幕間 兄妹の冒険 Ⅳ
美結が指さした先は円形の部屋のように広がっている。
広さは十二畳ぐらい、というところだろうか。
そのど真ん中に、ドーンと宝箱が自己主張でもしているかのように置かれている。
……誰がこんなところに宝箱なんて置いたんだ?
さっきの骸骨が動いて襲いかかってきた点と言い、これじゃまるで――
「うんうん、私もそんな気がしてきた! おにぃ、これってダンジョンなんじゃない!?」
――俺が感じてきた所感と、配信のコメントはどうやら似たような結末に落ち着いたらしい。
モンスターと洞窟、宝箱とくれば、確かにダンジョンというイメージにもなるだろう。
ただ、なぁ……。
「俺も実際、そうなんじゃないかって思ったのは否定しない。けどなぁ……」
「けど?」
「有り得ると思うか?」
「え?」
「そりゃ俺だってゲームやアニメ、ラノベなんかじゃダンジョンなんて存在があったりするってのは知ってるからな。けど、普通に考えてそんなものを誰が用意するんだ?」
百歩譲ってここがダンジョンだとしてだ。
そもそも、じゃあ誰がダンジョンなんてものを用意したのか、その目的も分からない以上、不気味な状況に陥っているのは変わりない。
骸骨が歩くなんてホラーみたいな状況から一転、武器を生み出して襲ってきた。
とにかく逃走か撃退かの二択で考えるしかなかった以上、必死になって抵抗する事を最優先に思考を放棄しているが、そもそもあれだっておかしな話なのだから。
それに、あの時の俺の蹴りは何かに阻まれ、届いていなかった。
それはルイナーが纏っているとかいう、魔力障壁ってヤツに酷似している気がする。
一方で、お誂え向きに前方にある宝箱。
まるでこの中には何か大事なものが、手に入れておくと便利なものが入っていますよという、ゲームでいうところの制作陣の手心みたいなものがあるときた。
「このダンジョンとやらを作った存在がもしもルイナー側だとしたら、宝箱なんてものを置く意味もない。それに聞いたところ、そんな知恵を使ってくるようなルイナーはいなかったはずだしな。つまり、ルイナー側によって生み出されたものとは考えにくい。けどな、さっきの骸骨はルイナーと同じような魔力障壁とやらを使っていたんだよ」
「あ、おにぃの蹴りが不自然に止まったアレ?」
「逃げろっつったんだがなぁ。まぁそれはいいとして、だ。とにかく、この洞窟、つかダンジョンを創った何者かの意図が分からない以上、あの宝箱に必ずしもいいものが入ってるとは限らない」
「え、じゃあ開けないの?」
妹よ、そんなにしょんぼりとした顔をされると兄ちゃんの心が揺らぐからやめてくれ。
それを理解しているのかいないのか、美結はしょんぼりとした表情で上目遣いをしつつ、そっと俺にスマホのカメラを向けた。
……いや、お前それ狙ってるだろ。
というか今更ながらに俺の顔を堂々と世界に向けて公開するなよな。
接続人数すごい事になってるんだし。
「……分かったよ。開けよう」
「いいの!?」
「さっきも言った通り、ダンジョンを創ったヤツが味方をするつもりがあるのかないのか、それを試すって意味でもある意味ちょうどいいだろ。トラップの可能性もあるから、お前はこの入口で待ってろ。中には入ってくるなよ」
「や!」
「は? いや、人の話聞いてた?」
「トラップの可能性もあるかもしれないけど、転移トラップとかだったら離れ離れになっちゃうかもしれないじゃん?」
「……あぁ、そういうのもあるのか」
「うん。だから私も一緒に行くよ」
「……その目、お前明らかに開けてみたいって思ってるんだろ」
「うぐ……」
こちとら美結が生まれた時から兄をやってるんだぞ。
それらしい事を言ってどうにか一緒に中に入ろうとしてるって事ぐらい、目を見れば判る。
「……まあ、お前の言う転移トラップとやらも否定できないからな。手、放すなよ」
「うん! ほら、みんなもおにぃの寛大さに称賛のコメントして!」
『あら^~』
『おにぃデレた?』
『てぇてぇ』
『てぇてぇ、のか?』
『おにぃだしなぁ』
『さすにぃ』
……コメントとやらはなんかもう、称賛らしい称賛じゃないんだが。
というか『てぇてぇ』ってなんだ、なんかの動物の鳴き声か?
