序章2
続きです
「よし、これが使えそうだ。〈ヒメ〉 これで紐を作って縛ってくれ」
例え相棒がいても両手が塞がった状態では正規軍の追撃を躱せない。なのでこの少女を俺の体に括り付けようと考えた。
だが持ってきたのは人を結わくのには適さないワイヤーロープのみ。何かないかと見回し目についたのが祭壇に敷かれてあった赤い模様が入った布だった。
「はいはい」
相棒の腰のホルダーには大きさが異なるサバイバルナイフが1本ずつ。その内の右側に下げられた刃渡り30cmの「チタン合金」の特製サバイバルナイフをホルダーから取り出した。
今回チョイスされなかった方のナイフは「タングステン合金製」でチタン製よりも一回り小さいが重さはほぼ同等。
この二つの製作にはそれぞれ高級外車並みの費用と一週間ちょいの時間を要した、完全オーダーメイド品で、財団に頼み込んで作らせた相棒の宝物。
どれくらいの愛着があるかといえば、ナイフの活躍の場がない仕事にも持ってくるほど。
因みに二つとも、特殊な工程を経て作られたのでシルバーではなくダークグレーぽい色合いをしている。
「……あ、ちょっと待て」
「?」
「使う前に一回拭いてくれないか」
俺には細身の「鉈」にしか見えない大きさ。それが暗闇でも分かるくらいに「黒光り」している。
ちょっとやそっとでは錆びないとはいえ気にしなさすぎ。普段手入れをしている俺の気持ちも考えて欲しい。
いや今はそっちじゃない。
「…….同じ赤だから目立たないと思うけど?」
「俺じゃない。この子のために」
「?」
「臭い」
俺達なら耐性もあるし汚れや臭いに利用価値を見出せるが、普通の子供にしか見えないこの子に現状を受け入れるのは無理というモノ。
指摘するとナイフに鼻を近付け、二、三回鼻を鳴らす。
それから僅かな間、考える素振りを見せた後、素直に布の端で綺麗に拭き取ってから布を切り裂いてゆく。
──だいぶマトモになってきたな。
この辺りは都度教えていくしかない。
目じりを下げながら作業を見守る。
程なく適度な紐が出来上がったので少女の両腕と両足を、そして体を俺の体に括り付けてもらい準備が整った。
「良し。先行してくれ」
「らじゃー」
改めて出口へ。外に気配がないのを確かめてから、来た道には向かわず茂みをかき分けて進む。勿論ルートを選びながら。
「ふりーず」
「!」
数百m進んだところで相棒が指示を出してくる。
「この辺が良いか。これ握ってて」
「ここで使い切るのか?」
「うん」
素直に立ち止まる俺に先程獲得した「認識票」を手渡してきたので相棒の「直感」を信じて受け取ると両手で握りしめる。
次に空となった相棒の手が俺の腰のポーチの中へ。何やらゴソゴソと漁り始めた。
そこから取り出したのは粘土型のプラスチック爆弾と起爆装置がワンセット。
それを慣れた手付きで素早く組み立てながら、10m程引き返したところにある大木の根元付近に生い茂った草の葉を使いトラップを作り上げた。
「これでO~K~」
「この辺りで良いか?」
「いーよー」
体温で暖めた認識票を足元に纏めて置く。
この作業は短時間でこの場に辿り着ける、厄介な者達向けの選抜試験。
判断基準は先ほど全滅した奴ら。
追撃者がその程度ならば追いついたとしても相棒には勝てないし、警戒対象にはなりえない。
その自信はどこから来るのか?
それは先程の結果が全てを物語っている。
つまり今のは後続の実力の見定める方法であり、今後どう行動するかの判断材料となる。
では具体的にどこで判断をするか?
