#062 『夢幻廻廊』 Ⅱ
《――今日のメンバーはねー、超豪華! ヤバいね、緊張してる気がする!》
《してる気がする程度で済むのは緊張とは言わんだろ……》
《……あれ、それもそうだね? じゃなくて、今日は色々な意味で緊張してるんだよー。まずはメンバーなんだけど、これが凄いの。おにぃ、『魔法世界』って知ってる?》
《なんだそれ?》
《えっ》
《あ、あー、あれだろ? ルイナーが出てきた今の時代のこと、とか?》
《……無理しないで、おにぃ。おにぃは私のために頑張ってくれてたから、そういうの詳しくないって視聴者の人たちも理解してくれてるよ》
《……嬉しくない理解なんだが》
台本、という訳ではないらしい。
どうもおにぃさんは本当に『魔法世界』、つまりリリスさんたちのグループの事を知らないらしく、みゅーずさんの質問に真顔で問いかけているように見えた。
そんな配信を見ていた私――火野 明日架――は軽く苦笑しつつ教室内を見回すと、みんなも似たような表情を浮かべていた。
まぁ、知らない人だっていると思うし、珍しくはないと思うのだけれど、あれだけテレビに出ている超有名グループを知らないとは思わなかった。
ダンジョンに入る前に軽く視聴者の方々向けに挨拶を撮るつもりのようで、テレビ番組のように一人ひとりの顔が映り、自己紹介をしていく。
その映像の最中ではあったのだけれど、鳴宮教官が配信の音声をミュートにした。
「一般人向けに説明をするでしょうけれど、大和連邦軍、およびあなた達によって調査された葛之葉ダンジョンについて復習するいい機会ね。――火野さん、まずはダンジョンのポータルについて説明するとして、あなたならどう説明するかしら?」
「はいっ。えっと、葛之葉ダンジョンは――」
かつて魔法少女を犠牲とした葛之葉という街の地下に生まれたダンジョン。
葛之葉の地下に続く大穴を進むと朱色の鳥居が立っていて、その下にダンジョンの出入り口となるポータルが存在している。
大きな違いは、あの『みゅーずとおにぃ』が配信したダンジョンと違って、中に入っても入り口から戻る事もできるというところ。
階層ごとに設けられたポータルにはダンジョンの外に出る帰還用のものと、次の階層に進むものの二つが存在していて、帰還用ポータルは青い光を宿していて、次の階層に進む方は赤い光をしている。
様々なダンジョンが発見されたけれど、こうしたポータルが用意されているダンジョンの方が一般的で、むしろ『みゅーずとおにぃ』が踏破したような、ダンジョンの最深部に進まないと出られないようなタイプのダンジョンは、共通してダンジョンが狭く、繰り返して入場できないようになっているらしい。
これについては「ダンジョンの器の違い」であるらしく、大規模なものになればなるほど、しっかりと帰還用ポータルが設けられているようだ。
ある意味、さすがは神様が作ったもの、というか……。
分かりやすい設計になっている。
「充分ね。では未埜瀬さん、葛之葉ダンジョンについて説明を」
鳴宮教官が今度は律花さん――未埜瀬 律花――へと声をかけると、律花さんは金色のゆるやかに巻かれた長い髪を揺らして立ち上がった。
「葛之葉ダンジョンは別名、『夢幻廻廊』だそうですわ。この名前の由来はダンジョンの内部に起因するもの、と言う訳ではなく、ダンジョンの入り口の鳥居の先に立てられた看板に妙に達筆な文字でそう書かれているからですわね」
うん、そうなんだよね。
妙に達筆な筆で書いたような文字で、古い筆記体で。
ダンジョン内に同行してくれた連邦軍が手配してくれた研究者チームの人が読んでくれて判明したんだけど、あれって千年ぐらい前の文字らしい。
「ダンジョンの階層は不明。ですが、第一層と第二層が和風庭園のようでしたし、第三層は内部ががらりと変わって、和風建築のお城、あるいはお屋敷の中を彷彿とさせる不思議な空間ですわね。足元も畳が敷き詰められていましたし、土足で良いのかと悩みましたわ」
うん、そうなんだよね……。
実際伽音ちゃんなんて靴脱いで畳の上で寝転がったりしてたし。
でも、畳特有の匂いがしなくて首を傾げていた。
「第三層は、めんどい」
「祠堂さん、その理由は?」
「畳と四方向が襖になっていて、全部同じ部屋の造り。で、入ってきた襖が閉まって魔物が出てくる。方向感覚もアテにならない」
うん、そうなんだよね……。
第三層は本当に部屋の一つ一つがまったく同じで、目印につけた傷も次の部屋に行くと消えちゃうっていう、もう迷わせる気満々で……。
しかも出てくる魔物も法則性がなく、同じ魔物が続いたかと思えば全く違う魔物が出たり。
部屋そのものは八畳程度で戦うには結構狭くて、私たちも魔物の攻撃を避けるためには結構動き回らなくちゃいけない。
そのせいで、どこから来たのか忘れてしまいそうになるんだよね……。
ひたすら真っ直ぐ進んでも行き止まりもないし、何がどうなってるのかサッパリで、三階層から奥には行けていない。
「第三層は前に二つの班に別れて左右逆の道に進んだのに、四部屋目で合流した、と言っていたわね」
「オレ、あそこはもう行きたくねぇよ……」
「皐さんには悪いけれど、何かの変化を見破るという意味では眼に特化したあなたの魔法が頼みの綱になっているわ。つまり、あなたは今後何度も行く事になるわね」
