表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
幕間 世間のダンジョン騒動編
87/220

幕間 兄妹の決断 Ⅳ

 ルオが帰った後、話題の重さも相まってどっと疲れた気分であった俺も美結も料理をする気にはなれなくて、結局夕飯はレトルトカレーという手抜き料理で済ませる事になった。

 もっとも、レトルトカレーは決して不味くはないし、充分に美味いので俺は嫌いではないのだが、最近は美結が栄養バランスがどうの美容がどうのでなかなかレトルト食品には手を出さなかったというのに、それらを飲み込んで手間の簡略化を選び取ったあたり、ルオの言葉の数々はそれなりに衝撃的な内容だったのだろうと思う。


 ルオが俺たちを見定め、場合によっては俺たちすらも消そうとしていた。

 さすがにその事実は美結には伏せているが。

 さも当然のように人を消すと言い切ってみせた、あの何も感じていないような表情。

 あれについて、誰よりも俺自身が恐怖を覚えているせいで口に出したくはなかったのかもしれない。


「……世界が変わった、かぁ」


 食事中、スプーンの動きを止めて美結がぽつりと呟いた。


「どうした?」


「……私ね。お父さんとお母さんが死んじゃって、そればっかりが悲しくてね。ルイナーのせいだって分かってるし、魔法少女が仇を討ってくれた事も知ってるの。でもね、ルイナーが今もいる事は分かってるつもりだったけど、その影響とか、棄民街では犯罪が横行していて今も人が死んでいるって、あまり考えたことなかったんだ」


「……それを言うなら、俺だってそうだぞ」


「え、そうなの?」


「この集落にやって来て、生活に慣れて、生計を立てて美結を守るって事ばかりが頭にあったからな。そりゃルイナーがいるとか世間が大変な事になってるってのは頭では理解しちゃいたけれど、『世界が変わった』なんて言われてもいまいち実感なんて湧かねぇよ」


 対岸の火事、ってヤツなんだろうな。

 もしくは、娯楽が溢れ、創作物がリアルなものになればなる程、見覚えのあるようなものだからこそ印象に残らなかったのかもしれない。

 それぐらい実感がなくて、現実味が足りなかったんだと思う。


「そっか。おにぃも、そうなんだね」


「どっか他人事みたいなトコあったからな」


「……多分、私たちみたいに実感が伴ってない人って、凄く多いんだろうね」


「……まぁ、そうかもな」


 自覚が足りないと、そうルオに突き付けられたような気がして、今更ながらに思うのだ。

 ルイナーの騒動や世界の変化が遠い世界にあると感じてしまう(・・・・・・)理由はなんだろうか、と。


「それって魔法少女が一生懸命私たちを守ってくれてるから、だよね」


「……あぁ、そうだな。俺たちは戦えないから、力を持ってる魔法少女が戦って、守ってくれる。それを当たり前のものと感じていたし、そのおかげで平和が保たれてるんだって実感が薄かったんだろうな」


 きっとそういう事なんだ。

 俺たちはあまりにも無邪気に、当たり前のように。

 全てを美結や美結よりも下の世代の、特別でもなんでもなかったはずのただの少女たちに戦いを押し付けて、平和を守らせていたのだ、と。

 ルオと会話したせいか、そんな残酷な現実を思い知らされたような気分だ。


 誰かが、この悪循環を断ち切らなきゃいけなかった。

 でも、魔力障壁とかいう未知の力の前に、俺たちには立ち上がる術さえなかった。

 だから、諦め、傍観し、託したという耳障りの良い言葉で――蓋をした。


 でも今、ダンジョンという新たな世界の法則とやらが生まれて、俺が手に入れた槍のような武器が生まれ、俺や美結のように魔力に適応していくという方法が取れるようになったのだ。