それは「これ見よがし」に置かれた認識票だ。
ここまで来れた奴らは間違いなくこれに気付く。だが用心深い奴なら罠や待ち伏せを警戒し、真っ先に身を隠すだろう。
そこまでは誰でも同じで俺達が知りたいのは「その後の行動」をどう取るか。
大きく分けて三つ。
①身を隠すのに「最適なポジション」に設置されたトラップに引っかかり呆気なく爆死する。
②トラップを発見したことにより、さらなるトラップを警戒して「自ら迷宮に迷い込み」身動きが取れなくなる。または「見えない敵」に対し慎重になり過ぎて追跡の速度が落ちる。
最後の③だが確実性を求めるなら持てる最大の戦力を投入するのがセオリー。
つまり①②に引っかかるかどうかの見極めをしている。
そこから移動を始めて約5分後。後方からかなりの音と振動が。
「どう思う?」
妙な感覚を覚える。時限式爆弾の解除に失敗したような感覚。
「振動を二回感じた」
「ちっ」
──二回ってことは時間稼ぎにもならなかったか。
どうやら相当練度の高い者達が来たようで「最悪の展開」になりつつあるらしい。
これ程素早い決断を下せるのは米・英・フランスの「正規軍」くらいだが、プライドの高い英国が(偽装であっても)米軍上がりの傭兵を重要な任務に使うとは思わないし、傭兵側も雇い主を警戒し、更に慎重になる筈。
また英国より少しだけ劣るレベルのフランスは暗黒大陸ならまだしも、米国の裏庭である南米には手を出さない。
よって後続として待機していた奴らは米軍の正規特殊部隊となる。なら俺達の「存在と力量」及び「規模と人数」がバレたと思っていい。
これ以降は接敵は避けれないだろうし逃げ切れるかどうかは「運」次第。
相棒一人なら余裕で逃げ切れるだろうが俺達を守りながらでは共倒れとなる。
なので最良に転ぶのを期待して、相棒に俺のハンドガンを渡して後方を走ってもらう。
因みに今の爆発は、後続がトラップを発見した瞬間、そのトラップを「逆に利用しよう」と考えた。
即座にタイマー式か無線式の爆薬を「トラップにセット」してから追跡を再開。俺達を油断させるためにワザと間をおいてから起爆させたと思われる。
それを考慮した上での米軍判定だったがその証明として……
後方を走っていた相棒が「囮よろしく」との声を残し暗闇に同化してゆく。
──想定以上の速さ。寄り道していたら確実に呑まれる。
足取りを正確に読み取る相手に擬装は通じない。
ならば最短距離にて〈ミラ〉が待機している合流地点に向かうのがベスト。あそこに辿り着ければ中距離攻撃専門の〈ミラ〉が撃退してくれる……のだが合流地点はまだ五km先。
そして相棒と別れてから1分も経たずに後方から銃声が鳴り響く。
どうやら想像以上に迫られていたらしい。
──10分。
殲滅し、追いつくまでの時間。そう思い銃声から足早に離れてゆくのだが……途中で銃声が途絶えた。
早過ぎるとの違和感を感じつつさらに走ること三分。
「止まって」
後方から相棒の声が。
「はあはあ、どうした?」
随分と早いご帰還で。
「戦わずに撤退した」
「……お前がか⁈」
今年一番の驚き。
「違う。【デッ君】が」
「デッ君確定? 誘われたのか?」
「ううん。足並みも揃ってたし、予め決めてた撤退ぽい。だからコッチが心配になって追うのを止めた」
撤退?
