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果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて  作者: こんぎつね
1章 冒険の始まり
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任務完了の報酬

【前回までのあらすじ】


果樹園の農夫ロス・ルーラは収穫した果物をブレンの街へ出荷するために馬車を走らせていた。その途中、強力な魔獣に襲われる。応戦しようと式紙(しきがみ)を手にするロスだが、森の中からひとりの魔法使いの少女ライスが現れ、ロスを助けてくれた。ロスは少女に街までの護衛を頼む。ライスが望む報酬は腹いっぱいのご馳走だった。

◇◇◇

 コーグレン領ヴァン国は広大な領土を保有し、多彩な農作物を産出する代表的な国家だ。


 中央都市ハーゲルから東西南北に郊外型の街が分布している。

 

 そのひとつが東に広がるブレンの街だ。


 ヴァン国は中心部の街ほど、富裕層も多く暮らしは豊かなのだが、このブレンの街もなかなか頑張っている街だ。


 農作物の交易が盛んなため、ブレンの街には他国からの冒険者の依頼が多く集まるのだ。


 その為、農作物のほかにも冒険者たちの武器や薬、それに世界の変わった発明品なども売られ、街は活気づいている。



 ブレンの街に向かう途中、ロス・ルーラは既に4組の冒険者たちを見かけていた。

 

 今日は冒険者たちへの仕事依頼が貼りだされる公示日なのだ。


 「ロスさん、よかったね。街に暗くなる前に着きそうだよ」


 「ああ、そうだな。こいつらが魔獣ザラキに食べられなくてよかった」


 魔獣ザラキに追われたときに馬車から放した馬たちは森に身を潜めていた。


 闘いが終わりとロスの口笛を合図に戻って来てくれたのだ。


 「賢いんだね、この子たち」


 「ああ、そうだな」


 「あ、あのさ、結局、馬車も無事で、その.. 途中、魔獣もあらわれなかったね」


 ライスは言いにくそうに、少し諦め加減でうつむいてボソリと呟いた。


 「そうだな。君を馬車に乗せて街に来ただけだったな。その間に君は桃を結構食べていたな」


 「えへへへ.. すいません」


 「 ..ところでまだ腹に飯は入るんだろ?」


 「え? いいの?」


 「君が馬車の中から気を張り巡らせていたのはわかっていたよ。君はちゃんと仕事をしてくれた。その報酬を払うのは当たり前だよ」


 ライスの表情が明るくなった。そして腹が鳴ったのを咳払いしてごまかしていた。


 街に到着すると、まずは果物協会へ収穫した桃を運び入れた。


 検査員が重さを計った後、品質によってレートが決まり、貨幣札が渡される。


 それを札商店に持って行き通貨に交換して取引は終了だ。


 ・・・・・・

 ・・


 ブレンの街には食堂が2つしかない。


 ひとつは領地中央の富裕層が利用するレストランとそうではない者が使う食堂だ。


 ロスたちが入ったのは当然、そうではない者が使う食堂だった。


 「ねぇ、本当に何を頼んでもいいの?」


 「ああ、約束だからな」


 「私、結構食べちゃうよ」


 「今日は果実が予想よりも高値がついた。遠慮しなくていい」


 「そ、じゃ遠慮なく」


 ライスはメニューから好きな料理を選んでは、声を弾ませて注文した。そのうれしそうにはしゃぐ声が他の冒険者の気を引いてしまった。


 「うるせぇな! と思ったらライスじゃねぇか。お前、前に言われたこと忘れたのか?」


 「あっ、ダァス..」


 「そうだ。ダァスさんだ。火の魔法しか覚えられないお前が俺の名前だけはしっかり覚えてたな」


 — ギャハハハハ —


 周りの冒険者が笑い立てる。


 「うん。私、人の名前は忘れないんだ」


 ライスは自分が馬鹿にされているのに気が付かずに真面目に答えを返していた。


 「そうか、そうか。馬鹿なお前でも取り柄があってよかったな。その少ない脳みそがフル回転だな」


 「へへ。まぁね..」


 さすがにライスも自分が馬鹿にされていると気が付いて、苦笑いをしていた。


 「君たち! 悪いが、私は今、この女性と食事をするために来たんだ。君たちも自分のテーブルに戻ったらどうだ?」


 「ロスさん..」


 ライスは自分のせいでロスにも迷惑をかけていることを気にしていた。


 「ああ、ロスだ? 果樹園やってる農夫か。誰のおかげで魔獣に襲われずに果樹園やれていると思ってるんだ! ああ?」


 ダァスはロスの胸ぐらをつかんでいきり散らす。


 「や、やめてよ! ロスさんは関係ないんだから」


 「うるせぇ! お前はだまってろ」


 —ドカッ

 

 「きゃっ!」


 ダァスがテーブルごとライスを蹴とばした。


 「さぁ、ロスさん、この馬鹿女とお楽しみの所悪いが、ちっと面貸してくれないか」


 「いやだね。俺はこれからライスと楽しく食事をするんでな!」


 ロスは潔いほどきっぱりと断った。


 「ああっ! てめぇの趣味の悪い女遊びのことなんか聞いてね—」


 その時、ロスとダァスの顔の間に翠の弓矢が通り過ぎ、柱に突き刺さった。


 その衝撃は店全体を揺らすほどだった。


 「わわぁあ!」


 ダァスが驚きに腰を床に落とした。


 『ねぇ、あなたたち、さっきからうるさいんだけど。私の耳は人間より大きいの。もう少し静かにしてくれない。それとも永遠に黙る?』


 気配もなくダァスの耳元まで近づいた女はエルフ族だった。


 「ア、アシリアだ! 氷のアシリア!!」


 アシリアの姿を見るや、多くの者が慌てて食堂から逃げていった。


 彼女の名前はロスも良く知っていた。


 「 ....」


 アシリアは少なくなった店内を見渡すと、ひとり、自分の席について食事を続けた。


 彼女は冒険者ではない。『殺し屋』だ。


 『氷のアシリア』それは人間界での二つ名だ。


 しかし、ロスが森の精霊たちから聞く二つ名は『恥さらしのアシリア』だった。

 

 彼女は依頼があれば人間、動物、または精霊までも『ルースの矢』で射貫くのだ。


 元来、エルフ族は人間との関りを嫌う種族。


 それが人間の金に目がくらんで同族の精霊までも殺すアシリアは森の恥なのだ。


 自分たちとは次元の違うアシリアの登場にダァスは腰を抜かしていた。


 その氷のようなアシリアの冷たい眼差しにダァスは小便をちびらせてしまった。


 「君のおかげで助かったよ、礼を言う。ありがとう」


 ロスはアシリアの席へ行き、丁寧にお礼を伝えた。


 「別に.... ただうるさかっただけ。それよりあなた、なぜ—」


 「ありがとうぉ」


 いきなりライスはアシリアに抱き着いた。


 街の人々が慌てて逃げる『氷のアシリア』にライスは、物おじしなかった。


 しかし、それを呆れながらも嫌がらないアシリアの姿を見て、ロス・ルーラは『この時代もおもしろいかもな』と思った。

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