幕間 ダンジョン出現騒動 Ⅰ
「……聞き間違い、でしょうか?」
魔法少女の育成状況報告会。
それは一週間に一度、週末に奏が大野に報告し、育成方針の確認や今後の作戦同行予定を決めるなど、なかなかに重要な話し合いの場であった。
この世界もまた一週間は七日で、曜日も日本と変わらない。
土日は魔法少女たちは休みとなるが、軍人に土日祝日といったものは関係なく、日曜から土曜までの間となる火曜、もしくは水曜あたりに設けられる報告会だ。
ともあれ、その話し合いの最中、唐突に大野に繋がる非常時用の電話が鳴り響き、マイクをミュート状態にして大野が受け答えする映像だけが三十分近くも流れる事となり。
最初は驚愕、そして何故か非常に疲れたような表情を浮かべてマイクのミュートをオフにし、今しがたの電話で聞かされた内容を共有され、奏もまた大野と似たような、なんとも言えない苦い表情へと切り替わった。
一応、確認の意味で問い直す。
しかし返ってきたのは。
《……お前さんの言いたい事は重々承知している。俺自身、それと全く同じ言葉を口にした。が、これは紛れもない事実であり、あの神宣院からの正式な神託だそうだ》
「……そう、ですか……」
否定してほしかった奏と、否定したかった大野。
そんな二人は共通して頭が痛いとでも言いたげに、同時に深い溜息を吐き出した。
「ダンジョンというと、あのゲームやアニメなどにもあるようなもの、ですよね?」
《あぁ、そうらしいな。魔物なんて存在もいるって話だ》
「魔物……」
ただでさえルイナーと言う未知の魔物とも言えるような存在がいる中で、さらにそんなものまで神々が生み出したと聞いて、奏は一体何がしたいのだと怒りに拳を握りしめる。
映像越しであっても直立しているおかげか、そんな奏の感情の発露に気が付いたようで、大野は説明を続けた。
《勘違いするなよ、鳴宮。今回のダンジョン発生、どうにも神の気紛れで創られたような代物じゃないらしいからな》
「……どういう意味でしょうか?」
《俺も今しがた聞いた話だが――ルイナーの影響でこの世界に流れ込んだ魔力。それをそのまま世界に流してしまうと、魔力に適性のない者達が意識を失い、ルイナーに蹂躙されかねないと考えたらしい神々が、これまで魔力が広まらないように強引に抑え込んでいたみたいでな。だが、これもその場しのぎの対策だったそうだ。いつ爆発するかも判らん爆弾を抱えているようなものだったらしい。で、五年という時を経て、人類もルイナーにもそれなりに対応できている点を鑑みて、魔力を抑えつつ、徐々にこの世界に浸透させていくしか対策が取れないそうだ。その初期対策となるのが、ダンジョンらしい》
大野が告げたのは、紛れもなく天照から神宣院へと伝えられた言葉通りのものだ。
もっとも、これはそもそもその天照にダンジョンが生まれる経緯を伝えるためのカバーストーリーであり、天照ではなくルオが与えた台本に則った言葉ではあるのだが。
ともあれ、神宣院が相手となると、大野もダンジョンという存在とその目的については、納得はできずとも、嘘ではないという点だけならば理解できた。
何せ相手は神に直接仕える者たち、神宣院である。
彼らが神の名を持ち出してまで嘘を吐くというのは、現実的に考えても有り得なかった。
神宣院の本来の役割を立場上理解している大野だからこそ、疑いようがなかったとも言える。
一方で、奏はあまり神宣院という特殊な院の本質を理解していない。
ただ、そういった部署があるという噂を耳にした事がある、という程度ではあったのだが、大野の話を聞いていると噂が真実だったようだと認識を改めていると、神々から伝えられた神宣院の公式発表として、ダンジョン発生の目的が大野より続けて伝えられる。
――曰く、ダンジョンとは神々にとっても不本意なものである。
しかし、魔素の濃いダンジョンは奥に進む程に段階的に魔素濃度が濃くなっていき、この環境に潜る事によって、魔素に慣れ、魔力を扱う器とでも言うべき肉体の変化を促す方向にも使えるということ。
ダンジョンに潜ろうと潜らなかろうとも、ダンジョンから魔力は漏れていき、次の世代、あるいは次のその次の世代では、魔法が一般的になるであろう事も含めて。
しかし、ルイナーという存在と戦うのであれば、ダンジョンには積極的に潜るべきだろう、とも。
「……それらが真実であるというのならそう受け止めます。ですが、具体的にダンジョンとは、何処に生まれたのでしょうか?」
《世界各地だそうだが、凛央から最も近い場所では葛之葉だそうだ》
「……ッ、まさか、ジュリー博士の言っていた何かとはこれの事を指していたのでしょうか」
