幕間 兄妹の決断 Ⅱ
「――やあ。見定めに来たよ。場合によっては消すかもしれないけど、我慢してね?」
開口一番に物騒なセリフを言い放つ自称通りすがりの魔法使い。
先程までの弛緩していた空気が一変して、美結が俺の後ろへとゆっくりと移動してくる中、俺はそいつを真っ直ぐ睨みつけていた。
場合によっては消す、なんて。
そんな言葉を堂々と口にしてくるあたり、コイツは敵に等しい。
「……穏やかじゃねぇな」
「そうかい? 僕は当たり前の事を当たり前に告げた、ただそれだけだよ?」
……コイツの得体の知れない怖さみたいなものは、こういう所なのかもしれない。
まるで俺たちの事なんて歯牙にも掛けないような物言いと態度は、まるで立っている場所が違うような、そんな気がしてくるのだ。
立っている位置というよりも、そもそも見ているものが違う、とでも言うべきか。
相容れない何かを感じさせる。
チッ、手元に槍がないってのは痛いな。
クソ、いざって時の為に所有権を認めてもらってたってのに、危機感が足りてねぇじゃねぇか。
最悪だ、こういう事があって初めて実感するなんて。
できる事と言えば、時間稼ぎと情報を探ることぐらいか。
美結が逃げ出せるぐらいには隙を生んでくれればいいんだが……如何せん、コイツの狙いが読めなさすぎてどうすればいいのか判らない。
「そういえば、お前。名乗ってなかったよな?」
「あぁ、そういえばそうだったね。改めて、僕はルオ」
「あ……!」
「どうした、美結」
「おにぃ、あの人って春頃に魔法少女の前に現れた謎の人物じゃない? ほら、髪の色とか体格とかそっくりだよ!」
春ってーと半年ぐらい前……あぁ、確かにそんな事件があったな。
鯨型ルイナーの襲撃を助け、けれど突然現れた謎の女と戦っていた子供。
噂じゃ男の魔法使いだの魔法少年だのと騒がれていたらしくて、当時美結に動画を見せられた気がする。
「あぁ、確かに鯨型のルイナーとの戦いで僕の存在は動画で有名になったみたいだね。正解だよ、僕があの動画に現れた魔法使いだ」
……いやいやいや、マジでヤバい相手じゃねぇか。
明らかに魔法少女よりも上の実力を持った得体の知れない存在だ。
槍なんて持っていても、一瞬で魔法をぶっ放してくるような相手って事だろ……!
というか美結、それならダンジョンの精霊なんて考えになる前に気付いてくれよ……!
いや、状況が状況だっただけに気付いてくれってのは酷な話だな。
ともかくマズい、考えろ……。
そんな実力を持った存在だなんて想像してなかったぞ。
ダンジョンの外の俺の動きで、コイツ相手に隙を作るなんてできるのか?
確かにダンジョンじゃ俺も身体能力を強化できたし、超人めいた動きだって可能だったが、外じゃその力を発揮できた事はないぞ。
一方でアイツはダンジョンの外で魔法少女を超えた力を動画で発揮していたはずだ。
下手に動いて逆鱗に触れたら、それこそアウトじゃねぇか。
――クソ、どうすりゃいい……?
そんな俺の逡巡を、しかし魔法使いの少年――ルオは特に気にした様子もなく続けた。
「ところで、そろそろいいかな?」
「あ、はーい。それで、見定めるって何をするのかな?」
「おい、美結!」
「だっておにぃ、なんか空気おかしいよ?」
……ん?
どういう意味だ?
「さっきからルオくんに対して今にも飛びかかりそうな空気出してるし。だから抑える為にこっちに来たんだけど、なんかおにぃ、ずっと緊張してるみたいで話進まないし。人見知り?」
「まぁ彼からしたら正体不明の存在だろうからね。警戒してるんだよ、多分」
「警戒しても話は進まないよー。それでそれで、見定めるってなぁに?」
「……あれ? 言ってなかったっけ? キミたちがダンジョンにいた時の動画だよ」
……は?
動画?
「え、動画? あれを消すかどうかってこと?」
「全部は消したりしないよ、もう世間に出回ってしまっているしね。ただ、映っちゃいけないものが映っていないかをチェックしておきたくてね。その部分が後々に問題になったりしないかチェックして、必要なら少し編集して消しておきたいんだ」
「へぇー、そうなんだ? じゃあパソコンで確認した方がいいよね? 私の部屋いく?」
「……うん、まぁパソコンの方がいいのは確かだけれど、ノートパソコンとかなら持ってきた方がいいんじゃないかな?」
「私の部屋のデスクトップだから無理だよぉ。でもなんで?」
「いや、見ず知らずの男を部屋にあっさりとあげていいのかい?」
「あはは、変なの。ルオくん、どう見たってまだ子供じゃん」
「……あぁ、うん。まぁそうだね……」
ルオと美結の二人の間でトントン拍子に進む会話を聞いて、俺は一人そっと脱力した。
……動画の事かよ。
てっきり、ダンジョンを踏破した俺や美結を消すとか、そういう隠語なのかと思っていたんだが、全然違うじゃねぇか……。
いや、マジで焦った。
それにしても、なんでこいつまで遠い目してやがるんだ?
美結に子供って言われたせいか、そういう扱いをされるのが嫌なお年頃とか、そんな感じか?
いや、まさか魔法で若返ってる中身おっさんとか……?
……有り得ない考えだが、ダンジョンなんてもんに足を踏み入れちまったせいで、ファンタジー要素なら全部有り得る気がしてきたぞ……!