 他のダンジョンにだって似たような武器があれば。

 そして魔力を扱えるようになれれば、大人が戦いを引き受けてやれる。


 美結のような普通の少女に押し付けなくて済むんじゃないかと、そう思う。


「……おにぃ。私、やっぱり公認探索者の件、受けたい」


「……美結、お前」


「最初はね、確かに最初はお金の為っていうのもあったし、配信でダンジョン情報発信の第一人者だとかダンジョン攻略の本家とか言われてたりして、だから舞い上がって受けるつもりだった。でも、ルオくんの話を聞いて思ったんだ。流されてばかりじゃダメなんだって。自分で掴み取っていかなきゃダメなんだって。流されていい気になるんじゃなくて、私は、しっかりとみんなに現実を伝えるために、やりたいと思った」


 ……まったく、コイツはやっぱり俺の妹だな。

 考えて、行き着くところはどこか似ているというか、結局のところ、俺と同じような答えに辿り着いていて、それを頑として曲げるつもりはないんだってことがよく判る。


 ついついそこまで考えてくつくつと肩を揺らして笑っていると、美結がむすっと頬を膨らませた。


「ねぇ、おにぃ? 私、真剣なんだよ?」


「ワリィ、分かってるよ。いやな、お前やっぱり俺と兄妹だなって、そう改めて実感しただけだ」


「えぇ、なにそれ?」


「俺もだから、だ。俺も探索者ギルドの公認探索者にならないかって話、本格的に受けようと思ってる」


 正直、今日ルオが来るまでは迷っていた。

 ダンジョンは間違いなく危険な場所で、実際に俺はダンジョンの中で死にかけるぐらいの大怪我を負った。

 もしも美結を残して死んでしまったら、と考えると、引き受けるべきではないのではないだろうかと考えないはずがなかった。


 多分、こうして受け止める事ができたのはルオのおかげ――いや、ルオの所為、ってところだろうか。


 突き付けられた現実、歪んだまま正当化されている正義と当たり前になった俺たちの平和。

 そういう全てを真正面から見据えて、あくまでも冷静に、冷徹なまでの目をもって現実を突き付けてきたルオという存在は、ある意味、ぬるま湯に浸かっている人間にとっては劇薬にも等しい存在だ。

 つらつらと現実を突き付け、足を引っ張るなら切り捨ててしまえばいいとハッキリと言い切るあの在り方も、自らがそういう存在である事を理解し、そう振る舞っている節さえあったような、そんな気がするのだ。


 だから、アイツはきっと躊躇わない。

 目的を果たすために邪魔だと感じた人間を相手に、自らの手で消す事も厭わない。

 多分それが、アイツにとっては当たり前だから、だ。


 ……ある意味めちゃくちゃヤバい存在だな、そう考えると。

 けれど、そんなヤツがいるからこそ、しっかり自分の足で立って、自分の足で前に進まなきゃいけないんだと強く実感できる。


 多分アイツが本気で動き出すような事態になったら。

 その時、きっと人間の多くが死ぬ事になるような、そんな気がするから。


「じゃあ私たち、『みゅーずとおにぃ』は晴れて公式デビューって事だね!」


「……なぁ、ちょっと待って? それなに?」


「何って、正式名称だけど?」


「なんの?」


「私たちのパーティの」


「……えっ」


「え?」


「なんでお前、そんな「何当たり前のこと言ってんの?」みたいな顔してんの?」


「だって私たち、もうそう呼ばれてるよ? ほら」


「……は?」


 そう言いながら見せられたのは、先日のダンジョン動画のコメント欄であった。


 ダンジョンの出現と未帰還者の大量発生から生き残り、かつ不可能であったはずの貴重なダンジョン内動画を生配信して生還してみせた美結ことみゅーずと、その兄である俺は、すでにワンセットとして『みゅーずとおにぃ』で完全に定着しているのだとか。

 しかも、コメント欄にはすでに「探索者ギルドが『みゅーずとおにぃ』を勧誘? 公式探索者システムとは?」とかいうネット記事を他のコメント閲覧者に教えるために貼られているらしい。


