幕間 兄妹の冒険 Ⅰ
両親がルイナーの襲撃で死んだ。
仲の良いおしどり夫婦と言っても過言ではなかった。
自営業をしている父さんの仕事を手伝う為に母さんがついて行き、その先でルイナーの出現に巻き込まれたと聞いて、当時は愕然とした。
しばらくその意味を理解できるまで時間がかかったぐらいだ。
残されたのは俺と、ルイナーの襲撃があったあの日以来、何故か身体が弱くなってしまった妹。
ルイナー襲撃によって孤児となった俺たちはルイナー被害者の親族で未成年者、保護者がいない孤児を優先的に受け入れるという専用の施設に入れられそうになったけれど、それは都市部にあった。
俺はともかく、妹は気管も弱くて都市部じゃ苦しい生活を送る事になってしまう。
爺ちゃんも構わないと言ってくれたので、限界集落ではあったけれど爺ちゃんのところに身を寄せる事になった。
そんな爺ちゃんも、去年の年明けに亡くなった。
大和家屋そのままといった古い家で裏手には畑があって、米作り用の田んぼもある農家。
爺ちゃんから「ワシに何かがあった時のために」と俺に相続されていて、税金なんかは両親の遺してくれた少ない保険金で賄われていて、生活そのものはどうにか維持できている。
とは言え、妹の病院費用なんかもあるし、俺も畑や田んぼの世話でお世辞にも金に余裕があるとは言えない。
そんな訳で、家は立派だけどゆとりはなかったりする。
何もしてくれない国に決まりだからと税金を払って、治らない妹の病気を診てもらうために病院でお金を払って、また一つ、通帳の桁が減った。
ついつい現実を見てしまって、深い溜息が漏れた。
「おにぃ?」
「お、美結。体調はどうだ?」
「うん、大丈夫だよ。でも……」
ちらりと妹の目が俺の手に持つ通帳に向けられて、今更ながらに隠してもしょうがないので堂々と手に持ったままひらひらと振ってみせる。
「これか? ちゃんと金の管理しておかないといけないからな。安心しろよ、ヤバい訳じゃないからな」
「……うん」
心苦しいのか表情に影を落とす美結へと立ち上がって近づいた俺が頭をくしゃりと撫でてやると、美結はしばらくされるがままにして目を細め、段々と乱暴になって頭を揺らすように撫でる俺の手を細く小さな手で掴んだ。
中学三年生にもなるっていうのに、美結はぱっと見るとまだ小学生ぐらいじゃないかと思えてしまうぐらい、背も低く線も細い。
俺の手を必死に止めようと力を込めているのだろうけれど、農作業やら何やらをやっている俺の力に勝てるはずもなく、美結は結局しゃがみ込むようにして逃げ、こちらを睨みつけてきた。
「もうっ、おにぃ、乱暴過ぎ!」
「はは、悪い悪い。ほら、飯にするから座っとけよ」
「あ、今日は体調いいから私やる」
「お、大丈夫か?」
「うん、だからおにぃは座って寛いでて」
「はいはい。ありがとな」
台所へと向かう美結の姿を見て、変わったな、と思う。
正直に言って、俺と妹の関係はルイナーの襲撃以前は兄と妹っていう性別の違いや年齢の違いから、どちらかと言うと必要最低限しか話さないような、そんな関係だった。
別に仲が悪かった訳じゃなくて、なんとなく一緒に行動するとかも好きになれなくて、別に嫌いではないし好きでもないけれど、必要以上に距離を詰めて接する事もない。
趣味も違うし、興味の方向も違うのだから、ある意味当然と言えば当然だろう。
兄妹なんてそんなモンだ。
でも、俺が中学三年、美結が小学四年生だったあの日。
世界各地に現れたルイナーのせいで両親が死んでしまって以来、俺たちの関係は変わった。
美結は両親が死に、身体も弱くなってしまい、頼れる存在が俺と爺ちゃんしかいなくなってしまったせいか、一時期は精神的に不安定な時期を迎えてしまい、俺がいなくなると泣き叫ぶようになった。
それも一年を過ぎる頃には落ち着いてきていたのだけれど、それでも不安定さは残っていて、何処に行くにも俺がついて行く必要があり、義務教育の授業もオンラインで受けながら、授業中は俺もせいぜい家の裏の畑までしか出かけられなかった。
少しずつ明るくなってきた美結の姿に、俺と爺ちゃんも胸を撫で下ろしたものだ。
爺ちゃんが死んでから、美結は自発的に家事を手伝うようになったのは、きっと美結なりにこのままじゃいけないと、そう思ったのかもしれない。
