱費、更に食費や交遊費は自分で稼がなければならない。
親が単なる地方公務員、というのもあるが、俺の上の兄姉達が「立派な前例」を作ってくれたので親を頼れない状況なのだ。
必然的にバイトを週六日入れなければやっていけれず、会うのはバイトの無い日曜のみ。
とは言え同じ学部に通っているので毎日合っているし、その辺の不満は少ない。
因みに藤乃は見かけ通りのお嬢様。親の仕送りで全て補ている。
「藤乃の祖母から釘を刺されてるだろ」
「…大婆? あーーそうだったね」
──あの婆さん、俺には厳しいんだよな……
藤乃の家は遠野家の「本家」で、祖母である婆さんと藤乃の両親そして藤乃の四人家族で子供は藤乃一人。
その遠野家は地元では有名な資産家であり、大きくはないが由緒正しい神社の神主でもある。
そんな名家の一人っ子なのだから「婿」には相応しい者を選ぶべきだと思うが、何故か俺が選ばれた。
それも婆さん……藤乃の祖母が独断で決めたらしい。
その独断に両家の親も賛同し、そこに藤乃も加わったものだから逃げ道はなくなった。
いや別に逃げる気はない。藤乃なら寧ろ大歓迎。
唯一気に入らないのは婆さんが決めた約束事。
「可哀想に、未だにお預けか」
そう、まさにそれ。婆さんが決めた事だから藤乃も素直に従ってるし。
「健全な男の子には辛いよね。ならボクが相手してあげなきゃね」
うんうんと呟いている。
いつものことだが俺に聞こえるように言ってくる。
──こいつも何を言ってるんだか……
俺と藤乃の実家は目と鼻の先のお隣さん。だが他のお隣さんは隣とは言えないくらいに離れていたので気軽に遊びに行けなかった。
なので家にいるときは常に一緒に過ごした。勿論藤乃と三人で。
その時の影響か、未だに兄離れが出来ずにいるようだ。
早く兄離れしてくれと思いつつ、いつもと同じく聞こえないフリで華麗にスルーするのだが今回はさらに突っ込んできた。
「ボクと御休憩……行く? それとも夜まで我慢……する? どっちがいい? なんなら両方でも」
「…………」
素直に目を逸らす。
「いいよ……昔みたくボクの身体を好きにしても」
「…………」
「ホレホレ~藤乃さんよりも育ってるよ〜」
確かに小ぶりな藤乃より二回りほど大きい? 感触。だが全体的な容姿色気は遠く及ばない……いやそうじゃない。
「俺がいつお前に手を出した? ってゆーか人前で悪ふざけも大概にしろ」
「い、イターー」
相変わらずな妹だったので、今度は素早くデコピンをお見舞いした。
「『凪兄に傷物にされた!』って藤乃さんに自慢しちゃおーーと!」
「ちょ、ちょーーと待て!」
アイツ真に受けるから!
11:30ごろ
鑑賞を終え出口に向かう。
「なあ沙織」
「うん、なんか忙しない?」
何故か順路を逆走する形で続々と人が出てきている。
また入り口ではチケット片手に入ろうとしていた客を職員が引き留め何やら話をしている。
我々の所にも職員が来て「本日は休館となりましたので」と急いで外に出るよう促された。
あらかた退館したところで新たに出てきた職員の一人が正面入口の扉に『本日は臨時休業致します』と書き殴り感漂う紙を貼りつけて鍵をかけていった。
「……えーーと」
「……運が良かった?」
今さっきまで館内は整然としていたけど……何があったの?
そこで妙な雰囲気を感じたので視線を周囲へ。
すると通りを走る車に変わりはないが、歩道にいた歩行者の多くは立ち止まってスマホを操作していた。
「なにかあったのかな?」
同じようにスマホを取り出し見てみると……
「あれれ? 繋がらないよ?」
検索画面が更新されない。
「……いやこれは皆が繋げようとして回線がパンクしてるんだな」
その証拠に電波表示は出ているし、更新中を示すアイコンが表示されている。
「な……んだアレ……」
場にそぐわない声が聞こえたので見ると、一人の男が手を翳しながら上空を見上げていた。
近くにいた者も男が見ている方向を見上げる。それが周りの人に伝染し、皆が同じ格好となる。
見上げた先。そこには「有るべきモノ」と「有る筈の無いモノ」が一つずつ。
有るべきモノとは当然だが太陽。
そして有ってはならぬモノ。それも太陽。
そう太陽が二つ、空に浮かんでいたのだ。
予定では今話で一度区切るつもりでしたが、文字数が一万五千を超えそうだったので分割することにしました。
なのであと二話ほど続けます。




