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現人神様の暗躍ライフ  作者: 白神 怜司
幕間 世間のダンジョン騒動編
79/220

幕間 兄妹の冒険 Ⅱ

「おにぃーっ、準備できたー?」


「あぁ、できたぞ」


 玄関先から聞こえた声に返事をしながら階段を降りていくと、すでに玄関の外、ドアを開けた外側から美結がこちらを覗き込んでいた。


「ええぇぇ……、農作業じゃないのにツナギなの?」


「いや、軽トラ乗って行くしいいだろ、これで」


 美結に向かって言い放ってみせると、美結が深い溜息を吐いた。

 昨日の夜の話もあったせいか、俺の服装にどうにも言いたいことがあるらしい。

 まあ、見た目の良さじゃなくて動きやすさとか、汚れても気にならないとか、虫刺され対策にもなるとか、そういう考え方で服を選ぶあたり、俺も自分でオシャレだとは思わないが。


 上下暗い灰色のツナギ。

 頭はタオルを巻く。

 そして玄関先で履いた靴は、履き慣れている安全靴。


 ……うん、いつも通りだ。

 だからそんな呆れたような表情を浮かべないでくれないか。


「美結だって、オシャレな服じゃなくて動きやすい服だろ」


 俺の服云々以前に、美結だって細身のジーンズにスニーカー、上着は夏も終わって肌寒い日もあるからか、七分丈の前にファスナーがついてるタイプのパーカーで、動きやすさを重視したような服装だ。

 そんな風に考えて俺が告げれば、美結は得意げに笑ってみせた。


「買い物って割りと歩くからね。故に私はオシャレと運動性を兼ね備えたのだよっ!」


「……兄妹だな、俺ら」


「おにぃ程の徹底ぶりじゃないから一緒にしないで!?」


 お互い様じゃねぇか、と笑いながら告げて玄関の鍵を閉めて、ガレージに向かう。

 振り返って美結に目を向けてみると、美結はこちらに背を向けて何かを凝視しているように動きを止めたまま立ち止まっていた。


「美結、どうした?」


「……おにぃ、私、目悪くなった?」


「いや、判らんが……。あ? なんだ、あれ?」


 美結の視線を追いかけるように前方に目を向けると、景色が微妙に歪んでいるように見える。

 蜃気楼か?

 いや、蜃気楼ってのは確か遠くの光景が見える現象だったはずだし、これとは少し違う気もするが。


「え、おにぃも見えるって事は私の錯覚じゃないの?」


「あ、あぁ。なんだこりゃ? なんか蜃気楼みたいになってるな」


 ルイナーが現れる瞬間の映像については、動画サイトで何度も確認している。

 もしもこれを見たら急いで逃げるようにと美結にも言い聞かせているが、どう見てもこれは違うみたいだ。


「これ、触れたりするのかな?」


「おい、美結。待て――」


「――えっ? うわ、うわわわわ!?」


 美結が近寄って手を伸ばした、その瞬間だった。

 突然蜃気楼か何かだと思われた何かが発光し、手を伸ばしていた美結が光の中に引きずり込まれるような動きを見せて、たたらを踏んだ。


「美結っ! ――って、ちょっ、力つよ!?」


「おにぃ!」


 美結が咄嗟に伸ばした腕を掴んだ瞬間、今度は俺まで容赦なく引きずり込まれるように引っ張られ、俺と美結は光の奔流とでも言うような何かの中に引きずり込まれ、眩しい光に思わず目を閉じた。


 瞼の向こう側、ふわっと僅かに身体が浮遊したかのような感覚に襲われる。

 落ちる……いや、むしろ一瞬浮かび上がった、のか?

 ともあれ、瞼の向こう側の光が落ち着いた事を感じ取って目を開ける。


「……お、おにぃ、ここ、どこ……?」


「……わからん。洞窟、か……?」


 ぼんやりと光る……苔、か?

 そんなものが生えている岩肌が剥き出しになっている、洞窟のような場所だ。

 振り返ってみても出入り口はなく、行き止まりになっているらしい。


 なんだ、これ……?

 困惑する俺が美結に背を向ける形で固まっていたせいか、美結が後ろから勢い良く抱き着いてきた。


「うおっ、なんだ?」


「……ごめん、おにぃ……。私が触ったりしたから……」


「バカ。気にすんなよな。お前が触らなくても俺が触るつもりだったしな。庭先に蜃気楼とか、そりゃ触るだろ、普通。花壇の花みたいに今日も蜃気楼は元気だなぁって横目に微笑ましく感想を抱きながら畑やら田んぼなんて行ける訳ねーだろ」


「……ふふっ、それはそれで面白いかも」


 泣きそうだった美結の空気が和らいで、ひっそりと溜息を吐いた。

 良かった、俺がこんな調子だからか美結も安心してくれたらしい。


「にしても、戻れないって事は先に進むしかない、か。スマホは……圏外だな」


「え? 私、電波届いてるよ? ほら」


 美結にスマホを見せられて、俺も自分のスマホを見てみるが、しかし相変わらず俺のスマホは圏外を表示している。

 キャリアや機種なんかは一緒なんだが……なんでだ?


