#009 裏切り者のルオ
呆然としたまま固まっているロージアと夕蘭。
唖然とした表情を浮かべる夕蘭はともかく、なんだかロージアの方はピクリと肩を震わせていたし、なかなか怖い思いをしていたのかもしれない。
なんだかんだで死にそうになっていた訳だし、無理もない。
それにしても……この微妙な空気感、どうしたものか。
こうなったらアンチヒーローらしく煽るだけ煽ってみるというのも手だけれど――なんて考えていると、接近してくる気配に気がついた。
後方に下がり、距離を取ってみると、三人の少女が僕と二人を遮るような場所へと降り立ってきた。
「あなたっ、何者ですの!?」
「ちょっ、フィーリス!? 落ち着きなって!」
「そ、そうだよ……。ロージアちゃんを助けてくれたんだから……」
最初に声をかけてきたのは、金髪巻き髪というお嬢様感溢れたフィーリスと呼ばれた少女。
そんな少女を羽交い締めにして止めている、ライトブラウンを基調に僅かに明るい印象を与えるショートカットの女の子と、さらにそんな二人の後ろでおろおろしながら困った様子の、水色の髪を目が見えないような位置まで伸ばした女の子。
うん、どう見ても魔法少女だね。
だって、全員が全員、フリフリとしたドレスというか、もう服装からして魔法少女感が溢れているもの。戦いに向いていない服装だと思うのだけれど。
それぞれに精霊もいるようだけれど、姿を見せないように具現化せずに僕を窺っているらしい。
魔力の動きを見れば、僕が動き出したらいつでも対処できるように包囲する位置にいるあたり、なかなかどうして警戒されているらしい。
一応、敵ではないよとアピールする意味を込めて微笑んでみせると、三人が腰を落として身構えた。
「不敵な笑みを浮かべるとは……。あのルイナーをあっさりと屠ってみた手腕と言い、油断なりませんわね……。皆さん、注意なさい」
なんでだ。
笑いかければ警戒なんてされないかな、とか考えていたのに。
どう見たって敵意のない笑みじゃないか。
仕方がない、保護者役をしているであろう隠れている精霊に向かって微笑みかけてみようか。
そう考えて未だに姿を見せずに漂う精霊たちに視線を向ける。
「――待ってくれ、敵意はないのじゃ! おぬしら、早く姿を現せ! それ以上刺激するでない!」
夕蘭が切羽詰まった様子で声をあげると、途端に隠れていた精霊たちがそれぞれに姿を具現化させ、それぞれに魔力で繋がっている相手――契約者の隣に移動していく。
フィーリスは黄色い光を纏った妖精型の精霊で、半透明の羽がパタパタと動いている。
ライトブラウンの子は……もぐら? 浮いているというより何かに吊り上げられているように見えるぐらい、なんだか浮かんでいるのが似合わない。
水色髪の子はあれだ、スライムっぽいね。ただ一つ目だし球体だし、微妙にホラーっぽさがあるけども。
ねぇ、それより刺激って何?
僕はただ敵意を見せないように訴えかけようとしただけですけど?
殺意はもちろん、敵意とか戦意なんて持ってませんけど?