「……なあ、美結。これって、もしかして俺たちの名前……」


 若干頭の痛い何かを見せられた気分で美結のスマホから顔をあげて美結を見ると、勢いよくカレーを食べていた美結がこちらをちらっと見てから、水を飲んだ。


 そして、満面の笑みで――スプーンを持った手をそのままに、グイッと親指を立てた。


「ドンマイっ!」


 ……若干イラッとはしたが、しかし一方で「だよなぁ」と理解している俺もいて。

 俺は力なく美結のスマホを美結に手渡して、深い溜息を吐いてからカレーの残りを口の中にかき込んだ。








 ◆ ◆ ◆








「――ふぅん? なんだか面白い子たちね」


「仲のいい兄妹って感じだったよ。あれぐらいの凡庸さ(・・・)があってくれる方が、むしろ新たな時代の英雄としてはちょうどいいぐらいさ」


 鹿月兄妹の見定めから帰った僕を待っていたのは、退屈そうにソファーに寝転がったまま足をパタパタと上下させている部屋着姿のルーミアだった。


 ベビードール、とかいうやつだろうか。

 少々露出が激しめなので僕の前ではあまり着ないでほしいぐらいなのだが、本人はそんな僕の態度など気にも留めていないらしい。

 まぁ大事な所はしっかりと隠れているし、僕もそこにドギマギする程でもないけれど。

 師匠と暮らしていた頃はむしろ下着姿でうろつかれていたぐらいだし。


「ねぇ、ルオ? 神祇院の外部顧問だなんて言ってしまって良かったの?」


「あぁ、それなら大丈夫だよ。嘘って訳じゃないからね。もっとも、上層部――というより、神に近い存在だけが知っているような立場だし、一応何かあった時にそういう立場の者がいるって事は伝えてもらっているみたいだから」


 正直に言えば、僕は神祇院の外部顧問というより、その上にいる亜神たちのまとめ役、管理者という立場にいるのだから嘘ではないしね。

 もっとも、それを公言しないようには伝えてあるから、いざという時以外では知らぬ存ぜぬを貫いてはくれるだろう。


「ならいいけど。それより、その二人をこれからどうするつもり? 新たな時代の英雄と言うのなら、何かしら事件でも演出するの?」


「いや、彼らがダンジョンを冒険するだけでも英雄譚は綴られていくさ。そして英雄に倣って民衆は歩みだす。という訳で、当面は放置だね。僕はしばらく表舞台に立つつもりはないから、ルーミアはルーミアで好きに動いてくれて構わないよ」


「あら、いいの?」


「魔法少女を全滅させるような真似は、キミはしないだろう? 劇の主役を大事にするキミなら、キミの都合で動いてキミの都合で台本を書き足してくれる。それに――」


 そこで言葉を区切って、僕は苦笑を浮かべながら肩をすくめてみせた。


「――正直に言うと、予想通り(・・・・)、キミに台本を託して正解だったみたいだ」


「……何か確信するような事があったのね?」


「うん、その兄妹と話した時に、ね。やっぱり僕の意識には神になった弊害(・・・・・・・)みたいなものが生じているらしい。僕だけで台本を考えようとすると、この世界の人間を滅ぼしてしまった方が早いという結論が出てしまっているみたいだ」


 その一言に、ルーミアはパタパタと動かしていた足を止めて、座り直してこちらを真っ直ぐ見つめていた。


「……はあ。あなたが想定していた通り(・・・・・・・・)、という訳ね。神として適応してきている、とでも言うべきかしら?」


「うん、そうだね。僕の天秤は常に『世界』が優先になりつつある。この『世界』を救うと考えると、人類をひっくるめて救おうとするのは無意味に労力を伴う状況だからね。僕が台本に介入してしまったら、多大な被害を伴うものさえ許容してしまいそうだ。最初にキミに託した通り、僕は台本には関わらないようにするよ」