というかそんなの無防備に部屋に入れる訳にはいかねぇだろ! おっさんが十代女子の部屋に入ろうとか、ただの変態じゃねぇか!
「おい美結、待て。俺のノートパソコンでここで見るぞ」
「え、別に私の部屋でいいじゃん」
「じゃあ俺も行く」
「やだよ。おにぃ部屋に入ったら掃除しろとか片付けろとかうるさいもん。それにルオくんだけ連れて行って動画見せればいいんだから、わざわざおにぃのノートパソコン出す必要ないじゃん」
「うぐ……! だ、ダメだ! ここで俺のノートパソコンで見るか、俺がお前の部屋に行くか、だ」
「えぇ……、おにぃなんで私の部屋にそんなに入りたがってるの? ちょっと引くかも」
「そっちじゃねぇよ!? お前がそっちのルオを連れて行くって言ってるから俺も行くって言ってるだけだろうが!?」
「うわ、必死……」
「だから違うっての!?」
「えっと、僕はどっちでもいいんだけど、早くしてもらえるかな? あまり暇じゃないし」
堂々巡りになりそうな俺と美結の言い合いをルオが止める形になり、結局、俺がノートパソコンを引っ張り出して居間で見る事になった。
……なんで俺が不名誉な扱いされなきゃいけねぇんだ……。
というか動画をチェックするために来るぐらいなら自宅で見て来いっての。
いや、でもそれだと消す場所を教えるために結局来て、同じ事するハメになるのか?
そんな事を考えながら自室からノートパソコンを引っ張って居間に戻ると、美結に出されたお茶を飲んでルオは縁側を眺めていた。
「……うん、いい家だね」
……アイツ、中身ジジイなんじゃねぇか?
美結も並んで縁側に座ってるし、何してんだ、あの二人。
「この家はちょうど魔道線の真上にあるみたいだね」
「魔道線?」
「うん、分かりやすく言うなら龍脈とか、そういうイメージかな。魔力や霊力、そんな力の通り道が地下にある、とでも思ってくれればいいよ。それが地上に誘引されて、キミたちが入ったダンジョンに繋がるポータルが生まれたみたいだ」
そう言いながらルオが手を翳してみせると、庭先にまるでオーロラが立ち上るような光の線が揺蕩う何かが見えて、俺も、美結も思わずその光景に見惚れて言葉を失った。
「一時的に僕の魔力で空気中に立ち上る魔素を可視化したんだけど、見てみるといいよ。あそこ」
「あっ、あそこってダンジョンの入り口があったとこ!」
「あそこがちょうど魔素が複雑に絡み合うポイントになってるみたいだね」
「へぇ、そうなんだ……。じゃあさ、放っておいたらまたダンジョンが生まれるかもしれないってこと?」
「いや、それはないかな。魔素は複雑に絡み合い続けて長い年月、それこそ千年単位で停滞し続けると『淀み』みたいなものを生み出すんだ。そこにダンジョンという世界に新たな法則が刻まれた事によって、魔素の絡まり合うあの場所にあった『淀み』だったものが力の方向性を得た結果、ポータルというダンジョンに繋がる道を生み出したんだ。まったく同じ条件が揃うなんて確率は天文学的数字になるし、期待はできないんじゃないかな?」
「そっかぁー」
……アイツ、マジで何者なんだよ。
そもそも神祇院の人だってそこまで細かい説明はしてくれなかったぞ?
確かに魔素や魔力ってものは微量なら存在していたらしいって話は聞いた事があったけど、そんな詳しい研究が行われていたなんて神祇院の人だって言ってなかった。
まぁ、俺たちに話していないだけかもしれないってのも考えられなくはないが。
それにしたって、なんでアイツはそんな事まで知ってんだか。
「ねぇねぇ、ルオくんって神様なの?」
「あはは、どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなく、かなぁ。色々詳しいし、なんだか人っぽくない感じもする」
「残念だけど、キミが思うような神様なんて存在じゃないよ、僕は」
「なぁんだ。神様だったら面白かったのに。じゃあじゃあ、さっきのポータルの話、動画で言っていい?」
「うーん、辞めたほうがいいと思うよ? ソースはどこか、誰に教えてもらったのかって訊かれても困るだろう? 僕は表に出るつもりなんてないからね。キミが人気取りの為に勝手な事を言っている、みたいに思われるかもしれないよ」
「あー、そっかぁ」
……なんつーか、あのルオってヤツは妙な存在だ。
どうにも冷めた考えで周りを見限っているようにも見えるし、なのに美結にはしっかりと色々な事を教えていて、嘘を言っているようには見えない。
絶妙にはぐらかしているような気もするが……なんつーか、集落のジジババ様方みてぇな分かりにくい優しさがあるような、見た目に対して歪さみたいなものを感じる。
……それにしても神様ねぇ。
実際、あれが神様だとしたら確かに俺が想像するような神様像みたいなヤツともかけ離れているな。
神様って言われるとどうしても髭の生えた爺さんってイメージがある。
そんな事を考えながらノートパソコンを開いて起動して声をかけると、二人は縁側からこっちへとやって来た。
美結に自分のアカウントでログインしてもらってから動画を見ていると、ルオは何やら興味深そうに動画を見て、ニヤリと笑った。
「……恋人募集中なんだ、鏡平おにぃ?」
「……マジでそこ消したいわ。というか美結、お前の悪ノリのせいだからな?」
「ドンマイっ!」
「気にしろ」
俺を紹介した美結の最初の一言は世界中に広まっているのである。
すでに再生回数が数千万という単位になってしまっているという事は、それだけの人数に知られているという意味を持つ。
間違いなく俺にとっては黒歴史そのものでしかなかった。