最近は俺が田んぼに行っても家で留守番までできるようになってきたし、成長していると言える。
この調子なら外にだって出かけたりもできるようになるかもしれない。
やっぱりなんとか金稼いでやらないと。
そんな事を考えている内に、美結は得意料理のオムライスを作り終えて、テーブルの上に置いた。
お礼を告げて食べ始める。
うん、うまい。
「ねぇ、おにぃ」
「ん?」
オムライスを食べながら向かい合うように座る美結に顔を向けると、美結は小さなスプーンを握ってこちらを見ていた。
「明日、買い物行ける?」
「大丈夫だぞ。なんか欲しいものでもあるのか?」
「調味料とかだいぶ減ってるし、体調もいいから一緒に買い物行きたいなって」
「服とかぐらいなら買ってもいいんだぞ?」
「あはは、私そんなに外に出かけたりしないもん。服って言うなら、おにぃの服、いい加減買いなよ。首周りよれよれのシャツとか、色落ちしたプリントシャツとか、ちょっとどうにかした方がいいよ?」
「うぐ……。まあ、着れりゃいいからな、俺の場合。どうせ農作業とか田んぼとかで汚れるし」
俺の場合、着るものなんて農作業用のツナギとか作業着、長靴なんかだし、正直その下に着る服なんてどうでも良かったりするのだ。
オシャレな服なんて買ったって着る機会がないっての。
「それはそうだけど……、おにぃ、このままじゃ女性とお付き合いとかもできないんじゃない?」
「余計なお世話だ」
「あはは、冗談だよ。というか、私のせい、だもんね」
「バカ、考え過ぎだ。つか、恋人も何も、この限界集落で俺の年齢に一番近い人、三十代後半だぞ。しかも男」
「えぇ、そうなんだ……。若い女の人とかいないの?」
「いねぇよ。つか、三十代後半でさえ若手って呼ばれるんだぞ、ここ」
「そっかー……」
限界集落あるある、なのだろうか。
三十代後半であっても、周りが七十八十当たり前だから、若いだのなんだのと言われてしまうのだ。
で、「若いんだから」を理由に雑用を押し付けられたりする損な役回りになるってぼやいていたけれど。
俺なんかだと孫世代だからか可愛がってもらえているし、美結もここじゃアイドルみたいな扱いだから野菜が採れたからといっぱい貰えたりもする。
おかげで生活そのものはどうにでもなるんだが、厚意に甘えっぱなしだとある日を境に対応を切り替えられるという村生活の真実を知るだけに、ちゃんと自立しなきゃという焦燥感が俺にはあったりする。
爺ちゃんの受け売りではあるけど、表でにこにこしていても部落の集まりで気に喰わない事が噴出して、翌日からは無視、なんて事が決まったりするらしいからな。
特に二十歳になる俺なんて、大人の仲間入り扱いされるだろうから、自立できなきゃそれが口撃の理由になりかねないだけに、シャレにならないのだ。
スローライフなんかに憧れて田舎に引っ越したいなんてブームが巻き起こった頃、この集落にも来た人がいたらしい。けれど、そういう暗黙の了解というべきか、集落あるあるについて来れなくて、だいたいが一年程でいなくなったらしい。
まあ、都会ほど他人と無関係ではいられない煩わしさってのがあったりするからなぁ。
土日祝日に集落の集まりなんて当たり前。あと、朝が異様に早い時間――七時は通常、たまに六時――に集合したり。
「それに、俺がいい服着てお前が服変わってなかったら、俺が周りのジジババ様方に殺される」
「あははは、それはないでしょ。……え、あれ? ない、よね? ねぇ、おにぃ? なんで溜息吐いて食べる方再開したの!? 嘘じゃないの!?」
真剣な目で見ていたせいか、真実だと理解したらしい美結の表情が段々と強張っていく。
まず間違いなく事実だからな……、これ。
ともあれ、翌日。
俺は美結を連れて爺ちゃんの遺した軽トラを運転し、直近にある、車で四十分程のスーパーへと向かう事になったのだが……。
「……お、おにぃ、ここ、どこ……?」
「……わからん。洞窟、か……?」
スーパーに向かおうと思って二人で庭を歩いていたら、急に目の前に光の渦みたいな何かが現れて。
引きずり込まれるように中へと入ってしまった美結を追って俺も飛び込むと、そこは暗い洞窟のようなどこかだった。