 僕がこの世界にやってきた時、僕は子供の姿になってしまった。

 僕としては大人の姿になりたかった訳だけれど、しかしそれも反対されてしまったその理由としてイシュトアから語られたのが、『適した器だから子供なのであって、不安定な状況だから変えない方がいい』という言葉だった。

 要するに僕は未完成な状態であった、とも言える。


 そんな状態だったからこそ、僕はルーミアからの契約の中に『アンチヒーローとしての振る舞いを徹底する』という条件を提示され、干渉を受けた際に一つの妙案を思いついた。


 それが、その干渉を自ら受け入れる(・・・・・・・)ことで、自分に枷を嵌めようというものだ。


 もっとも、最初は自分が力に溺れてしまわないようにという戒めの意味合いが強かったのだけれども。


 そもそも僕とルーミアの契約は僕が召喚者であり、上位者にあたる。

 つまり、破棄しようと思えば破棄ぐらい当然できるし、当然ながら強制的に契約内容を書き換え、押し付ける事もできてしまうのだ。


 まあ、中二病的な振る舞いをするという事に抵抗感もあったし、それを緩和できるかもしれないという考えがなかった訳じゃないけれど、それよりも、この契約を僕が自ら不要と判断し、破棄したとしたら、その時は『僕』という存在が『今の僕(・・・)』でいられなくなったという証になるのではないかと考え、枷を受け入れ続けているのが今の僕の実状であった。

 神としての考え方に完全に飲み込まれ、この契約を破棄して「やはり人類が邪魔だから滅ぼそう」なんて真似をしないために『今の僕』であるための予防線になるだろうと考えて。


 実のところ、この懸念についてはルーミアに伝えてあった。


 だから僕は、台本には手を加えない。

 ルーミアも僕には意見を求めない。

 どこかで『僕ではない僕』が手を加えて書き換えてしまわないよう、徹底するために。


 今までは考え過ぎだったかなと思ってはいたのだけれど。

 でも今日、鹿月兄妹と話していて、僕は自分の考え方が神に――かつてのイシュトアに近づいていると確信した。


 少なくともかつての僕は『犯罪者や非道を行う者は消してしまっても構わない』とは思っていたけれど、『世界の為であるのなら、犯罪者予備軍であっても消してしまった方が早い』とまでは思っていなかったはずなのに、僕はそれをごく当たり前のように口にしていたのだ。


 さすがにあそこまでは言うつもりはなかったし、そこまで過激な考えはなかったはずなのに、だ。


「僕が意識さえしていれば染まりきる事はないだろう、との事らしいけれどね。いつ、何があるかも分からない以上、徹底して予防するに越した事はないからね」


 イシュトア曰くの情報だし、実際そうでなければイシュトアが今のように変わる事なんてなかっただろうしね。

 おそらく、元々僕が人間嫌いというか、人間に対して冷めた観点を持っていた事が災いして、そっちに染まり始めているのだろう。


 そんな風に肩をすくめて告げると、ルーミアは何故か悲しそうな表情を浮かべて、僕へと歩み寄り、僕の頭を抱きしめた。


「……大丈夫よ、ルオ。そんな風に染まっている暇なんてないぐらい、台本ももっと派手なものにしてあげるからね?」


 うん……うん?

 ねぇ、ちょっと待って?

 それはそれでなんか怖いんだけど?


 ひしっと抱きしめられているせいで、僕の反論が言葉になる事はなかった。


ルオがルーミア劇場の台本に関わらない理由については、このフェーズ(等身大の人間との関わりがある話)まで語ってきませんでしたが、このあたりが理由です。

等身大の人間のままで神として在る事ができるのかと考えていたルオなりの予防線ですね。


正直この伏線回収といいますか、ルオの変化自体が本編には関係ない話ではありますので、幕間だからネタバラシしてる、というのが本音。

ぶっちゃけた話、ネタバレというか伏線だと思わないよう明言しておきますが、ルオは闇堕ち(?)はしません。


本筋での大き過ぎる展開に関係する話は幕間章では書かないので、そこはご安心ください。


お読みくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