#067 『夢幻回廊』 知恵の間 Ⅲ
次の部屋に進むと、今度は狼の魔物が二体。
リリスさんは相変わらず鉄壁で『不動』に相応しい戦い方で完全に封殺してみせ、オウカさん、カレスさんが体系化して覚えたという魔法で仕留めた。
元々結界魔法と治癒魔法を持っていた二人が、今までは使えなかった魔法を使い、ゲームやアニメさながらに魔法陣を浮かび上がらせて魔法を放ってみせた。
その姿に視聴者も大きく盛り上がり、魔法が使えるようになる時代が来るのだと改めて告げる。
うん、なんかこう、凄い。
一度は夢見たものが、今どんどん私たちに近づいてきているんだって実感する。
私も早く魔法を使いたい。
ともあれ、戦い自体はそんなパフォーマンスをする程度には余裕をもってあっさりと終わったので、それぞれに部屋の中を調べて行く。
途中、エレインちゃんが全部の襖を開けっ広げにしようとしたみたいだけど、一箇所の襖を開くと他の襖は開かない仕組みになっているらしく、ガッカリしつつ灯籠の上の彫刻を確認する方向にシフトしていたのが印象的だった。
私も少しやりたかったから、エレインちゃんグッジョブ。
「こっちはまた猪だな」
「こっちはウサギだー!」
「こちらはどうやら馬のようですね」
「ネズミ、ですね」
おにぃ、エレインちゃん、オウカさん、リリスさんがそれぞれの灯籠の笠に置かれた彫刻を確認して報告してくれる。
うんうん、コメントの人たちも確信したって感じみたいだね。
「あれ、これってもしかして……」
「カレスちゃん、気が付いた?」
「は、はい。あの、この彫刻、最初の部屋の狐は全部統一していたので除外します、けど、多分、十二支、ですよね?」
「そうなんだよー。ちなみに視聴者さんのコメントではさっきの部屋で干支とか十二支って何人かの人がコメントしてたんだけど、私はそのコメント見ちゃってそれ以外に見えなくなっちゃったんだよね」
「なるほど、言われてみればそうですね」
さっきの部屋にあった彫刻が、巳、猿、亥、丑。
この部屋は亥、卯、午、子。
どれも十二支に該当するし、ここに狐が置かれていた最初の部屋はギミックの対象外だと考えられる。
カレスちゃんもそこに行き着いたのなら、多分この共通点は正解と考えていいはず。
でも、まだギミックが完全に解けたとは言えないんだよね。
彫刻の向きもバラバラだし、十二支だからって言われても進む方向が判らないしね。
「十二支か。そういや、さっきの部屋の魔物は寅だよな?」
「あ……! 今のは狼だったけど、もしかして戌?」
「そっかー、犬と狼って一緒だもんなー!」
犬と狼……うん、確かにあんまり変わらないかも。
でもそれ言ったら豚と猪もそうだよね……豚って猪の品種改良だって何かで読んだ気がするし。
「十二支って、ねーうしとらうーってヤツだよなー? どんな順番だっけ?」
「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥だったな」
エレインちゃん、助かったよ……。
私も『ねーうしとらうーたつみー』からうろ覚えだったよ……うん。
おにぃ、よく知ってるね……。
「一部屋目の灯籠が巳、申、亥、牛、そして魔物の寅。丑と寅で並び合ってますね」
「こっちは灯籠が亥、卯、午、子、そして魔物が戌。亥と並び合っています」
リリスさん、見た目まんま外国人っぽいのに詳しいんだね……。
それに答えるオウカさんは……うん、オウカさんだもんね、詳しくても全然不思議じゃないや。
「並びあったものが出るのが偶然、とは考えられませんね……。何か意味があるような……――ふにゅっ」
「なーカレスー、ペアってことは当たりってことじゃないのかー?」
「当たり?」
カレスちゃんの後ろからエレインちゃんが飛びかかって抱き着いて、可愛い声が漏れるカレスちゃんを他所にエレインちゃんが言ってきた言葉に訊ね返せば、エレインちゃんはカレスちゃんに抱き着いたまま私に目を向けた。
「うん、当たりー。つまり当たりの彫刻が向いてるとこが正解ってことなんじゃないのかなーって」
「そっか。それなら行き先も絞れるかも!」
「ですが、彫刻が当たりを示していると仮定すると、そちらの亥の彫刻は壁を向いてしまっていますね……」
「え……」
リリスさんに言われて亥の彫刻を見ると、真っ直ぐ部屋の角に向かって顔を向けていて、部屋の中心側から見るとこちらにお尻を向けている形になっていた。
「ダメかぁー……」
「でも、彫刻が向いてる方向が何かに関係していないとも思えないんだよな」
向いてる方向かぁ。
確かに、もともと彫刻なんて現れなかったのに出るようになったんだし、それぞれの種類も違うんだとしたら、きっと向いてる方向も何かの意味を持っていてもおかしくないよね。
「あれ?」
「ん、どうした?」
「ちょっと一回、さっきの部屋に戻ってもいい?」
「あぁ、そういえばそれも検証するって話だったよな。俺はいいぞ」
「こちらも構いませんよ。思いついているのなら試してみましょう」
おにぃとオウカさんが代表して返事をしてくれて、他のみんなも頷いてくれるので、私たちは一度先程の部屋へと戻る事にした。
一つ前の部屋に戻っても、オウカさんに聞いた通り魔物は復活しないみたいだった。
彫刻も変わっていないし、どうやら彫刻の向きも一緒みたいだ。
……やっぱり。
「みゅーずさん、何か思いついたことが?」