「……どう思う?」
「今度のはかなりの慎重派だから……包囲を企んでいるのかも」
「ちょっと待て」
携帯端末の電源を入れ、軍事衛星の位置を確かめる。
「……普段通り」
俺達の直上に軍事関連の衛星は1機もいない。
「ならどうやって俺達の正確な位置を?」
相手の位置を正確に把握しておかないと包囲は成り立たない。そこにいる「かも」なら確信が持てるまでつき纏ってくる。
「高高度偵察機?」
「……だから〈ファントム〉から警告がなかったのか」
〈ファントム〉は軍事衛星の動きを常時監視している。勿論趣味で。
ヤバい事態になりそうな時は情報を流してくれるし、細工もしてくれる。
だが偵察機は「覗き見」の対象外。昔の有人機ならなんとかなるが、最近の無人機はハッキングや妨害電波対策をしっかりしているので手が出せない。
米軍は特にその辺りを徹底しており、重要な任務に着く機は、飛行前に有線にて各設定を行うし、飛び立ち帰還までの間は暗号化された特定のコードしか受け付けないし情報もほぼ一方通行と抜け目がない。
さらに夜間特化型のステルス性を高めた機種なら騒音も極限まで抑えられているし見付けるのはほぼ不可能と言っていい。
「ってことは手遅れか」
多分「ドローン」が俺達の頭上をハエのごとく飛び回り、遠方にいる部隊経由で情報を送っているのだろう。それなら相棒の考察にも合致する。
「「!」」
突然気配が。それも一方向からではなく周囲から。
(伏せて)
先ず一人が身を屈めながら相棒に向け飛び出てきた。
相棒が俺の頭を押すのと同時に特製ナイフを抜きながら、ナイフを突き出した男の攻撃をサラリと躱す。
体勢を崩しながらも空を切ったナイフが相棒を追う。だがナイフの切先が届く前に俺が渡しておいたハンドガンが火を噴いた。
(そのまま伏せてて!)
どうやら敵は銃を使わずに制圧したいらしい。
それを察した相棒が囮役を買って出てくれた。
相棒はその場に立つと両腕を広げ、ナイフとハンドガンの先を茂みに向け構える。
すると武器を向けた先の左右の茂みからナイフを構えた男二人が同時に飛び出し相棒に襲い掛かってきた。
それに対し左手に持ったハンドガンを、左から迫る男に向け「ノールック」で発射。
対して銃を向けられた瞬間にそれを予測していた男は、相棒の前方に向け大きく仰け反って躱す。
一方、右の男に対し、相棒は右手に持った相手よりも二回りは大きいナイフで難なく弾き手首を切り裂く。
更に相手の動きを利用しナイフを首元に流すとスッと切り裂いた。
右手の男の処理を僅か1秒程で終えると、起き上がろうとしていた男に、今度はしっかりと見据えてから一度だけトリガーを引いた。
「次が来る前に行こう」
「そうだな。だがその前に【首飾り】を取ってくれ」
「いいの?」
「それが奴らの目的だろう?」
「そっか」
そう、身に着けた状態だと奪い難い。争奪戦にでもなったら邪魔な首が狙われる。そうなる前に外しておこうと。
結び目を解きそーと引き離すと俺に渡してきた。それを左手で受け取ったその時、
……貴方達は?……
「!」
「?」
耳からではない声が聞こえてきた。
俺の「微妙な変化」を見た相棒は、敵が近くに来たと勘違いし周囲に目配せを始めた。
……ああ懐かしい……
続く声。
「だ、誰だ?」
「…………」
思わず声を出してしまう。
そして俺の発言を聞いた相棒は息を潜めて耳を澄ます。
……ここは何処?
「…………お前か?」
後ろを見ようとするが密着しているので顔は見えない。
そこで事態を察した相棒が俺の背にいる少女を覗き見た……が「どしたの?」といった表情で俺と少女を交互に見やる。
「寝ている?」
「うん。気持ちよさそうに」
と言って少女の顔に手で触れる。
……ここは何処?