「あれ、でも地図アプリとかGPSは情報取得できないみたい」


「なんなんだろうな、マジで……。誰か知り合いに連絡……あー……なんだ、その。俺が悪かった。だから許してくれ」


「むぅぅぅっ!」


 ぐりぐりと頭突きしながら抗議する美結に、俺は素直に謝罪を口にした。

 いや、俺が悪かった。

 環境が環境なだけあって、友達いないもんな。


 まあ、それを言うなら俺もなんだが。

 スマホなんて農協と連絡したり集落のジジババ様方との連絡にしか使ってないわ。

 あとは妹の美結ぐらいか。


 ……想像以上に辛い現実だ。


「だったら、色々な人に助けを求めてみたり、意見をもらったりってどう?」


「は? どうやって?」


「ふっふっふーん。実はねー、最近私、ゲーム配信とかにはまってるんだー」


「ゲーム配信……? って事は、夜お前の部屋から聞こえてたのって独り言じゃなかったんだ」


「あんなデカい声で独り言なんて言わないよ!?」


 許せ、妹よ。

 兄ちゃんな、実のところ、イナジマリーフレンドと話しているのかと本気で心配していたのだ。

 ゲーム配信なんてやってるとは思わなかったよ。


「スパチャで生活支えられるようになったらいいなって思って頑張ってるんだよ!」


「すぱちゃ?」


「うん、応援してくれる人とかがお金を入れてくれるの。やっと収益化申請ができるようになったんだけど……あっ、収益化通ってる」


「しゅうえきか?」


 妹よ、頼むから兄ちゃんみたいな人間に分かりやすい言い方をしてくれ。

 兄ちゃん、全然ついていけないんだが。


「保護者の同意が欲しいって、前におにぃに言ったじゃん。憶えてない?」


「いや、そういうのは基本的にやってるが……。そんなのあったか?」


「……おにぃ、ちゃんと読んでサインしてる?」


「……だいたい」


 美結の冷たい視線を真下から向けられて、俺はそっと視線を外して洞窟の奥へと目を向けた。

 美結はしばらく俺を睨んでいたようだが、諦めたのかスマホをポチポチと操作すると、俺から離れてニヤリと笑ってみせる。


 ……いや、おい。

 まさかとは思うが……。


「はーい、みゅーずの突発ライブの時間だよー。わっ、告知とかもしなかったのに人が来てくれてるー。ありがとー。実はね、今私、おにぃと一緒にお買い物に出かけたのに、気が付いたら変な洞窟にいてね? あはは、ホントだよ」


 妹がイマジナリー……もとい、配信をして見に来てくれている視聴者と軽快に話している。

 いや、やるのかよ。

 というかお前、この状況でなかなかの胆力だな、おい。

 訳の分からん状況になったってのに、なんでそんなに落ち着いていられるんだ。

 兄ちゃん不思議でしょうがないよ。


 ……あれ、ちょっと、カメラ俺に向けてない?


「これが私の自慢のおにぃだよ! 絶賛恋人募集中なのだ!」


「おうこら妹よ。唐突に何を言い出しているんだい、お前さんは」


「あ、私はみゅーずね、みゅーず。だから本名で呼んじゃダメだよ? はい、おにぃ、自己紹介。本名禁止で」


「お、おう……?」


「はい、しゅーりょー。無言とか放送事故だよ? おにぃはもうおにぃって名乗ることー」


「マジか」


「うん、マジマジ。でねでね、これからこの洞窟を冒険しようと思うんだ。GPSもないし、よく分からない蜃気楼みたいな、光の渦みたいなものに触ったらここに来ちゃったんだよね。あはは、こんなのヤラセでやれる訳ないじゃん」


 兄ちゃんもうついていけないよ。

 会議は踊る、なんて言葉を聞いた事もあるが、美結の会話は次から次へと二転三転しては話してと、何やらずいぶん盛り上がっているらしい。


「そうそう、だから収益化申請も通ったみたいだよー。あ、設定はえっと……あった! はい、設定変更完了ー! って、うわあ、ありがとう、けおんさん! 一万円も!?」


「……なぁ、みゅーず」


「あ、おにぃも御礼言って、御礼! わわっ、スパチャまた!? おにぃの御礼が聞きたくて!? なんで!?」


 なんだかよく分からないが、盛り上がっているのなら良いのかもしれない。

 意味の分からない洞窟にいるという緊張感、切迫感といった諸々が完全に氷解し、美結が喜ぶ姿のおかげで、段々と頭の中が冷静になっていく事に気が付いた。


 思っていた以上に、どうやら混乱していたらしい。


「みゅーず」


「え、どうしたの?」


「そろそろ移動しよう。ここにいても埒が明かない。熊もいるかもしれないから、声を押さえてついてくるように」


「あ、う、うん。分かった。という訳で、ちょっとヒソヒソ声になったり場合によっては無言になったりするかもしれないけれど、みんな、冒険スタートするね……!」


 スマホを構えたまま頷いた美結に、俺も頷いて返す。

 そうして俺たちは、ようやく謎の洞窟の探検を開始するのであった。

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