弓歌――皐 弓歌――さんに告げられた鳴宮教官の容赦ない一言に……弓歌さんの目から輝きが消えた……。
まぁ、気持ちは分かるよ、うん……。
夕蘭様だってイライラしてたもん。
「左右逆に進んでも合流すること、二部屋だけ通ってきた手順通りの道を戻ると帰還用のポータルが出てくるという点。やはり、何かしらの法則を突破しなければ次の階層には進めないのでしょうね」
「同行していた研究班の方も法則性について調べていましたけれど、頭がおかしくなりそう、と涙目で仰っていましたわね。今回、あの方々が何かを掴むか、持ち帰ってくれれば良いのですけど」
正直に言うと、割りと手詰まりな感じが否めない状況だよね……。
魔物との戦いが訓練になるから訓練として割り切っている、とも言えるけれども。
「教官。今回伽音が参加してるけど、大丈夫?」
楓さんが鳴宮教官に質問したのは、ちょうど伽音ちゃんが挨拶をしているらしく、カメラに向かって満面の笑みでピースサインをしていたからだろう。
伽音ちゃんは今日が初めての『夢幻廻廊』デビュー。
クラリスさんに教わった魔装という魔法少女時の武器を確定させるまでは戦い方が決まらないとの事で、しばらく実地調査からは外れていたからだ。
私たちから話だけ聞いている形となっていたので、本人は楽しみにしていたし、空回りになったりしなければいいけど。
画面の中の伽音ちゃんに呆れ混じりに小さく笑って、鳴宮教官は頷いてみせた。
「あの子は大丈夫よ。凪さんは猪突猛進な性格ではあるけれども、しっかりと周りを見るし、マイペースな子だからイライラしたりもしないわ。まぁ、不思議がってあちこちの襖を開け放ったりしそうだけれど」
……やりそう。
伽音ちゃんが大笑いしながら襖を開けるだけ開けるみたいな姿が目に浮かぶ。
「さて、ちょうど自己紹介とダンジョンの説明も終わったみたいだし、突入開始するみたいね」
そう言いながら鳴宮教官がミュートを解くと、ちょうどダンジョンの中に入ろうとポータルの中へと入ったところだったらしく、画面が一瞬暗転して、第一層が映し出された。
《これが、ダンジョン……?》
画面越しにみゅーずさんが困惑したように呟いた意味は、私にもよく分かった。
何せ鳥居を潜ってみたら、夜空の下にある和風の庭園のような場所に出てくるんだもの。
光の球体が蛍のようにゆらゆらと現れては消えて、ぼんやりと光る草花が青白い光を放っている光景は、現実離れして美しく、それでいてどこか物悲しさみたいなものを感じさせられる。
その光景に見惚れているみゅーずさんとおにぃさんの姿、それに伽音ちゃんの「スッゲー! キレー!」という画面の向こう側から聞こえる声に、ついついくすりと笑ってしまう。
《各地のダンジョンは、独立した異界であると考えられています》
《異界?》
《はい。『みゅーずとおにぃ』さんは確か、今まで行ったのは小規模の洞窟型でしたね?》
《はい、そうです! 最初のと似たようなところが多いですよー》
この配信者であるみゅーずさん達は、唯一ダンジョン内の情報を確実に外に発信できる存在。
だから連れて行ける場所も、基本的には難易度も低く、かつ魔法少女が一度でも踏破し、短い時間で踏破できる事が確認できた場所だけだった。
でも、それだと視聴者の人が「自分も簡単にクリアできるのでは」と考えてしまいかねないらしく、動画のコメントでもそんな内容のコメントが増えてきていたのだ。
そこで、ダンジョンの実状を知ってもらうという目的もあって、今回は葛之葉ダンジョンが選ばれた。
葛之葉ダンジョンは未踏破ではあるけど、戦闘面で考えればそこまで厳しくもないし、衝撃映像のようにはならなくて済むという軍内部の判断もあったらしい。
まぁ、さすがに人が魔物に殺される瞬間とかがバッチリ映っちゃったりしたら、それはかなりの問題だもんね……。
《実はダンジョンは場所によっては地下に進んだはずなのに太陽があったり、雨が降り続ける場所、雷が頻繁に落ちてくる場所など、外の天候や天気の法則とは全く異なる場所も見つかっています。故に、ダンジョンとは独立した異界であると考えられています》
《ほへぇ、そうなんだ……》
《それと、ダンジョンの内部がこのように大きく変わっている場所ほど、深い階層であると考えられています》
《深い階層、ですか?》
《はい。この葛之葉ダンジョンは和風の庭園を思わせる造りをしていますし、空は晴天の夜空です。現実とは大きく異る世界を生み出していますからね。それに、あちらを御覧ください》
桜花さんに促されてカメラが向いた先。
そこには異様に達筆な文字で書かれた『夢幻廻廊』という文字が書かれた看板が立っていて、その読み方を桜花さんがみゅーずさんとおにぃさんに尋ねると、みゅーずさんは「子供の落書き!」と答え、おにぃさんは「夢……? それしか読めないわ」と言って諦めていた。
《ふふ、実はこの看板ですが――》
《ここは泡沫の夢幻》
《長い長い廻廊をあなた達は彷徨い歩く》
《――ッ!?》
「な、なんですの!? あの可愛い子供たち……魔物、ですの?」
鈴の鳴るような音と一緒に聞こえてきた、何者かの声。
慌てて声の主へと向けられたらしいスマホ越しの映像には、巫女服を着て、頭上に動物を思わせる大きな耳を生やしてピクピクと動かし、太い尻尾をゆらりと揺らす二人の少女の姿が映し出されていた。




