#065 『夢幻廻廊』 知恵の間 Ⅰ
「おぉ、庭園でも思ったけど……ザ、和風……」
第三階層に入った私――鹿月 美結――が配信用のスマホを構えながら呟けば、コメント欄では今更だのなんだのとツッコミが入り、ついつい笑ってしまう。
でもなぁ、予想通りのツッコミとは言え、たまに湧いて出てくる「今までもそうだったじゃねーか」だの「見りゃ分かるだろ」だの、なんか偉そうな言い方だったり命令形の物言いになるようなコメントをする人はやっぱり好きになれないなぁ。
おにぃがそういう言い方するのは分かるけど、親しくもない人にそんな言い方されて面白い訳もないし、普通に失礼だよ、まったく。
ともあれ、いちいちそんな人を気にしててもしょうがない。
よく「親しみを込めた気安さと礼儀知らずを履き違えているような人間にはなるな」ってお爺ちゃんも言ってたし、私は気をつけなきゃ。
八畳程度の座敷部屋。
正面と背後にあるポータルの後ろ、それに左右には同じ模様が描かれた襖があって、四隅に置かれた灯籠、だっけ?
石でできた小さな塔みたいなのの中で炎が揺れていて、ぼんやりと室内をゆらゆらと揺れる光が照らしていて、なんとなく不気味な印象が拭えない。
……ホラーじゃないよね?
これで人形とか出てきて和風ホラー感増してきたら私泣くよ?
「これ、他の部屋もずっとこういう感じなんでしたっけ?」
「えぇ、そうですね。この入口の部屋は魔物もいませんが、他の部屋は中に入ると襖が閉まり、部屋の中央に魔法陣のような幾何学的な紋様が現れてそこから魔物が出てきます」
「魔法陣! 超気になる!」
「ふふ、最初の一部屋、二部屋程度なら物珍しく見ていられるのですが、それ以上になってくると繰り返されているような気がして段々と精神的に負荷がかかってきますよ。私も、この前訓練校の仲間たちと一緒に辟易として目が死んだ、なんて苦い笑いを浮かべましたしね」
「……そっかぁ」
第一階層、第二階層は資格があるかの試練、篩の場とも言っていたし、入り口の狐っ娘たちが言うには、試練なんだよね?
って事は、何かを試しているんだと思うし、継戦能力ってヤツとか?
でも、それだったらわざわざ部屋にする意味もないと思うし……もしかして、精神を統一して戦い続けられるかを調べてるとか?
「おー、この灯籠、てっぺんに狐の彫刻あるぞー」
「あれ、ホントだ。オウカさん、あんなのありましたっけ……?」
エレインちゃんが灯籠の笠の部分の上に置かれた、手のひらサイズぐらいで石でできている狐の彫像をつんつんと指で突きながら問いかけると、オウカさんが口元に手を持っていきながら、じっと灯籠を見つめた。
「……いえ、なかったはずです」
「え?」
「今まではただの球状だったはずです。それなのに今回、狐の彫刻になっている……?」
なんだか今までとは少し違うらしい。
私とおにぃは今回が初めてだから何が違うのかがよく分からないけど、どうも灯籠の笠のてっぺんにある狐の彫刻は今まで存在しなかったものらしいけど……。
「……あ、もしかしてこれが資格があるってこと、なのかな? ほら、入り口の狐っ娘たちが言ってたよね、資格がどうのって。知恵の間っていうのはこの階層なんじゃない?」
「あぁ、なるほど。って事は、研究者とかを連れて入っていた今までは資格がなかったからこの階層に来ても意味はなかった、とか……」
おにぃがそう言った途端、オウカさんががっくりと肩を落として、リリスさんも目から光を消しているし、カレスさんも涙目になった。
……おにぃ、地雷踏んだんじゃ?
「……私たち、この階層を数時間単位で色々試して行き来していたんですが……」
「そう、ですね。それも、何回も、みんなで交代しながら……」
「……まったくもって意味なかったって、こと、ですか……?」
……うわぁ……。
さすがにこれは能天気にドンマイなんて言えないよ……。
コメントも同情的なものが流れているみたいだけど……うん、これは酷いね。
というかコメントの「草」って一言何さ。
ネットスラングで「笑」って意味は分かるしこういう界隈じゃよくある反応だからちょいちょい見かけるし、ゲーム配信の不幸とか不憫ならそれで済むのは分かるけど、魔法少女のみんなは命懸けで戦ってるんだよ、普通に人の不幸を笑うな。
「そんなに草が好きなら雑草でも食ってろー!」
「……みゅーず、どうした?」
「え、ついつい内なる私の中の怒りが言葉になった瞬間? お気持ち表明してみた!」
「は?」
「大丈夫、おにぃは分からないままが一番だよ、うん。ネットの闇は深いのさ……」
「……そうか。歩きっぱなしだったし、他のみんなも落ち込んでるみたいだし、少し休憩するか」
「素の心配という優しさがかえって私を苦しめるんだよ、おにぃ……!」
おにぃにはネタというネタが通じない……ッ!