テケテケみたいな……いや、あれは確か都市伝説だかなんだかだった気もする。
コメントが意味不明な盛り上がりを見せていて困惑する俺の表情を見て、美結が怪訝な表情を浮かべてコメントを見て爆笑した。
「あはははっ、ねぇねぇ、おにぃ。さすにぃって言葉がトレンド入りしたらしいよ!」
「トレンド入り? なんだ、そりゃ」
「あー……、とにかく有名なワードになった、って感じ?」
トレンド入りとか言われるとテレビのファッション番組なんかで聞くトレンドアイテムとか、そんな言葉の方がピンと来るんだが、そういうものではないらしい。
兄ちゃん、時代に追いついていけない。
「おにぃは畑と田んぼ、それに家事もしてくれてるからね。だからネットとかあんまりやらないの。私はもともと体も弱いから、ね。あ、何度か説明した事あるけど、初見さんは知らないかな? って、同接十万人超えてる!? え、あ、お、おにぃ!」
「分かったから落ち着け。さっきの骸骨が来る前にさっさとコイツを開けてもっと奥に移動するぞ」
分かったから、というのは建前で、何の話をしているかは分かっていないが。
というより、俺としてはさっさとここから移動してもっと逃げておきたいのだ。
美結が慌てて俺の手を握って身体を寄せつつ、スマホを宝箱に向ける。
部屋の中に入って宝箱へと近づくも、特に何かおかしな反応はない。
近づいてみると、横幅は一メートル以上はあるし、高さも腰ぐらいまである事が判る。
意外とデカいな。
ともあれ、あとは開けるだけ、か。
「俺が開けるぞ」
「えー、私も開けたい」
「ダメだ。何があるのか分からない」
「ぶー。じゃあ今回はおにぃに譲るけど、次は私だからね!?」
「今回が安全で次も宝箱があればな。さて、何が起こるんかね」
そっと手を伸ばして蓋に手を当てる。
すると――不意に宝箱が淡く光を放って、パカッとその重そうな蓋を開けた。
一瞬何かのトラップだったかと思ったら、開く演出かよ……。
焦った。
美結も見事に俺の背中に隠れている割に、しっかりとスマホだけは宝箱の中に向けられてるし。
妹よ、お前は報道カメラマンか何かなのか? 命ある限り真実をお届けしたいのか?
半ばその意思の強さに呆れ混じりの称賛を胸の内に抱きつつ、宝箱を覗き込む。
「あれ……? これって……」
「槍、か……?」
宝箱の中に入っていたのは槍だ。
手に持って取ってみると、光を放って柄の部分が伸び、柄の石突を地面についても刃の先端が俺の口元まで届くぐらいの長さになった。
おいおい、魔法か何かかよ……。
「おおぉぉーーっ、おにぃ、カッコイイよ! 見た目がツナギとタオルじゃなければ!」
「まあバランスは悪いよな。……ん? なんか紙が入ってないか?」
「あれ、ホントだ」
よいしょ、と声を出しながら宝箱の中の紙を美結が拾い上げ、手に持ったままスマホで映し出す。
それと一緒に俺も文字へと目を向ける。
「えーっと、【破魔の穿槍】。使用者の魔力を利用して魔法障壁を貫く魔槍。強度は使用者の魔力に依存する……だって。なにこれ?」
「……おい、マジかよ」
「説明文かな? なんかホントにゲームのダンジョンみたいだね……って、おにぃ?」
美結は恐らくまだ気付いていないのだろうけれど、俺がこの説明を見て、真っ先に思い至ったのはただ一つの疑問。
――これがあれば、ルイナーにだって攻撃できるんじゃないか。
魔法障壁なんていうものがあるせいでありとあらゆる兵器を無力化したルイナーに、あの魔法少女のように、と。
もちろん、この槍がそんな効果を持っていない可能性だってあるかもしれない。
けれど、光を放ってサイズが変わったりするような、まさに魔法のかかった装備と言われれば話は違ってくる。
このダンジョンを創った何者かの意図はともかくとして、十中八九、この槍は本物だろう。
もちろん、この効果を持っていてもルイナーの魔法障壁を貫ける程の力はないのかもしれない。
けれど、戦えるかもしれない。
それだけでも、まず現代では有り得ない代物だ。
「おにぃ! この音……!」
「――ッ! 戻ってきやがった、のか?」
カチャカチャンと音を立てて、部屋の入り口に姿を現したのは、先程の骸骨。
相変わらずゆったりとした動きでやってきたそいつに向かって、手に入れたばかりの槍を強く握り締め、身構える。
「下がってろ」
「おにぃ……」
「大丈夫だ。この槍があれば、戦えるかもしれないだろ? ダメだったとしても、また剣を奪ってやればいい」
「……うん、分かった。無理しないでね」
後ろに下がっていく美結の気配を見送って、骸骨と対峙する。
ぶっつけ本番だが、この槍を試す試金石としてはちょうどいい相手と言えた。