「少年よ、無礼を許してくれ。そして、改めて礼を言わせてほしい。ロージアを、妾の大事な契約者を守ってくれたこと、感謝する」
「気にしなくてもいいよ。いくらなんでも見過ごす訳にはいかなかっただけだからね」
「それでも、じゃ。その言い方から察するに、本来なら出てくる気はなかったのであろう?」
「あはは、なかなかどうしてキミは鋭いね。そうだね、実際キミ達がどうにかできるのであれば、僕はここに出てくるつもりなんてなかったよ――」
実際、僕としては今回の戦いを試金石として見ていたのだ。
あの程度のルイナーならば退けられる程度の実力はあるだろうと考えていたし、危険はないだろうと踏んでいた。
ただ、想定していた所に届いていなかっただけだ。
「――けれど、あまりにもキミたちが弱すぎたからね。さすがに年端のいかないキミたちを見殺しにしてしまったら、寝覚めが悪いじゃないか」
その一言で空気が張り詰めた。
「……ッ、友人を助けてくれた事には感謝しますわ……! けれど、一生懸命戦ったロージアをそんな風に侮辱するなんて、さすがに看過できませんわよ……ッ?」
「うん、さすがにオレもちょーっとカチンときたかな」
「ば、バカにしないで、ください……ッ」
わざと煽るような言葉を口にしてみせたけれど、なるほど。
年相応に青い……いや、熱い、かな。
ロージアと夕蘭は自分たちの力と僕の見せた力の差をさすがに理解できているらしく、噛みついてくる事はなかった。
実際に自分がぶつかっていた敵であるルイナーの強さを知っているからこそ、そんなルイナーをあっさりと倒した僕との力の差はこの場にいる誰よりも理解しているのかもしれない。
仲間を侮辱された事に熱くなれるのは、性格面だけで考えれば良い仲間だと言える。
けれど、さっきのルイナーに勝てない彼女たちが、僕という素性の分からない、力を持った存在にこうして感情に任せて噛み付いてきてしまうというのは、なかなかに危険だ。
「へぇ? だからなんだって言うんだい? 僕とこの場で戦って、弱くはないんだと証明してみせる、とでも?」
――威圧する。
この前のような虚仮威しとは違う、明確に意図した魔力と、殺気を伴ったものを。
わざわざ圧倒的な強者であると明言するためだけに力を込めたそれは、少女たち三人の心を折るには充分過ぎる――いや、いっそ過剰とも言える代物だと自分でも思う。
けれど、さっきの戦いと、今の態度を見ていて、そうじゃなきゃダメだと実感してしまった。
何せ彼女たちは、自分たちの弱さというものを理解していない。
ルイナーの本隊と魔王が来てからでは、遅すぎるのだ。
この子たちの意識を変えなくてはならない。
大切な仲間を死なせてしまってからでは、遅すぎる。
取り返しはつかないのだから。
だから、ここはイシュトアの願う役柄――『すごい実力があるけど何が目的か分からない不敵な余裕を持った生意気キャラ』――を演じようじゃないか。
幸いルーミアとの契約のおかげで、中二病感に苛まれなくて済むんだし。
三人はすっかり怯えてしまったようで、その場にへたり込み、顔を真っ青にして僕を見ていた。
「頼む、やめてくれッ!」
ハッと我に返って夕蘭が叫ぶ声を聞いて、一瞬だけ冷たい目を向けてみせてから威圧を解き、夕蘭に向かって笑みを向けた。
「あはは、冗談だよ。前にも言ったじゃないか、少なくとも今は魔法少女と戦うつもりはないよって」
「そうは言われても、妾たちはおぬしの狙いも、正体も知らぬのじゃ。今のような威圧を向けられてしまえば、本気かと勘繰りたくもなるという気持ちを分かってもらいたいものじゃな」
「ただの虚仮威しのつもりだったんだけど、ね」
未だに身体を震わせている魔法少女たちと、一緒になって揺らいでしまい、実体化が解けかけている他の精霊たちと違って、夕蘭だけは目を逸らす事もなくしっかりと僕を見ている。
のじゃロリの人型となれる上位精霊にしてはまだまだ弱いと言わざるを得ないけれど、この中でポテンシャルが最も高いのは、やっぱりというか夕蘭のようだ。
子供相手に大人気ない真似をして申し訳ないが、あえて僕は他の少女や精霊に興味失くしたとでも言わんばかりに夕蘭をまっすぐ見つめた。
「それで、夕蘭。だったね? キミはさっきの戦いで僕がやった結界の使い方を理解できたかい?」
「うむ、おそらくは、というところじゃが……」
「うんうん、なら良かったよ。せめてキミ達がそれなりに強くなってくれないと困るからね」
「……おぬしは何者なのじゃ? 何故男子がそこまでの力を持っておる? そも、おぬしの目的は一体……?」
細かな質問をされても答えようがないんだけど、と思わず言いたくなる。
だって正直、しっかりと段取りを決めてやって来た訳じゃないし、今回こうして魔法少女たちの前に現れる事になってしまったのは、僕にとっても計算外としか言えない状況なのだから。
さて、どうしようかな――と考えていた、その時だった。
この世界では感じた事のない、強者を感じさせる程の強い魔力を持った存在が、突如として声をかけてきたのだ。
「――裏切者のルオ。やっと見つけたわ」
瓦礫と化したビルの目の前。
大きな瓦礫に腰掛けている、圧倒的な力を持った強者――もとい、ルーミアがにたりと笑みを浮かべている。
わざわざ魔力を溢れさせて己の力を誇示しているあたり、魔法少女や精霊にも判りやすい強者アピールまでしている。
親切設計だね、うん。
魔法少女にとっては心を折ると書いて心折設計とも言えるけれど。
というか、裏切者って何?