「!」
今度は相棒にも聞こえたらしく、とてもレアな目で驚いている。
……お願い……私を皆のところに……
「皆? 何処へ?」
……皆がいる国……
「「国?」」
……私達の国……帰らないと……
ガサ
「「‼︎」」
音で現実に引き戻される。
どうやら相棒までもが聞き入っていたらしく、二人揃って音がした方を見てしまった。
既に左前方から俺に対してサバイバルナイフを振りかざしながら男が接近していた。
ここで大きなミスを犯してしまう。
普段ならそんな見え透いた手には乗らないが、頭の切り替えが間に合わず意図に気付けず反射的に「後方に」仰け反ってしまったのだ。
正面から馬鹿正直に迫るナイフ。
背にいる少女が気になり妙な体勢で倒れてゆく。
切っ先と俺との距離が1mを切ったその時、俺の右側から相棒が割り込んできた。
ナイフを持った腕を右手に持ったチタンナイフで切断。
さらに男の勢いを利用し右腕の下から左手に持ったタングステンナイフを下方から男の喉元にめり込ませた。
そのまま男の勢いを体を張って受け流す。
シュツ……
俺の手から奪い取られた直後に遠ざかる足音。そこでやっと「仲間を使った単純な罠」に引っかかったと気付く。
「チッ!」
珍しく感情の乗った声を出す相棒。俺が振り向く前にナイフを投げていた。
「グッ!」
喉の奥から絞り出す様な呻き声。
見れば男の背中のど真ん中にチタンナイフが柄付近まで深々と突き刺さっていた、が倒れながらも「何か」を投げる素振りをする。
その男の先には……もう一人おり「何か」を受け取る仕草をすると背を見せ一目散に走り出した。
「……何で逃げるの?」
背に刺さったナイフの回収に向かいながら相棒が呟く。
「すまない。やられた」
「?」
「首飾り、持っていかれた」
「追う?」
「……いや止めとこう」
問題は二つ。奴らにとっての【首飾り】の価値とこの子の存在。
後続の奴らは銃器を使わなかった。
目標を傷付けたくないから……初めはそう思っていた。ただ奴らの腕前なら首飾り程度、当てずに済ませられるだろう。
にも拘わらずに打たなかった理由が実はこの子であり、この子も目標の一つなのではないかと。
だが首飾りだけを奪っていったところを見るにその推測はハズレ……なのかもしれない。
まあ他に理由はあるのかもしれないが今の俺では思いつかない。
……ではこの子をここに残して追いかけるか?
答えはNO。そう思わせておきながら実はこの子が本命、の可能性も捨てきれない。
もしそうなら今の戦闘からも分かるように、俺一人ではこの子を守り切れない。
判断材料が少なすぎる現状。迷った時は「実」を取る。なら選ぶ道は一つ。
「まあ、相手が悪かった。五体満足な内に引き上げようか」
決して無理はしない。
俺達は「トレジャーハンター」であり傭兵ではない。
命あっての物種だ。
今は子供の命が救えたと喜ぶことにしとこう。
「はいはい。では今回はタダ働き?」
「……いやそうはならない」
「根拠は?」
「勘。まだ続きがある気がする」
「ふーーん」
「ボーナスは出ないだろうがな」
「〈ファントム〉の頭にツノが生えそう」
「止めてくれ。想像したくない」
ここまでで俺達が失ったのは時間だけだ。
その後、ゆっくり合流地点に向かうこと二時間。
突然地対空ミサイル? らしき飛行音が聞こえたので身を隠しながら空を見ると遥か上空で真っ赤な火の玉が出来ていた。
「あれ〈ミラ〉じゃない?」
「ああ。お前の推測が当たったな」
更に30分歩き合流ポイントに到着。
迷彩服を着た女が出迎えてくれた。
「あらやっと到着〜? 遅かったじゃな〜い」
「悪い。待たせた」
この誰もが羨むモデル体型の美人が〈マリー〉
普段は露出度が高い服装だが、今は任務なので迷彩服を着ている。
「何かあったの〜?」
