幕間 小話 ジュリーの黒歴史
昨日のお話がシリアスチックだったので。
ダンジョンという新たに世界に生まれた法則が、とある兄妹の手によって公になり、それを追認するような形で存在が公表されて、二ヶ月ほど。
ダンジョン内の魔物という存在がルイナーと同様に魔力障壁を有している事は発表されているが、しかし鏡平こと『おにぃ』が手に入れた槍のように、魔力を持たずとも対抗し得る武器の存在も幾つか発見されつつある。
とは言え、まだまだその数は限られており、一般人が手に入れる事はできない。
そのため、民衆がダンジョンに足を踏み入れる事はできない。
興味は尽きず、まさにファンタジー小説そのものが飛び出てきたというのに、中に入る事なんてできない。
そんな生殺しのような状況が続く中、『公認探索者』と魔法少女によるダンジョン調査の動画が配信されるようになり、魔法少女の生の活躍――とは言え画面越しではあるが――が余すことなく見れるという点から、多くの視聴者層が配信を見つめている。
そんな日々が続いたある日、突然始まった記者会見を見ていた者たちは、そこで発表された内容に言葉を失い、誰もが唖然とした表情を浮かべて画面に釘付けで動きを止めていた。
《――このように、私が開発した『純魔力液』から魔力を引き出す『魔力変換器』を介する事によって作動する人造魔道具――『魔導武器』があれば、魔物、延いてはルイナーの魔法障壁を貫き、傷を負わせることができます》
画面に映し出されたのは、『純魔力液』が入った『魔力変換器』と呼ばれる四角い装置を腰につけた男が、装置から伸びるケーブルの繋がる『魔導武器』と呼ばれる剣を持ち、魔物を斬り裂く映像であった。
《『魔力変換器』内の『純魔力液』はフルパワーで発動させて連続六時間まで使用可能です。ただし、この『魔力変換器』を動かすには装着者本人の魔力が必要となるため、無機物――つまりミサイルなどのような兵器に搭載できないため、必然的に直接的な戦闘に限られます》
――しかし、とテレビ越しに淡々と説明をしていたジュリー・アストリーは、カメラに向けて視線を向けた。
《五年前のルイナー出現、そして今回のダンジョンの発生。共通する魔力障壁という不可思議な力に対し、我々人類は屈し続けてきました。ですが、この技術を使えば、誰もが立ち上がれろうと思えば立ち上がり、抗える。この意味を、ご理解いただきたい》
挑発的に不敵な笑みを浮かべて告げてみせたジュリー・アストリーの一言はまるで映画の中の一幕であるかのようで、世界全体へとこの日の発表は凄まじい速度で伝播されていった。
◆
「……休みが欲しい」
「寝言は寝てから言ってください。まぁここ数日、それを言う機会はしばらく訪れてませんが」
「辛辣だねぇ!?」
「冗談ですよ、半分ほどは」
しれっと私の方をちらりとも見ずに言ってくるものだから、アレイアくんの冗談は冗談に聞こえないのだ。
私としても半ば何も考えずに言った一言ではあったのだけれど、まさかそこまでの辛辣な冗談が飛んでくるとは思わなかったよ。
「そもそも、休んでくださいと告げている私の言葉を無視し続けているのは、他ならぬ博士ですが?」
「あ、はい。すみません」
正直に言えば休みを取ろうと思えば取れるというのは正しい。
私が直接関わってはいない『純魔力液』はもちろん、すでに『魔力変換器』も『魔導武器』も、量産体制は連邦軍が引き受けてくれているし、当たり前だが私一人で延々と作り続けている訳ではないのだから。
しかし――
「でも……でも……ッ! 溢れてくるアイデアが止まらないんだ……!」
「……そうですか」
「はっはっはっ、シンプルに聞き流してくれるね?」
「このやり取り自体がすでに四度目なので」
「違いない」
――そういう事なのだ。
私自身、一つの壁を超えたような、そんな感覚に近いものを感じている。
魔法を使うための人体と『魔力変換器』の接続には少し特殊な処置を取り入れる形となったが、あれは今後も『魔力変換器』を使い続けるなら避けては通れないだろう。
まぁ簡単に言えば身体そのものに魔法陣を転写する、というものだがね。