僕その設定知らないよ?
「……やれやれ。さすがにキミに会いたくはなかったな、この状況で」
「あらあら、酷いわね。私はこんなにもあなたに会いたくて会いたくて……殺したくなるぐらい、焦がれていたというのに――ねッ!」
刹那、凄まじい勢いでルーミアの周囲の影が伸び、まるで槍のようにこちらに殺到してきた。
これは……夜魔の民が使う固有魔法かな。
影を操る技能を持っている夜魔の民らしい、魔法を構築する必要もない奇襲に適した攻撃で、前兆が読みにくい一手だ。
――って、いやいやいや、ルーミア? 今割りと本気で殺しにかかってない?
僕どころか魔法少女たちにまで向かっていたのは気のせい?
魔法障壁で弾きつつルーミアに目を向けると、ルーミアは愉しげに「あなたならこの程度の攻撃を凌ぐぐらい、朝飯前でしょ?」とでも言いたげに瞳を細めていた。
……ドラマや映画なんかの殺陣は事前にリハーサルしているからうまくいくのであって、ぶっつけ本番でやるものではないからね?
「ふふ、ははははっ、いつも通り逃げたければ逃げていいのよ、ルオ? ただ、もし逃げられたら、思わず私ったらそこの精霊や魔法少女を殺しちゃうかもしれないわね?」
……あー、うん。
なんとなく狙いが判った。
なるほど、ルーミアとしても僕の危惧である魔法少女の致命的な弱さという問題はなんとなく理解できているらしい。
だから、力を見せて弱さを自覚させる。
直接ぶつけるのではなく、僕という存在と戦ってみせる事で。
さらに、僕らという存在を知らせ、僕と敵対している点もアピールする、と。
うん、悪くないね。
僕としても有耶無耶にして立ち去って、ただの味方みたいになるより、戦いの流れの中で消えていく、といった流れの方がありがたい。
「……へぇ? ルーミア、僕を挑発するつもりかい?」
「ふふふ、こうでもしないと逃げるでしょう? 足手まといがいてくれて助かるわ」
「あはは、足手まといがいるからって、キミが僕に勝てるとでも言いたいのかい? ――ずいぶんと、笑わせてくれるね」
タン、と足を踏み鳴らせば、僕の上空に紫色の魔法陣が展開される。
雷属性の第六階梯魔法、【雷神の槍】。
本来なら一つの魔法陣からたった一つ、紫電を纏った三叉槍のような姿をした雷槍が生み出される魔法だけれど、それを平行して発動させる事によって、中空に五つの魔法陣が浮かびあがる。
それらは凄まじい音とスパークを撒き散らしながら、中心へと繋がり、一本の超大な雷槍を生み出した。
魔法の合成強化。
それを詠唱すらなく発動できるあたり、現人神となった効果は大きいらしい。
以前の僕なら、これを構築するのにそれなりの詠唱も必要だった。
……ルーミアの表情が引き攣ったように見えるけど、キミならこれぐらい直撃しても大した事ないでしょうに。
「――【発動】」
雷特有の音、大気が膨張して奏でた激しい爆音を伴って放たれたそれは、あまりの速さにビームレーザーのように尾を引いてルーミアへと迫った。
しかし予想通りルーミアは夜魔の始祖として充分な力を有しているようで、僕の放った複数発動の魔法を片手で受け止め、握り潰すような仕草をして消してみせた。
その表情は苦く、忌々しげなものへと変わっていた。
「……チィッ、相変わらず馬鹿げた魔法を……! それだけの力がありながら、何故裏切った、ルオッ!」
……いや、僕にも分からないけどね、裏切った理由とか言われても。
ルーミアのノリノリ具合と演技力に拍手したいよ。
って、呆れている場合じゃなかった。
僕が答えなきゃいけないのか――と考えていると、ルーミアが魔力を溜めながら頭を掻きむしるように叫んだ。
「私は赦さないッ! あの方の最愛の弟でありながら、あの方を裏切ったお前のことをッ!」
――ねぇ、待って? 落ち着いて? 盛り過ぎじゃない? 誰の弟なのさ、僕は?