「とんでもない奴らに遭遇した」
マリーの隣で寛いでいるのが〈ミラ〉
彼女の見た目は十代半ば。だが中身は立派な大人の女。
この二人とは付き合いが長い。
「とんでもない奴ら?」
「誰?」
二人が首を傾げる。
「デッ君」
「「デッ君?」」
「デルタフォースだ」
「「……へ?」」
「獲物を横取りされた」
簡単に説明をする。
「えーーと、撃ち落としちゃった……けど?」
「それは問題ない。奴らの自業自得だ」
目的のモノを手に入れたのだからサッサと撤収すれば良いものを欲をかくから撃ち落とされた。
「私の方は~?」
「そっちは米軍とは無関係だろう」
「良かった~。で、その子は〜?」
そういえば背負ったままだった。
「分からん」
紐を解き装甲車の後部座席に寝せる。
「「……はい?」」
「目標を身に付けてた」
「なんだ、あたしゃてっきり〈ケン〉の好みだから攫ってきたのかと」
「あら〜? 私という女がいるのに〜浮気するつもり〜?」
「攫うか! それとマリー、お前は男だろ!」
「あらあら〜私に欲情したからって興奮しちゃダメよ〜」
事実を指摘したが相手にされず。
「はあーー。兎に角作戦は失敗だ。撤収しよう」
腰に巻いたベルトを外し、ポーチを荷台に置く。
「もう撤収? あたしゃ今回ハエを撃ち落としただけかい? もうちっと打ちまくりたかったわ」
ミラが肩を落として項垂れる。
「この子がいなかったら暴れられたんだが」
「残念だったね。私は運動してきたよ」
「「いいなーー」」
マリーまでもがヒメに羨望の眼差しを向けている。
「和むのは後にしろ。撤収だ」
「「「了解」」」
優が待つプライベート空港に向かった。
「おつかれさまです」
何故か水着で出迎えられた。
「その格好」
訝しげな眼差しのヒメが尋ねる。
「え? あー待っている間、プールを借りていたので」
「「「プール?」」」
「この空港の元持ち主のを。で成果は?」
「すまない。奪われた」
「……首飾り?」
「ああ」
「一つ教えて下さい。誰がその子から外したのですか?」
顔から笑みが消え真顔に変わる。
「ヒメ、だが」
「そうですか」
「やはり黙っていたのか」との愚痴は今は言わずに我慢する。ただ文句を言われるかと思ったが、今では機嫌が良さそうに見える。
「ウフフ、手間が省けました」
「手間?」
「ええ。ミッションクリアです」
マリーの腕の中で寝ている少女を見ながら答えた。
そこでヒメが言った「試験」との言葉を思い出す。
「ん? 何か? 皆さん目が点になっておりますが?」
「い、いや首飾りがね」
「奪われたのよ~?」
調子のおかしい優? にミラとマリーが引き気味に尋ねる。
「私、言いましたよね? 『完全な形での入手』と。なので構いません」
「「「…………」」」
全員頭の上に「?」が浮かび上がる。
「詳しい話は機内で。用も済みましたし帰りましょう」
帰路の太平洋上空。プライベートジェット機内。
順番にシャワーを浴びた後に軽く食事を取った。各々がファーストクラス並みのシートで休んでいる時に、区切られたスペースにて優と向き合う。
「説明してくれるよな?」
「勿論。今後の契約も含めて。でもその前にご提案があります」
「?」
「現時点から三年間、我々財団と専属契約を結んで下さい」
「メリットは」
「無制限の資金援助、及び必要な機材の提供。そして対等な関係」
「弱いな」
最初の二つは今回と同じ条件。だが結果は見ての通り「利用された感」が否めない。なのでこの程度では信用できない。
「では……【事情】もお付けします」
「…………」
知りたければ契約しろと? いや契約しない限りは教えないと。
「……信用できませんか?」
「…………」
「では……これならどうでしょう」
A4サイズの封筒を取り出し見せてきた。
──調査報告書?