いや、うん、私の体調が悪かった頃から色々気を遣ってくれてるのは分かるし、嬉しいけどさ。
ボケ気味に返したのにナチュラルに気遣われるとやるせなさが半端じゃないんだよ、おにぃ……。
ともあれ、ここで少し休憩しようというおにぃの提案で、みんなで一休み。
座敷なので一度靴を脱いで、休憩がてらに汚れていない場所に座って飲み物を飲みつつ、集中力低下対策の一口チョコをもぐもぐして一休みすれば、オウカさんやリリスさん、カレスさんも気を取り直してきたのか、段々と目に光が戻ってきた。
……うん、良かった。
やっぱ甘いものって正義なんだよ、うん。
「これまでのものを徒労だったとは思いたくありませんが、先程みゅーずさんが仰ったように今回は資格を有しているからこそギミックが発動したと仮定しましょう。となると、やはり答えはこの灯籠の上に置かれた彫刻がヒントを担っていると考えるべき、でしょうか」
「シンプルに考えればそうかと思います。でも、これ見よがしに変化を与えるぐらいならば、これがダミーであるという線も充分に有り得ますよ」
「ま、魔物も変わってたり、しそう、ですよね……?」
うーん、否定はできないよね……。
資格がなかったからこその仕掛けだったって言われてもおかしくないんだし。
みんなもそう考えたのか、一瞬暗い空気が再び流れようとしたところで、おにぃがパンっと音を立てるように手を叩いてみせて立ち上がった。
「ま、悩んでもしょうがないだろうし、他の部屋を見るしかないさ。逆に資格とやらがあって本来のギミックが見れるなら、みゅーずの配信で他の魔法少女とか軍の人とかにも情報を共有できるんだし、いいんじゃないか? 今日攻略しようって訳じゃないんだしな」
「うんうん、私もそう思うよー。もしかしたら視聴者の人たちだってギミックを解いてくれるかもしれないし。視聴者さん期待してるねー!」
スマホをこっちに向けて言ってみせれば、数瞬遅れてコメントが「任せろ」だのと力強い言葉を返してくれる。
うんうん、こういう空気はいいね。
そんな私の横で、オウカさんが少し唖然とした表情を浮かべてから苦笑して立ち上がった。
「すみません、気を遣わせてしまいましたね。今日も同じ徒労を続けさせられる訳ではないようですし、この際切り替えて、得られるものを優先しましょう」
力なく苦笑するオウカさんにおにぃも頷いて応えてみせて、空気がすっかり元に戻った。
なんていうか、こう、こういうやり取りを見ていると、オウカさんって本当に私と同い年って感じがしないなぁ。
大人っていうか、自分だけとか自分がとかじゃなくて、凄くよく周りを見ている人なんだなって思う。
私は配信者として自分で活動しているから、しっかりしているとか自立しているとか褒めてくれる声もあるけれど、オウカさんみたいに周囲に配慮するとかやり取りをするとか、目の前のものだけじゃなくてその先にあるものを見て行動するようなオウカさんのような行動はできないし。
……私も頑張らなくちゃだ。
「よーし、じゃあアタシ最初どこ行くか選んでいいかー?」
「おう、任せた」
「にへへ、じゃーー、正面!」
エレインちゃんが嬉しそうに正面を選んで襖を開けて中に進む。
最後尾を進むように言われている私が襖の先へと足を踏み入れると、背後にあった襖がすっと滑るように閉まって、パシンと特徴的な乾いた音を立てて閉まった。
……ホラーっぽいから音やめてほしい。
ビクッとしたせいかスマホ映像越しに身体を揺らしたのが伝わったようで、コメントではからかわれたり笑われたりと、私がホラー嫌いだと知っている視聴者たちから色々なコメントが飛んでいる。
――本当に怖いのに「ビビってて草」ってコメントしたヤツ、ホント嫌い!
性格悪すぎ! 草でも喰ってろー!
そんな事を考えていたら、次の瞬間には部屋の中央で足元に幾何学的な紋様――魔法陣と呼ぶのが相応しい何かが浮かび上がった。
魔法陣から浮かび上がるように出てきたのは、虎を思わせる魔物だった。
グルルと唸りながらこちらを見ている迫力は凄まじく、明らかにこちらを敵視しているように思える。
ひえ、デッカ……。牙すっご……。
おにぃとエレインちゃんは即座に前に出て魔物を前に腰を落として構える。
同時にリリスさんも左手を伸ばして手の前に魔法陣を生み出し、その中から出てきた剣の柄を右手で取る。
風切り音と共に抜き放たれた細剣を持って、おにぃとエレインさんの間から前へと歩み出た。
「見たことのない魔物です。自由に飛び回られるのは狭い室内では厄介です。長物を扱うおにぃさんは後方で中衛を。ここは私が前に出ます」
「あぁ、分かった」
短くやり取りをして前後が入れ替わるように動き、リリスさんが前に出る。
「エレインさん、防御のメインは私が。陽動をメインでお願いします」
「はーい!」
おぉ、リリスさんが前に出るって初めてだ。
非公式サイト『まほふぁん』でも有名な、『不動』のリリス。
彼女が前に出ると聞いてコメント欄も大いに盛り上がりをみせた。
襖と虎なのに、どうしても一休さんの屏風の虎の話を思い出してしまう今日この頃。