「えっと、この部屋の魔物は寅でしたよね。十二支の順番でいうと、寅は丑、卯と隣り合っていますけど、この部屋にウサギの彫刻はないですし、隣り合っているのは丑だけになります。で、さっきおにぃが教えてくれた十二支の順番が関係してるんじゃないかなって」
「順番?」
「うん。子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。寅は丑の次の順番だよね?」
「あぁ、そうだな」
「オウカさん、十二支で時間が示された時計ってありましたよね?」
「そういえばありましたね。順番でいけば子が十二時。兎が三時、午が六時、酉が九時だったはずですね」
やっぱり。
私も実はそういう時計があったっていうのは和風の古い時代を舞台にしたゲームで見た事があるんだよね。
「でね、この彫刻の向いている方向を十二時と考えて、寅の方角、だいたい二時半方向を向くと……」
「おぉ、ここの襖だ!」
「うん。偶然だけど私たちが進んだ襖は正解だったんじゃないかな。だから、この考え方で次は亥の彫刻から見た戌方向――つまり十時半方向。そっちにもちょうど襖があるの」
「わぁ……、すごいです、みゅーずさん!」
「なぁ、別にイチャモンつけようってんじゃないんだが、彫刻の向いている方向が十二時とは限らないんじゃないか?」
カレスちゃんが賞賛してくれる横からおにぃが声をかけてきた。
うん、実はそうなんだよね。
だからあくまでも仮説だけど、と付け加えて私は答えた。
「おにぃ、十二支がどうしてあの動物たちで、あの順番なのかっていうお話は知らない?」
「いや、知らん」
ありゃ、おにぃは知らないんだね。
てっきり順番通りに言えるから詳しいのかと思ってたよ。
「十二支が決まった理由となったお話の始まりってね、神様が動物たちにお触れを出したところから始まるの。新年の挨拶をしに来た者から十二番目の者までは、それぞれ一年の間、動物の大将にしてやろうみたいな事を言ったとか。まぁ言い回しやお話はいっぱいあるんだけど、だいたいどれもそんな感じなの。それでね、動物たちは新年の挨拶に我先にって向かって、最初に着いたのが十二匹の動物たちが十二支なんだよ」
「なんだそりゃ。十二支ってそんな話だったのか?」
「そうですね、確かに十二支のお話はみゅーずさんの言う通りです」
私も十二支をモデルにしたアニメとか見てたから知ってたんだけどね。
多分オウカさんみたいにしっかりとした知識として学んだ訳じゃないけど、そこは触れないでおこう、うん。
「うん。でね、私たちは知恵の間の先、ダンジョンの奥を目指してるでしょ? 十二支はお話の中でみんなが誰よりも早く神様のところへと向かっていた。ある意味、私たちと十二支の動物たちは一緒ってことを言いたいんじゃないかなって」
「あー、なんだ。つまり、目的地に向かって進む俺たち侵入者と、神のもとへと向かう動物たちを重ねているということか?」
「うん。で、動物たちは本来、同じ方向に向かってるはず。でも、この彫刻たちの向きはバラバラになっていて、それが多分私たちの知恵を試す罠だったんじゃないかな。どれか一つだけが正しいけど、それを選ぶための唯一のヒントはこの四つの彫刻と、出てくる魔物だけ。他には何もないですよね、オウカさん?」
「はい。他は一切変わっていませんよ。ご丁寧に天井の模様まで一緒です」
「え、そんなトコまで見てたの?」
「……些細な変化を見逃すまいと、何度か来ている際に確認していましたので。その時とこの天井は何一つ変わっていませんから」
「ア、ハイ」
うん、なんかごめん。
あまり触れない方が良さそうな話題だったと気が付いて、私は一度軽く咳払いをして続けた。
「でね、十二支の動物たちは、一番前を歩く丑と、その頭の上の子のいる方向を向いているはず。だから、正しい彫刻が向いているべき方角は十二時方向。で、隣り合っている十二支が当たりだとしたら、その動物が向いている方向こそが正しい十二時の方向になる。だから、そこから見た時の方向で寅だったら二時半方向、戌だったら九時半方向の位置にある襖が正解なんじゃないかなって」
「なるほど、考え方は合っているかもしれませんね……。もしかしたら、私たちは魔物となって『部屋に留まる十二支の代わりに進め』という事かもしれませんね」
「……あ、そっか! すごいですね、リリスさん! 私、当たりと進む方向しか考えてなかったので、そう言われてすごいしっくり来ました!」
そっか、そういう意味だと考えると自然だ。
すとんと腑に落ちたような気がして思わずリリスさんに抱き着こうと飛びつくと、リリスさんは最初は驚いたように目を丸くしていたものの、ふっと目を細めて微笑んで私を受け止め、支えてくれた。
「いえ、むしろそこまでの考えに結びついたのは、みゅーずさんの推測があったからこそですよ。すごいのはみゅーずさんです」
「は? なにこの子、天使か?」
「え?」
「あ、ごめんごめん。つい私の中の内なる声が漏れちゃっただけ」
危ない危ない。
こんな天使に私のヲタ感を知られてしまうのはちょっと耐えられない……。
~おまけ~
ルオ「へぇ、絽狐、合っているのかい?」
絽狐「うん。ある意味合ってる。でも、まだ足りない」
ルオ「足りない、ねぇ」
絽狐「及第点ではある。でも、知恵の試練がそれだけとは言ってない」
ルオ「あぁ、なるほどね」
絽狐「ルオだったらどうしてた?」
ルオ「空間ごと斬ってるんじゃないかな」
絽狐「……意外と脳筋」