《もしかしたらそうかもしれないが、さすがにダンジョンなどという常識外れの存在に関するものではないだろう。事実、彼女の提供してくれた魔力波計測器は異変を検知している。確かにあれは魔力を検知しているようだからな。もっとも、あの日見せてもらったグラフは『都市喰い』の大穴の直上との話だったが、我々はまだそこまで辿り着けていないからな》
ジュリーからは二台の計測器が送られてきており、その二台はすでに魔法庁の魔法少女に協力してもらい、テストを済ませて葛之葉で実用している。
だが、葛之葉は現在、『大源泉』に繋がった大穴の影響で周辺よりも圧倒的に魔素濃度が非常に高い。その影響もあって魔法少女以外では奥に進むにつれて体調を崩す者が大量に発生してしまっており、限られた人数しかいない魔法少女では調査もなかなか思うように進んでいない。
転移魔法を持つ魔法少女の楓ならば奥地に転移する事もできたはずではあるが、今は魔素濃度が大きく上昇してしまったせいか、葛之葉の内部に向かっての転移魔法が発動しないという異例の事態も発生していた。
そのため、必然的に徒歩で魔力波計測器を持って進んでおり、かつ魔力計測器の台数がまだ揃っておらず、遅々として進まない状況なのだ。
ジュリーがあの会談の席で見せてくれたデータの数値には届いていないが、奥に進むにつれて想定していた通りに魔力の濃度が濃くなっているのは事実だ。
しかし一方で、浅い場所――つまり大穴から離れた地帯では、日に日に魔力の濃度が下がっているらしい変化を測定器は示していた。
それこそが即ち、魔力の拡散なのだろうという大野の推測には奏も同感であった。
《ともかく、この国では神宣院が。そして他国でも神宣院に近い存在に神託が与えられ、ダンジョンを管理する組合――探索者ギルドを立ち上げる事になったらしい。それに伴って、軍部を含めて予備人員をそちらの手伝いに駆り出せとの事だ》
「探索者ギルド、ですか……? 聞いた事のない組織ですね」
《なんでも、ダンジョン内部は魔力によって様々なものが変質しており、魔力を宿した物質なんかも多く存在している可能性が高いそうだ。それらが市場に一気に流れてしまったり、国に独占させる訳にはいかないらしい。もっとも、その辺りの詳しい話は俺にも分からんが》
「それは……なるほど。それ故の、国の枠組みを超えた管理組合、という訳ですね。かしこまりました」
魔力を宿した物質ともなれば、確かにどこの国も研究したがるだろう事は明白だ。
世界に魔力を浸透させる、その目的がどこにあるかは判らない。
しかし、魔力を宿した物質を独占させるというのは神の思惑とは異なる方向なのだろうか、と奏は驚愕を飲み込みつつ推測し返事をした。
「ちなみに、魔法少女については何か?」
《あぁ。とは言っても、現状の通りに安全性を確保した範囲でダンジョン周辺の調査。それに加えて、ダンジョン内部の簡易調査が加わる事になった》
「……また、子供たちを危険な場所に送り込む、という事ですか……」
《あぁ。だが、ダンジョンで魔力を宿した物質とやらが手に入るなら、ジュリー博士の研究も更に進むだろう。どうやらダンジョンの魔物とやらもルイナーのように魔力による障壁があるらしいからな。魔法攻撃がなければ戦う事さえできないらしい。今踏ん張れば、数年後には魔法少女だけに押し付ける時代は終わるかもしれない。いや、終わらせるんだ、俺らの手で、な》
だから耐えろと、そう続けずとも奏にも大野の言葉の意図は理解できた。
嘆いていても現実は変わらない。
どうにかして負担を減らすよう努めてきたが、まだまだ根本的な解決には至れていないのだ。
しかし今、時代は変わろうとしている。
すでにジュリー・アストリーという天才が存在しており、ダンジョンにおいて魔力を含んだ様々なものが手に入るのであれば、少女ばかりに全てを押し付けなくてはならない今の状況を、終わらせる未来が見えてくるかもしれない。
何も見えて来なかったこれまでとは、目的が明確に異なっていた。
「……かしこまりました。あくまでも安全と無事の帰還を最優先事項として、調査を続行させます」
《……すまんな。こっちも大々的な発表までにある程度調査を進めておきたい。しばらくは部外秘情報であると認識しておいてくれ》
「承知しました」
――しかし、部外秘情報として扱えたのは、たった三日だけ。
とある青年の手によって、ダンジョンの存在と、魔法薬の存在がインターネット上で一瞬にして世界規模で広まるなどと、この時の大野と奏が知る由もなかった。
明日から投稿時間を少しずらすかもしれません。
何時になるかは未定ですが、基本的には一日一話投稿は続けられる間は続けていきます。