特殊な魔法を使い、体内魔力を放出させる『道』を作り、その先に『魔力変換器』を固定するのだ。
もちろん、その実験体となったのは他ならぬ私だ。
もっとも、魔力の『道』を作る魔法陣については我らが総帥閣下がわざわざ開発してくれたものではあるのだが、仕組みについてはブラックボックス化しているし、ここを暴こうとすれば魔法陣は瓦解するような仕掛けも施されているらしい。
この辺りについては私が調べるにはリスクもあり時間もかかり過ぎるという点から、完全に頼ってしまったが。
それでも、『魔力変換器』と『魔導武器』は胸を張って私の作品だと言える、私の知識と研究の成果を結びつけた代物であり、すでに私はこれの改良版――いわば第二世代の魔導具開発に取り組んでいる。
湯水の如く湧き出るアイデアが止まらず、そのせいでテンションが上がり過ぎていて、頭も目も冴えているのに身体が疲れているという奇妙な状態が続いてしまい、不意に口を衝いて出た言葉が「休みが欲しい」という一言だったという訳だ。
「……はあ。いい加減お休みになってはいかがですか?」
「えぇー? あとちょっとー」
「……仕方ありませんね」
うんうん、アレイアくんはなんだかんだ言いながらも私が言う事を聞いてくれるからね。
おかげでやりたい放題――ぐはっ。
何かの衝撃と共に、私の意識は刈り取られたのであった。
実力行使とは、やるじゃない……か……。
「――キミ、思ったよりバカなのかい?」
「うぐ……」
目を覚ました私のベッド横の椅子に座る、我らが総帥閣下。
推定年齢十歳前後、見た目は精巧な人形のように整っており、少年とも少女とも言えるような中性的な、性を感じさせない少年。
私はそんな存在から、どうしようもないぐらいに呆れられたようなじとりとした目を向けられ、辛辣な一言を告げられて項垂れていた。
「記者会見中の記者の質問で思いついた事があって、それを形にしている内に新しい発想が生まれて? それからさらに派生した実験をしてデータを取りたくて起き続けていた、ねぇ……」
……痛い。
沈黙が痛いよ、我らが総帥閣下。
部屋の隅に佇んでいるアレイアくんも無言で頷いているし。
「……まぁ、研究を依頼している僕としては新しい技術を研究、開発してくれるのは悪い話ではないけれどね」
「……我が主様。そこで認められては……」
「いや、無茶を認めた訳じゃないんだけれどね……。ねぇ、ジュリー?」
「……はい」
「キミは睡眠時間を削らなきゃ忘れてしまいそうな、その程度の発想を形にして楽しいのかい?」
「……ッ!」
それは、よもやぐうの音も出ない一言であった。
深夜テンション、ナチュラルハイと言えるような状態というものは、冷静になって考えてみると粗が多かったり、あるいは破綻していたりといった齟齬が見つかるケースがままある。
それを取り繕って完成させる事ぐらいはできるかもしれないが、そもそもの必要性、あるいは画期的な、革新的な何かであるかと言われると、浅いものになりがちだ。
――その程度の発想。
もはや冷や水を浴びせるというよりも、氷を直接叩きつけられたようなガツンとした一言は、私の中で妙に燻っていたものをあっさりと叩き潰してみせた。
「……すまない、のぼせ上がっていたらしい」
今になって理解できた。
私はあの記者会見で多くの人々から注目を浴び、身の丈に合わない賞賛と注目を浴びて、すっかりとのぼせ上がっていたのだろう。
今の自分は認められたのだと、だから自分が作り出すものは認められるのだと舞い上がり、のぼせ上がり、つまらない量産品を生み出そうとしていたのだ、と。
……嫌になる。
自分がそんなに浅ましいとは思いもしなかったよ。
そう思いながら膝を抱えて埋めた私の頭をポンポンと叩かれて、私はゆっくりと顔をあげた。
私の頭を叩いてみせた我らが総帥は、にこやかに微笑みを浮かべていて――
「ねぇ、どんな気持ち? 調子乗って舞い上がって黒歴史量産して眠らされた後に、僕みたいな子供に現実突き付けられるって。ねぇ、どんな気持ち?」
――……私は盛大に泣いた。
後方アレイアドヤ顔待機中。