「……ヒメのか⁈」
「はい」
「……分かった。取り敢えずは話を聞こうか」
いつもこれだ。断れない環境にしてから交渉してくる。
「ありがとうございます。では【事情】の説明の前に、長期契約の概要から始めても?」
「続けてくれ」
「はい。主に二つ。人……の捜索とある人物の護衛」
と一人の青年の写真を見せてきた。
「……ん? コイツは……」
「ええ」
どこかで見かけた記憶が。確か……と優を見ると「その推測は正解」と暗い雰囲気で軽く頷いて見せた。
「……何か事情がありそうだな。それより捜索ってことは今度は探偵の真似事をさせる気か? まさか同時進行しろとは言わないよな?」
「いえ、護衛は捜索の後となります」
「ならいい」
人数が少ない零細企業故の悩み。
条件によっては二十四時間、交代で監視に当たらなければならない。
「捜索は海外も対象?」
「いえ、国外は今回の一度きり」
「……分かった」
国内なら不安は少ない。
「……詳細を聞かないので?」
「どうせ断れないんだろ?」
「いえ、拒否していただいても構いません……が」
「が?」
「拒否されたら私が困ります」
「…………」
また痛いところを。
「洋人」
「?」
「ここから先は他言無用。守れる?」
「……ああ」
「では先ず【事情】から説明するわね。その前に【首飾り】は気にしなくていい」
「?」
「アレ自体にもう効果はない。今はただの骨董品」
「効果?」
「そう効果。重要なのは【首飾り】を「誰の手で外すか」だったの」
「……日本人でないと意味がない、だろう?」
「その通り。だから【首飾り】の回収依頼を貴方にしたのよ」
「一つ聞いていいか?」
「?」
「今の言い分だとあの子があの場にいたのを知っていたんだよな?」
「……勿論」
「もし俺達が……いやなんでもない」
考えたくもない。口にしようとした自分を恥じる。
「言いたいことは分かる。だからこそ貴方達を選んだのよ。必ず期待に応えてくれるって」
だろうな。見事期待に応えちまったよ。
「もう一つ教えてくれ。何故米軍がいたんだ?」
「端的に言えば私達の計画を「阻止」するため。それを説明するには先に【事情】を教えないと」
「では教えてくれ」
「「……………………」」
「というわけ」
「その話は俺でも知っている。でそんな突拍子もない説明で納得しろと?」
「信じる、信じないの問題じゃない。我々は限られた時間内で全ての準備を終える必要がある」
「期限は?」
「凡そ二年」
「……二年。二年後に何が起きるんだ?」
「それは誰にも分からない。唯一伝わっているのは『神の御心を受け継げなかった人類はこの世から消え去る運命』という部分だけ」
「随分と曖昧な言い伝えだな」
「その気持ちは理解出来る。でもね」
「いや……今回の「任務前」ならいざ知らず、今は疑ってはいない」
「どうして?」
「実はな、声……を聞いた」
「声?」
「ああ。俺だけでなくヒメも」
「…………」
「あーーそうか、日本人だから聞けたのか。今の話を聞いたから納得したのか。」
「……まさか「あの御方」の声を?」
「それで『帰りたい』ってか。成程なるほど。なんとなく分かってきたぞ」
「ちょ、ちょっと一人で納得しないで詳しく教えて!」
「分かった。俺も日本人の端くれ。親類の頼みは断れない」
「じゃ、じゃあ受けてくれるの⁈」
「ああ。契約書を用意してくれ。それと俺から条件を一つ」
「?」
「契約金ははずんでくれ」
「……フ、フフフ。分かった。よろしくね、洋人」
「ああ、任せろ」
それから二年後の東京。
某日7:00
この日の日本は全国津々浦々、清々しいほどの秋空であった。
主要なターミナルでは祭日にも関わらず仕事に向かう者は途切れない。
それは高度成長期やバブル景気を経験してきたこの国の普段と変わらない、何十年と繰り返されてきた在り来たりな光景。
だがそんな在り来たりな日常に人知れず異変が起きていた。
国家機能が集中する地区の遥か上空、成層圏のさらに上の真空空間で。
静かで暗くて寒い空間。そこに突然、小さな光が出現した。