ノリノリのルーミアさん、お願いだから止まって?
ほら、僕の目を見て?
「――死ねぇッ、ルオォォォッ!」
願い虚しくノリノリのルーミアは演技を続行。
巨大で複雑な、紫黒の魔法陣がルーミアの足元で大きく描かれた。
あれは――闇属性の第九階梯魔法、【奈落の処刑人】かな。
闇が蠢き、まるで粘液のようにゴポリと音を立てながら浮かび上がって集まり、まるで巨大な繭を思わせるような姿となったかと思えば、やがて奈落に棲まう処刑人の姿を形成する。
形成された処刑人は標的を殺し切るまで何度でも復活し、執拗なまでに追いかけてくるという、見た目も相まって恐ろしい魔法だ。
あれだけの魔法を発動させるには、相当な魔力を必要とするはずだけれど、ルーミアはまだ余裕があるらしい。
演技を続けつつも器用に「ちょっとやりすぎちゃったかしら?」みたいな目を一瞬こちらに向けた。
……うん、やり過ぎだからね?
こんな戦いを目の当たりにして、さっきから沈黙している魔法少女と精霊たちに背を向けてはいるけれど、もしも振り返って顔を見ようものなら可哀想な気持ちになりそうだよ。
責めるような目を向けると、ルーミアはそっと視線を逸した。
器用にも僕の方を向いているくせに、目を僅かに逸しているのだからタチが悪い。
――さすがに、そろそろ幕引きにしようじゃないか。
奈落の処刑人はせっかく出てきたところ悪いけれど、動き出す前に消えてもらうよ。
「――【神眼 時ノ牢獄】」
かつて自分の眼を代償に魔王すらも縫い付けてみせた神眼。
あの時はとてつもない痛みに襲われたはずだけれど、今の僕はそんな代償を払わずとも発動できているらしい。これもまた現人神の面目躍如とでも言うべきかもしれない。
虚空を割るように現出した鎖が、標的とした奈落の処刑人の身体を雁字搦めに縛り上げていく。
現人神となって初めて神眼を使ったからか、僕は強制的に理解した。
この【神眼 時ノ牢獄】は完成した能力ではなく、その続きが存在しているのだという事を。
「――【暴獣の贄】」
続きを口にした、次の瞬間。
ギチギチと音を立てながら奈落の処刑人の上空に空間の裂け目が生み出され、そこから突然、真っ黒な何かが奈落の処刑人を、まるで喰らいつくように飛び出して捉えた。
真っ黒な何か――いや、真っ黒で輝いてすら見える鱗を有した竜の口だと僕が気付けたのは、果たして僕が術者であったからか。あるいは、竜という存在を前世で見た事があったからか。
強烈な印象を残しつつも、まるで何事もなかったかのように消え去ったその光景に、思わず僕もルーミアも言葉を失っていた。
――って、いやいやいや。
なんかこう、変な空気になっちゃってグダグダになりそうな予感がヒシヒシとする。
慌てて僕は、平静を取り繕いつつも何事もなかったかのような物言いで告げる。
「……ルーミア、場所を変えよう。この地を更地にしたい、という訳じゃないだろう?」
「……フン、いいわ。ついてきなさい」
承服しかねると言わんばかりの表情を浮かべてみせつつも、納得してみせると、ルーミアが先んじて転移を行った。
……キミ、本当に演技うますぎじゃない?
ともあれ、先んじてルーミアが消えてくれたおかげで、僕もそれを追いかけるようにその場を離れる事に成功したのであった。