光り輝くビー玉程の大きさの「特異点」から漏れ出る、小さすぎて地上からは捉えられない大きさと淡い光。
この光は電磁波計測機器では捉えられず、人の目を通さなければ見えない光。
なのでこの国にいる大半は変化に気付けなかった。
だがその光の存在に気付いた者達がいた。
その中の一人は高層ビル群から僅かに離れた、日本国内では最大の大きさを誇る某大使館の中にいた。
この大使館もこの国の決められた休日に沿ってシフトが組まれている為か、建物内に居る職員の姿は多くはない。
その中のさして広くはないレストルームで、一人の中年の男がドリップコーヒー片手に外を眺めながら、普段と変わらぬ穏やかな朝の一時を過ごしていた。
ここで男のスーツのポケットに入れてあったスマホ(のバイブ)が作動し、唯一の楽しみの時間が邪魔され不機嫌な表情に変わる。
不満を表情だけに押しとどめ、スマホを取り出し画面の表示を見る。そこに表示された文字を見た途端不満は何処へやら、一瞬で真顔へと変わった。
「…………what? …………ok」(…………何? …………分かった)
一方的に話す相手に二言だけ答えてから通話を切る。通話自体は十秒も掛かっていない。
そのまま素早く操作し、何処かへと掛け直す。スマホを耳に当て待つこと約二十秒。
「……presidential aide? concern became the reality。…………yes…………as planned」(……補佐官ですか? 懸念が現実となりました。…………はい…………手筈通りに)
先程とは異なり終始丁寧な口調で通話を終えると、再度何処へと掛け直す。
「…………evacuate to 『ATSUGI』 temporarily……hurry arrangement of the movement!」(一時的に「厚木」に避難する……移動の手配を急げ!)
今度は命令口調で通話を終えると、右手にコーヒーを持っていたことにふと気付く。数回瞬きをした後にゆっくりと一口飲み、窓から見える空と大通りに目を向ける。
そのままスマホをしまい、半分まで減ったコーヒーを飲まずに机に置くと僅かな時間、景色を眺めながら思案に耽る。
──都心に近い司令部より海軍の方が色々と動き易い。混乱する前にここから離れないと。
今日は休日。この時間帯ならまだ渋滞は起きていない。だが『事』が表面化すれば国民性から其処彼処から興味本位の野次馬が集まり混乱に拍車が掛かって身動きが取れなくなるに違いない。
巻き込まれる前に最低でも【中心点】から半径約10Kmは離れておかないと。
──奴らも既に動き出しているはず。
我々が把握しているだけでも三つの国と二つの組織が暗躍しており、どいつも一筋縄ではいかない相手。
だがコイツらの「目的」は共通だから対処は出来る。
それより厄介なのは【血】の存在。これだけは人の手では如何ともし難く、外部の者が干渉すれば問答無用で世界が消滅するとのこと。
この難題があったからこそ、我が国は手厚く「保護」をしてきた。
だがそれももう直ぐ終わる。
これから相対そうとしている『神』は、数ある神話の中でも「異質」な言い伝えが残る、我々の理解が及ばない存在。
そんな神を崇め奉っているにも拘らず、他の神の教えにも理解を示す国民性にも理解は出来ない。
ここで背広の腹部ポケットから透明なビニール袋を取り出すと、中に収められた【首飾り】を冷めた眼差しで眺める。
そして大きなため息を一つ付いてからポケットに戻した。
──『最後の神』か……我が合衆国の、いや人類の繁栄の為にも無難に退場してもらわねば……
右手で上から下へ、左から右へと最小の仕草で十字を切り、己が信ずる神に祈りながら大使館を後にした。
この数時間の後。
都心から半径五km圏内全ての人工物が一瞬で消滅、元の「在るべき姿」へと戻った。
次話から本編がスタートします。
*英語ですが合っているか自信がありません。なにせ学校を卒業してから使う機会がなかったもので。もし間違っていたらご指摘願います。(英語は今回で最後)




